クレアの想い
「すっかり遅くなっちゃった」
今日あたしは特別クラスの授業を欠席した。
理由は学武際が間近に迫ってきたため、クラス委員長としての仕事が溜まってきていたから。
いつもだったら、休憩時間中に片づけたり、誰かにお願いしちゃうんだけど、今日はかなり多めに仕事が残っていて、誰かにお願いして特別クラスに参加するのが忍びなかった。
日はもう落ちる間近で最終下校時刻が迫っていた。
でも。
「ちょっとは体を動かしたいな」
あたしは特別クラスの闘技場に足を運んだ。
参加できない日はめったにない。でも、こんな日もあり、それが原因でみんなに置いて行かれるのは嫌だった。
みんなは大切な仲間だけど、今回の学部際では強力なライバルでもあるのだ。
あたしは闘技場に入り、競技場に行こうとすると。
「あれ? 誰かまだいる」
もうみんな帰ったと思っていたけれど。
誰かが競技場で体を動かしていた。
(先生)
スティーグ先生だった。
先生は模造剣を手にし、とても美しい剣舞をしていた。
普段は不真面目でどこまで本気なのかわからないところがある人だけれど、今、剣舞をしている先生はとても真剣で、率直に言ってかっこよかった。
(みんな先生の事どう思ってるんだろう)
シャルロッテさんはわかりやすい。もうあれは完全に恋する乙女の目だ。
彼女は別クラスだったけれど、学年上位で外見もとても綺麗だった為、特別クラスで一緒になる前から知っていた。真面目で芯が強い人だと思っていたし。特別クラスに最初に来たころはその印象が強かったけど、いまではすっかり変わってしまった。
ステラさんはどうなんだろう。一番先生と自然体で話しているのはあの子かもしれない。
恋人というよりは兄妹の関係に近いような気がする。
セリスちゃんはちょっとわからない。
彼女はあまり多弁なほうじゃないから。
でも、先生になついているのは確かで、よく先生の周りにいる。その姿は構ってほしい小動物の様でちょっとかわいい。
そんなことを考えていると、ぐるりと体を捻って先生がこちらを向いた。
「なーにさっきから人の技見てんだよ」
「ひ、ひゃい!」
びっくりして噛んでしまった。恥ずかしい。
先生はいつの間にか動きを止め、あたしの方を見て、ニヤニヤ笑っていた。
先生の事だ。あたしが入ってきた時から気付いていたにちがいない。
「今日は委員会じゃなかったのか?」
「終わりました。それで、少しでも体を動かそうと思って。あの、盗み見るような真似をしてすいません」
あたしは頭を下げる。覗き見していたような気持になり、少し恥ずかしくなった。でも、先生は、
「いや、構わないぞ。寧ろ、盗めるところは盗め」
先生はあっけらかんとしていた。もしかしたら怒られると思ったのでほっとした。
「先生も鍛錬されるんですね」
「ああ、あまり動かないと鈍るからな」
この人にそんなことがあるんだろうか? なんて考えたら失礼かな。
でも、ちゃんと隠れて鍛錬を続けているんだ。
あたし達の知らない所で、しっかりと。
「まあ、せっかく来たんだ。付き合ってやる」
先生は手招きしてあたしを呼んだ。
付き合う。もちろん訓練にだろう。
あたしはドキッとした。変な意味じゃない。
うん、絶対に違う。そんな勘違いはしない。あれれ、でも何だろう、顔が熱い気がするよぉ。
・・・コホン。
先生と一対一で打ち込みの訓練をするのは実は初めてだった。
いつも四人同時だったから。
先生は模造剣を片手でぶらぶらと構え、あたしが斬りこむのを待っている。
あたしは大剣を構えた。
全力でいく。
「いきます。はあ!」
上段から斬りこんでいく。先生はそれを受ける。
大剣は重い。
それを真正面から難なく受け止めるなんて。
あたしは角度を変えて何度も打ち込んでいく。
先生はあたしの重い大剣を器用に受け、流していく。
そして――
「ほれ」
「うっ」
剣をうまく流され、体が硬直したところを先生がすっと剣を伸ばし、あたしの肩の辺りで寸止めした。
「もう一本お願いします!」
「ああ」
また打ち込みが始まる。何度か斬り結んだところで――
「ここ」
「うっ」
「ほれこっち」
「あうう!」
特別クラスに入った頃に比べて随分と上達したと思っている。ううん、間違いなく上達している。
それでも先生には文字通りに子供扱いだ。
でも、こうして相手をしてもらうとわかることがある。
(先生は優しい)
もし先生をあまり知らない人が聞いたら、変な顔をするかもしれない。それでもあたしにはわかる。
先生は無理に攻めたてたりしない。あたしの打ち終わりや、体が泳いだ時、そっと剣を置いてくる。
それはつまり『ここが悪い』と教えてくれているのだ。
『ここが悪い』
『ここを変えればよくなる』
先生は無言で、だけどに丁寧に、真摯に教えてくれている。
事実、打ち込みを始めた時よりもあたしの動きは良くなってきているのがわかった。
特別クラスにきてからあたしはどんどん強くなっている。
そして、まだまだ強くなれる。
先生はそう言ってくれている気がした。
「さて、結構打ち込んだな。もう暗いだろう。そろそろ帰れ」
「え。もうそんな時間ですか?」
随分と集中していたようだ。
確かに真っ暗だった。ちょっと怖い。
「じゃあな」
むむ。あたしを置いてさっさと帰ろうとしている先生の袖を軽くつまむ。
「あ?」
「こんな暗い夜道を女の子一人で帰らせるつもりですか?」
「お前なら襲ってきても撃退できるだろ」
そういう問題ではない。
この人はこういうところはダメダメさんである。
あたしはちょっと唇を尖らせる。
「送ってください」
「めんどうだな」
「ミラさんにいいつけます」
「勝手にしろ」
うう。効果が薄い。
この人は別にミラさんが苦手というわけじゃないのだ。
お小言を言われたらうるさい程度なのだろう。
うまく引き止めるアイディアが思い浮かばない。うんうん唸っていると。
「・・・ち。わかったよ」
これ以上引き止められるのが嫌になったのか、先生はしぶしぶあたしを送ってくれることを了承した。
あたしはパッと顔を輝かせる。
と、いけないいけない。こんなことですぐに喜んじゃダメ。だって先生は嫌々送っていくと言っているのだもの。
一人ではしゃいでるあたしはバカみたいだ。
でも、やっぱりちょっと嬉しい。
帰り道。
あたしは先生とたわいもない雑談をしながら帰っていた。
なんだか、こうしていると恋人同士の下校風景にみえたりしないだろうか。
ちょっとドキドキする。
「今度の大会では上級生が相手ですから、緊張してしまいます。あたしより強い相手がたくさんいるんだろうな」
はぁ、恋人同士の会話には程遠い。
この発言も特に何か意図して言ったわけでもない。
でも、先生は何か思うところがあったのかあたしに質問してきた。
「お前。オークに腕相撲して勝てるか?」
は? 急に何を言い出すんだろう? オークですか?
あの緑色で豚のような外見をしたあのオーク?
「無理に決まってるじゃないですか」
確かにあたしは大剣使いだ。一般の女の子よりは多少、ほんの少し腕力が強いだろうけど、それでもオークは平均で二メートルはある巨体だ。勝てるわけがない。
「なら、一対一で戦ったら、オークに勝てるか?」
あたしは顎に手を当てて少し考える。
「今なら、後れを取ることはないと思います」
「理由は?」
「確かにオークは腕力が強いですが、代わりに遅いし頭もよくないと聞いています。攻め手をうまく選んでいけば活路は見いだせると思うんです」
「そういうことだ」
「え? どういうことでしょう?」
そもそも何の話をしていたんだったか。
「最上級生なら強い奴もいるだろう。だが、自分より強い奴に勝つ方法なんていくらでもあるってことだ」
「ああ」
そういう意味か。
「相手が自分よりも強いと認めることは重要だ。だが、ひとつ。これだけは誰にも負けないってものを自分の中で持っていろ」
「はい」
「十回戦って九回負ける相手がいるなら、勝てる一回を引き寄せろ。運でもなんでもいい。勝てる状況を作り出せ」
「なんだか、先生が言っても説得力がないですね」
あたしはちょっと茶化して言った。この人にそんなギリギリの状況を話されても。どんな相手にも余裕で勝ってしまうだろうし。
「そうか? 俺はそうやってずっと戦ってきたけどな」
え?
なんだろう。その言い方は。
それはまるで、先生よりも強い相手が、たくさんいるような・・・
その時、月明かりがあたしたちを照らした。
先生はどこか遠い目をしていて、いつもふざけている時とはまるで違う澄んだ目で前を見つめていた。
胸の辺りが高鳴って、あたしは先生からちょっと離れてしまった。
「こ、ここまででいいです」
「あ? そうか?」
「はい。大通りに出ました。ここまでくれば大丈夫です」
「そうか。じゃあな」
先生はそういって、さっさと帰ろうとする。
むむ。ここは大丈夫か? くらい言う場面では?
また唇を尖らせる。
でもよかったかもしれない。
ちょっと顔が熱くなっているのを悟られたくなかったから。
「あ、クレア」
「は、はい?」
「じゃあな」
先生はそう言ってあたしと別れて、行ってしまった。
本当に普段は飄々として、何を考えているのかよくわからない人だ。
でもなんだろう。時々さっきみたいに人が変わった様に澄んだ目をしてあたしをドキリとさせる。
また胸がドキドキする。
ブンブンと顔を振って気持ちを切り替える。
今はただ、前を向いていよう。
あたしなんてまだ全然ダメで、先生の横に並べない。
でも、今は追いかけていきたい。その背中を。




