ダンジョン後日談
ダンジョンから帰ってきたその足で、俺は理事長室に向かい扉を蹴り飛ばした。
中にいたベネデットはひどく驚いて様だったが、そんなことは一切気にせずに理事長の机まで足を進めると机を押し蹴り、ベネデットを机と共に後ろの壁に挟みこむ。
「がは! スティーグ、先生? な、なにを」
「ダンジョンにドラゴンゾンビがいた」
「ど、ドラゴンゾンビ? まさか、そんな」
「とぼけるな。ゴブリンやスライムしかいないんじゃなかったのか?」
俺はベネデットの首を掴むと片手で持ち上げた。
「ぐ、ぐるじぃ。は、はな、して・・・」
「下らん嘘をつくな。言え、何を知っている? お前が何かを隠しているのはわかってるんだ」
「ほ、本当に、ドラゴンゾンビ、が、いることなど、知らなかった。ただ」
「ただ?」
「ちょ、調査隊から、奥で、不気味なうめき声が、聞こえると、ぐぇええええ!!」
俺はそこまで聞くと手に力を込め、その後ぱっと手を無造作に離した。
どすんと、机の上に落ちて、咳き込むベネデット。今度はベネデットの額の辺りを手で掴むと無理やり俺と目を合わさせる。
「不穏分子がいることを承知で俺達を行かせた訳だ。万一何かあっても俺がいれば対処できる。そう考えたか? あ?」
掴んだ手からベネデットが小刻みに震えているのがわかる。俺は顔がぶつかるほどベネデットに近づき睨みつける。
「俺の目を見ろ、見ろ! 下らんことは二度とするな。次すればどうなるか、わかるな?」
ベネデットは息もできないようで、干上がった喉をひーひー言わせながら頷く。
その表情は恐怖で歪み、脂汗がどろどろと垂らしている。
狸野郎だが流石に演技ではないだろう。
「言っておくが、お前を殺したからって俺はどうってことないんだぞ。お前が軍のお偉いさんだろうが、貴族だろうが知った事か! それで俺を捕えようとするのならそいつらもぶち殺す。この国全てを敵に回そうと構わん。俺を下手に利用しようとするならそれくらいの覚悟を持っておけ。俺に権力は通用しない。分かったか!」
ベネデットはコクコクと頷く。
(以前、逆らう相手に恐怖を植え付けると言っていたが、この男は本気だ。もし、またわたしが裏で動くようならば、国を相手取ってでも、この男はわたしを、殺す・・・)
俺は手を放し、自分を抱きしめる様にして震える初老の爺を見下ろす。
これだけ脅せば十分だろう。
理事長室を後にした。
*********
廊下に出るとアドルフが俺を待っていた。
「やりすぎだ」
「ふん」
一言、言葉を交わした後、俺達はしばらく無言で廊下を歩いた。
ふと、アドルフが俺に話しかけた。
「今回の件、俺も納得がいかん。俺も十分彼女達に情が移ってしまっているのでな。あの子達を餌に使うような真似は断じて許せん」
「俺を良いように利用しようとしたあの爺が許せなかっただけだ」
(そうかな? もし、彼女達がいなければ、お前がそこまで怒りを露わにすることはなかったんじゃないのか・・・)
後日ではないが、これがダンジョン攻略の後日談である。
これでもうベネデットは下らない策を巡らせることはまずないだろう。
それともより大きな策略を企てるだろうか?
まあいい、その時はまた粉々にしてやるだけだ。
*********
王宮、元帥執務室。
ここに元帥とベネデットの二人が椅子に腰かけていた。
雰囲気はかなり悪い。
元帥は眉間にしわを寄せ、ベネデットは心なしか肩を縮めている。
「困った事になったな」
「・・・申し訳ありません」
ベネデットはダンジョンの件でスティーグの逆鱗に触れてしまった事実を包み隠さず報告した。
その報告を受け、元帥は深いため息をつき、頭を抱えたのだ。
「スティーグがあれほど激怒するとは予想外でした」
「確かに。だが、下手を打った事実は否めない」
「・・・」
ベネデットは薄っすらと汗をかいた額をハンカチで拭う。
スティーグがあれほど生徒達を案じるとは全くの計算外。
あの傲慢で、こちらの言うことをまるで聞こうとしない男があんなに情が深いとは。
上手いことスティーグを使って不安要素があるダンジョンの調査を行おうとした結果、虎どころか竜の尻尾を踏んでしまった。
次また、あの男の裏をかいて利用しようとした場合、もしそれに勘づかれたら、本当にベネデットは殺される。あの目は本気だった。
「学園とはいえ、軍部内に取り込むことが出来たと思っていたのだが、これでは猛獣を飼っているに等しい。何時檻を食い破り、こちらに牙をむくか分らんぞ」
「はっ・・・」
頬を伝う汗を再び拭う。
軍部内の取り込み。そして、生徒育成によるスティーグの強さの秘密。
この二つの利益を得る為に画策したというのに、両方とも封じられてしまった。
これでは折角スティーグを取り込んだ意味がない。
だが、下手に怒りを買い、短絡的に攻撃手段に出られるのは非常に不味い。
なんといっても単騎で何百人もの軍勢を相手取る化け物だ。
この国王のお膝元の王都で暴れられたら被害は甚大。
大げさではなく国が揺らぐ未曾有の危機である。
これには元帥も頭を悩ませるしかない。
「残念だが、今後スティーグにはこちらから仕事を依頼することは出来ない。リスクが大きすぎる」
「左様ですな」
二人は大きくため息をついた。
今後、スティーグを利用することは一切なくなり、逆にスティーグに体よく使われることになろうとは、この時二人はまだ知らない。




