喪失感
ある場所の暗い密室でとある密談が行われていた。
「これはゆゆしき事態ですな」
「然り。なんとかせねばなりません」
「まさか、あのような事になろうとは」
「もっと事前に手を打っていればあんなことには」
「そもそも現場にいたあなた達が付いていながら」
「しかし、あの場合どうにもできないことだった」
「皆、落ち着くのだ。今はこれからのことを考えよう」
「然り」
「今、重要なのは」
『次は誰が唇を奪うか!』
そこまで話したところでぱっと明かりが付けられた。
「あなた達、その如何にも意味深なごっこ遊びはそれまでにしてはいかがです?」
アティシアが半眼でミラを含めた五人の生徒達に呆れ顔で忠告した。
これに対し六人は猛講義する。
まずはセリスとステラが。
「そんなことない」
「そーですそーです。重要っす」
クレアとシルフィーが。
「先生は心も奪われたかもしれません」
「不覚。その場に私がいれば」
最後にミラとシャルロッテが。
「ですがまだ望みはありますわ」
「そう。早く手を打たないといけないの」
アティシアはため息をつく。
「はぁ~。まあ、あの時は私も驚きましたけど」
妖精の森から帰ったメンバーがまず報告したのは、強敵オリハルコンゴーレムの撃破などではなく、それよりもある意味、恋する乙女にとっての大事件。スティーグがミューリに唇を奪われたという事であった。
これには居残りメンバーも相当ショックを受けて、すぐさま緊急会議を開いていたという訳である。
「まあ、お兄様は恋愛ごとに関してはほんっとーーに鈍感ですからね。逆に言えば隙があるんです。案外簡単に唇を奪えるのかも」
ごくりと、六人は生唾を飲む。
そう。やろうと思えばやれるのだ。スティーグはこの六人には心を許している。
パーソナルスペースもこの六人ならば簡単に侵入可能だ。
できる。やろうと思えば。
ぼしゅぅ~。
そこまで考えて恋愛経験のないメンバーは頭から湯気をだし、顔が真っ赤になってしまった。
おのれミューリ。さすがに三ケタを超える年月を生きてはいない。自分達にできないことを簡単にやってのける。そこに痺れる憧れる。
「とにかくお兄様の今の心情を窺ってはどうですか?」
『確かに』
メンバー達は頷くと行動を開始した。
*****
俺は闘技場のど真ん中で腕を枕に寝っ転がっていた。
「うーむ」
横に置いていたダーウィンスレイブを見る。
鞘に収まっているが、中ではしっかりと亀裂が入ってしまっている剣。
神獣との戦いから五年以上を共にした相棒。
正直、神獣を倒してしばらくはこの剣は無用の長物と思っていた。過ぎた力だと。
しかし、どうだ。剣に亀裂が入ったことで俺の心はざわついていた。
落ち着かないというか、喪失感がある。
やはり、愛剣が傷ついたことが大きいのか。
次、強敵と戦えば間違いなく折れる。
あんなオリハルコンゴーレムなんてものがそうそう現れるとは思えないが、万が一ってこともある。
俺は懐に忍ばせておいたある紙を出した。
エルフの最長老から貰ったものだ。
あの戦いで神々から授かった剣が破損したことを知った最長老は心を痛めた。そして、ドワーフならばなんとかできるのではないかと、ドワーフ族に対する紹介状を書いてもらったのだ。
人間はどの種族にも嫌われているが、これがあれば割とすんなり事が運ぶのではないかと思う。
さて、どうするか。
と、そこに女性陣がぞろぞろとやってきた。
寝っ転がっているので短いスカートの中がチラチラと見える。うむ。いい眺めだ。
「せ、先生。今のお気持ちはいかがですの?」
シャルロッテが恐る恐るといった風に聞いてきた。
今の気持ち? ああ、剣にヒビが入ったことを気にしているのか。
よっと。名残惜しいがゆっくりと立ち上がる。
「まあなんというか、思ったよりも喪失感があるな」
「そ、喪失感!」
「ああ、ないとやっぱり困るっつーか(剣が)」
「そそそ、それは必要という事ですわね(唇が)」
「あ? うん。まあな」
何でそんなに必死なんだ?
他の奴らも顔がなんか赤い。どうなってるんだ?
「そ、それはミューリさんじゃないといけませんか! わたくし達の中で変わりは務まりませんか!?」
ミューリ? なんでここでミューリが出てくる? ああ、そうか。剣に代わる戦力って意味か。
「いや、別にミューリでなくてもいいぞ。お前らでも十分だ」
「ほ、本当ですの? では、いったい誰をお望みですか?」
シャルロッテと他のメンバーの目が血走る。
おお? えらく気合が入ってるな。それだけ俺の力になりたいって事か? まあ、みんなそれなりに力はあるからな。
「別に誰でもいいぞ」
『だ、誰でも!?』
「アティシア。もちろんお前でも大丈夫だ」
『まさかの近親相姦!!』
「そ、そんな。お兄様。私たちは兄妹ですよ!!」
「あ? 何言ってんだ。だからなんだよ」
戦力に兄妹も何もないだろうに。
ステラが口をパクパク開ける。
「すげー。古代王朝の王族ってすげー」
「ああ、お兄様。いけません。でも、お兄様がどうしてもと望むのでしたら禁忌を冒してでも」
アティシアは何故か顔を真っ赤にしていやいやをしている。
わからん。何故照れる。
「まあ、ミラは無理だけどな(戦力的な意味で)」
「ええ!?」
ミラはひどくショックを受けたようで愕然としている。
そして、涙ながらに俺にしがみつく。
「どうして! どうしてあたしはダメなのスティーグ!」
「お、おい落ち着け」
「そりゃあ、あたしじゃ戦力にはなれないかもしれないけど」
「そこが重要なんだろうが」
「そんなの今はどうでもいいことじゃない!」
「な、なに!?」
いやいやいや、今は戦力の話をしてるんじゃないのか? それがどうでもいいってどういうことだ。
いや、待て。今こいつらは何の話をしているんだ? 俺達はとんでもない食い違いのまま話をしているんじゃないのか?
「お、お前ら。いったい何の話をしているんだ」
「こ、この期に及んで何を言ってるのよぉ!」
ミラが俺をポカポカ殴る。地味に痛い。
「言ってみろ。お前ら何の話をしてるんだ!」
『キスの話に決まってるでしょう!』
「剣の話じゃないのか!?」
『え・・・?』
俺は大きくため息をついたのだった。