クレアのピンチ
ピシャン! バチン!
女の鞭が唸る。
クレアは必死に回避に努めていた。
最初は戸惑っていたクレアであったが、段々とその攻撃に慣れてきた。
だが、攻撃を食らうことはなくなったが、なかなか自分の間合いまで距離を詰めることができない。
大剣というリーチのある武器を使っているクレアだが、当然鞭には及ばない。
(なんとかあの鞭を斬ることができれば)
命力を込めたクレアの必殺剣、崩断を使えばいかにあの鞭といえど斬ることはできるかもしれない。
しかし、確実ではない。加えて・・・
(たぶん、あの人は暗殺者だ)
クレアは直感的にそう感じた。直感が正しければ武器があの鞭一つではないかもしれない。
暗殺者は二の手、三の手を常に用意しているとスティーグから教わった。。
もし、首尾よく崩断を使い、あの鞭を切断できたとして、それであの暗殺者の攻撃手段がなくなると考えるのは楽観にすぎるというものだろう。
学武際からさらに経験を積み、崩断を使った後にそのまま戦闘不能に陥ることはなくなったが、それでも著しく戦闘能力は低下する。
この暗殺者を相手に先に手の内を見せることは避けたかった。
(でもこのままじゃ、らちがあかない)
多少強引にでも間合いを詰めるか。そう考えていた時、クレアの体に異変が起こった。
「え?」
体がしびれて動かなくなってきたのだ。
「な、なんで?」
「はっはー、やっと効いてきたかい。特製のしびれ薬がさぁ」
「しびれ、薬?」
やられた。鞭にしびれ薬が塗られていたのだ。
すでの二の手は使われていた事にクレアはこの時に初めて気づいた。
暗殺者は嗜虐的な笑みを浮かべ叫ぶ。
「あっはっは! それじゃあ、どんどん行くよ!」
バシン! バシン!
「あう!」
これまで凌いでいた攻撃を浴びてしまうクレア。
大剣をなんとか前に突き出し、致命傷は避けているものの、服は破れ、肌が露わになる。
(このままじゃあ・・・)
クレアはしびれて体が思うように動かせず、剣を突き立て膝をついた。
「もうおねんねかい? お嬢ちゃん」
「く! はあはあ」
どうやら致死性の毒では無いようだが、これでは動きが取れない。
それにしてもこの暗殺者、問答無用で殺しに来なかったり、致死性の毒を使わなかったりと、ただ殺すだけでは飽き足らず、人を甚振る事を楽しむ傾向にあるようだ。
「それじゃあ、そろそろ始末させてもらうよ」
暗殺者が鞭を振り上げた時、クレアは渾身の力を籠め、大剣を握りしめ、暗殺者に向かって思い切りぶん投げた。
「な、ごぅう!」
当然、鞭ではこれは防げない。
鞭を弾き、暗殺者の腹に大剣が命中した。
だが、暗殺者は倒れない。どうやら、鞭をクッション代わりにして直撃を防いだようだ。
「こ、小娘ぇ!」
それでも重量のある大剣を受けて相当のダメージを負ったようだ。腹を押さえ歯軋りしながら、血走った眼でクレアを睨みつける。
「殺す! 殺す殺す!」
「ふ、ふふ」
「なにがおかしい!」
「もう十分です」
十分? 何がだ?
暗殺者はそれが諦めの言葉であると解釈した。
なるほど、確かにこの娘はもう動くことができず、自分の武器も投げ捨ててしまったが、そのおかげで一矢報いることはできたわけだ。十分な成果といえるだろう。
だが、それは暗殺者の早とちりだった。
「もう十分時間は稼ぎました」
稼いだ? 暗殺者はその意味を理解する。まさか助けが来るのか?
いや、それはないと暗殺者は断じる。
仮にクレアの家族が助けに来たとしても、戦力などになりはしない。
騎士もあの街には駐屯してはいない。確認済みだ。
ならば誰が?
「ふん。誰が来るって言うんだい?」
「スティーグ先生です」
「は?」
意味がわからなかった。
スティーグは王都の学園にいるはずだ。
ここまでは馬車で約一日。これるはずがない。もちろん、クレア暗殺に繋がるような手がかりなど、どこにも残してはいない。
「スティーグだって? バカを言うんじゃない。あいつがこんな所まで来るはずがないだろう」
「来ます」
断言するクレアに、暗殺者は苛立ち始めた。
「ここまで、馬車で一日だぞ! この距離で、少ない時間で、来れるはずがない」
「関係ありません。距離も時間も。先生は来ます」
「話にならないね。幻想を信じながら死んでいきな」
「あなたは先生をわかっていません。先生はいつだって無茶苦茶でデタラメで理不尽で、あたし達常人の予想を鼻で笑うような人なんです。それが――」
その時、一陣の風が吹いた。
「なんだクレア、服がボロボロじゃねーか。こっちじゃ、ダメージ系が流行りなのか?」
そして、
そして、舞い降りる。
最強の体現者が。
最強の教師スティーグが。
「それが、スティーグ先生です」




