緊急処置
クレアの怪我の具合はそれほどひどいものではなかった。
毒の治療も速やかに行われ、すべて抜くことができた。
「もう、大丈夫です」
「俺で対処できる毒で助かったな」
俺も一応は回復魔法を使えるが、初級の簡単な魔法しか使うことができない。それは俺が傷つくことがめったにないからだ。解毒の加護もあるので、ほとんど使うことがない。
しかし、こういったことがあると、これまでのように使えないままだと何かと不便だな。
習得を考えるとするか。
「それにしても先生はどうしてあたしが襲われているかわかったんですか?」
「ああ、それか」
俺が突然現れて、驚いたのは暗殺者だけではなかったわけだ。
「お前らが俺を必要とすれば、俺はそれを察知することができる」
「な、なんですかその力?」
「ないしょだ」
これこそが俺の持つ能力の一つ、風の救済。
俺が認めた者が俺を必要とする時、俺はそれを察知することができる。
「じゃ、じゃあ、どうやってきたんですか?」
「飛んできた」
「と、飛んできた!?」
風の魔法や重力魔法を応用すれば、空を飛ぶことは可能だ。
馬車で一日かかる距離であっても、飛んでしまえば一瞬の事だった。
ただ、現在の魔法技術ではそれは夢の技術となっている。
クレアは目を丸くした。
「先生は本当に・・・」
「気にするな。むしろ今気にすべきは」
俺はクレアをまじまじと見つめる。
「今のお前のセクシーすぎるその恰好じゃないか?」
「え?」
クレアは改めて自分の格好を確認する。暗殺者に鞭で叩かれた箇所は服が破れ、肌が露わになっていた。色々肝心なところはなんとか隠れているものの、それがさらに扇情的に見せていた。
「きゃーーーーーーーーー!!!! み、見ないでください」
「ああ、もう十分みせてもらったからな」
「もう! もうもう!!」
牛かお前は。
俺は羽織っていた上着をクレアにかける。
「ほれ、一先ずそれをかけてろ」
「むぅう。あ、ありがとうございます」
クレアは唇を尖らせながら、小さい声で礼を言った。
「さて、とりあえずはお前の家族の安全を確保しないとな」
「あ! おばあちゃん。お母さん」
「父親はいいのか?」
「ち、父は街に残って武器屋を続けてますので」
「まあ、あの暗殺者はお前一人を狙ったんだと思うがな。それでも万が一ってことがある。急ぐぞ」
「はい!」
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それからすぐに俺達は村に戻り、クレアの家族の安否を確認した。
結果からしてクレアの家族はみな無事だった。むしろ、服が破れていたクレアに驚いたほどだ。俺が不審者に間違えられてしまったのはどうかと思う。
そして、すぐに馬車を用立ててもらい、クレアの祖母も引きつれて街へと引き返した。
まずは街に帰るとクレアの父親の生死を確認した。父親も無事で、急遽クレアの祖母も連れて帰ってきたことに驚いていたが、事情を説明しさらに驚くこととなった。
やはり、あの暗殺者はクレア一人を狙ったのだろう。
そして、狙った理由はおそらくは俺の生徒であることが原因だ。
俺はすぐにこのことをベネデットとアドルフに伝えた。
二人もひどく驚いていたようだったが、アドルフは気を取り直して、軍上層部にこのことを伝えるべく、速やかに行動した。
ベネデットも動揺を押し殺し、俺に向き直った。
「おそらくは隣国カルドニアの仕業でしょう」
「ああ、俺もそう思うぜ。暗殺者は俺の事を『魔人』て呼んだからな」
魔人というのは先の大戦で俺と戦ったカルドニアが付けた、俺への渾名だ。
他の所属の人間が呼ぶとは考えにくい。
ミスリードの可能性もあるにはあるが、あの状況でとっさに出た二人称なればおそらくは本音だろうと推察する。
「引き金は、あの学武際でしょうな。あれで特別クラスをカルドニアは脅威と感じた」
「そして、俺の目が届かなる場所まで都合よく移動してくれたクレアに目を付けたってところだろうな」
「なんということだ。まだ学生である我校の生徒が暗殺の標的になるなど」
俺も考えが甘かった。ベネデットと同じように考えていた。
そもそも精鋭部隊の育成などは大々的に公表するものではない。
あいつらが全員、将来軍に入るかどうかはこの際関係がない。脅威に映るかどうかが重要なのだ。
そして、あいつらはすでに一般の兵士よりも強い。この先まだまだ成長するだろう。
敵国がなんらかのアプローチをしてくることは予想できた。
「これから一番危険なのはやはり、優勝したステラだろうな。もちろん、他の連中も危険度はさして変わらない。クレアが狙われたんだからな。チャンスさえあれば、やつらは行動に移す。今、ミラを使いに出して、特別クラスの生徒達を集めてもらっている所だ」
「さすが、行動が速いですなスティーグ先生。あなたは戦闘だけでなく頭の回転も速い」
「そんな世辞はどうでもいい。これから忙しくなるぞ」




