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教師対生徒

 会場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 俺の飛び入りにより、ステラとの対戦が始まる。

 学校側も俺が言い出したとなれば文句は出ないだろう。

 理事長のベネデットは俺を恐れているし、そもそもこの盛り上がりを無下にはできまい。

 唯一、文句がありそうなのは目の前にいるステラである。

 せっかくの優勝者としての勇姿を俺にかっさわられた形になったのだから無理はない。

 しかし、俺も意地悪や余興だけでこんなことを始めたわけではない。

 他の三人はともかく、こいつだけはある意味、対戦相手に恵まれなかった。

 戦闘経験で大きく差をつけられてしまっているのだ。

 俺が相手では本当の意味で接戦は経験できないだろうが、訓練ではなく、この会場の雰囲気の中で試合をすることには意味がある。

 言わばこれは教師としての俺の愛情なのだが、こいつ全然わかってねーだろうな。


『さあ、大変なことになりました。スティーグ先生の提案で実現したこのドリームマッチ。優勝者のステラ選手とスティーグ先生の対戦が、今始まろうとしています。なんと、スティーグ先生はダメージがなくとも自分に一撃でも入れられれば、ステラ選手の勝利で構わないと発言しています。なんという自信でしょうか!』


「その自信あたしが木っ端微塵にしてやるっすよ」

「はっ!楽しみにしてるぜステラ」

「あたしが勝ったらあの牧場のステーキ食べ放題でお願いします」

「いいぜ。代わりに俺が勝ったらお前は明日からレギンス禁止だ」

「な、なな。卑怯ですよ。変態! セクハラ教師!」


『スティーグ先生は普段使っている訓練用の模造剣を使用するとのことです。それでは初めてもらいましょう! 試合始め』


 ステラがらしくもなく横に回りながら、俺との距離を少しづつ詰めていく。さっきとは打って変わって冷静だ。

 こいつのこういう強かな面を俺は嫌いではない。

 一度右に体を振ってから左にステラが動く。

 抜いたダガーが俺の目の前に迫る。

 わずかに動き、これを躱す。

 さらにもう片方のダガーが迫る。

 これも躱すがステラは目の前でクルリと回り、一撃目で躱されたダガーをもう一度繰り出してくる。

 素直に単調な攻撃を繰り返すステラはもういない。

 様々な角度から攻撃を繰り出してくる。


『ステラ選手相変わらず素晴らしい連続攻撃! しかし、これは!?』


 躱す。躱す。躱す。躱す。

 あらゆる角度から迫る二対のダガーを俺は全て躱す。


『な、なんという体捌きだ! あれだけの攻撃を繰り出すステラ選手のダガーが、一撃も当たらない! これが伝説のスティーグ先生の実力かぁ!』


「こ、この! ちょっとは弟子に花を持たせるとかないんすか」

「そんなもんあるわけないだろ。さあ、少しは俺も攻めるぞ」

「うぇ! ち、ちょっと待って」


 無論待たずに上段から模造剣を振り下ろす。

 とっさに躱し、そのまま攻撃に移るステラ。

 俺は大きく踏み込み回り込むようにして躱しながら、ステラの背中を軽く小突く。


「あいた!」

「ほれ、どうした?」

「こ、この。こうなったら」


 ステラは呼吸を整え、息を大きく吸い、命力を漲らせる。



*****



 東ゲートの間近で特別クラスの三名は観戦していた。


「あれだけ疾くなったステラさんを赤子同然に・・・」

「あれでも全然本気じゃない。スティーグ先生はいつもあたし達四人を同時に相手にしてるもの」


 シャルロッテとステラはスティーグの強さに改めて敬意と畏怖を覚えた。

 自分達は強くなった。それは間違いない。

 しかし、全く追いつけている気がしない。あの男の底はどこにあるのか? そもそも底があるのか、まるでわからない。


「大丈夫。ステラもまだこれから」


 セリスはステラが必殺技を繰り出す姿勢になっていることを察した。


「それも通じるでしょうか。先生に・・・」

「あたしは! あたし達は強くなった! これまでとはちがう」


 珍しくセリスが大声を出した。シャルロッテは一瞬驚いたが、すぐに気を取り直した。


「そうですわね。このままでいいはずがありません」

「今は信じよう。ステラさんを」


 クレアがシャルロッテの手に触れ、頷く。


「がんばれ。ステラ」


 セリスが静かに、力強く声援を送った。




******



「秘技ちょっぱや切り!」


 ステラは例の必殺技を繰り出した。

 これはさすがに俺でも全ては躱しきれない。

 いくつかはガードしながら攻撃を防ぐ。


『ああ!ステラ選手の超連続切りだあ! ですが、この攻撃をもってしても、スティーグ先生には通じないのか? 全て防がれています』


「ステラ。お前のその攻撃はお前が剣を振っている間は正に剣の嵐のようだ。だが」


ガチーン。

ガチーン。


 コマのように動き続けるステラの攻撃を俺は次々に迎え撃つように受け止めていく。


「ぐ!」

「これが攻撃を止めて仕舞えばどうだ? コマの様に動き続けるお前は止まる」

「なら、また回るだけっす」


ガチン!


俺はステラがダガーを振り切る前に模造剣で割って入る。


「一度リズムに乗ればお前は疾いだろうさ。だが、俺くらいの奴が出てきたらどうする? そうお前の好きにさせると思うか?」

「くう! ゼッゼッゼッ!」

「加えて命力の弱点。そう長くは続けることができない」


 命力をメーターで表すなら、セリスは命力を半分づつ使い、クレアは一回で全て使い切った。ステラの場合はガリガリメーターを減らし続けている様なものだ。おそらく、30秒程で使い切るだろう。

 案の定ステラは呼吸するのも辛い状態になり動きが鈍くなって、ついに止まってしまった。

 約20秒弱。憶測よりも多少短かったが、こんなものだろう。

 さて、終わりにするか?

 俺に負けても敗北の悔しさはそれほどないかもしれないが、試合という形式上、多少はあるだろう。これも経験だ。

 俺はステラの腹に拳を当てる。

 ステラは俺に寄りかかる様に崩れ落ちて――


 ドン!


 何?

 俺は自分の腹に衝撃を受けて数歩後退した。

 何が起きた? ステラを見るとあいつの拳は確かに握られていた。

 あいつに殴られたのか?

 だが、今のヘロヘロのステラに俺を後退させるほどの力があるとは思えないが。


「! なるほどな」


 ステラは命力を残していたのだ。

 あのまま攻め続けても勝算はないと判断したステラは、ちょっぱや切りを早めに切り上げて、俺が油断するのを待ち、崩れ落ちる中、最後の力を振り絞り、命力を拳に込めたんだろう。


「へ、へへ。あたしの、かち~」


 顔色を悪くしながらも舌を出し、Vサインをするステラ。

 そして、今度こそ力尽きたのか、崩れ落ちそうになるステラを俺は抱き止めた。


「ああ、お前の勝ちだ」


 俺は今どんな顔をしているかな。多分笑っているだろう。


『えー、密着していてはっきりわからなかったのですが、ステラ選手がスティーグ先生に一撃加えたのでしょうか? 先生にダメージはない模様ですが、ルール上これは、ステラ選手の勝利です!』


 会場が割ったような歓声と拍手に包まれた。


『わたくし感動しております! 気を失うまで力を振り絞ったステラ選手。それを抱き止めるスティーグ先生。なんと美しき師弟愛でしょうか? おっと、ここで他の三人の特別クラスの生徒が競技場に駆け込んで行きました。皆んな顔をくしゃくしゃにして泣いております。ちょ、やめてよ~マジ泣いちゃうじゃない。ぐす。ありがとうスティーグ先生! ありがとう特別クラスぅ』


 鳴り止まね歓声の中、俺は気を失っているステラの手を残り三人の生徒達と一緒に高々と掲げる。

 その瞬間、歓声は爆発した。

 二日間に渡って行われたバレンティア学武際はこうして幕を閉じたのだった。

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