四人と追いかけっこ
俺の体捌きに一時戦意を喪失させた生徒達であったが、一人合格者が出たという知らせが流れ、再び活気付いた。
かといってさすがに俺もまた廊下に追い込まれると厄介なので、外のグラウンドを駆け回って、生徒達の追撃を凌いでいた。
学園の敷地の外には出てはいけないルールなので、出ていくわけにもいかずに、俺はグラウンドを縦横無尽に走り回った。
ここである失敗をしたことに俺は気づいた。
休憩時間を設けていなかったのだ。
生徒達はただ俺を追いかけるのを一時やめればいいだけで勝手に休憩を取っているのだが、俺はこのイベントの間、ずっと走り回らなければならないことに数時間経ってからようやく気付いた。
失敗した。腹も減ったが何より喉が渇いた。適当に振り切って水飲み場に行くか?
生徒達と追いかけっこを続けながら、本気で思案していると、ミラがこちらに手を振っている事に気づいた。
生徒達を適当に捌きながら、ミラの方に駆け寄っていく。
「なんだ?」
「これ、サンドイッチとお水」
ミラが差し出したのは包みに入ったサンドイッチと水の入った水筒であった。
おお、気が利いてるな。助かった。
「さんきゅー」
「頑張ってね」
素早く受ける取ると追いかけてくる生徒を躱しながら、俺は走った。
正直、食事ぐらいはゆっくりとしたいが、休憩を設けることを忘れた俺のミスだからな。
本部に掛け合えば休憩時間をもらうこともできるだろうが、まあいい。
休憩がないというのも一つのハンデになる。休憩が全くなく、走る回る人間一人を捕まえられないとなれば生徒達もある程度納得するだろう。
水を飲み、サンドイッチを頬張りながら俺は走った。
日は少しづつ傾き始めていた。
*****
日が沈む間際となった。
グラウンドは生徒達が死屍累々と倒れていた。
俺が何か攻撃を加えたわけではなく、ただ疲れ果て、心身ともに疲労のピークに達したためである。
「どうしたどうした? まだ時間はあるぞ?」
『・・・・・・もう、無理』
根性のない連中だな。
まあ、こいつらなりにいくつか作戦を立てて俺に挑んだのだが、それをことごとく突破され、結局正面から追いかけっこを繰り返したので、疲れるのは止む無しであるが、一人逃げている俺がぴんぴんしているのに情けないことだ。
と、ここで四人の生徒達がこちらにやってくる。
もちろん特別クラスの四人である。
「やっときたか。もう来ないかと思ったぞ」
「これも作戦ですわ」
シャルロッテがない胸を張って答えた。
「スティーグ先生と言えども、これだけ長時間走り回れば体力が減っているはずです」
今度はクレアが豊満な胸を突き出して答える。やめてやれよ、二人で並ぶとちょっとシャルロッテが可哀そうじゃねーか。
なるほど、時間ぎりぎりまで俺が疲れるのを待っていたわけか。
「なかなか小狡い作戦を考えるじゃねーか。好きだぜ割とそうゆうの」
「なんとでもいってください。すべてはテスト免除の為。単位の為です」
俗物的な欲求を相変わらず隠そうともしないのは無論ステラだ。
「よく言う。シルフィー先輩が捕まえたって聞いて、もう行こうって言ってたくせに」
「んぐ。が、がまんしたじゃん」
ステラにセリスがツッコミを入れた。
「日が沈むまでもう時間がないぞ。さあ、来いよ」
『行きます!』
四人が容赦なく俺を囲むと突貫してきた。
これまで連携を取る練習も欠かさずにしてきた四人の動きはこれまで相手にしてきた生徒達の比ではない。無駄も隙もありはしなかった。
まずクレアが先陣を切る。普段振り回している大剣がない分、身軽で動きが軽やかだ。
「ふっ!」
「よっと」
手を伸ばすクレアを躱すと今度は後ろからステラとセリスが迫る。
「もらった!」
手を伸ばしてくる二人の手首をひねり勢いを利用して、軽く投げる。
「うぇぇ」
「嘘?」
驚く二人の横からシャルロッテが迫る。
「ブースト!」
迫ってきたところで加速魔法を使い、更に速度を上げ突進してきた。俺は掴んだままの二人を無造作にシャルロッテに向かって投げた。
『うわあああ』
「え、ええ!?」
見事にぶつかり音を立てて三人は倒れ込んだ。
「み、みんな。大丈夫?」
クレアが心配して駆け寄ってくる。
三人はよろよろと起き上がる。特に怪我はないだろう。
「やっぱり一筋縄ではいきませんわね」
「奥の手、使いましょうか」
土ぼこりを叩きながら、シャルロッテとステラが頷く。
「まずはわたくしが、隙を突きますわ。ブースト最大!」
シャルロッテが俺に向かって突っ込んできた。何故か両手を広げて抱きつくような体勢だ。
「せんせーい!」
なんだあいつは? そうか。俺に抱き着いて動きを封じる作戦か。
それ以外にもなぜか身の危険を感じた俺は大きく距離を取って避ける。
「ああん。先生」
躱されて残念そうなシャルロッテ。何故だろう。あいつに捕まっては絶対にいけないと本能が告げている。
「猪突猛進!」
セリスが命力を使った必殺技を使い俺に突進してきた。確かにこの技は速い。しかし、対処法はいくらでもあるのだ。
俺は状態をぐっと低くして、両手で眼前をガードする。
「!!」
速度が上がるほどに視野は狭くなる。セリスには俺が突然消えたように見えるだろう。
そして、この技は急停止や方向転換ができないのが欠点だ。
ガードした俺に躓いて勢いが衰えないままごろごろと明後日の方向に転がって行ってしまった。
「ならば、ちょっぱや手刀」
ステラが両手に命力を込め、俺に飛び掛かってきた。だが甘い。
ガシ!
「うぇ!?」
俺は初撃でステラの両腕を掴み受け止めた。
「お前は調子に乗ると厄介だからな。なら、その腕を掴んじまえばいいのさ」
「そ、そんなことできるの先生だけですよぅ!」
俺は腕を掴みなおすとそのままジャイアントスイングの要領でぐるぐるステラを回し始める。
「ちょ、ちょっとーーー!」
「そーら飛んでけー」
ぽーんと。ステラを放り投げた。まあ、あいつなら大丈夫だろう。
「さて、クレア。どうする?」
「もちろん。諦めません。行きます!」
クレアも右手に命力を込める。
ステラの技はしばらく持続して剣を振り回すため、速度は一定だ。
対してクレアの技はまさに一撃必殺。初撃が最速。更に今は重い大剣がない。ただ拳を前に突き出すだけでいいのだ。だが――
「え? ちょっと、先生ー」
俺は背中を見せてダッシュでクレアから逃げ出した。
「に、逃げないでくださーい!」
「馬鹿言え。鬼ごっこは本来逃げる遊びだろうが」
一度命力を右手に込めてしまったクレアはそれを脚力に変えることはできない。それでは俺には追いつけない。
そもそもクレアの本来の必殺技、崩断は向かってくる敵に対して迎え撃つことで最大に威力を発揮する。逃げ回る敵を追いかけることには向いていないのだ。
他の三人も体制を整えてまた俺に向かってくるが、力を使ってしまったので動きが鈍い。
俺が逃げ回っていれば追いつくことはできない。
その時。
ピッピーーーー!!!
『所定の時間を迎えました。大鬼ごっと大会を終了としまーす』
終了の笛が鳴り響いた。
「そ、そんな~」
がっくりと肩を落とすステラ。それに倣う三人。
グラウンドは正に敗残兵達のごとき生徒達が横たわっている。
結局、合格者はシルフィー一人で大鬼ごっこ大会は幕を下ろしたのだった。




