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怒り

 俺がクレアの元の駆けつけた時には、すでにクレアは怪我を負っていた。

 しかし、見たところ重傷という程ではなさそうだ。

 俺は素早くクレアの周りに結界を張った。


「あ」

「その結界にいれば大丈夫だ。そこでじっとしていろ」

「先生、あの」

「そこでじっとしていろ」


 有無を言わさず動かないように命じると、俺は黒ずくめの女に向き直った。

 見た瞬間にわかる暗殺者特有の風貌、気配。

 ならば、こいつがクレアを暗殺しようとした動機も割れるというものだ。

 俺は強く唇を噛んだ。


「ス、スティーグ。本当に来た、何故、ど、どうして?」


 俺は首をかしげ、眉をひそめる。何を言っていやがるんだこいつは?


「なんでお前がここにいる! この小娘を殺すと決めて、あたしは誰にもそのことを言っていない! どうやって知った? そもそも何故ここにいる。お前は王都の学園にいるはずじゃなかったのか? この小娘の危機にどうやって駆けつけた。この場所は王都から一日かかるんだぞ!?」


 がむしゃらに喋りたてる暗殺者の女に俺は呆れた。

 どうやら、俺が突然現れたことで相当混乱しているらしい。


「少し、黙れ」


 俺が低い声で言葉を発し、場の空気が一変する。

 けして大きくはなかった俺の声はひどく良く通り、暗殺者を黙らせた。


「それはここではそれほど重要じゃねー。手掛かりも、距離も、時間もどうだっていい。問題なのはな?」


 ゆるゆると、じわじわと広がっていく。


「お前が俺の生徒に手を出したって事だろうがよ!」


 俺の殺意が世界を塗り変える。

 ゆっくりと真綿で首を絞めるように世界を侵食していく。

 結界の中にいるクレアでさえ、息を止めてしまう。

 直接殺気を向けられた暗殺者は震えて押し黙る。


「ひ、ひっ! こ、このおぉぉーーーーーー!!!」


 それはおそらくは恐怖からの行動。暗殺者が鞭を俺に向けた。

 迫りくる鞭を俺は手の甲で弾く。

 わずかに手の甲が擦り切れた。


「あ!」


 思わずクレアが悲鳴を上げる。

 なんだ? こんなのは大した傷じゃない。


「アハ! ははははは! 傷ついたね。あたしの鞭を食らったね?」


 先ほどの態度から一変して、暗殺者がゲラゲラ笑いだした。


「そんなにおかしいか?」

「ああ、おかしいね。たまらないよ。随分派手な登場で驚いたがね。はん。何が魔人スティーグさ。全く大したことはないね」

「せん、先生。その鞭にはしびれ薬が塗られているんです!」


 クレアが悲鳴を上げる。その表情には悔恨の色が広がっている。

 すぐに俺にその情報を伝えたかった自分を責めているらしい。

 しょうがないやつだ。


「まあ、突発的なことに対する対応は経験が重要だ。今回の事はいい体験になっただろう。次に生かせ」

「で、でも先生が」


 なおも自分を責めようとするクレアをよそに暗殺者はゲラゲラ笑い続ける。


「あっははっは! ふん。魔人スティーグも随分とお優しいことだね。次の機会? そんなものがあるものか。二人まとめてここで死ぬんだ」

「俺に毒は効かん」


 場の空気が凍る。


「は?」

「だから安心しろクレア」


 暗殺者が表情を凍らせる。

 

「き、効かない? 馬鹿を言うな。はったりだ!」

「はったりかどうかはもうすぐわかるんじゃないか? 俺は困らん。しかし、安心したぜ。クレアが実力でお前に劣っていたわけじゃなさそうだ」


 まあ、準備を踏まえての実力かもしれんがな。


(馬鹿な、本当に毒が聞かないのかこいつ。何故、どうやって・・・まさか)


「解毒の加護か・・・」

「ご名答」


 呟くように問いかけてきた暗殺者に俺は答えてやった。

 俺には解毒の加護が授けられている。

 よほど強力な毒を経口摂取しないかぎり、外部からの毒は一切無効化される。

 無論、その情報をこいつに教えてやる義理はないが。


「理解したか。それじゃあそろそろ死ね」


 俺が殺気をさらに膨らむ。

 暗殺者は恐怖で顔を引きつらせ、右手に持っている鞭だけではなく、左手からも鞭を抜く。


「鞭を両手で!」


 クレアが驚く。

 しかし、俺はそれを冷ややかに見つめる。


「で?」

「余裕ぶってんじゃねー! スティーグぅーーーーーーーーー!!!!」


 二本の鞭が高速でくねり、幾重にも広がっていくように見える。

 辺り一面を鞭の結界が支配する。

 これだけ高速移動する鞭を二本ぶつからないように操るとは、相当の手練れだな。


「この鞭を捕えることなどできまい。死ねスティーグ」


 はし。

 高速で迫る二本の鞭の先端を俺は両手で受け止めた。


「な!?」


 暗殺者は絶句する。


「良くしなる鞭だな。面倒だから受け止めるぞ」

「馬鹿な。は、離せ!」


 誰が離すか。

 力比べで俺に勝った人間をまだ知らない。俺はぐいっと鞭を俺の方に引き寄せる。

 当然のように綱引きに勝利して、暗殺者から鞭を奪い取った。


「く! あれだけ高速で動く鞭を」

「お前、クレアとの戦いで怪我をしているだろう。所詮は手首だけで振るった鞭。そんなもんが俺に効くかよ」


 握り手を持ち、俺はひょいひょい適当に振ってみる。ふむふむ。

 奪い取って鞭で遊んでいる俺に、暗殺者は隠し持っていたナイフを投げ放つ。俺は鞭をしならせてナイフを弾いた。


「な!」

「大分、使い慣れてきた。んじゃあ、行くぞ」


 鞭をしならせ両手で振り回す。その速度は先ほどの暗殺者の比ではない。

 先端に至っては音速に迫るだろう。

 双頭の毒蛇が暗殺者を襲った。


 バチーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


「ぐぎゃーーーーー!!」


 叩かれた腕の皮が捲れ、肉がはじけ飛び、曲がるはずのない角度で腕がだらんと垂れる。折れたらしい。


「こんな、こんなことが、貴様。鞭も扱えるのか?」

「いや、触ったこともない。お前のを見て覚えた」

「・・・はったり」

「どうでもいい。結果は変わらん」


 暗殺者は押し黙る。ここで俺がはったりを言う意味のなさに気づいたようだ。


(とんでもない。予想以上の化け物だ。スティーグ。カルドニアは眠れる獅子を、いや、龍を起こしてしまったんじゃないのか)


 暗殺者にはもはや、戦意は感じられない。じりじりと下がり、逃げ腰になっている。だが、逃がすつもりは毛頭ない。


(なんとしてもこのことを本国に報告する。こんなところで死んでたまるか)


「逃がすと思うか?」

「待て、取引だ」

「あ?」


 暗殺者はにやりと笑う。


「あたしが誰に命じられてこんなことをしたのか、知りたくはないかい?」

「ふん。大方隣の国のカルドニアあたりがちょっかいをかけてきたんだろう」

「さあ、どうだろうね。お前は自分の思っている以上に敵が多いんだよ」


 暗殺者は折れた腕を庇うようにしながら、笑う。

 俺が取引に応じると思っているのだろうか。


「お前が何者であるかはどうでもいい。喋りたければ喋れ。逃がすつもりも生かすつもりもない」

「っつ! 貴様。いいのか? あたしが誰にこの任務に就くように命じられたか知らなくても!」

「この期に及んで、カルドニア以外に候補があるかよ、阿呆が!」

「待て! や、やめーー!!」


 双頭の毒蛇が群れを成して暗殺者に襲い掛かり、何度も何度も体を毒蛇に噛みつかれた。

 体中を噛みつかれて跡形もなくなった暗殺者に俺は見苦しさを覚え、火炎魔法を放ち、骨も残らず焼却させた。

 あっけなく、暗殺者は灰となって死んだ。

 くるりと回り、クレアの様子を見る。

 毒も傷の具合も結界の中にいたおかげで少しはいいのか、顔色がよくなっていた。

 焼却を済ませたが、クレアは煙立つ暗殺者の灰を見つめていた。


「人を殺すところを見るのは初めてか? 辛いか?」


 クレアは首を横に振るが、正直なところ相当参っているように見えた。


「先生が来なければ、あたしは殺されていましたから」

「それとこれとは話が別だがな」

「大丈夫です」


 気丈にふるまうクレアだが、こいつは進路がはっきりとはしていなかった。

 騎士になるか、冒険者になるか。それとも実家を継いで武器屋をやるのか。

 それによっては人を殺すことが仕事になることもありうる。

 今回の事件が将来に影響することも考えなければならないだろう。

 さて、それにしても正体はわからなかったが、十中八九これはカルドニアからの攻撃と見て間違いはないだろうな。

 それも直接俺ではなく、生徒を狙っての。

 最悪こうなれば、カルドニアとの戦争もありうる。

 無論、首謀者には相応の報いをくれてやるつもりでいた。

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