最強の男スティーグ
数字や単位などは現在用いられているものをそのまま使用していきます。
それは空の王者だった。
街のオープンカフェで茶を飲んでいると、とたんに巨大な影ができた。
それは生物の王者だった。
身の丈数十メートル、鋼をも弾く鱗、いったいどのような法則で飛んでいるのか人間には解明できない翼、巨大な二本の角。
そう。ドラゴンである。
「貴様か。最強の生物とか名乗っている奴は!?」
ドラゴンが口を開き喋った。
通常、下級に属するドラゴンは人語を解さない。
知能が低いわけではなく、ドラゴン同士で独自の意思伝達方法があるために必要としないのだ。
だが、長い年月を生きるドラゴンの中には人語を使う者も現れる。
それだけ長い時を生きるドラゴン。
人は彼らを古代竜とジャンル分けして畏れている。
目の前のドラゴンはその古代竜に属する高位のドラゴンだろう。とはいえ、おそらくは千か二千歳ってところか。俺に喧嘩を売ってくるってことは。
「あー、お前俺の事知らないのか?」
「知っているとも。だからこそ、こうしてやって来たのだ」
「いや、そうじゃねーんだけど。まあいいか」
当然のことだが、この時点で街はパニックである。逃げ惑う人々を気にするでもなく、俺は独り茶を啜った。
俺の名はスティーグ。
身分としては一平民だ。平民が着るやっすい服を着て、それがまたよく似合う人間なのだが。
「貴様! 質問に答えろ」
ドラゴンが喋るたびにその衝撃で建物がビリビリ震える。正直マジウザったい。
仕方なく俺は目の前のドラゴンに応えた。
「言っておくが、自分で名乗ったことは一度もないぞ。俺の戦いを見たやつらが勝手に尾ひれを付けて広めただけだ」
「気に入らんな!」
ドラゴンは実に面白くなさそうに鼻息を吐いた。
だから風潮されるのは嫌なんだ。これまでも「最強を名乗るなら俺を倒してからにしろ」って輩がわんさかやってきた。
もちろんすべて返り討ちにしてやったが、その度に尾ひれがついてしまって、挑戦者は後を絶たない。ドラゴンは初めてだが。
「この世界の生物の頂点に君臨するのは我等竜族だ。貴様ら人間が名乗ろうなどおこがましいぞ!」
「だから名乗ってねーって・・・」
「わしと勝負しろ!」
うわーこいつ話聞かねー・・・。
その時、ミラがウェイトレス姿でこちらに走って来た。
「スティーグ!!」
慌てるミラに俺は目配りをすると、阿吽の呼吸で俺の意図を理解し、こくんと頷くと走って逃げて行った。
「わしを無視するな! くらえ人間。これが最強の重みだ」
ドラゴンは二本足で立ちあがると、右足を振り上げた。俺はドラゴンの意図を正しく理解し、素早くオープンカフェから離れ、広場まで走った。
「遅いわ」
ドラゴンは器用に方向転換すると俺の頭上に足を振り下ろした。
対して、俺は頭の上に右掌を乗せる形で待ち構える。
ズシィ!!
鈍い音がして、俺はドラゴンの右足を軽々と支えて受け止めた。
「な、なんだと!」
ドラゴンは驚愕しているようだった。片足でもこいつの体重はいったい何トンになるのかわからない。それを人間が受け止めた訳だからその反応は当然と言える。
ドラゴンはさらに右足に力を込める。俺は支えられても、地面はそうはいかず、メキメキと音を立て、俺は地面に埋まっていく。くそ、洗ったばかりの服が土まみれになる。
「邪魔だ」
「う、うぉぉ!」
俺はドラゴンの足を無造作に振り払った。十数メートルあるドラゴンが人間にふり払われ、バランスを崩すというシュールな絵が出来上がったが、何とか踏みとどまって倒れることはなかった。つーか、倒れたら街並みが崩壊してたな。やばいやばい。はっはっは。
「貴様何者だ?」
「人間だが? 身分としては平民」
まあ、『ただの』じゃないけどな。
自然にため息が出る。
「これ以上やるって言うなら容赦はしないぞ」
「ふざけおって。これはどうだ!?」
ドラゴンは腰を落とし、右手を振り上げ横から張り手を放った。なるほど、俺を吹き飛ばそうって腹か。
「貴様が頑丈でも、これはどうにもできまい!?」
俺はそんなドラゴンの思惑を打ち砕く行動に出た。ドラゴンの張り手をこちらもパンチで迎え撃ったのだ。
ヴァチーーーーーーーーーーーン!!!
互いの衝突点から衝撃が走り建物を揺らす。
そしてはじけ飛んだのはドラゴンの方だった。さすがにドラゴンを吹き飛ばすまではいかなかったが、腕はあらぬ方向に曲がる。
「う、ぐおおおおお!!!」
ドラゴンは腕を庇うようにしながら、信じられないものを見るように俺を見つめた。
まあ、そうなるだろうな。ドラゴンが人間に力負けしたのだから。
「こんな、こんなことが・・・」
ドラゴンは充血した目で俺を睨みつけ吠える。
「軽くかわいがってやるだけのつもりだったが、もはやここまでだ!」
なにがここまでなのかわからないが、ドラゴンは大きく息を吸う。
ブレスか。
察した瞬間、俺は大きく跳ぶ。ドラゴンの頭上まで跳び上がり、鼻と上顎の辺りに踵落しを叩き込んだ。
「ぶぉふう!!」
強制的に口を閉じる形となり、上からの衝撃でドラゴンは前につんのめりそうになる。更に今度は下顎を蹴り上げ、倒れる事を許さずに強制的に立たせた。
上下に蹴りを食らい、ふらつくもドラゴンは何とか踏みとどまった。
「ぐふ。くく、くくく勝機」
どうやら二度蹴りを食らい勝機を見出したようだ。正気か?
「貴様は今、ブレスを恐れたぁ!」
言うが早いか、ドラゴンは翼を広げ大きく飛び立った。
「ブレスを吐こうとした瞬間、貴様は攻撃に転じた! それはすなわちブレスを恐れてのことだろう。くははは、当然だ。貴様がどれほど人間離れした肉体を持とうが、我等竜の灼熱の炎に耐えられるはずがない」
ドラゴンは大きく息を吸い込み、今度こそ特大のブレスを真下に放つ。
対して俺は地面に手をかざす、地面が大きく揺れ、不自然に盛り上がり、突如、高い壁が出現した。
「やはり魔法も使えたか!」
魔法は人類がこの世界の生存競争で勝ち抜いてきた大きな力だ。
かつて人類の始祖達がエルフから教えを受けたというが、今では独自の進化体系を生み出し、人類オリジナルの魔法もいくつか生まれた。
そんなうんちくはともかくとして、壁はさらに変形し、掌の形をとり、あたかも水をすくう手のように炎から街を護る。
「これほどの巨大な壁を一瞬にして構築するとは、やはり只者ではないな。しかし、無駄だ。竜の灼熱の炎は岩をも溶かす。この岩ごと貴様も灰燼と化せ!」
なるほど、確かに竜の炎はそれほど強力だ。だがな――
「!! なぜ。溶けん!?」
俺の作り出した岩の手は一向に溶ける様子を見せない。
ドラゴンの吐き出す灼熱の吐息を受けて尚、その形を留めていた。
「知らないか? 高位の魔法使いの魔法は物理法則を超越し、干渉した自然界の物質を変化させる。これをそのままの岩と思うなよ?」
「そんな・・・そんなバカなことが!」
俺は岩壁の一部を階段に変化させ、ひょいひょいとドラゴンのところまで登っていく。
「確かに最上位の魔法にはそのような属性が付与される。だが、それは千年以上を生きる古代種と呼ばれるエルフか、わしよりも上位の竜。始原の竜ぐらいのはずだ! 貴様のような人間に使えてたまるか!!」
「そう言われてもな。使えるもんはしょうがねーだろ」
これ以上のブレスは無駄と悟ったか、吐く力がなくなったのか、ドラゴンはブレスを止める。
そして、へらへら笑っている俺を見つめながら、何やら葛藤していたが、がっくりと項垂れて呟いた。
「わしの、負けだ。ブレスを防がれた以上。お前を倒すだけの攻撃手段がわしにはない」
「そうか。なら死ね」
俺としては当然の死刑宣告だったのだが、ドラゴンは仰天して俺を見つめる。
「待て待て、わしにはもう戦意はない。負けを認めたのだ。そのわしに止めを刺すなど、戦士としての誇りがないのか!?」
「ふざけんな! 茶飲んでる俺にいきなり攻撃してきやがったのはてめえだろうが! それに俺はしっかりとこれ以上やるなら容赦しないと言ったはずだ」
「戦いを挑まれたら受けるのが戦士というものだ」
「・・・ドラゴンてのはみんなこうなのか? 言葉が通じても考えがまるで理解できん。とにかく、てめえの考えなんて知ったことか。とっとと死ね」
「戦士としての矜持がないのか!」
「ねーな。そんなもんは」
「悪魔か貴様!!」
「人間だっつの」
こいつとのやりとりも飽きてきた。さっさと終わらせてしまおう。
俺は背中に差していた剣に手をかけた。
「剣? 剣だと?」
ドラゴンは拍子抜けしたように素っ頓狂な声をあげた。
まあ、気持ちはわかる。
ドラゴンの鱗は鋼よりも硬い。名工と達人の技が合わさってもかすり傷を付けられれば上々。
討伐ともなれば精鋭の戦士が中隊、いや、大隊が必要だろうか。
だが、この剣に関してはその常識は当てはまらない。
剣を抜いた瞬間。ドラゴンの顔が蒼白になった。いや、鱗で緑色なんだけどな・・・
「き、貴様。なんだそれは?」
「ん? お前ならわかるか。こいつの力が」
「なんだその剣から放たれる力は! そんなものを人間が、いったいどうやって!?」
「魔剣ダーウィンスレイブだ。その気になれば神だって殺せるぞ」
「神殺しに魔剣!!」
聞いた瞬間、ドラゴンは恥も外聞もなく翼を広げ飛び立った。正しい判断と言えるだろうな。
「ああ、それとな。別に俺はお前の炎を恐れたわけじゃない。俺を巻き込んでこの店まで燃やされちゃ困るんだよ。ここの茶は中々美味いんでな。ツケもきくし」
多分もう聞こえていないだろうが、一応沽券に関わるので伝えておく。
さて、終わらせるか。
「閃け! ダーウィンスレイブ!!」
もはや剣では決して届かない位置まで飛んで逃げたドラゴン。
しかし、閃き放たれた黒き剣閃は音速に迫る速度で、容赦なくドラゴンを真っ二つに切り裂いた。
「あれだけ街から離れれば、落ちても被害はないだろう」
剣を鞘に収めた俺はふとあることに気が付いた。
「待てよ。あいつの炎で店がなくなれば、ツケを払う必要もなかったか?」
失敗した!
いや、金がない訳ではない。
ただ、払わなくていいならそれに越した事はない。
貧乏人と言うのなら笑えば笑え。
しばらくすると、街の人間が恐る恐る様子を窺いに顔を出し始めた。
「ミラは、無事だな」
ミラの無事を確認し、一先ず安心した。
・・・騒ぎが収まるまでもう少しかかるだろうが、俺のせいじゃねーよな?
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