一話 花魁と禿
あなたは年齢が若返ると言う摩訶不思議なことを信じることができますか?
たぶん私も信じる事が出来なかったと思う、自分にそれが降りかかってこなければ、サラサラと流れる美しい川を見つめながら大きなため息を零した。
何度見てもそこに映るのは私の16歳の時の姿なのだが、本当はもう成人をとっくに迎えた25歳だ。
ありえない
何度も思ったのだが改めてそんな事を思う。
私は数日前まで、社会人としてバリバリと仕事をしていたはずだった、しかし残業を終え美しい満月を見がてら帰ろうと、神社の境内を通っていた時に意識を失った。
そして気がついた時にはシトシトと降る雨の中に立ち尽くしていた。
周りの景色も私が居た町とはだいぶ違い、和風の赤い建物と灯篭がズラリと並ぶ街並み。
ドラマなどで見た、花街みたいな場所だった。
そこで出会ったのが胡蝶姉さん
藤のような美しい髪と華やかな容姿をもつ女性だ
「こんなところに娘が落ちているなんて面白いものだね」
そういって手を伸ばしてくれた姿が今でも鮮明に思い出される。
あれから数日、私はこの花街で一番艶やかといわれる遊郭【秋華楼】でお世話になっている。まぁ私みたいな普通の容姿を持つ人間が遊郭で働ける訳はないし、残念ながら異性を楽しませるテクニックとか根性とかないので、この秋華楼の一番の花魁胡蝶姉さんの禿として働かせてもらっている。
秋華楼の番頭に見付かると容姿がなんであれ、間違いなく表に出されるぞと胡蝶姉さんに脅された事もあり、私は言葉をしゃべれない娘という設定になっている。
帰れる道を探しているということを伝えると、容姿に似合わず男前な胡蝶姉さんが帰り道が分かるまで面倒みてやると言ってくれたのだ。
次はこの場所について説明しよう。
どうやらここは現代で言う花街という場所だ。
しかし、みんなが想像している花街とは少し違っている事がある、それは花街の女が体を許すことを強制されるかどうかという所なのだが、この花街は違うようだ。
強制はされないらしく花魁たちは良としない相手とはそういった関係は結ばないらしく、何度も足を向けるお客さんが多いとか
そしてもう一つ違う事は、この花街には妖怪というものが現実に存在する。
というかその存在が力を持っていると言っても過言ではないのだ。
だからこの秋華楼に通うのは妖怪がほとんどなのだ。
力を持つ妖怪こそが上客となるらしい。
この秋華楼の灯篭に灯る炎の色や明るさで妖怪の力が分かるらしい。
今日も胡蝶姉さんの禿として付き添う事になっているのだが非常に緊張する。
何度やっても慣れないものだ
胡蝶姉さんはこの秋華楼の花魁
彼女が住む部屋はとても大きく華やかだ、ふすまを少し開き胡蝶姉さんに頭を下げる。
極力声は出すなと言われているため、目配せだけをすると胡蝶姉さんはニコリと微笑んだ。
とても美しく、極上の頬笑みだ。
やはり彼女はとても美しいのだ、前で絞められた帯と華やかな着物が良く似合う。
私も一応禿として着物を着せてもらっているのだが、とても動きにくくて困ってしまう。
こんなのでどうやって御酌するんだろうかと非常に心配になって来る。
しかも髪が短いからという理由からつけ毛までさせられる私の身にもなって欲しい。
結いあげられた髪が重くて仕方がないのだが住まわせてもらっているからには任された仕事はきっちりとこなしたい。
胡蝶姉さんのお座敷はこの秋華楼の最上階にある一室。
紫を基調とした大きな部屋、その部屋の窓から外を覗けば花街が一望できる。
横目で外にある灯篭に目を向けるとポツポツと光がともる。
その光は今まで見たこともないほどに明るい金色だ。とても強い力を持つ妖怪という事なのだろうか胡蝶姉さんに目で訴えると説明をしてくれた。
「今日のお客様は東様だね ここらでは1、2を争う力を持つ妖怪さ とても美しい美丈夫だよ」
「そうなんですか」
誰も居ない事を確認して、そう答えると下の階の姉様たちがザワザワとざわめく。
どうやらお客様の到着らしい。
興味深々に下を覗き込むと、黄色の光の中しゃなりしゃなりと歩く美しい男。淡い金色の髪に研ぎ澄まされた雰囲気を持ち、頭には美しい金色の狐の耳が生えている。
現代のテレビでも見た事のない人離れした美しさを持っているそんなイメージだ。
その男が胡蝶姉さんの居る座敷を見上げる。
そんな男と目線が交わる、神秘的な瞳に捕まり身動きが取れなくなる、私は慌てて気を取り直し小さく頭を下げて顔を引っ込めたのだ。
東様と呼ばれた男がこの座敷に入ってから私はいそいそと御酌に勤しんでいた、私にできる事なんてこんな事ぐらいだ。
「胡蝶 お前の新しい禿かい」
興味深そうにこちらを見てくる。
「そうですよ 私が拾ったのです 彼女は話ができないですが 良く働いてくれます」
胡蝶姉さんの頬笑みに答えるように再び頭を下げる。
「そうか 名前は」
男がそう問いかけると胡蝶姉さんがニコリと頬笑みながら答えた「月華」だと。
そう私がもらった源氏名は月華なぜこんな名がついたかというと胡蝶姉さんいわく、満月が美しい夜に空を見上げる私の姿がとても印象的だったからと教えてくれた。
なんだか恥ずかしくなってくる気もするのだが、せっかく彼女が付けてくれた名前なのだからしっかりと胸に刻んでいたいと思った。
「月華 酌をしてくれるか、胡蝶にしては珍しい禿だ」
フッとほほ笑み御猪口をこちらに向けてくる姿はとても神秘的で美しい。
慌てて御酒を手に取り注ぎながらちらりと顔を見るが見とれずにはいられない本当に人離れした美しい男。
「なんだ 月華 そんなに私の顔が珍しいか穴が開くように見つめて」
お酒を口に運びながら流し眼をしてくる姿は破壊力抜群なのは確かなのだが、彼の美しさには何処となく冷たさがあり、微笑みにも温かみがないのだ。
慌てて顔を横に振りながら下がると彼はまた面白そうに笑った
「月華といったな お前は面白いな表情がクルクル変わって」
そういう男に胡蝶姉さんまでもがクスクスと笑いだす
「本当に月華は面白いのですよ 気がきくだけではなく気立ても良い」
胡蝶姉さん 過剰評価しすぎ!!という私の心の声を口に出せる訳もなくとりあえず笑っておいた。