赤く染める
彼女に聞いてみたことがある。
『好きな色は?』と。
その時の彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめ、間髪入れずに答えたのだ。
『赤』と。
それがどんな色合いの赤を意味するのかは知らない。
明るいのか暗いのか、とか。
そんなことに興味なかった。
それに聞く必要もなかった気がしたのだ。
全て白い肌に走った傷が物語っている様な気がしたから。
薄暗い部屋でデスクスタンドのみの明かり。
ぼんやりとしたその空間で彼女の人としての形のみが浮かび上がる。
手にはピンクの柄のカッター。
女の子らしい色を好んで選んだようなシンプルなそれ。
それを利き手で握り逆手に刃を当てる。
白く細い華奢な手首に宛てがわれた銀の刃は不釣り合いだった。
ゆっくりとでもしっかりとした力を込めてその刃を横に引く姿を、僕は部屋の扉の前で立って見つめていたのだ。
止めないのかと聞かれれば、きっと返答に困ったことだろう。
彼女がそうする意味を知らずに止めていいものなのか、その時の僕には分からなかったのだ。
今なら分かるかと問われれば答えは否なのだが。
赤い線から溢れる同じ赤の液体を、彼女は恍惚とした笑顔で見つめるのだ。
その姿はどこか神秘的にも思えた僕はおかしいのだろうか。
ぼんやりとした輪郭が浮かぶ彼女。
暗い部屋でも存在をあらわにしようとする白い手首。
そこから流れる生命の赤。
現実から遠ざかったような空間に目を奪われても仕方ないのでは、ないだろうか。
流れ落ちる血液を彼女は拭き取ろうともせずに眺めていた。
新しく作った傷。
古い傷を更に抉って作った傷。
でも、結局は全部同じだ。
一生消えない傷なのだから。
顔を上げた彼女は僕に微笑みかけて、見せびらかすように自分の血液を啜った。
血色の悪い唇が赤く染まる。
綺麗だった。
吸い寄せられるように覚束無い足取りで彼女に近づいた僕は、その青白い肌に手を添えた。
キメ細かい綺麗な肌はもっと健康的なら美しかっただろう。
だが、彼女にはこれくらいが丁度いい。
赤く熟れたその唇に噛み付く僕。
彼女の好きな赤。
僕が好きになった赤。