課題への取り組み
スティーグにコテンパンにやられたその夜、シャルロッテはベッドの上で悶々としていた。
スティーグ。不思議な男だ。
自分は完全に彼のことを見誤っていた。
最初は酷くいい加減で、噂だけが独り歩きしている何てことのない男だと思っていたのだが、そうではなかった。
確かにいい加減なのはその通りだったが、力は噂以上だ。
その上自習等といい加減な課題を押し付つけられたと思ったが、それも違った。
しっかりと自分達を観察し、自分達に必要な助言を与え、課題を与えようとしている。
「変な人」
帰ってからというものずっとスティーグのことを考えている。
一人の男をこれだけ考え続けたのは初めてだ。
そもそもシャルロッテはその美貌から告白された経験は両手の数では足りず、辟易としており、少々男嫌いの毛がある。
その自分が一人の男性のことをずっと考えている。
「まさか、わたくしがあの男を意識している?」
ぶんぶんと首を振る。
自分はそんなに軽い女ではない。
「わたくしは、一体どうしてしまったの?・・・」
*********
しばらくは先日の稽古の課題に四人はそれぞれ取り組ませた。
気が付けば注意をし、修正を促す。
先日の稽古が効いたのか。生徒達は俺の言うことを驚くほど素直に聞き入れ、注意点をすぐに修正していった。
そんな日々がしばらく過ぎ。
「お。ようやく剣を新調できたのか」
クレアが今まで使っていた剣ではなく、真新しい剣に変えていた。
長さは前と変わらないが、少し細身になっている。
「はい。父に頼んで仕入れてもらったんです」
クレアは嬉しそうに剣を見せびらかした。
「ふ、ん。振ってみろ」
「はい!」
クレアは剣を構え上段から振り下ろす。ふむ、前よりも振りやすいようだが。
「もう一度構えてみろ」
「は、はい。わかりました」
クレアが構えると、俺はクレアを後ろから包み込むような格好で剣に手を添える。
「ふぁ、ふぇぇ。な、なんですか!?」
「うるさい。じっとしていろ。剣の重さによってフォームも少し変わってくるだろうが。もう少し脇を締めて」
「はうううう」
「腰はこう。で、左足を少し前に」
「きゃーーー」
「いちいちうるさいぞ。動くな。よし、振ってみろ」
顔が茹蛸みたいになっていたが、呼吸を整えるとクレアは言われた通り剣を振る。
ヒュンと。小気味いい風切り音がした。
「あ」
「どうだ?」
「振りやすいです!」
「よし。次は上段から振り下ろし。そこから薙いでみろ」
「は、はい!」
正眼に構えてから上段に振りぬき、そのまま流れる様に薙ぎに入る。一連の動作に無駄はない。
振った後でクレアは自分でも驚いたような顔で俺と剣とを見比べていた。
「まあ、70点てところか。いくつかの型を教える。よく考え、イメージしながら繰り返せ」
「はい!」
今の一連の動き。
言われたからといってすぐに出来るものじゃない。
足腰はしっかりと鍛えている証拠だ。
思った通り、真面目に日々の鍛錬を続けていたみたいだな。
ふと、クレアに型を教えていたら視線を感じた。感じた方向を向くと、シャルロッテがこちらを見つめている。
俺が気付いたと気が付いたか、シャルロッテはすぐに下を向き魔術本に顔を埋めた。
なんだあいつ? 隠しきれない耳が真っ赤だぞ。
順番に回っていくつもりだったので、俺は構わずシャルロッテに声をかけた。
「よお」
「ご、ごきげんよう」
「あ?」
何言ってんだこいつ? もうさっき集まった時に挨拶は済ませただろうに。
「ク、クレアさんと何をしていたんですか? 妙に仲睦まじく」
「・・・睦まじくってお前。ただ、クレアが新しい剣を新調したんでフォームを直してただけだ」
シャルロッテはそれを聞くと何故か悔しそうに口を尖らせ、次に何かを閃いたように目を輝かせた。
「わ、わたくしも構えを教えて頂こう・・・かしら?」
「いや、構えって、お前は剣を持ってないだろうが・・・」
シャルロッテは魔法使いだ。剣の構えも型も覚える必要がないのだが。そう言うと、シャルロッテはがっくりと肩を落とした。
なんなんだこいつ? この前の稽古から素直になったのはいいが、何かおかしいぞ。
「それより今は何をやってたんだ?」
「は、はい。初歩の魔法の詠唱の反復練習です。繰り返しが大事、なんでしたよね?」
「ああ、そうだな」
確かに俺はそう教えているんだが・・・
「お前、詠唱破棄は使えないのか?」
「詠唱破棄? 呪文を唱えずに魔法を使うということですか? いえ、まだそれは習っていません。それに詠唱破棄すると威力が落ちると聞いたことがありますし」
「んなこたーない」
「そうなんですの?」
「呪文を魔法式って例えた奴がいたな。魔法は数式に似ている。公式に数字を当てはめれば解を導くことはできるが、なぜ、この公式を使えば解が出るのか? そこまで考えろ」
「つまり、魔法の構造をより深く理解しろと?」
「そうだ。より深く魔法を観ろ。そうすれば詠唱破棄もできるし、威力も落ちない。こんな風にな」
俺が念じるとかざした手に炎が灯った。
「先生は、魔法も使えるんですの!?」
「そらそうだ。そうじゃないとお前を教えられないだろうが」
俺は答えながら掌の炎を散らす。
「また後でいくつかお前の使える魔法の構造について教えてやる。それまで呪文を読み上げて自分なりに考えてみろ。ただ教わるのを待つだけじゃだめだ。自分で考える事が大事なんだ。失敗を恐れるな」
「・・・そんな風に言ってくれた先生は初めてですわ」
「そうなのか?」
「わたくしは名門貴族の家柄です。常に成功を求められてきましたし、それに答える義務があると自然に思っていました」
「失敗しない奴なんていねー」
「先生」
「失敗が見せられないならこの闘技場の中だけでもいいよ。いくらでも失敗しろ。見ているのは俺達だけだ。誰もお前を笑わない。ここにいるのは名門貴族のシャルロッテじゃない。特別クラスの生徒シャルロッテだ」
「は、はい。先生!!」
・・・やけに目がキラキラ輝いてねーかこいつ。心なし顔が上気しているような。
あれ。、こいつ熱ねーか?
俺はシャルロッテの額に手を当てる。
「ひ、ひゃい!先生なにをををを!」
「いや、お前なんか顔赤いぞ。熱あるんじゃねーか?」
「だだだだだ、大丈夫です。ちかいちかいちかい。手をおどきになってください!!」
「・・・お退きになってて、ああ、離れるけどよ。お前大丈夫か?」
「大丈夫! もうばっちりでぇす。今なら魔王も倒せそうな気がします!!」
「今の世界に魔王なんかいねえよ!? つーかお前、最初に会った時とキャラちがってねーか?」
俺はシャルロッテの反応に驚きを禁じ得ない。
するとまたもや視線を感じた。
今度はベンチから。
見ればミラとセリスがこちらを見つめている。ゾクっとした。なにやら寒気が。
近づかない方がいい気がする。しかし、近づかないと後々面倒な気もする。
一瞬迷ったがセリスもいるので俺は近づく方を選択した。
シャルロッテから離れると物凄く名残惜しそうにこっちを見た。
なんだろう? 俺は何か飛んでもない何かをした気がする。
まあ、深く考えず気のせいってことにしよう。
「何見てんだよ?」
「べーつにー。随分楽しそうじゃない?」
ミラが半眼で俺を睨み、セリスもどこか責める様にコクコク頷いた。
「指導してただけなんだがな」
「そうでしょうね。あんなに近づいちゃって。あーやだやだ」
「セリス。調子はどうだ?」
「・・・そうですか。無視ですか」
ミラがこうなった時は相手にしないに限る。
セリスは涙目で首を振る。
「今日は何勝何敗だ?」
「・・・30戦。30敗・・・」
「一回も勝ててねーのか・・・」
ミラとセリスがやっているのは三つ巴ゲームという遊びだ。
ルールは三枚の絵柄のついた札を手元に用意する。剣、魔法、弓の三枚だ。剣は弓に強く、弓は魔法に強く、魔法は剣に強い。
『せーの』で中央の場にカードを出し、勝った方は場にある武器(紙を丸めた棒)で相手の頭を叩く。負けた方は場にある防具(鍋のふた)でガードをするという非常にシンプルな遊び。
魔法も弓も遠距離攻撃だからどっちも剣に強いだろうって? 知るか、昔からあるゲームだ。
何故セリスだけ遊んでいるのか? もちろんこれも訓練だ。
セリスはとにかく考える時間が長い。
判断力を養う為にこのゲームをさせた。
セリスはこのゲームを知らなかった。なおさら都合がいい。
場に出たカードが勝っているのか、負けているのか判断する→勝敗によって持つ道具を選ぶ→攻撃(または防御)をする。この動作は意外に頭を使う。
案の定セリスはこのゲームが弱い。弱すぎる。これまでずっとミラには付き合ってもらっているが、いまだに勝てていないようだ。
「先生。あたしも、動き、たい」
「後でな。それより一回くらい勝って見せろ」
「うう、難しい」
「相当煮詰まってるな。ちょっと気分転換に闘技場を走ってこい」
「そうする」
セリスはそう言うとよほど嬉しいのか、タッタと足取りも軽く走って行った。
「なんだかちょっと気の毒になっちゃうんだけど。罪悪感が生まれるわ・・・」
「手は抜くなよ」
「うう、でもあの小動物みたいな目で見つめられるとねー・・・」
「あいつの為にならないからな」
「解ってるわよ。んー、あたしも気分転換。お茶でも入れるわ」
「俺はステラを見てくる」
ステラにはアドルフがついて稽古をしていた。
近づくと案の定、ステラはぶー垂れていた。
「なーんであたしだけ、アドルフセンセーがつきっきりなんですかー」
「君が目を離すとすぐにサボろうとするからだ。さあ、今の動きをもう一回!」
「うへー。熱血教師苦手っすー」
年頃の女の子に苦手意識を持たれ、若干ショックを受けているアドルフ。
そんなアドルフに状況を聞いてみよう。
「今は何をしている?」
「お前の指示通り反復練習だ」
「ふん。お前はもういいぞ。ベンチに行ってろ」
「わかった」
素直に戻っていくアドルフ。ふむ、やっぱりいっぱい殴っておいたのがよかったのかもしれないな。最初こそ文句を言っていたが、今では割と従順に俺に従う。
まあ、それだけでもないか。
この教室を初めて分かったのだが、あいつ結構教え魔だ。
段々楽しくなってきたのかもしれない。
で、こいつだが。
「お前、レギンス穿いたのか?」
ステラは制服のスカートの下にレギンスを穿いていた。
なぜかドヤ顔で胸を張り、スカートを持ち上げ、これ見よがしにレギンスをみせた。
「ふっふーん。これでもうスカートからパンツは見えないっすよ。セクハラ先生ー」
「変なあだ名つけんな。ふむ、しかしこれは?」
「なんすかー? 悔しいっすかー?」
「いやな、レギンスだけなら何ともないが、スカートを持ち上げて中から覗くレギンスというのもこれはこれで・・・」
そこまで言うとステアはガバっとスカートを下し、両足を閉じる。
「へ、変態!! 変態教師!!」
「だから、変なあだ名つけんな。そんなことよりさっさと教えた型を見せろ」
ステアはうんうん唸りながらも構えを取り、型の動きを始めるステア。
ふむ、以前のように単調な動きではなくなったな。まだ固いが。
シャドーやらせたらまた単調に戻るかな?
「どうっすか?」
一連の動作が終わりステアが聞いてきた。
「ふむ。悪くないが」
こいつセンスは悪くないんだよな。
ぶっちゃけしなやかな筋肉が付いてるし、キレも悪くない。
ただどうにも素直過ぎる。
このまま続けろと言いかけて、俺は一瞬止まる。
「ちょっと貸してみろ」
「え? ダガーっすか」
俺はステアからダガーを受け取るとステアと同じ構えを取る。
しかし、ここからが違う。俺は思うようにダガーを振る。
右を振ったら次に回りながら左。体のばねを使い、弧を描くように、踊るように剣舞を実演していく。
それを見てステラも、他の生徒達も目を丸くする。
「とまあ、こんな感じでやってみろ」
一連の動作が終わってステアを見る。ぽかーんとしていたが、その後に拍手をしだした。
「わかったか?」
「いや、すごすぎて、全然・・・」
俺は頭を掻いた。
「全部真似しろとは言わん。最初は印象に残った部分だけでいい。俺が絶対正しいとは限らないからな。それでも俺から盗める所は盗め」
「了解っす」
そこまで話すと丁度ミラから声がかかった。
「お茶入ったわよー!」
「んじゃあ、休憩するか」
こうして今日の訓練は穏やかに進む。
こんな日々がしばらく続いた。