とある練習風景
「納得がいきません!」
鬼ごっこ大会が終わって数日経ってからの事。
何人かの生徒達が特別クラスである闘技場に押し寄せ、俺に直談判を迫った。
どうしても自分達を特別クラスに入れてほしいと。
俺は頭を抱えた。
「あの鬼ごっこで納得してくれると思ったんだがなー。お前ら最後の方は追いかけるのをあきらめたじゃねーか?」
「ぐっ! で、ですが、特別クラスにも先生を捕まえた者はいませんでした」
『あう』
四人は気まずそうにそっぽを向いた。
「特別クラスに入る資格を得るのに、そのクラスの人間が合格できないような競技を設定するのはおかしいです」
「む・・・」
今度は俺が黙る番だった。まずった。確かに頑張りすぎたかもしれん。
確かにそれはその通りだ。
この四人は特別クラスに入って数ヶ月、劇的に成長した。その四人でも捕まえられなかった俺をこいつらに捕まえるような仕様の競技を設定したのは俺のミスである。
数ヶ月前のこいつらなら目の前の生徒同様、途中で疲れ果てていただろう。シルフィーが特別なのだ。
「んー。わかった。確かにあの競技に落ち度があったのは認めよう。だが、それなら競技が始まる前に異議を言わなければいけないことだったんじゃないか?」
「そ、それは・・・」
「まあ、だが、お前らの気持ちもわかる。で、だ。明日お前らはこいつら五人と一緒に練習に参加してみろ」
「さ、参加してもいいんですか!?」
「あくまでも体験入学といったところだな。もし参加してみてそれでもまだ特別クラスに入りたいというのなら、お前らも編入させてやる」
その言葉を聞き、直談判に来た数人の生徒は歓声を上げた。
「じゃあ、明日は午前五時にここに集合な」
歓声がぴたりと止まる。
「五時ですか? 朝の?」
「あの、特別クラスは放課後の部活動のようなものと窺っていたのですが?」
「そんなもんは最初の頃だけだ。それに部活動なら朝練があっても不思議じゃないだろ」
普通の授業が終わり、放課後、特別クラスの授業が開かれていたのは最初の数週間だけ。
それからは朝にも訓練を行っている。
「どうする? やるか?」
『も、もちろんです』
さて、どうなるかね。
*****
翌朝、早朝五時。
俺と特別クラスの生徒五人。そして、数人の体験入学者達は特別クラス闘技場に集まっていた。
ぶっちゃけて言おう。
俺は毎日朝練に参加していない。
だって朝早いし。
実際ミラとアドルフはいないしな。
こいつらは自主的に訓練するからな。ステラ以外。
しかし。
「なんか、増えてねーか?」
昨日、直談判に来た時よりも人数増えている。
ざっと五十人はいる。
「練習に参加できると話したら、集まりました」
まあ、また後でごねられても困るし好きにさせるか。
「それで、まずは何をするんでしょうか?」
体験入学に集まった生徒達は期待に満ちた顔で俺を見つめた。
「ランニング」
『はい?』
「だから、ランニングだ」
集まった生徒達は呆けた顔をした。どうやら、特別クラスならではの特殊な訓練をするものと思い込んでいたようだ。
だが、そんな甘い話はない。
「基礎体力はすべての基本だ。それなくして先には進めん。こいつらもいつもやっているぞ」
生徒達は特別クラスの五人を見つめると、五人はこくりと頷く。
「じゃあ、行って来い」
「それではみなさん。あたし達についてきてください」
準備体操をし終えたクレアが体験入学の生徒達に手を振る。
生徒達は戸惑っていたが、毎日やっているメニューであるのならと、しぶしぶついていくことにしたようだった。
さてさて、何人戻ってこれるかね。
*****
スティーグを残し、特別クラスの五人と体験入学者五十人は校舎から出て、ランニングを開始した。
最初は渋っていた体験入学者達も美少女達の後ろについて走るのも悪くはないと思ったのか、文句を言うこともなくついてきた。
「こんな朝に走るのも気持ちいいよな」
「ああ、清々しい気分だ」
元々は上昇志向のある人間の集まりである。
早朝のランニングに気分を良くし、特別クラスの五人に続いて五十人は走り続けた。
30分経過。
「な、なんかペース速くないか?」
30分も走ると長い列ができる。後方の方の人間が、ポツリとつぶやいた。
そして、それは言われるまでもなく皆わかっていることだった。
30分走っただけで息が上がる。ペースが速いのだ。
「ね、ねえ。いつもこんなペースなの?」
「はい。あー、いえ、いつもより遅いですかね」
先頭を走っている生徒が、ステラに話しかけると驚くべき返事が返ってきた。
「こ、これよりも速いのか?」
「あ、あとどれくらい走るんだ?」
「すいませんけど、それは言わないように言われてるんですよ」
「そ、そうなの?」
「あたしらも最初のランニングの時は先生から言われなかったんで、これも精神的なトレーニングになるからって」
確かにいつまで続くかわからないランニングを続けるのは精神的にきつい。
今、自分たちは試されている。そう思い、生徒達は黙って走り続けた。
一時間経過。
「もう、無理だ・・・」
まったくペースが落ちないまま走り続けること一時間。何人かの生徒達が脱落していった。
「が、頑張るんだ。特別クラスの生徒達だって頑張ってるんだ。入ったばかりのシルフィー先輩や魔法使いのシャルロッテさんもついていってるんだぞ」
先頭を走る生徒が後ろを鼓舞する。
体験入学の生徒達の大半が男性生徒だ。
女性蔑視のつもりはないが、体力ならば女子には負けないという自負がある。何とか食らいついていこうと思った。
一時間半経過。
「もう少し、もう少し、だ・・・」
多くの生徒達が脱落した。
しかし、それでも何人かの生徒達はなんとか特別クラスの五人に食らいついていた。
それはとても立派な事といえた。
体感ではもう三時間以上を走っている。
特別クラスの生徒が朝の授業にちゃんと出席しているのは知っている。ならば、今日一日このペースで走り続けるなんてことはないはずだ。もうすぐ終わる。それが食らいついている生徒達の心の支えであった。
だが、それをあざ笑う存在が目の前に迫っていた。
「もうすぐ学園に戻りますから頑張ってください」
汗が朝日に眩しく光り、クレアを照らす。
その美しい光景に男子生徒達は思わずうっとりした。しかし、それも目の前の光景を見るまでだ。
「んな! こ、これは」
それはかなりの傾斜の上り坂だった。
学園は災害に備えて高い位置に建てられることがままあるが、このバレンティア学園もその例外ではなく高所にあった。
しかも、この坂はきつ過ぎるので普段使わない旧道である。
まず普通の生徒達が通ることはない。それもこんな消耗している時に。
「こ、ここを登るのか?」
「ここを登れば学園まですぐです。頑張ってください」
男性生徒達はあんぐりと口をあけたのだった。




