初。ダンジョン探索
「ダンジョン探索ですか?」
「ああ、この学園の近くにできたらしい」
俺は先ほどベルデットに聞いた話を四人に話して聞かせた。
曰く、この学園の近くにダンジョンが出現した。そのダンジョンはまだできたばかりの若いダンジョンで、それほど難易度は高くないらしくということ等。
「実践訓練。ですね?」
クレアは意気込んだ。元々真面目な奴だけどな。他の奴らも自分がどれだけやれるのかを試したい欲求があったようで、反対意見は出なかった。
「よし。それじゃあ、明日ダンジョン探索に出かけるぞ。授業は抜けていいそうだ。出席扱いにしてくれるってよ」
「おお、授業サボれるっすね」
「お前はそんなんばっかりだなステラ」
「そうですわステラさん。これも立派な授業ですのよ」
「わかってますって。でも、ダンジョン探索でしょう? 冒険者希望者としてはやっぱり行っておきたいっすよ」
「あたし・・・も」
そういえば、下級生二人は冒険者希望だったか。
それなら行っておいて損は無いだろう。
ダンジョンは敵が出るだけじゃない。
細い通路や待ち伏せなど、出現する相手が格下であっても危険を伴う。
トラップなどについては言うに及ばずだ。
「んじゃあ、明日の昼過ぎに出かけるぞ」
こうしてダンジョン探索は決定した。
****
「ダンジョン探索?」
俺は一応副担任であるアドルフに話をした。
するとアドルフは難しい顔を作り、ぽつりぽつりと口を開く。
「・・・その日は軍の方で用事がある。私は同行できないのだが」
「や、俺が行くからお前はいらねーんだが。一応な」
「そ、そうか」
・・・
・・・・・・
「ん? お前ひょっとして行きたいのか?」
「あ、いや・・・」
アドルフは露骨に動揺した。
そういえば、こいつ結構生徒達を真面目に指導していたしな(ステラとか)
ちょっとにやける。
「な、なんだ?」
「いや、結構気に入ってるんだなこの仕事」
「ぐ、いや、勘違いするな。私が気にしているのは生徒達で」
「やっぱりなー。お前も好きだろ? 美少女」
「違う! 男女は関係ない。彼女達の懸命な姿に心打たれたのだ!」
「ふ~ん」
「・・・な、なんだ?」
「いーや、なんでも。まあ、今回は我慢してくれ」
「ふん」
こいつも素直じゃねーんだな。
*********
次の日。
この日はよく晴れていた。
学園から馬車を借り受け、俺達はダンジョンに向かう。
今回、ミラとアドルフは留守番だ。
ミラは戦った経験のない普通の村娘なので、当然連れてはいけない。
アドルフは連れてくるのにまったく問題なかったのだが、そこそこ立派ではあるが馬車が四人乗りだったことで人数的に無理と判断した。
まあ、アドルフには軍人としての仕事もある。
副担任を任せている為、ほとんど免除されてはいるものの、真面目な性格なので、ちょくちょく軍の訓練所や事務仕事を行っている。
おかげで俺が御者台に乗り、馬車の手綱を引く羽目になった。
ダンジョンは学園から馬車を走らせてほど近い場所にあった。
広く何もない高原に、一つ大きな洞窟がぽっかりと空いていた。
どう考えても不自然な洞窟なので、すぐにそれが件のダンジョンだと分かった。
「あれだな。お前ら準備はいいか?」
「「「「はい!」」」」
「基本、俺は何もしないからな。お前らが自分で考え行動しろ」
「「「「解りました」」」」
(本当に解ってるのかね、こいつら)
こうして俺達はダンジョンの中に潜って行った。
前列にクレアとステア。中列をシャルロッテ。後列をセリスが担当。
俺が後列を担当してはつまらないので、シャルロッテの横を歩くことになった。
松明を灯し、薄暗いダンジョンの中を進んでいく。
しばらくは何事もなく進めたのだが突如、光る眼が暗いダンジョンの奥に出現した。
「モ、モンスター?」
「ゴブリンですわ」
ゴブリンは子供ほどの身長のモンスターだ。腕力も知能もそのまま子供並みしかないが、性格は非常に狂暴だ。
ゴブリンもこちらに気付いたようだ。
気付くと同時に唸り声をあげて持っていた棍棒らしき棒を振り上げて、こちらに突進してきた。
「みんな! 構えて」
クレアが叫び、四人は練習の通りに隊列を組んで構える。
「だ、大丈夫っすよ。相手はゴブリン。最弱のモンスターっすから」
「油断、禁物」
「その通りですわ。先生の言った助言を忘れまして!」
ステラは自分を奮い立たせる為に自分に言った言葉だろうが、確かに油断は禁物だ。
だが、それほど構える必要もなかった。ゴブリンは棍棒を持っているが体格に合わせてリーチは短い。
クレアの間合いに入ると上段から大剣を一閃。ゴブリンを両断した。
斬った後、クレアは蒼白となり、呼吸を荒くして地面に剣をさした。
「はっは・・・」
「クレアさん。大丈夫ですの?」
「・・・うん。生き物を斬ったのは初めてだったから。うん。大丈夫」
シャルロッテがクレアを気遣う。
言葉とは裏腹にクレアの顔色は青い。
殺したゴブリンを複雑な表情で浮かべ、大剣を地面から引き抜くが、持った手が震えていた。
「命を奪うってのはそういうことだ。お前らも覚悟しろよ」
他の三人に注意を促す。
三人は神妙にうなずいた。
もう、モンスターの生息圏内なのだと自覚し、四人はさらに慎重に奥へと進んだ。
しかし、それをあざ笑うかのように、洞窟の幅が広くなった。それは何を意味するかというと。
「い、いっぱいいるっす」
幅の広くなった空間にゴブリンが、五、六匹いた。先ほどの生徒達の声を聴いていたのか、皆、既に武器を持ち、身構えていた。
「みんな! 練習通りに」
クレアの掛け声を口火にゴブリンが飛び掛かる。
即座にシャルロッテが魔法を放つ。詠唱破棄。簡単な呪文ではあるが得意の氷魔法は念じるだけで発現できるほどにシャルロッテは成長していた。
氷の刃がゴブリンを貫く。まずは一匹。
ステラは最初、おっかなびっくりであったが、ゴブリンの棍棒を躱している内に慣れてきたのか、ステップを踏み始め、ダガーでゴブリンを斬り裂く。これで二匹。
「えええええい!!」
おお。クレアが三匹、同時に突進してきたところを横から薙ぐ。同時にふっ飛ばし、壁に叩きつける。これで四匹。
セリスが最後の一匹と対峙していた。鉄甲をはめたセリスの正拳突きをくらい、ゴブリンはうずくまる。
「とどめ・・・」
止めを刺そうとしたセリスであったが、何かに足を取られすっころんだ。スライムだ。セリスはスライムに足を取られ、うまく立ち上がれない。その隙にゴブリンは片手では腹を押さえつつも、もう一方の片手で棍棒を振り上げ、セリスに振り下ろそうとする。
普段、表情を変えないセリスだが、恐怖で顔を歪めた。
ゴブリンであっても棍棒で殴られればただでは済まない。
「セリスさん!」
詠唱破棄して放たれた氷の刃がセリスを襲おうとしたゴブリンを貫いた。これで五匹。
「うう、邪魔!」
鉄甲でスライムを叩き潰し、セリスは立ち上がった。
「セリスさん。大丈夫ですの?」
「あたしだけ、かっこ悪い」
「怪我がなくて何よりですわ。こんな時こそ連携を密にしていかなくては」
「ん。ありがと。せんぱい」
シャルロッテに礼を言うセリス。
一応、注意をしておくか。
「ここが初心者コースだからって油断するな。ゴブリンは子供並みの能力しかないが、逆に子供も武器を持って、隙をつけば大人を殺せる。常に警戒を怠るな」
「「「「はい」」」」
「いや、違うか。そもそもここを初心者コースと思うな。常識に囚われるな。常に考え、思考を止めるな。どんな状況でも自分に何ができるのか考えて動け」
「「「「はい」」」」
今度の返事は先程よりもずっと力強い。
自分達の考えの甘さに気が付いたようだ。
ある意味ではゴブリンとスライムはいい時に出て来てくれたと言えるだろう。
さっそく四人は他にも敵がいないか慎重に辺りを見回した。
そして、クレアが何かを見つけた。
「みんな、これ見て」
最初はまたモンスターかと思ったが、どうも違うようだ。
「宝箱っすね」
宝箱。
これこそがダンジョン最大の恩恵と言っていい。
もしここがモンスターしかいないのであれば、ただの魔物の巣窟だ。
しかし、この宝箱のおかげで人間にも旨みがあり、冒険者の生活の糧となっている。
「じゃあ、開けるね」
「初お宝だ~。わくわく」
ったくよー。さっきまでの緊張はどうした?
宝箱に注意がそれて、周りへの観測が疎かになっている。
まあ、これも経験だ。
ここでモンスターが出て来てくれればいい教訓になっただろうが、幸か不幸かモンスターは出てこなかった。
ステラに急かされ、クレアが宝箱を開いた。中身は――
「やくそう、だね」
「やくそうですわね」
「・・・やくそうっすね」
「・・・しょぼ」
宝箱の中身は一束のやくそうだった。
「くわ~! 初お宝がやくそうか~」
ステラが歯ぎしりをして悔しがる。
「まだ出来立てのダンジョンならそんなもんだろうな」
「そんなもんなんすか?」
「でも、ダンジョンて不思議ですよね。いったいどうやってできるんでしょう?」
「そうですわね。大きいダンジョンですと塔なども突然出現しますし。謎ですわ」
クレアとシャルロッテが疑問を口にする。
仕方ないので講義してやるとする。
「ダンジョンは魔界領に繋がっているんだ」
「魔界領って、あの魔族の住んでいる?」
クレアの疑問に俺は頷く。
魔界領は今は大きな結界で物理的な移動は行き来ができない魔族の住む世界だ。
しかし、理由は様々だろうが、時折魔族やモンスター達はこの人間達の住む世界に出現しようとする。その出現方法がダンジョンを使って移動する方法だ。
教師っぽく指をピンと上に上げ生徒達に教える。ちょっとこの仕草はやってみたかったんだ。
「つまりだ。ダンジョンてのはそもそも魔界にあるもので、それを利用した一種のワープホールだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、このダンジョンからどんどんモンスターが湧き出て来るってんですか?」
それは物凄く危険ではないだろうか?
強力な魔族がやって来たら人間では対抗できないのではないか?
「いや、ダンジョンにもどうやら制約があるらしい。出来立てのダンジョンでは来れる魔物も少ないし、強いモンスターも来れないはずだ」
「ダンジョンは成長しますよ。この洞窟もいずれは大きくなります。それはなんでっすか?」
「あっちで工事でもしてるんだろ。それがそのままこっちに反映されるんだ」
「えーと。待ってくださいよぉ~。それじゃあ、この宝箱はあたしらの為のものじゃなくって?」
「こちらにやってきた魔界の住人の生活品が主だろうな」
「で、でも。確かダンジョンの宝箱の中にはお金もあったはずっすよ」
「同じ通貨を使ってるんだろ」
質問してきたクレアやステラは驚いているようだった。
こいつらは誤解しているようだが、魔界に住む魔族にも社会があり、それなりの秩序がある。
魔族の中には商会を構えている者もいるほどだ。
人間の冒険者をダンジョンのおびき寄せ、金を落としていってもらう。その金をすぐに使える様にするために人間の通貨に合わせているのだ。
「つまりだ。冒険者ってのは魔物の生活圏に入ってあいつらの宝をぶんどっている訳だな」
「うわー、やめてくださいよー。あたし冒険者希望なのにそういう話!」
「・・・がっかり」
ステラとセリスは落ち込んだ。
「でも、増えすぎてダンジョンから人里に下りてくるモンスターもいます。冒険者も立派に私たち人間社会に貢献していますわ」
シャルロッテが冒険者を擁護する。
「それにしても、先生。なんでそんなにダンジョンに詳しいんですか? 確かダンジョンの謎は今だに解明されていないと習いました」
クレアが俺に質問してきた。
「・・・え、マジで?」
俺は驚くと全員がコクリと頷いた。
いや待て。待て待て待て。
「それはお前らが生徒だからまだ習ってないとかじゃないのか? ちゃんと教師や研究者、冒険者は知っているわけだろ?」
今度は首を横に振る。
嘘だろ? て事は今の人間社会はダンジョンの仕組みも知らず、突然出現した洞窟や巨大な建造物に入ってお宝を持って帰る為に潜る作業を繰り返してるのか?
なんつー無茶無謀なことをしてるんだ。
若いダンジョンだって強い魔物が絶対に出ない保証はないんだぞ。
俺も詳しい仕組みは諸事情で知らないんだ。
「あー、出来立てのダンジョンに突然強いモンスターが出たって報告はないのか?」
「えっと、過去に1、2回あったってケースが記録されてるっす。でも、本当に稀なケースですよ?」
バカか今の人間社会!!
冒険者に危険は付き物。帰って来なかったケースを含めれば一体何度あったのか分かったもんじゃない。
強力なモンスターがずっとダンジョンに居座っている訳じゃない。
救出に来た他の冒険者や、お宝目当てでやって来た奴らが強い魔物はいなかったと報告すれば、死んだ冒険者は普通にダンジョンレベルに合ったモンスターにやられたんだと思い込む。
「なんてこった」
見えて来たぞ。
ベネデットが俺をこのダンジョンに放り込んだ訳が。
あの狸野郎!
俺は激しい怒りを覚えた。
ああ、久しぶりだぜこんなに怒ったのはよ。
「先生?」
俺の様子がおかしいのを察してクレアが心配そうに声をかけた。
おっといかんな。こいつらのせいじゃないのに。
「何でもない」
まあ、俺がいるし、最悪の事態にはならんだろ。
「まあいいや。先に進むぞ」
生徒達は不安そうにしているが、俺が大丈夫と言った以上、問題はないと判断し、先に進むことになった。
「あ、でも先生はなんでそんなことを知ってるんですか? まだ解明されていないのに」
おっと、その問題が残ってたか。
「あー、それはだな・・・俺様だからだ」
「「「「・・・・・・」」」」
教え子達は無言。無理があるがこれで押し通そう。
「ほれ行くぞ。まだ見ぬ宝箱を求めて!」
じ~と見つめる生徒達を無視して、俺達はさらに奥へと進む。