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創世のアロ・アディナ  作者: ツマゴイ・E・筆烏
「開幕の福音」
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第二章

第二章


        1


 国王アークソルのその時の心境を語るとすれば果たして何が正しいのだろうか。

 驚愕か、安堵か、激憤か、茫然か。あるいはそれ全てなのやもしれぬ。ただし一言彼がどうしても、何であっても叫ばなくてはならない言葉は唯一つ、確定事項の様に決まっていた事だろう。故に彼は数秒の憤慨の後に王城のバルコニーにて大声で叫んだ。

「深夜に仕事を増やすでないわぁああああああああああああああああああああああッ!!」

 彼らしい、と言うべきか。まさしくと語るべきか。何にせよ、何時にせよ、国王であるアークソルの第一声は自分に降って湧いた追加の職務に対しての怒り――より、正確にはこれを起こしたであろう人物数名と、それを起こさせてしまった自分自身への激怒を合わせた末の怒号であった。

 そして、国王がその様な振る舞いを見せる理由――それは口で言うよりも、まずバルコニーから見える光景を見た方が分かり易いかもしれない。

 そこには光の爆発があった。

 輝きの爆散があり、魔力の炸裂があった。

 その意味を知る者達は深夜であれど飛び起きた事だろう。例え、一般人であっても驚いて体を震わせた事だろう。光を見た者も多数いた事だろう。そしてその光の意味を知る人物であるアークソルは嘆息を盛大に発した後に懐からある品を取り出した。

 それは一見して水晶の様である。

 アークソルはその水晶に少量の魔力を込めた。そして頭の中である人物の顔を想像する。王国の右大臣にて彼が信頼する重鎮、ラペック=ライムトゥールの顔を思い浮かべる。すると水晶は微かな輝きを発し、次の瞬間には年老いた人物と思しき声が水晶から発声される。

「――ラペック。余だ」

「これは王様。――如何致しましたか……等は言わずとも察しがつきますが……」

「そうか。お前も察知した様だな?」

「察知と言うよりも……丁度窓の外を見ているところですな」

「ならばわかるな?」

 アークソルの言葉にラペックは数拍置いた後に小さな声で答える。

「……勇者召喚儀式魔法――ですかな」

「ほぼ……否、確実にそれしかなかろうて。誰かが発動したのは間違いない」

「国王。誰か、とは言いますが……」

 ラペックの濁しても仕方がない――とばかりの言葉にアークソルも少し眉根をひそめながらも応答する。そう、誰が召喚魔法を発動させたのかで言えば大方の察しがついている。なにせ魔力の爆発地点であり光が炸裂した場所はバルコニーから見て、王城の左右の都市。それはつまりアタルプ・レド・ラームとセトネイロークの二都市からだ。それも彼の二都市の二大公爵が住む屋敷の付近――ともなれば、これはもう否定要素がない。

「思い切った事をするものだ……」

 呆れと感嘆を浮かべて呟いた。

 勇者召喚儀式魔法に関してアークソルは現状、認可を下していない。むしろ原則禁止を発している。それなのにこの儀式魔法が発現したと言う事はつまり国王の意思に逆らっての魔法発動と言う事になるだろう。こうなってくるともう仕方ない。

「精々、叛逆を起こす気で呼んでない事を願うばかりだ」

「洒落になりませんぞ、王様……」

 ぼそりと呟いた言葉に水晶からラペックの苦笑じみた声が零れ落ちる。

 過去には、ある国である貴族が国王を打破するべく、勇者を招き王権を奪ったと言う例が存在している。無論、その国王が暴君であったが故に勇者が立ち振る舞ったと言う事だが、しかし実例があるだけ笑い話には出来なかった。

 アークソルは何の事なく笑いのネタに使ってはいるが。

「ま、何にせよ事態がちっと動いちまったのは確かだ。ラペック」

 だが国王はすぐに表情を引き締めると右大臣の名を呼んだ。ラペックは「ハ」と国王の言葉を、指令を待ち構える。国王は左右を一度それぞれ一瞥した後にラペックにある指令を発したのである。

「状況確認がいる。余は今からセトネイロークへ向かう。勇者が召喚されているか否か、確かめにいかなくちゃならんからな」

「では、私は……」

「ああ、お前にはアタルプの方へ行って貰いたい。余は回復魔法の使い手ではないからな」

「了解致しました」

「それを向かいがてらで構わん。他の臣下達へ緊急招集を発して置いてくれ。余の方も送っておくが、一応な」

「わかりました。――では」

 その言葉を最後にラペックとの通話が途切れる。

 そしてアークソルは水晶を懐へ戻すと即座に机の上に置かれた書類一式を引出の中へと戻し鍵を掛け、決壊術式を張り巡らせた後にマントを翻し、疾風の様に駆けた。目指す場所は二つのうちの一つ。セトネイロークのヨンヨビクシア公爵家である。おそらくはそこで、本来この世界とは関わり合いのない者が干渉してしまっている事であろう。

 不安なのは果たしてそれが一定基準で起動したかどうか。

 何らかのイレギュラーにより何か予想も出来ない事になってやしないか。例えば一人では無く二人、三人と言う事例――過去にそんなケースがあって近隣諸国が揉めたなんて話を訊いた事もある。いや、人数で言えばもうすでに『二人以上』は間違いないんだろうと思うが。それを考えると頭を掻きむしりたくなってくる。規定通り――普通の召喚は成功しているだろうか。勇者として世界に害悪を与える存在を呼び起こしたりしていないだろうか。心配事がたくさん浮上してああ、なんと悩ましく面倒くさい事か。

 加えて不安なのは召喚者の方だ。

 ――光が二つ。って、事は召喚したのは余の娘二人に間違いないだろう。だが、そう仮定するとエイザはともかく、レイラムの方が心配だ。

 召喚魔法――従来の守護者、守護獣と言った召喚魔法使いの操る召喚ではなく勇者召喚魔法は膨大な魔力消費があると聞き及ぶ。なにせ世界に風穴を開けて、別の世界から対象を無理矢理引き寄せる様な大魔法だ。そんなものを容易く行えるわけがない。そこでアークソルが不安なのは備蓄量の多いエイザよりも備蓄量の少ない――才に恵まれなかったレイラムの方だ。まさか成功――いや、もしかすればクダンレック公爵が行った可能性も否定しきれない。むしろ、そっちならまだ安全性があるが――気は抜けない。もしもレイラムが無茶をしたと想定するのであればアークソルは回復魔法が使えない身の上だ。だからこそ、心配ではあれど、不安ではあれども回復魔法が扱えるラペックを向かわせたのだ。

「どっちも無事でいろ……!」

 不測の事態を常に考慮しながら、アークソル王はただ、ひたすらに走り、目的の場所へ。目標であったある場所の扉を勢いよく開け放った。そうすると、そんな彼の全身を温かな閃光が包み込んでゆく――。



 右大臣ラペック=ライムトゥールは深夜、突如膨らんだ巨大な力を感じて書斎へ書物を戻しにゆく途中であった足を止め、窓の外を凝視した。その時の彼の心境は驚愕一色に染まっていたと言えるだろう。何せ膨大な魔力――それだけであれば何かしら強力な魔法を使っただけと断じられたが、同時に発生している光はある魔法の発動を示唆しているのだから。

 そして僅か数分には自身の主君であるアークソルからの通達が降りた。その内容をしかと聞き届けたアークソルは迅速に王城を走り抜け、ある一部屋の扉の前に辿り着くと即座にその扉を開け放つ。その中にあるもの――それは『空間移動魔法陣』と呼ばれる部類の魔法である。文字通りに空間を跳躍する――空間干渉と言う意味では先程発生した『勇者召喚儀式魔法』と同じだが、それと比べればこちらは実に矮小な魔法と言える。無論、矮小であれども空間を跳ぶと言うだけで十分に稀少で高価な魔法である事実は揺らがないが。

 すぐさま部屋の中へ入るとラペックは魔法陣の上に身を乗り出すと、ただ一言ポツリと呟いた。「転移」、その一言が紡がれた瞬間にラペックの体が淡い輝きに包まれた――そう思った瞬間には再び駆け出している。そうして再度――いや、違う。開ける扉は先ほどの扉とは全く違うものなのだから再度と言う言葉は決して適合しない。

 何故ならば、ここはすでに隣町アタルプ・レド・ラームのザイア・ズランヤ公爵家の中に変遷しているのだから。

 僅か一瞬。刹那の時間にして空間を移り変わる魔法。

 相変わらず凄まじいものだ――とラペックは感動を覚えざるを得ない。この魔法の部類から完全な長距離は不可能でこそあれ隣町程の距離であれば飛び越えてしまう。この魔法による恩恵は素晴らしいものがあった。

 されど、今はその魔法に感慨耽っている場合ではない。

 ラペックは屋内を早足で歩いてゆく。誰か人はいまいかと視線を巡らせつつ歩いてゆく。その折にチラリと相向かい側の通路を何か布の様なものがはためいた。一瞬だがローブの様なものだった様子だが向かいの通路へ行くのに時間がかかる事から、このまま闊歩してゆく最中に誰かと接触出来れば構わないだろうと考え、先程の人物が誰なのか少しばかり気にかかりはしたが歩みを進めたところ、途中、行き当たったメイドを見たラペックは軽くその少女を呼びとめる事とした。

「君、少し構わんかね?」

 こんな深夜に物珍しい客人の声を訊いてメイドの少女は急ぎ足を止めて目を見張る。

「――ライムトゥール右大臣!? 何故、こちらに!?」

 びっくりした様子で強張る少女に「いや、少しね」と言葉を濁して答える。この少女が勇者召喚を見たかどうかを知らない為に反応は少し曖昧になってしまった。だから、ラペックは一瞬考えた後にこう発言する。

「先ほど、こちらで爆発的な魔力を感知したものでね――様子見にきたのだよ」

 魔力は一般人も十分知覚できる。なればこの少女もまた魔力を感知した事だろう。だからそこに関して無理に包み隠す必要はないと感じラペックはそう告げる事にした。

 少女も得心がいった様でなるほど、とばかりに納得の色を顔に出した。

 そんな少女にラペックは一応と問い掛けを発する。

「どうだね。――君は状況を知っているかい?」

 その問い掛けに少女は首を小さくふるふると振って応答する。それはそうだろう。なにせラペックはこの少女の顔に見覚えがない。――無論、ザイア・ズランヤ公の従者の名前を全て覚えていると言うわけではないが、少なくともこの少女の顔に見覚えはなかった。

 であれば最近に雇われた新人辺りだろうと予測する。

 それならば重要事に関与している可能性は薄いだろう。

「わかりません。ただ、私はタオルと治療薬等をすぐに持ってくる様にカルダ子爵に言われただけでして……」

「そうなのかね? ……見た所、新人の様に思えるが」

「は、はい。……数週間前に雇って頂いたばかりで……それと丁度、近場にいたのが私と言うだけのことなのですが……」

 なるほど。何らかの仕事を熟している最中に一番近くにいたこの子が呼ばれたというわけなのか……。

 だとすればそれは理解した。ただ、分からないのはどうしてタオルと治療薬と言うものを彼女が運んでいるかだが――。

「……そうか」

 そこまで思案してラペックははたと思い当たる。

 憶測に過ぎないが――言える事は当然ながら、そう言ったものが必要になったと言う事なのだろう。そしてそれはまず間違いなく不測の事態に違いない。

「君、その荷は私が運ぶ」

「え? で、ですが……」

「すまんね。もしかしたら一秒を争うのかもしれないので――この事に関しては私から言っておくので君は何か思い悩まずとも構わんよ」

 その言葉を残してラペックは彼女の持つ品々を手に持った。ここで下手に使用人の仕事を奪うと主であるクダンレック公が色々ぼやきそうな事に関しても事前に手を打っておく必要があるだろう。ラペックはそれを済ますと廊下を再び迅速に駆け抜ける。

 肝心なのは部屋の位置だが、それに関しては問題無い。

 魔力の残滓とも言うべき痕跡が濃厚だ。これだけ強い残滓――発生している場所を突き止める事はラペックにとって容易い事だ。手に持つタオルをぐっと握り緊めながら走りゆく。何が起きているか漠然としかわからない不安。身が締め付けられる様だ。クダンレック公爵の元に何が起きたのだろうか。新人の少女に勇者召喚後すぐにそう言った指令を出す辺り、切羽詰まっていた状況なのは確かだと思われる。

 そこから推察されるのはおそらくクダンレック公爵に何か起きたこと。

 可能性――魔法失敗に於ける反動。ありえなくはない話だ。過去に罰則反動で身体に障害を負う例はあり、最悪致死に至る例も存在する。

「とすれば私が此処へ遣わされたのも、おそらくは……!」

 急がねば、とラペックは自身に鞭打つ。より迅速に、階段を駆け上がり、目的の四階をめざしただひたすらに足を進めてゆく。そうして数分の経過後にラペックは部屋の前へとたどり着いた。一番奥に存在する部屋だ。ここから膨大な魔力残滓が放散されている。

 一呼吸置いた後にラペックは勢いよく扉を開けた。

「急を要するのでノックもなしに失礼する――ご無事ですかザイア・ズランヤ公!」

 ――いなかった。

 ラペックは一瞬己が目を疑った。なんと、その場には誰もいなかったのである。誰一人その場所には姿が無い。あるのは用いられたと思しき勇者召喚の為の魔法陣。四方を司るそれぞれの特殊媒体。エネレスの尊き光が差しこんでいる部屋でしかない。

 だがその部屋に異質なものは確かに存在した。

 水の様に透明な液体が水たまりをつくっている事も気にかかるが――それ以上に気にかかるのは傍に広がる真紅の濡れ跡――血だまりが出来ていた。

 誰かがやられたのか、と訝しんでそれは違うと結論付ける。

 なにせ戦闘痕が無い。血こそあれど戦闘痕は何処にも無かった。とすれば戦闘が起きた可能性は削除。ならば次に浮かぶ可能性で最も高いのは召喚者が反動を受けた事だ。クダンレックがそんな事には――と考えつつも勇者召喚と言う大魔法。何が起きるか予測不可能だ。しかしだとすれば何処に――と考えたところでラペックは頭を抑えた。

「――私はバカか。負傷したのであれば、この様な場所で介抱せず、安心できる場所で治療を行うのが当然ではないか」

 すでに別室へ移ったのだろう。

 だとすればそこはなるべく広くて大きな部屋。そして人が行き交う上で即座に対応が可能であり負傷を悪化させないよう最小限の負担で運び込まれた場所――。

「階段に一番近い部屋。――おそらく、そこだ」

 あそこに違いないだろう。

 屋敷の構造上で階段傍の一室――確か四階の浴室と連結している部屋があったはず。病人の介護を一番に行える部屋だ。とはいえ、四階の場所はそう使わず、一階か二階が大抵だったはずだが緊急であればそこの可能性が極めて高い。

 ラペックはすぐさま駆け出した。

 目的の部屋を目指せば微かだが聞こえてくる『――! ――!』人の声が耳に届く。急ぎ足で来すぎた所為で自らの足音。そして風の音に冷静さを少し欠いた事で声を取りこぼしてしまったのであろう。なんとも未熟な失態に叱咤せざるを得ない。

 だが、今はそれより先にすべきことがある。

 部屋の扉の前へ辿り着くとラペックは部屋を軽く二度、手の甲で叩いた。

「ザイア・ズランヤ公。ラペック・ライムトゥールでございます。失礼して構いませんか?」

 だが返事が来ない。

 ――いや、聞こえていない気がしてくる。それだけ部屋の中が騒がしいのだ。公爵家ともなれば部屋の中の会話が聞え辛い様に『音楽魔法』の一種がかかっているはずだ。それでも微かにラペックの耳に届くとすれば、それはかなりの大声ではないだろうか。

 ――それはつまり、クダンレック公が緊急の容体であり、周囲が慌てている、と言う可能性ではないだろうか。ラペックは最悪の事態を想定し、そして事態をこれ以上悪化させるわけには決していかない――その決断の元、ドアノブを回した。幸いな事に鍵はかかっていない。混乱の最中であったなら当然だろう。そしてラペックは扉を開く――。

「ザイア・ズランヤ公! ご無事です――「何故、服を着ずに男どもの前に現れるんだ君は! 痴女か? 痴女なのか? 露出の気でもあるのか!?」――か……?」

 果たして、そこに広がっていた光景は彼、ラペックの想定していたものとは大きくかけ離れ得ていたと言わざるを得ない。まず予め説明しておくと、その部屋は中々豪華な造りになっていた。四階の中で勇者召喚儀式に使われた部屋が一番大きな部屋とすれば、こちらは三番目に大きな部屋に当たるわけだが整えられた家具に壁に立てかけられた絵画。丁度良く配置された大きめのソファー。隅にある植物。夜の景色が楽しめるバルコニー。そして浴室と隣接している防水加工の扉。そしてふかふかの大きなベッド。そこまではいい。前に上がらせてもらった時に見た部屋のままだ。

 問題なのは、部屋の奥のバルコニーにてクダンレック公爵が、

「おい! まだか! まだなのか! もう振り返って構わんだろう!?」

 と、夜景を怒鳴りながら見ているという事――明らかに振り向いたら許さないと言わんばかりのオーラに当てられながら。

 そしてそれは同様の様で、クダンレックに仕えるカルダ子爵他数名が、

「今宵もエネレスは美しいな……」

「そうですっしね。ただ、俺としちゃあ後ろ振り向きたいっし」

「死にたいなら、どうぞ?」

 と、公爵と共にバルコニーに並んでエネレスと夜景を楽しんでいる様子。

 そして、おそらくはそんな事態に陥れた――追い込んだ張本人と、元凶と思しき二名に対して目を移す。そこにいるのはラペックにとって予想外の二名の姿――いや、一名の姿とも言えるかもしれないが、状況から言って二名と言い含めておこう。

 まず一人。ドレスでありながら、動きを阻害しないように最小限の加工をされた特注品のドレスに身を包む、凛々しい出で立ちの美少女。王国の姫騎士と呼ばれる第一皇女レイラムに他ならない。この時点でラペックはなるほどそうきたか、と理解を示す。クダンレック公爵は彼女と結託し勇者召喚を行ったのだ、と言う事を認識した。

 ともすれば――。

 ともすれば、彼女の隣。皇女レイラムの隣でベットの上にその小柄な体躯を乗せている亜麻色の髪を持った壮麗の人物こそが――、

「だから服を! 男の眼があるんだぞ、服を着るんだ勇者よ!」

「落ち着くべきだ。まぁ、話を訊こうじゃないか、皇女様とやら。ぼくは――」

「話は聞くさ! むしろこの後、じっくり聞かせるさ! だが、その前に話を訊け! なんだその有様は! タオルを肩から羽織っただけで隠せると思うなよ!?」

「隠す隠さないとは何の話だい? と言うか、下は履いているのだから、上くらい構わないだろう? しばらくぶりの風呂上り――楽しみたいんだ」

「やはり痴女か! 痴女なのか! 男の前で何を上半身全裸で言うんだ、痴女勇者!」

「撤回を求めよう。流石のぼくも不埒者の誹りは頂けないな――」

「ならば服を着ろ! 着さえすれば即時撤回してやるから!」

「レイラム皇女! まだか! いい加減夜にバルコニーは寒いぞ!」

「黙っていろ、ザイア・ズランヤ公! 女の艶姿を見ようとするのであれば私の剣が風と共に血飛沫を舞い上げるものと知れ!」

「勇者―! 勇者よ、早く服を着るのだ! 今日は特に! 特に風雲冷たき日であるのだ、さっさと上着でも何でもいいから羽織れ!」

「冷たい風の日なのかい? あはは、風流でいいね。ぼくも風に当たろうかな」

「風邪を引く気か! 上半身裸でそんな事すれば一発だぞ!」

「……」

 王国右大臣は静かにその場に崩れ落ちた。自分がさっきまで放っていたシリアスが何故だろうか――今は、とても。とてつもなく羞恥に変換されてしまった気がして顔を右手で抑えながら静かに床に膝をつく。

 ……どういう事態なのですか……。

 困惑ばかりが満ちてゆく。とりあえず分かるのは――勇者、と呼ばれる少女がいる事くらいなのだろうか。亜麻色の頭髪を肩に触れる程度の長さまで伸ばしたセミロングの少女。唯の少女ではない。とてつもない美貌の美少女だ。小さな顔に散りばめられた宝石の様な部位は黄金比の様な配列でその人物の面貌を艶やかに形作っている。――そんな少女が綿の厚地織物で出来た脚絆に首にかけた白いタオル一枚だけの姿――と言うのであるから目を惹かぬ要素はないだろう。肩から垂らしたタオルはどうにか少女の胸のふくらみを隠せている程度だ。

 そしてそんな少女の有様を見て第一皇女レイラムは『破廉恥だッ!』と、ばかりに騒ぎ立てており、その結果男達に見せるわけにもいかずバルコニーに追いやった――と言う事はラペックの想像に難くない。

 だが、何がどうなってるのかと聞かれたらとても答える自信も無いのが事実だった!

 そんな風に彼が茫然自失と佇んでいると、勇者と呼ばれた少女が「おや」と気付いた様に声を出して「皇女様。ぼくに構うのも面白いからいいのだが――お客人が来た様だ。まず間違いなくぼく絡みとは思うが僕では相手が出来ないから、任せるて構わないかい?」と余裕のある態度を崩さずしてそう発言した。お客人、と言う言葉にレイラムは勇者の視線の先へと振り返ると右大臣ラペックの眼と眼があった。

 鍔鳴り――。

「――目は逸らしますのでお話をお聞かせ願えますかな?」

 それは刹那の判断。レイラムが抜こうとした剣の貫禄を目敏く感じ取ったラペックは実に素早く鋭く、首からグキッ、と言う鈍い音を鳴らしてでも尚、視線を逸らしきった。

 その反応でレイラムも自分の行動に少し罪悪感を抱いた様子で剣を収める。

「――いや、すまない、今のは横暴であった。すまなかったな」

「いえいえ、お気になさらず」

 それよりも、と一拍置いて。

「本当に……これはどう言った状況なのですかな?」

「そうだな……」

 レイラムは何処か悟った様な様子で一度部屋中をぐるりと見渡した後に勇者――勇者として呼び出された少女を一瞥する。そして部屋の有様も。

 そうしてレイラムは何とも複雑な表情で呟いた。

「――風呂上り、と言うだけなんだ」

「……」

 その何とも言えぬ表情に何もフォローじみた言葉を発せられないラペックであったが、数秒の間を置いた後に、ふっと王の言葉を思い出し、それだけをしっかりと伝えてみる。

「……レイラム様。国王陛下が今回の一件でお呼びですので、御同行をお願いしたいのですが構いませんかな?」

 ラペックの言葉を耳にしたレイラムは長い長い沈黙の後にか細く「……ああ」と呟いた後に了承を示す形で小さく頷いた。そんな何とも奇妙な空気の中で勇者と呼ばれた少女は「どうやらお呼ばれの様子だし、ぼくも着るとしようか」と用意された上着を軽く羽織り、バルコニーの公爵、子爵と言ったそうそうたる国の重鎮達は、

「何だ! 何故、静かなのだ! 戻ってもいいのか、悪いのか、どちらだ!」

「さみーっしー……。いいなー、公爵様体温高そうで……お腹とか寒くなさそうっし」

「おい、こら、貴様! 私がデブだとでも言いたいのか? 言いたいのか、凡夫めが!」

 何処か楽しげにさえ見える苛立たしさを蓄えながら、夜景を夜風と共に満喫していた。


        2


 王城では未だ嘗てない静寂が満ちていた。

 静寂と一言に言えば、ただ静かであると思う事なかれ。静寂にならざるを得ない状況もまた静寂であり、静寂でこそあれど肌に突き刺す神経的な痛み――ぴりぴりとした空気は静謐に体に緊張感と言う名の静寂を与えてくる。

 この空気を。この感触を。この気配を仲津留琥太郎は知っていた。少し前に友人が全く同じ体験をした際に鉢合わせた事がある為に彼は知っていた。彼だけでは無い。数多くの人が体験した事があるであろう空気。その名は――説教。

 静寂を打ち破るのは常に静寂を生み出した張本人だ。

 静寂の王は玉座に坐しながら、権威の象徴足る王笏を苛立たしげに踏み付けながらと言う暴挙を御貸しながらもただ一言告げた。

「――さぁ、弁明があるんだったら聞かないぜ?」

 なら、訊くなよ。と、誰しもが思った。

 その中で唯一、二大公爵の一角クダンレックが頭の上を左手で抑えながら戦々恐々ながらも一言発した。

「こ、国王陛下。ど、どうぞ一言だけでもお聴きください……!」

「喧しい。訊かずとも想像がつくから聞かんのだ、阿呆」

 臣下の切実な言葉をアークソルは見事なまでに叩き伏せる。だが彼の発言はそのままその通りな意味であり、訊かずとも大抵のあらましを理解しているが故の発言であったのも、まず間違いはない。

「お父様……。で、でも少しだけでいいですから……」

 その中で父親の理解を仰ごうとやはり頭を右手で抑えながら第二皇女エイザが小さくもしっかりとした声で物申す。

「お前まで関わったかー、と言うのは驚きの一旦だったのは認めよう。だが何も言うな、わが娘よ。大体の事情は察せられてしまうからな……」

「御見通し、と言うわけですか……流石父上」

「レイラムお前もな……。…………。……いや、いい。何事も無ければいいさ、お前に関してはな……」

 何処か安堵を浮かべた様子で呆れた様な笑みを浮かべるアークソルに対して何とも言えず、第一皇女レイラムは頭を抑えながら再び座り直す。倭人族の慣習と呼ばれる『正座』と言うものなのだが、どうして怒られる時は自然こうなるのか。本能なのかもしれないなとレイラムはどうでもいい事を考えたりしてしまう。

「……」

「そしてセドーネ。お前は本当に何の一言の弁明も無いんだな」

「私は罪を背負う心積もりで王の決定に背きました。その時点で、すでにこの首から上は無事では済まない。済まなすぎると覚悟の上にございますゆえ」

「――固い。固すぎるな、我が国の二大公爵は……」

 唯一人だけ、頭を抑えずに正座するセドーネ。だが、痛いものは痛いのだろう。服の裾を握る手がぶるぶると震えているのが見て取れる。

 何故、四人がこうなっているのか。

 仲津留琥太郎。そして、レイラムと共に連れて来られ、現在感心した様に愉しげな表情を浮かべているもう一人の勇者は良くわかっている。


 ……お姫さんと……公爵? だっけ? まさか、四名揃った瞬間に全員の頭を拳骨で殴るとはな……何か初っ端から凄い光景見たよ、俺……。


 仲津留琥太郎が感心する程の構図であった。ボカ、スカ、ドゴ、バキ、とばかりに横一列に並んだ重鎮と皇女を問答無用で殴り捨てたのだ。ついでに言えば――本当についでの様に先に到着していた第二皇女とセドーネは流れなのか二回殴られた。理不尽だ。国王はその際に傲岸不遜に「言っただろう。余は暴君――暴力王で暴君だ」と言い放った。なんだそのとってつけた様な説明は。

 だが、しかし――これで必要な面々は揃い切ったのである。

 国王アークソル、右大臣ラペック、二大公爵のセドーネとクダンレック、第一皇女のレイラムと第二皇女のエイザ。――そして勇者として召喚された琥太郎に、もう一人。今回の一件に必要最低限にして最大限な面々は揃い踏みだ。

 故に、国王アークソルは静かに口火を切った。

「――話に入るぞ」

 途端に王室に張り詰めた空気が満ちた。国王アークソルの表情は先程までとさして変わらない様に見える。されど目が違う。奥深くに灯る威風――それはそのまま周囲を圧迫する気迫と変わって部屋中の大気を変質させるかの様であった。

「だが、まずは突っ立ったままってのは頂けないな」

 国王はそう一人ごちると軽く指先から微かな淡い光を玉座の肘掛に灯した。

 その瞬間だ。玉座から光が床下を一瞬にして走ったかと思うと左右の壁面に直撃する。すると何か大きな音――歯車が回るかの様な音が鳴り響き始めたかと思えば、左右の壁面から細長く適度な厚さを持った分厚い板の様なものが出現する。その存在を知っているのであろうレイラムやエイザと言った面々はすぐに一定の位置へと――やはり頭を抑えつつも動いてゆく。その際に琥太郎に対してセドーネが「勇者殿。そこにいると頭を打つ。打ち過ぎますぞ」と語りかけてきたので琥太郎は慌ててセドーネの隣へ移った。もう一人の勇者と呼ばれた少女はすでに適地に移っているので安心だ。

 そうしてその仕組みが作り終えた光景を見て琥太郎は「おお……」と感嘆の声を上げた。

 巨大な机が出来上がっていたのである。玉座に座る国王に対して滑らかなU字型を描く形で巨大なテーブルが出来上がっていた。

「中央左半分三番目から、クダンレック、レイラム、そこの異世界人、コタロー、エイザ、セドーネの順番に座れ。他の臣下は残りの場所に自由に座る様に。いいな?」

 国王の言葉にしかと頷くと、臣下と皇女、そして勇者は言われた通りにその位置の椅子へと腰を下ろした。少し驚いたのは金属の椅子なので固いかと思ったら自身の体重に合わせる様に柔軟に椅子が沈んだ事だ。固そうなイメージだった為に包む様な柔らかさに少しばかり感動の面持ちで琥太郎はふにふにと椅子を指で軽くつついた。

 さて、そんな配置故に琥太郎は自然、国王の正面に座る形となった。

 隣には亜麻色の髪をした美少女が一人。正直、今までの話の内容から察する程度しか現在情報が無いのだが自分と同郷の少女――なのだろうか。しかしすぐに分かる事と深く考察するのは止めて眼前の国王に視線を送る。

 アークソルは招集をかけた全員が着席した事を確認すると、これが始まりとばかりに一言告げる。歴史に関わる一幕を開始する。

「――では、今から緊急王国会議を始める。夜遅くに集まってくれた皆に感謝する」

 国王の言葉に臣下達が一様にとんでもないといった面持ちで頷いて返す。

「もし文句がある奴がいたら、そこのお姫様二名と公爵二名に言ってくれ」

 それはハードルが高いです、とばかりに首を振る重鎮達。

「さて、では深夜も深夜。早速、本題に移ろうと思う。予め、一つ皆に言っておく」

 一拍の隙間を置いて国王はしっかりとした声で宣言した。


「――我が国で勇者が二名、召喚された」


 臣下達は一様に緊張した様子と共にどよめきを発する。その様子から、この状況から大方の予想はついていたのだろうが、それでも国王本人の口からその言葉が放たれるのでは意味が違う。重臣たちの視線は一挙に琥太郎と少女へと押し寄せた。

 流石に大の大人にこれだけ視線を注がれると琥太郎は思わず萎縮してしまう。

 隣の美少女が「そんなに身を強張らせる事も無い。リラックス、リラックス」とにこやかに肩を叩いてくる。心臓に毛でも生えているのだろうか、と疑いたくなる。

「――で、だ。皆も色々と聞きたい事があるだろう、とは思う。だがまずは余に一言、二言言わせてくれ」

 そんなどよめいた空気が少し収まってきた辺りでアークソルはそう発言した。

 国王の言葉を重鎮達は静かに待つ。静寂が一時、場を支配した辺りで国王はただ静かに言葉を紡ぎ、世界に産み落とした。

「……すまなかった」

 第一声は明らかなまでの謝罪であった。

「本当に申し開きも無い程にすまなんだ。こちらの事情で『勇者』として召喚してしまった事、それに関して本当に謝罪の使用が無い。元の世界より強制的に呼び寄せた事――それに関しては真、申し訳なかった」

 目を伏せ、微かに項垂れながら静かに呟かれた言葉。

 真摯なまでの謝罪に琥太郎はぽかんとした表情を見せる。隣の少女は「――へぇ」と感心した面持ちで国王を見つめている。変わった国王だな、というのが琥太郎の感想であったのは言うまでもないが、それでもしっかりとした謝罪だ。勝手に異世界へ呼び寄せてしまったと言う事実に対して見事なまでの誠意だと思わず感心してしまう。

 ……それでも頭は下げず謝罪する辺り、王としての一定のラインを守っている様だ。

 ま、それくらいはいいか。

 琥太郎は内心でそう呟いて納得する。そして静かに瞼を上げたアークソルは次いでせかす様に王笏で約四名――琥太郎と少女を世界に招いた元凶を指し示す。その意味を即座に理解したのであろう。四人はそれぞれに琥太郎と少女に向けて静かに頭を下げて謝罪の言葉を述べてゆく。琥太郎に限ってはエイザから「その……危うく殺し掛けて申し訳ありませんでした、勇者様」とか細い声で頭を下げられた。思わずその際に見えた胸の谷間に意識を吸い寄せられ「全然気にしてないっすよ」と返した琥太郎の姿にジト目が注がれる等の出来事もあったが謝罪に関して言えば滞りなく終了したと言えよう。

 国王は初めに済ませておくべき事柄を終えた後に「では」と玉座に座りながら、

「コタローと別の勇者もいるからな。改めて自己紹介しておこう、勇者よ。余の名はアークソル・ズヴィヘイド=ヴィード・ザヴァディン=メルスバヴナと言う。十二大陸、エヌレ・トウス最大国家エクセン・ディジーリヴの国王を務めている者だ」

 王笏を大地に突き立て黄金の輝きを煌めかせ雄大な貫禄と共にそう名乗りを上げた。

 琥太郎はオウム返しの様に新しく出てきた情報を復唱する。

「エヌレ・トウス? エクセン・ディジーリヴ……?」

「気にかかるか? まぁ、待て。それは後だ」

 頭に疑問符を浮かべる琥太郎を遮って、国王は王笏でセドーネ公爵に合図を送る。

「では私から――エクセン・ディジーリヴ王国、二大公爵の一人。セドーネ=ヨンヨビクシアと申し上げます、勇者様。今回、勇者様を召喚した側の人間、と言う事になりますな」

「ああ、だよ――ですよね? 確かにいましたし……」

「そしてこちらが……」

 セドーネ公爵が手でそっと指し示す相手――先程、琥太郎に謝罪を申し上げた第二皇女であるエイザは椅子からふわりと立ち上がると、小さくお辞儀をした後に向日葵の様に可憐な微笑を浮かべる。

「改めまして――自己紹介させて頂きます、勇者様。私はアークソル国王の次女、エイザ=ヴィード・ザヴァディン=メルスバヴナと申し上げます。今回……勇者召喚を執行した者という事になります。此度は本当に手前勝手に勇者様にご迷惑をおかけして……」

 再び大きくお辞儀し謝罪の弁を述べようとしたエイザの姿に琥太郎は慌てた様子で手を振ってあたふたしながらも制止を入れる。

「いや、いいよいいよ! そんな何回も謝らなくて! もう謝罪はいいからさ!」

「ですが……」

 納得し辛そうな少女の表情に琥太郎は何とも言えず言葉に詰まる。ここまで真摯に謝罪をされては返って困ってしまうものなのだなと今更ながらに実感した。

「エイザ。まぁ、謝罪は今はそこまでにしておけ。――次、クダンレック」

「ハ」

 国王の呼び掛けに応じて肥満体系の尊大な態度が滲み出る公爵――クダンレックが重い腰をどうにか上げて少女の方へ視線を向けて頭を下げた。

「――此度の勇者召喚にて貴女様を呼び出した二大公爵のクダンレック=ザイア・ズランヤと申し上げます! 麗しき神秘のごとき勇者殿を呼び起こした事、大変感激の至りにございましては――」

「レイラム。自己紹介せい」

「はい」

 途中なのに区切られた事にクダンレックが『国王!?』と悲嘆に暮れた表情を浮かべながら顔事視線を国王へ向けてくるがアークソルは「いや、長そうだったんで、つい、な」と素直な心情を吐露した。憤りでも感じているのだろうか真っ赤な顔で文句を発している様だが素知らぬ顔でやり過ごす事に決める国王である。

 その間にレイラムは勇者の少女の手を握り緊めながら、

「――第一王女として、勇者召喚の咎を背負うものとして。この、レイラム=ヴィード・ザヴァディン=メルスバヴナが君の剣とも盾ともなって共に悪鬼を打ち滅ぼす力となり――」

「――さて、そろそろ勇者達に自己紹介してもらおうかな?」

 中途半端なところで間に入られたレイラムが憤慨した様子で『父上!?』と言う憤怒を表した表情で顔ごと視線を国王に向けたが国王は「いや、お前も長そうでつい、な」と素直な心情を吐露する。

 何故、わが娘は騎士の誓約を告げかけているのだ……。

 さて、それぞれ不完全燃焼の様子で椅子に座りながら『進めるなら早く進めてしまえ!』とばかりに睨む視線を複数感じながらも国王は咳払い一つした後に、琥太郎へ言葉を投げ掛ける。

「では、コタロー。余はもう周知だが、皆は知らん。軽く自己紹介してもらえるか?」

「は、はいぃ」

 上擦った声が出てしまうが仕方がない。

 琥太郎にとって予想外だ。こんな大勢の大人がいる場面で自己紹介――は、まだいいが勇者として自己紹介せねばならんのだ。羞恥に突っ伏したくなる気持ちをどうにか押しのけながら琥太郎は椅子から立ち上がると、どうにか絞り出した声で自己紹介する。

「――仲津留琥太郎。16歳で……ええと、高校生っつーか。そんで……何か知らないですけど勇者? として呼ばれた――んで、いいんですよね……?」

 周囲の視線が痛い。そう感じているだけかもしれないが――臆病風に吹かれた様な自己紹介になってしまった事に顔が沸騰しそうな気分だ。だが、国王は「うむ」と頷いた後に。

「――よく答えてくれた。皆、我が国の召喚した勇者の一人、コタロー・ナカツルだ。覚えておけよ、しっかりとな」

 重臣たちが一様に重々しく、そしてしっかりと頷いた。

「ではコタロー、一旦、座って構わん」

 手で座る様に促され、コタローは大きく息を吐き出しながら背凭れに寄り掛かる。

 緊張したぁ……! 体中に湧き上がる脱力感に全身をゆだねてしまいたくなったが、まだ終わったわけではない。どうにか脱力を抑えながら椅子に座り直す。

「さて、次はお前だ。余も知らぬでな――自己紹介、頼めるか?」

「――そうですね。別に構いませんよ」

 王の御前故か。少女は先程までとは変わり、言葉遣いが丁寧になっていた。少女は背丈が小柄な為に宙に少し浮く形のテーブルの奥では胸元下辺りまでが隠れてしまっていた。

 そしてその少女は何かを憂う様な表情を少しの間だけ見せていた。

 その表情は複雑だった。込められた感情の色が果たして何を示すのかがまるでわからない程に複雑な感情が幾重にも折り重なり、混ざり合っている様であった。だが、少女は小さく首を左右に振った後に桜色の唇を動かして、告げる。

「名前――名前はそうですね……。音花(おとか)(かど)音花、とお呼びください。齢は19歳……ですね」

「オトカ、か。オトカ・カド――と言うところか」

 ふむ、と国王は口の中で復唱し確かに頷く。

 やはり、日本語に対して認識がある様に琥太郎は思えた。琥太郎の名前の時と言い、即座に名前を覚えてしまっている。そんな事を琥太郎が感心して見る中で、国王はどこか不敵な笑みを浮かべながら、音花を見据えていた。

 しかしふっとその表情を押し込めると、

「なるほど、オトカ。もう一人の勇者はオトカ、か。オトカとコタロー。この二人が込んだ胃の我が国からの勇者……と言う事になるのだな」

 琥太郎を一瞥し、音花に対して何処か神妙な表情で一瞥した後に国王アークソルは顔には出さず深々と嘆息を浮かべていた。

 ――まだ子供ではないか。特に片方。

 年齢は琥太郎が16歳。音花が19歳。日本で言えば高校生と大学生の年齢だ。

 ……片方は何処となく大人びた風もあるが、それでもまだ若いな。

 こんな若輩を勇者にすると言うのは正直に言って不安がある。心配でたまらない。しかし歴代の記録から言って、どうにも勇者召喚がその辺りの年齢のものを呼び寄せ易いと言うの聞き覚えがあり、同時に目標を完了させたと言うのも良く訊いてきた。

 とはいえ当然若輩のみならず、すでに熟達された勇者が招かれたと言うのも訊いた事がある。特にある国で召喚されたものはそちらに該当する。

 せめてもう少し年齢を重ねた者であれば心配も少なくて済んだのだろうか――と今更浮かべても仕方ない事を考えつつ国王は自らのその思考を一時、斬り捨てた。

「さて、一応の自己紹介も済ませた事だ。いい加減、そろそろ説明させてもらおうか。――諸君らを勇者として招いた理由、その辺りを詳しくな」

 ――来た。と、琥太郎は高揚感と緊張でつばを飲み込んだ。

 異世界召喚。勇者。魔法。

 そんな胸躍る様なキーワードが来たら後は勇者の存在理由だろう。いったい、どういうものが来るのだろうか。やはり魔王とかかな、と琥太郎は固唾をのんで待ち構えた。

「まずはそう……この世界の事でも軽く説明するとしようか」

 重臣が、姫君が、勇者が見守る中、国王は従者二名を呼ぶと、男女一組の二名の従者が横河の扉から現れる。顔が瓜二つな事から双子だろうかと琥太郎は思った。国王はその二人に「広げてくれ」と命じると小さく頷いて持ち込んだであろう巨大な巻物を広げ始め、左右一人ずつ端を掴んで佇む。

 巻物に描かれていたもの――それは明らかに地図と思しきものであった。

 精巧な地図だ。少なくとも琥太郎には、音花にはそう感じられた。日本――いや、世界で古くに作られた地図と現代とではやはり質が違う様にこの地図は限りなく現代寄りな地図であると見て取れた。

 国王は一同の視線が集まる中、地図の前に佇みながら告げた。

「ではこの地図を元に、この世界の説明をしようか。――この世界、アロ・アディナと言う神の創りし世界について、な」



 仲津留琥太郎が訊いた通りの内容を簡略的に説明するとこうなる。

 まず、この世界。

 世界の名は『アロ・アディナ』と言う異世界の様だ。

 地図上に描かれた大陸は合計、十二大陸。無論、中小の孤島等は存在する様だが大まかに言ってしまえば十二の大陸から形成されている世界であるとのこと。現在、自分達がいる大陸はその中の一つ『エヌレ・トウス大陸』と言う場所であり、その大陸の中で最も突出した歴史と権力を持つ、エクセン・ディジーリヴ王国――その王国の勇者として招かれたと言う事になるのだろう。それを考えるとアークソル国王の発言も頷ける。『世界屈指の国王』と発言していた通りに彼は名だたる王の一人と言う事になる。エヌレ・トウス大陸の中では随一の王、と言って過言ではない人物になるのだ。

 その事から更に理解ったのは世界全土に国王は存在すること。より正確には一つの大陸ごとに大陸を統治する最大権力者が十二名存在する事だろう。そこから派生して国王が告げたのはこの世界に於ける種族の事であった。

 ファンタジー好きな琥太郎の期待に応える様に、この世界は人間だけが支配する世界ではないとのことが判明した。その際の琥太郎の眼の輝きは最早言うまでもないとして。

 この世界に於いて大まかな種族はやはり人間に類するそうだ。

 ただ亜種が多い――と言うと語弊がある。それその種族が独立しているとみるべきだ。そして琥太郎が訊いた種族の数はざっと十二以上にのぼる。まず初めに語られた種族は国王曰く『この世界で余と同じ頂きの権力者が統治する種族』とのこと。早い話が、国王の種族と言う話になるのだろう。

白人族(ヒューパン)』。これは琥太郎と同じく普通の人間であるとの説明を受けた。特徴としては地球で言う白色人種と大差はない様である。

獣人族(ディビエンドボート)』。人間と獣が混じった様な容姿であるらしく、面貌が完全に獣なものもいれば人間のものもいると言い、何より多くの種族がいるらしく『猫型』、『兎型』、『獅子型』、『大熊猫型』等、多種多様とのことだ。

魔導族(エルウ)』。これに関してはどうやらファンタジーで言うエルフに該当する様だ。別名『耳長族』なんて呼ばれるらしいが「嫌がる奴もいるから魔導族で呼んでおけ」とは国王談。

竜人族(エクスバヴォニュード)』。獣人とは違い、こちらは竜の血一色であるとのことだ。竜と人が混じったものもいれば、純粋な竜種も存在するらしく、この世界では高貴な出自とも呼ばれているらしい。

倭人族(ラタエネック)』。これに対して琥太郎は驚いたが伝統を重んじる種族であり、伝統工芸『刀』を愛する事から『剣客族』等とも呼ばれるらしい。更には日本語を理解するらしく国王が理解を示したのは倭人族王と交流があるための様だ。

機械獣族(ダーロック)』。驚愕したと言える種族だ。どうも未知の存在らしく生態解明が出来ていないらしいが、平たく言えば『生きた機械生命体』であるとのこと。言語を話せる高度な生命体の為、意思疎通に支障はないらしい。

翼人族(エヴ)』。種族全員が翼を有する一族であり、『空の一族』とも呼ばれ、竜人族同様に高貴な存在ともされている種族だそうだ。

日輪族(クァイヒューア)』。別名『太陽の一族』とも呼ばれる彼らは独特な民族であるらしく姿形は白人族と大差ないらしいが褐色のものが多いと言っていた。

雪華族(バキア)』。別名『氷原の民』とも呼ばれる一族だそうで、氷に覆われた大陸に暮らす種族であるとのことだが白人族と同じく人間であるとのこと。

魔族(パーフォス)』。人間とは大きく異なり、角や漆黒の翼を持つ魔導族や翼人族に並び膨大な魔力を有する種族であり、際立った種族であるとのこと。

 以上が、十二大陸で現在の国王の種族と同時に主だった一族に当たる。

 だが話を訊く限りそのほかに日本で言うドワーフである『鍛冶族(ソジャープ)』、なんかちっこいと言う『小人族(ホジード)』、不思議系民族『精霊族(ワイヴェ)』と、言った多種多様な種族が世界全土に存在してい様だ。

 琥太郎は種族の説明を受けた後に机に突っ伏した。

「……種族、多い……。頭、パンクすんぞ、これ……」

「頭から煙が出そうだけれど、大丈夫かい、琥太郎?」

 音花が突っ伏す彼の後頭部を人差し指で軽くつつきながら楽しそうに話しかける。

「おいおい、この程度で音を上げてたら仕方ないぞ?」

「そうは言いますけど……」

 予想より随分と多かった種族。覚えきるの少し大変に思えてしまうのだ。

「そうは、とは言うけれど、そんなに大変な事じゃあないよ、琥太郎」

「大変じゃないっつーけど……じゃあ門はどう考えてるんだよ?」

「別に音花で構わないけれど――とりあえず、そうだね。『日輪族』や『雪華族』、『倭人族』に『白人族』と言うのは日本人と外国人の区分でいいとぼくは思うな。ドイツ人、フランス人、ルーマニア人――と、言う具合に分類されているのと大差ないとぼくは考えている。民族で例えてほしければマオリやアボリジニにバスク――文化と伝統の違いくらいだろう」

 そう告げられた琥太郎は確かにそうか、と頷いた。

 つまり同じ人間でもインド、イギリス、日本――の様に違いが大きい形がこの世界での種族として扱われているのだろう。『白人族』に限っても、この国の人間を『エクセン・ディジーリヴ人』としたらそれ以外の白人族は別の国出身にも分類される事になるだろう。

 それを考えると種族でもあり民族でもあると言う事か。

「そっか……。ありがとな、門。おかげで結構わかった感じだ」

「それは僥倖だね。理解が及ぶのはいいことだ」

「どうやら片付いたみたいだな」

 満足げにアークソルは頷いた。

「で、どうだ? 種族の事でこれ以上、何か聞いておきたいことはあるか?」

「え? うーん……」

 琥太郎は少し思案したが、やはり先程から気になっていた事を質問する。

「倭人族。これに関して少し訊きたいんですけど、いいっすか?」

「構わん。と言うか、大体想像ついてたしな。何でも訊くがいい」

「ええと……この民族が『日本語』使えるってのが凄い気になるんですけど……」

 琥太郎の言葉に「それはぼくとしても同意見だな」と音花が頷いて見せた。

 アークソルは口を開くと、こ述べた。

「前提として話しておくと、倭人族は元からこの世界にいたわけじゃあないらしい。それこそ、かなーり前に勇者召喚で呼ばれたお前たちと同じ様な異世界の住人が倭人族の大陸であるミューシフィカップ大陸で生涯を終えたのが理由だ。その勇者は召喚された目的を達成したその後にこの世界での居心地が良くてここで人生を完遂した。その勇者と現地の娘の間に出来た子等が現在の倭人族に当たるとされているな」

「なるほど……俺達と同じ現代から招かれた奴が、凄い昔の時代に呼ばれて、そこで最後まで過ごした結果が倭人族なのか……。だから日本語が存在してうわけなんだな?」

「ああ。まぁ、独特の文字も生まれている辺り、日本語にも変遷が少しあるらしいがな」

「ただ、それでは少し納得が出来ないな」

 琥太郎が感心した様に頷いた最中、隣の音花が訝しげな声を上げる。

「……何が納得できないんだよ、門?」

「いやあ、流石に得心はいかないよ。だって、そうだろう? 勇者は彼一人だ。なのに現地の人と子供を作ったにしても一人が産める数なんて手で数えられる程度だ。伝説の家系――として残るならまだしも一つの民族として形成されるなんて信じられようがないよ」

「……確かに、それもそうか」

 音花の言う様に『勇者の子孫』として残るなら理解出来る。

 だが例え昔の話でも一組の夫婦から生まれた命がそんな大陸を満たす程の大規模な数になると言うのは中々信じにくい。いったい、どれだけ子孫繁栄、子宝たくさんが続けばそんな事態になると言うのか。琥太郎は国王の顔を見て目で問い掛ける。

 国王はふっと笑った後に。

「当時、な。世界を救った勇者だぞ? そりゃあもうモテにモテまくったらしい。周辺諸国からその血筋を頂こうとばかりに人々は勇者の元へ詰め寄ったらしいな。――勇者も男だったんだろうな。そんな女達を次から次に囲っていったらしい」

「ハーレムかよ!」

 隣のエイザがその手の話に熟れていない様で顔を真っ赤にして訊いている。見ればレイラムもそんな様子がある。クダンレックは「ワイス……!」と忌々しげに呟いた。隣の臣下の一人が「公爵、その発言は規制ものですぞ……」と戦慄した表情を浮かべている。どうやら相当に言ってはいけない罵倒の様だ。だが何故だろう、琥太郎には彼の心中がよくわかった。

「で、だ。まぁ、そこまでならその辺の王族と変わらなかったんだが、なにしろ数が多い。一夜に百人とか恐ろしい事をしだしたらしいな、その勇者は」

「死ぬ気か……!?」

「いや、文献から察するに絶倫だったらしい。しかし、お前の言う通りだ、コタロー。勇者は死んだんだよ、その夜に。一番初めからの旅仲間でもあり、癒しの魔法の担い手であり、後に正妻となった女の手によって――もぎとられたそうだ」

『!?』と、数十名の男達が恐怖と戦慄に彩られた、まるで稲妻に打たれた様な様子で皇女に気取られぬ様に股間を抑えた。琥太郎以外は知っているだろうに何度訊いても、その反応以外出来ない辺り実に男として恐怖する伝承である。その間、皇女達は何がもぎとられたのだろうかと首を傾げる辺り初心であった。

「容赦ないね……」と、音花だけがドン引きの様子でぽつりと呟く。

 そんな緊迫の空気の中で国王は話を続けた。

「そして正妻は泣き喚く愛しの夫を前に、ただひたすらに思いつく限りの拷問を与えたということだ。娘がいるんで詳細は省くが――それはも蒼褪めて舌を噛みたくなる様な罰を身に浴び続けて――勇者はこの世を去った。そんな勇者の末裔が倭人族です、と」

「倭人族のイメージが凄い穢された気分なんですけど!」

 琥太郎の中の孤高の侍と言った民族が今では女に節操のない祖先を持ってしまった可哀そうな種族に思えてきてならない。国王は苦笑を零しながらも「まぁ、民族繁栄は突き詰めていけばそうならざる負えんさ」と呟いた。

「どうだ? 種族の事ではこれ以上ないか? 無いなら先に進めるぞ?」

 続く形でそう告げた国王。

 琥太郎は他に何か訊く事はないか、と考えたのだがむしろたくさんあり過ぎて今、訊いてしまうと情報過多にならざるを得ないな、と感じて「進めてください」と進行を促した。

 アークソルは了承の意を示す形で頷いて返す。

「――さて、先にも言ったがコタローにオトカよ。倭人族の件に関わらず、この世界は何らかの窮地に立たされた際に勇者召喚儀式魔法――そう、呼ばれる大魔法で『勇者』と言う加護を持った存在を呼び出しては世界を守り続けてきた。つまり、お前たち二人の前にも多数の勇者を招いた事があると言うわけだな」

「先輩がたくさんいるってことっすか……」

「ああ。とはいえ、一概に勇者と召喚側の関係は語れんがな。いい関係を築いた場合もあれば、その逆も然りと訊く。いやはや、文献見る限りでもそうなった場合は大変だったらしいな。お前ら二人も反旗を翻す時は事前に言え、一対一でやってやるから」

「洒落にならないっすよ!」

 何でこの人にこやかにそんな発言吐けんの!?

 周囲が歯止めにかからないのも驚きの一つである。まるで『まぁ、国王陛下だからなあ』みたいな空気が満ちている始末だ。その空気の中で音花が静かに手を上げた。

「ん。質問か?」

「ええ。少し構いませんか?」

「よいぞ。何だ?」

「その先輩に当たる勇者達が、どんな事をしたのか――等を軽く話して頂きたいのですが」

「なるほど、先駆者の偉業か。それはあるだろうな」

 国王曰く、世界各地で勇者は召喚されたと言う。

 ある勇者は竜に騎乗し果敢に魔王と凌ぎを削った、世界に出現した悪竜を打倒すべく剣を握った、という王道伝説もあれば、作物を育てる為の地質改善に努めた者もいれば、医療技術の進展に力を貸した勇者もいるという。軽くなぞるだけで次々に彼らの功績は明かされた。されど反勇者もいたらしく、その際には世界各国が共通で対応に追われたと言う事例も有る様だ。当然と言えば当然であろう。

 そしてそれらの事から言えば勇者は必ず何らかの目的を示されて召喚されるという事実だ。

 音花は問い掛けた。

「では、お聞きさせて頂きますが――ぼくらを招いた理由は何なのですか?」

「そうだな。俺もそれが気になる」

 琥太郎も賛同する。

 自分が異世界へ招かれた理由。それが気にならないわけがない。それに何より、琥太郎がもう一つ気になるのは、自らの周囲の事だ。

「それに踏まえて訊くけどさ? 王様達は俺を召喚したわけだけど、元の世界で俺達はどうなってるんです? 正直、いくら俺みたいのでも急に行方不明になったら警察とかが動かざる得なくなると思うんだよな。絶対、学校が連絡入れそうだし……」

「ふむ、まずはそこに関して言っておくとしよう」

 国王は玉座で腕組みしながら琥太郎の疑問に答える。

「まず言っておくが、お前たちが元の世界で行方不明――それはない。何故かと言えば、この魔法は勇者を召喚した時間帯にて停止を発動させる――。これに関して少し事情説明を後で咥えるが、まずお前達がいなくなって周囲が騒ぐと言う事は起こらない」

「おお……!?」

 てっきり推測の答えかと思ったが存外、確信めいた様子に琥太郎は驚く。

「……何で、そう断言出来るんですか?」

「理由はある。稀有な例なのだが、一度召喚された者が元の世界に戻った後にまた召喚されたと言う実例があってな。その際にその勇者はそう説明したと記録に残っている為だ」

「なるほど」

 仮にその勇者が嘘を言っている――と言う可能性がないわけではないが、嘘を言う理由も思いつかないし、これ以上穿つ見方をしては平行線だ。ここは信じておくべき部分と考えて琥太郎は納得を示す。

「そして次に、先程オトカが問うた質問に対する答えだが……」

 国王は少し口籠った後にしばし黙考を重ねてこう発言した。

「何と言うか抽象的、曖昧に思われると思うが……この世界に異変が起きている――我々は昨今そう感じる部分が大きくなってきたのだ」

「異変? ……なんすか、それ?」

「異変、としか今は言えんな……。まず予め言っておくことがあるが、現在、この世界に存在する脅威は三つ程になるか」

「三つって……多いですね」

 琥太郎が驚いた様子で反応を示した。

 それはそうだろう。一つでは無く三つ。どれだけ世界が暗黒に満ちていると言うのか。国王もそれは理解している様子で頷いた。

「ああ、多い。まずは一つ目に関して話すが、このエヌレ・トウス大陸と海を隔てた先に永年凍土に覆われた大地が存在する」

「それって雪華族が住んでるって場所ですか?」

「いや、そこではない場所だコタロー。雪華族の住む大陸はイーリウ大陸と言う場所だが、そこはイーリウ大陸以上に寒い場所でな。高々と聳え立つ山々により構成されている大陸なのだが二〇年以上前まで未開の土地であったのだ」

「未開だったんですか?」

「寒くて無理に移住する意味がなくてな」

 なんととりとめのない返答だろうか。

 しかしそれはわからなくもない。琥太郎だって平和な日本から急に『今日から南極に移住します!』何て言われても絶対行かないだろう。不便過ぎてしょうがない。

「まぁ、そんな凍土でも活動できる魔物を除いては誰も寄付かない大陸であったと言う認識が従来だった。秘境等とも呼ばれていたな。――だが、つい二〇年前になって遂に、その大陸を支配する者が現れた。ローブに身を包んだ仮面の男であり自らを『大陸覇帝』と名乗り、その大陸に国を建て『制覇ハクテブ・ゾヴィア聖国』が誕生したのだ」

「それは……なんていうか凄いですね……」

 国を打ち立てる。それを偉業と言わずして何と言えるだろうか。それまでその気候から人が住めなかった土地を開拓して――だ。相当な偉業ではないかと琥太郎は考える。

「ああ、余も中々の業績だと思わざるを得ん。ただ、そこまでは良かったのだ。その後の各国との会談もほとんど行わない――それに関してもまぁ構わんかった。――だが、つい五年前にして遂に大陸覇帝は動いた。その名が示す通りに――全大陸を制覇すべく軍を動かしたんだよ彼らはな」

静まり返る空気の中で音花が小さく「世界征服って事か」と呟いた。

「それで……どうなったんですか?」

 琥太郎はごくりと唾を呑んで問い掛けた。

 その大陸覇帝が動いた事で世界にもたらした影響は果たして何か。もしかしなくても想像がつくのは国が幾つか滅ぼされた可能性。それを考えると恐ろしいと言う感情が湧き上がってきたしまう――そう感じた。

 その琥太郎の求める回答をアークソルは淡々と告げる。

「まぁ、確かに頑張ってはいるがな。所詮、新参者だ。勢力こそ割と強いが、周辺諸国でどうにか進撃は抑え込めているさ。だから実害は今の所それほどではない。なにせ我が国も進撃阻止に努めているからな、他二国と共に」

 カッハッハ! と、勝者の笑いを発するアークソル。

「無事なんかい!」

 てっきり大打撃になっているのかと思った俺の心を返せ!

 だけれどまあ、大規模な被害が無いと言う点では良かったと素直に思う。絶望的な被害が起こっていないだけずっとマシだ。ただし、琥太郎は忘れていない。国王は言った。

 脅威は三つある、と。

「だから大陸覇帝に関して言えば、今はまだそれほどの問題ではないとして……次の脅威に関しては不明な点が多いのだが、魔族に関しての事だ」

「おお、やっぱ魔族か」

 待ってました、と言わんばかりだ。

 魔族――勇者が呼び出された以上、これが絡んで来ないわけがないとばかりに琥太郎は頷く。魔王の世界侵略――おそらく脅威はこれしかあるまい。これの為に仲津留琥太郎は次元を超えて勇者として呼ばれたに相違あるまい。そんな琥太郎の様子に国王は「記録通り、魔族に反応するものだな勇者と言うのは」と納得した表情を浮かべていた。

「ともかく説明するが、魔族に関しては『天魔アンヴァ・ペインク王国』と言う場所が存在しておって、これが十二大陸屈指の王家の一つになるわけだ。――その様子から見ておそらく察しはついている様だが、人間と魔族は長らく敵対関係にあった。魔王を勇者が打倒しては、時期魔王が勇者を打倒し――負の連鎖と言う他にないものがな」

 そう呟く国王の顔には深い悲嘆と自嘲の様なものが表れていた。

 どちらもどちら――どちらが悪いと言う話などまるで通じなくなっていってしまった様な連鎖にアークソルは過去の話となった今でも罪深いと感じている。

「そんな中、そう――お前達の一代前の勇者陣営が魔王を打倒した後の事だ」

「一代前の勇者、ですか……」

 音花が興味深そうに呟く。

「そう、一昔前の話だが、当時世界に侵攻していた魔王は勇者によって打倒された。そこからであったな。次代の魔王が連鎖を切り捨て、頭を下げて和平交渉に乗り出したのは」

「おお!」

 思わず拍手する琥太郎。

 肉親が、父親だか母親だかが殺されたにも関わらず憎しみを引き摺らず連鎖を断ち切ったとされる彼の魔王に称賛を送る。言葉で言うは容易いが中々出来る事では決してない。

「その後は反魔王派閥――過激派の魔族と穏健派の魔族で数十年に渡る対立が続いた。長きに渡る交渉と、民への理解を求めての行動を続けて随分と平和な国になったわけだ。そしてその魔王の意思を継いで次期魔王も即位したり、と平和な日々が続いたものであったよ」

「……過去形と言う事は何かあったわけですね?」

「……ああ、その通りだオトカよ。ある日、突如、十二ヵ国会談にそれまで出席を欠かさなかった魔王が欠席した。その時は体調でも崩したか、と思う我々であったがそれは違った」

 アークソルは深く深呼吸した後に眉間に皺を寄せながら述べた。

「――魔王は国から排斥されていたのだ。何者かの手により、天魔アンヴァ・ペインク王国は乗っ取られていた。過激派なのか何なのかはわからぬ――だが、魔王を打倒した者は全世界へ向けてこう名乗った」


 ――大魔王(カダン)、と。


 それは魔王を越えた魔王と言う意味なのか。

 世界が震撼した日を覚えている。平和であった日常を覆す宣誓を覚えている。突如にして今まで優しい笑顔を浮かべていた魔王が破れ、消息不明となった日の事を誰一人忘れずに覚えているのだ。

「故に人々は戦慄した。また魔族と戦わなくてはならないのか、と。何も知らぬ無垢な子等は首を傾げた。何で魔王様はいなくなったの、とな」

「大魔王……」

 穏健派であった魔王を倒し、国を乗っ取った王を越えた大王。魔の王。

 即ち、琥太郎が、音花が相手しなくてはならないと言うのは――。

「どんだけの勢力なんですか、その大魔王ってのは……どれだけの国が滅ぼされたんですか?」

 大陸覇帝等生温い。真の権力者が別にいる。それがもう一つの脅威と言う事なのか。

 だがしかし国王はこう述べた。

「――いや、ここが不可解でな。天魔王国を乗っ取った後に、大魔王は別に際立って世界を侵略する様子は見せていないのだ」

「またかい!」

 じゃあ世界の脅威って何だよ、もう! 何の為に召喚したんだクソウ!

 憤慨する琥太郎に対して「まぁ、落ち着け」と国王は宥めた。

「一応補足するが、際立って、と言うだけで別に侵攻が全くないと言うわけではないのだ。いくつかの軍が世界全土の辺境地や村に進行していた、と言う話も多々ある。だがそれほどに大きな被害と言うのはあまり起こしていない。故に余も首を傾げているのだよ。実に奇妙でならない、とな」

「そういう事か……」

 道理で事前に『不可解』なんて言葉を述べていたわけだ。目的が漠然としすぎていてまるで見えて来ない。それが奇妙でならないのだろう。一体何を目論んでいるのか、それが見えて来ない為に国王は後手に回っているのだ。

「しかし、この流れだと三つ目の脅威ってのも何か肩すかしな気がしてきた……」

「まぁ、そう思うだろうな」

 国王も苦笑して同意する。自分で説明していて緊張感が中々生まれない事に関して実感しているのだろう。片や侵攻を阻止しており、片や侵攻が左程ない。緊張するには不十分であるのは事実であった。

 だが、

「最後だけは違う。これは大真面目に脅威だ」

「……って、言いますと?」

 音花が語調の強さが一段増した事に気付いてしっかりと耳を傾け聞き入る。

「五年前――丁度、大魔王が即位したのと同じ頃に報告が各国で入った。魔物がどういうわけか強くなっている――そう言う話だ」

「魔物が……強く?」

「そうだ。普段から十分過ぎる程脅威であった魔物だが、ここ最近では更に強くなっていると言う事が確認されている。従来の魔物よりも確実に全能力が強化されており、我々はこれを『新生魔物』とも『魔物:第二世代』とも『星紋の魔物』とも呼ばれておる」

「『新生魔物』……」

「そうだ。従来の魔物と違うのは総じて体の何処かしらに星形の宝石が輝いておると言う事になるか。形に差異があるとも確認しているが……」

「それの脅威はどれくらいなんですか?」

 音花が手を上げて質問する。真っ当な質問だ。魔族との驚異の差はどれ程なのか。確かにそれが気になるところである。その質問に対して国王は「そうだな」と顎に手を当てて述べる。

「一概に言い切れんが……新生魔物は凶暴性が高く、確実に人間を襲ってくる。そこに意思疎通の様なものはほとんで行えない。――意思疎通が出来、尚且つ人間と交流を結べるかどうかが魔物との差と言えるだろうか」

「待ってください。新生魔物ではなく魔物相手には意思疎通が可能なんですか?」

 そこで音花が興味深そうに反応を示した。

「可能だ。と言うか、魔物と共に暮らす者も多く存在する。商人等、その代表になるな。商人たちが荷運びに使っている『静寂竜(ズバイオ)』と言うのは気性が穏やかであり、人気の高い竜種の魔物になる。他に採掘に必須な『採掘竜(ドヴィーバ)』に人を乗せて運ぶ『普遍馬(ノーブペル・ホープ)』と言った魔物は生活に関わっている。まぁ、この辺り比較的温和なのは動物として分類されてもいるが」

「……なるほど、魔物と動物が同義に扱われているわけか」

 音花が納得した様子で呟いた。琥太郎も同様だ。馬や兎と言った日本で言う動物がこの世界では魔物と言う名称で存在する。つまり魔物とは生物全般として捉えているのだろう。

「そう、魔力を秘めた動物。それが魔物と言う事になる」

「わかりました。そして、その魔物とは力が違い、日常生活を脅かすのが新生魔物、と言う事になるわけですね?」

「よい理解だ、オトカよ」

「そう言う事かー……!」

 腕を伸ばして背筋を伸ばし納得した様子で呻く琥太郎。

 今までの話を脳内でまとめると脅威は三つ。

 一つ、現在進行形で進軍している大陸覇帝率いる『制覇ハクテブ・ゾヴィア聖国』。

 一つ、侵攻は弱いが目的が見えてない大魔王軍の『天魔アンヴァ・ペインク王国』。

 一つ、最重要課題とも言える凶暴性の高い存在の『星紋の魔物』。

 課題が多い世界だ。そう感じると同時にまだ猶予は残されていると素人ながらに思えた。制覇聖国も天魔王国も何時、事態が変わるかわからないがまだ事態は悪くない。肝心なのはつまり最後の一つ。

「五年前に誕生した、新生魔物って事なんだな……」

 五年前。そう、大魔王が降臨したのと同じ時期。関係性は不鮮明だ。だが、関係性が無いとは一概に言い切れない。大魔王が沈黙を保っていると言う事態も危機感を抱かざるを得ない部分が大きい。

 なんと難儀な世界なことか。

 琥太郎が神妙な表情を浮かべ、音花が机で頬杖をつく中で、国王アークソルは静かに直立した。そして彼は二人の前まで歩いてくる。

「――以上。以上がこの世界の実情だ。大方の事は話させてもらった」

 故に、と一拍隙間を置いた後に。

「余は問い掛けよう。コタローには先ほど言った言葉を今一度、問い掛けよう」

 先程言った言葉。

 コタローはその言葉をしっかり覚えている。むしろ印象に残り過ぎているくらいだ。自分が唖然としたその問いに果たして隣の少女、音花は何と答えるのだろか?

 そんな疑問を浮かべる彼を余所に国王アークソル=メルスバヴナは発した。


「――勇者となって世界を救うか。元の世界にさっさと帰るか。どちらがいい?」


 琥太郎が驚愕した問い掛けだ。勇者として召喚した相手に足して与えた明確な拒否の権利を内包する質問。先程は、詳しい話を訊こうとしたところでラペックと言う人物と共にもう一人のの勇者である門音花が呼ばれた事で聞き逃してしまったが――やはり。やはり、元の世界へ帰る選択肢を提示している。

「――そうだね」

 音花が何事かを呟こうとした際に琥太郎は図らずも彼女の声を遮る形で質問してしまった。

「あの、王様、いくつかいいっすか?」

「ん? 何だコタロー?」

「あの……その口振りだと帰る方法があるんですか?」

 その言葉にアークソルは如実に不思議そうな顔を見せた。

「先ほど、言っておかなかったか? 一度帰った者がまた召喚されたと言う例を」

「あ、はい。訊いてましたけど……てっきり自力で帰ったとかなのかと……」

「自力は無いな。こちらがしっかり返したそうだからな」

「つまり帰る手段がある、と?」

「ああ。城の窓から見えるか? 夜になると天空をエネレスと言う白い黄金色に輝く天体が浮かんでいるのだが、このエネレスが大体15日前後で完全な球体の形になったり、完全に無くなったりを繰り返している。これを『遥か高き天鏡・満陽(ルーフ・エネレス)』と『遥か高き天鏡・影沈(ウェン・エネレス)』と言うんだが……勇者召喚にはルーフ・エネレスが。勇者帰還にはウェン・エネレスが必要となる」

「地球で言う月みたいなもんか……」

 この世界に於いての月、と言う事になるのだろう。

「だからまあ、済まないな。さっさと、とは言ったが返すには少なくとも十五日はかかる。召喚の際にルーフでも雲に隠れちまうと影響が大きいがウェンならば帰還に影響はないから期間は伸びずに済むと思うが……」

「いや、それで十分です、本当に!」

 帰れる、と言う選択肢が初めから存在しているのはとてもありがたい。

 帰れない、であったら琥太郎は流石に怒ったり交渉材料にしたところだが、帰れる選択肢があるのならば何の問題も無い――と、思う。

「ではそっちに関しては理解してもらえた様子だからいいとして……どうする、お前達? 世界を救う勇者を演じてみるか。はたまた、十五日間のんびり過ごしてからさくっと帰るか。どちらを選ぶ? 勇者の方をやろうなんて奇特な思考してるんなら、こちらとしては慣例に準えて最低限の生活保障は行うが……」

 国王のその言葉に琥太郎はすぐさま答えた。

「やります! 仲津留琥太郎、勇者をやってみせるぜ!」

「……やるのか?」

「そりゃもう! ゲームとか漫画でずっと夢見てたのもあるし! こんな体験一生に一度ってレベルなんだしやるっきゃないって気分ですよ!」

「ちっ」

「何で舌打ち!?」

 忌々しげに舌打ち琥太郎を見てくる国王に対して理不尽とばかりに食って掛かるが国王は仕方がないとばかりに肩を落としながら呟いた。

「余としては巻き込みたくないんだが……ああ、くそ条件悪化させるか……いや、非人道的な案件悪化させてもしょうがないか……。致し方ない。やるって決めたんなら、しっかり支えさせてもらおう最低限はな」

「王様、どんだけ勇者不要物扱いなんすか……」

「不要とは言わん、ただ不必要にしておきたかっただけだ。――ああ、帰りたくなったら例え魔王を目前にしていざ突入だーって場面でも言え。帰してやるから」

「この王様、本当に勇者うざったそうに扱ってやがる!」

 実際、国王アークソルは勇者召喚否定派であった為にその認識は間違いない。帰りたいと愚痴を零せばそれを言質に強制送還でも何でもやってやろうと言う王だ。加えて、今回は娘と臣下の独断専行の結果――いつでも帰すと言う彼の言に嘘偽りは無かった。

「まぁ、コタローははなからやる気満々みたいなとこがあったからいいとして」

 アークソルは暗に視線で音花に向けて問い掛けた。『お前はどうする?』と。

 音花は迷う刹那も見せず、楽しげな笑みすら湛えて告げた。

「――ぼくならやるとも。折角、用意された舞台だ。楽しまなくて損と言うものだしね」

「二人とも、やる気満々か……。いいのか、帰りたくとかは……」

 アークソルの言葉に対してにっこりと微笑んで音花は微細な声量で呟いた。


「構わないとも。元より、もう戻る意味が無く、場所が無いからね」


 その言葉を耳にしたアークソルは怪訝な表情を浮かべ「――それはどういう意味」と問い掛けようとしたが「それに何よりも」と音花は国王の質問を遮って告げた。

「ぼくは命を救われた。だから恩人に報いなくてはならないかな、と思う。――勇者、と言うのは些か格好良過ぎて、ぼくにはそぐわないが恩人への礼返しとしては動こうと思う」

「――は?」

 アークソルは初耳の様子で呆けた後に、

「レイラム、クダンレック。説明、せつめーい」

 と軽く手を振って発言を促す。レイラムは立ち上がると淡々と事情を説明した。

「では説明申し上げます父上。――実は、勇者召喚は門音花がこの場に要る通り、成功したのですが何か誤りが起こったかは定かではないのですが……召喚後に嘔吐をもよおし咳込んだ後に吐血して一度お倒れになりました」

「そんな経緯の人間が現在ピンピンでこの状況ってどういう事!?」

 まさか隣の少女がそんな経緯を辿っていたとは思わず音花の顔を注視する。「よしてくれ。ぼくは存外照れ屋でね。そこまでみつめられては照れてしまうよ」と余裕の態度で反応する。まったくもって危ない容態にあったとは思えない。

「回復魔法か? だが、そう言う状態を瞬時に回復させるなど……何かおかしくはないか?」

 対してアークソルは訝しげにレイラムを見据える。

 レイラムも当然の疑問です、と呟いた後に言葉を続ける。

「不思議なのは回復魔法をかけている最中に異様な速度で容体が改善したと言う事になりますでしょうか。かけた側も驚きの回復速度で不思議がっておられました」

「ふむ。勇者召喚での弊害か何かか……?」

「わかりません。ただ、治癒をかけたもの曰く今は完全に健康体とのことです」

「そりゃそうだろうな」

 これだけピンピンしていれば恐らく安定しているのだろう。

「しかし、そうか……。勇者召喚でな……いや、それではおかしい。むしろ激痛を発生させただけでオトカ、お前を助けたとは言わなくはないか?」

「それについて説明しますと、ぼくは結構前に病気を患っていました。その状態で召喚された負荷でダメージが来たとしても、死の間際であったのは違いありません。むしろ異世界へ呼ばれそこで救われた、と言うのは正解です」

「――そうか、病気をな。それは災難であったな」

 だがその言葉の通りだとなるほど説明がつく。

 そして音花が恩を返すと言う意味もわかる。救われた恩を返す為に戦おうと決意してくれたその意思もよくわかる。だが、だからこそ、

「ならば一度、その恩を横へ置いて考えよ。救われた恩で動く必要はない。それを除いた上で結論をつけるのだ。命を救った――それだけで未知の危険へ送り込むのとでは釣り合わん」

 命を救われた恩義に報いる――だけでは王は納得しない。

 恩義で危険に飛び込ませなどしない。他でもない国王が認めない。

 琥太郎の様に自ら決定したならば、ともかく、そう言う決定は認めない。

 音花は目を一時細めて「――へぇ」と呟いた後に告げた。

「では王様の言う通り、それを除こう。だけれど、ぼくは同じ行動を取りますよ」

「それは何故だ? 理由があるのか?」

 門音花は一瞬躊躇う様に口をつぐんだがふっと緩め穏やかな声で呟いた。

「――目標を。目標を見つける為、と言うところかな」

「目標。――自分探しの様なものか?」

「それとは少し違う。けれど、今のぼくは少し困っていてね。だから探したいんだ。思いがけない何かをしてみたい――そんな理由は怒られてしまうかな?」

 なんとも曖昧な理由だと思った。

 未知な危険の旅に曖昧な理由で旅立つとは何とも不明瞭な解答だ。

 だが――、

「――構わん」

 許可を下す。

「そう言う理由ならば構わんさ。お前が自分の意思で自分の理念で動くと言うのであれば余は拒否を示さん。コタロー同様に最低限支援はする。それでいいか?」

「ありがとうございます」

 にこやかに音花は頭を下げて答える中で琥太郎は小さく疑問を発した。

「ところで気になるんですけど、その最低限支援って言うのは……?」

「当然、生活に関してだ。今は王城に部屋を用意するからいいが、旅立てば必然宿屋等に止まるだろうし食費もかかろう。そう言った場面の支援だ。もし物足りなければギルドで金でも稼いで豪勢にすることだ。豪遊は認めんからな」

 国王がそう言った経緯には過去の実例が関係してくる。

 王国が全面支援した為に堕落し豪遊に金を注ぎ込んだ勇者が過去にいた。強制送還する形でそれ以上の浪費は防いだが金とは恐ろしいものだと実感した一例であるとされる。その為、国王は最低限の保障はするがそれ以上は自分でやれと言っているのだ。

「まあ、働かない奴に散財させるわけにはいかんからな」

 成程、そこは納得だ。何処の世界でもそう言った怠慢は許されないのだろう。

「とはいえ、これで事実上、国で勇者二名抱える事になったわけか……」

「これで我が国も安泰ですぞ、国王陛下!」

「黙れ、クダンレック」

 傍で拳を握ってそう強調する公爵をさくっと斬り捨ててから国王は玉座に座り直す。

 そして頬杖をつくと。

「――では、勇者として行動する。それが決まった以上は、話を変えよう。まずは勇者召喚魔法についての特性を述べておく。自分を召喚した魔法に関して知恵を持っておいた方がいい」

「って、言うと?」

「アレがただ、勇者を召喚するだけの魔法では無い――と言う事だ」

 国王曰く、勇者召喚儀式魔法と言うのが正式名称なこの魔法にはいくつかの利点が存在しているとのことだ。それの一つが意思疎通であり言語取得の効果だと言う。本来であれば言葉は覚えなくては得られないものを勇者召喚魔法で呼び出されたものは、それを会話に齟齬が生じない様に配慮されるとのことだ。ただ、問題なのは『話し言葉』と違い『書き言葉』は勉強しなければ習得出来ないという事が判明している。それは結構問題なのではないだろうか。

 さて、それを一度横に置いてもう一つの利点を説明するならば、それは世界適応と言う効力であるそうだ。世界適応は文字通り、世界に順応させること。風土の違いに際して対応する様に効力が働いているらしい。とはいえ、過酷な環境下では当然、寒くも熱くもあるし、毒物など喰らえばダメージも受ける。故にあんまり気にならない効力の様だ。一言で言えば風土の違いで体調を崩さない様にする、程度の効果らしい。

 そして最後に一番重要な身体能力一定補正強化。

 待ってましたとばかりの気分だ。即ちハイスペックになっていると言う事。地球にいた頃とでは身体能力が幾分強化されていると言う一番らしい効果ではないだろうか。

「ああ、あと言い忘れていたが『勇者召喚』とは別に『勇者送還』と言う魔法があるが、それを用いると強化された身体能力は補正帳消しになり、世界適応が再び発動され元の世界に馴染む様になるわけだ」

「そうなんですか……うう、ちょい残念」

 とはいえ元の世界でも最強の力を振るっては目立つだけか、と琥太郎はしぶしぶ納得せざるを得なかった。そんな琥太郎の様子を微笑ましく想いながらも、アークソルは表情を引き締め直すと毅然とした態度を作り出した。

「さて、ここで一つ、お前たちにこの魔法の最大の特徴を説明させてもらう」

「……最大の特徴?」

 何だろうか、と琥太郎は気にかかる。

 最大の特徴――ひょっとして専用武器とか何かだろうか等と勘繰ったが、国王アークソルの発言はその上をぐんと行ったものであった。


「――召喚された勇者は目標達成によりあらゆる願いが一つだけ必ず叶う」


 その時の二人の勇者の様子はまるで対であった。

 電撃に打たれた様にばっと体を飛び跳ねさせる様に顔を上げた琥太郎。対して音花は軽く目を細めるだけでそれほどの興味を抱いていない――そんな様に見える反応を浮かべた。

「……あらゆる、願いが……?」

 叶う――?

 自分の抱き続けてきた、夢が叶う?

 心臓が激しく鼓動を打っていた。血液が何時になく速く循環している様ですらあった。思わず口の中の水分が無くなったかの様に乾いた感覚。――熱望する様な魂の脈動を感じて琥太郎はただただ唖然とした態度を露わにする。

 国王はそんな琥太郎の様子に少し目を見開き驚きを示したが――やがて語りだす。

「……そうだ。勇者は召喚された時に召喚者が掛けた願いを達成する事であらゆる願いを実現させる魔法効果が発生する。歴代勇者の中にも願いを叶えた実例は多い事から真実と考えてくれて構わん」

 門音花は納得した。

 勇者召喚と言う儀式で呼び出されて反旗を翻すものも多かっただろうに、目標を達成した者も多い理由は此処にあるのだ、と。即ち、願いを叶えると言う対価が存在する為に勇者は戦う道を選んだ側面もあるのだと理解する。


 ――勇者召喚儀式魔法の一節一節は願望を求めている。

 ――故に、召喚された勇者は困難な道のりでこそあれ戦う道を選ぶのだ。


「だけれど途中放棄すると願いは叶わない――と言う事か」

「ああ、その通りだオトカ。ただし、それだけではない。予め言っておくが、勇者としての道を諦め元の世界へ帰る場合は――この世界での記憶は全て無くなる」

「なっ!?」

 琥太郎が驚いた表情を浮かべた。途中退場では対価と共に代償を要求してくるという事になるのだから。例え異世界の記憶とは言えども――。

「ここに関しては許してほしいがな。異世界の存在を認知された状態で返すわけにはいかないという力が働いているのだろう」

「うーん……それは確かにあるかも……」

 だとすれば効力があっても仕方のない点であるのかもしれない。

 いや、異世界から逃げた――と言う意味では記憶が無い方が救われる様にも思える。

 そしてそれは自分達にも起こり得る話である――。

「あの、王様……」

「ん?」

「俺達――勇者、勇者、言われてますけど戦う術とか全く無いわけで……そこらへんどうしたらいいのかなーって思ったりするんですけど……」

「ああ、戦闘面の心配か。それに関しては問題無い。こちらから優秀な教官を派遣しよう。そこで研鑽を詰んでみるといい」

「よっしゃ!」

 ぐっと拳を握る。ここで教官もつかずだったら嘆いている場面だ。

「さて、勇者召喚魔法については説明は以上だ。ここからはお前達の『能力値(クダーデュク)』について視てみない事には始まらんからな」

「クダーデュク?」

 頭の中に意味が伝達してはくる――そてはくるが、やはり単語が異世界のそれな為だろう。慣れがいる気分だ。訊いた事ない単語に軽く眉をひそめる。

「能力値――可視数値とも言うな」

 そう告げながら、国王は先ほど地図を持ってきた双子の従者に何かを配る様に告げた。双子は頷くと銀の盆を音花と琥太郎の前に提示する。そこには水の入った金のコップが一つと虹色に輝く植物の種の様なものが乗せられているではないか。

「これは――なにかな」

 音花が不思議そうに手の平で転がす。植物の種と言うのはわかるのだが、こうも虹色に発光されてはある種不気味とも神々しいとも思えるものだ。

「こいつはな――世界全土にあるアロ・アディナの神話に存在する世界を司る女神が大地に生やしたとされる樹だ。『病理を示す樹木』――『病明樹(ラトセン)』と呼ばれる世界各地に存在する樹の種、『ラトセンの種』と、呼ばれている」

「ラトセンの種……?」

「ああ。こいつを我が国のみならず世界各国が使用していてな。生まれた赤子に祝福の証として呑ませているんだ。結構すんなり入るからな」

「これを――飲むんですか!?」

 琥太郎はおっかなびっくり仰天した。確かに飲めないサイズではないが……。

「呑む事に何か意味があると言う事かな?」

 音花の問いに国王はすぐさま頷いてみせた。

「ぼくは貴方の人柄からこれが洗脳に類するものではない――と結論付けながら訊くけれど、これを呑む事にどんな意義が存在するのだろうか?」

「信じてもらえて結構だ――そうだな。言うより見る方が早い。まぁ、見ていなさい」

 アークソルがそう呟いた瞬間に二人は驚きに目を見張る。

 彼が差し出した右手に黄金色の光の粒子が集まってゆくではないか!

 それも凄まじい速さで集い、そして何かが形成される。それはまるで地球で言うところのスマートフォンの様な形であった。そして現実に物体として形成されると、それは実に美しい物質だ。黄金色に輝きを放ちながら顕現した不可思議な物体。

「『証明手帳(リーエック)』と、呼ばれる代物だ」

「リーエック……?」

「ああ。国民一人一人が持っているものでな。自分の意思で顕現させる事が可能だ。そしてこの中には自身の能力値が数値として顕現していると言う優れものだ」

「おお、便利そう!」

「ああ、便利だぜ。体力・魔力・筋力・魔導力――そう言ったものが『L』から『SSS』までで表記される必須道具になる!」

「何かゲームで見た事あるな……」

 つまり個々人のステータスを指し示すと言う事か。

 随分と特殊なものがあるな、と琥太郎は不思議に思った。

「戦闘の為にとはいえ凄いものがあるんすね……」

「いや、今でこそギルドが運用しているが従来は違う使用方法の為に存在していたんだ」

「違う使用方法?」

 不思議そうな表情を浮かべる琥太郎に対して「初めに言っただろう?」と国王は呟く。

「病明樹。その名前の通りに、この種は医療目的で世界に創造されたと言い伝えられているんだ。なにせ能力値を数値化して可視可能だからな。病気は病名が明かされていれば明記され、身体状況は数値で提示される――医療関係者にとって参考にするのに一番ありがたい存在になるのさ。この証明手帳は」

「……なるほど」

 確かにそれはありがたい事だろう。病気の症状から病気を見抜くロスを減らし、病気を暴いてくれるという効果。体力の減少なども数値化で大体把握出来れば無理な手術等は行わない様に配慮出来る。それを考えれば医療の強い味方となる。

「その恩恵から女神が生み出した神秘の力として――崇拝されてもいるほどだ」

「だから幼いころから呑ませておくわけか」

「ああ。本人以外が悪用しようとすると『何かとてつもない事』が起こるし、安全対策もバッチリだそうだ」

「アバウト過ぎて怖いんだけど!」

 何だ、なにかとてつもない事って!!

「ま。他人のイーリックに悪い事は出来ないって奴だな。で、だ。これの恩恵はそれだけではなくてだな。自分の魔法属性に関しても表記してくれる上に、異名やら二つ名やら肩書なんかも自動掲載してくれるという利便性が存在するわけだ」

「ああ、だからぼくらに呑めと言う事なわけか」

「そういう事だ。毒なんざ入ってないし、洗脳道具でもないから――ま、ぐっといけ」

 コップで水を飲むジェスチャーを交えてそう促すアークソル。

 国王の性格から言って姑息なマネは確かにしない。しかし、木の実を一飲みと言うのは少し覚悟が必要であり、琥太郎は数秒躊躇ったが、やがれヤケクソ気味に木の実共々水を煽った。隣の音花はすでに飲み終えている様だ。

 すると確実な変化を体内で感じ取る。

 世界と自分の間に逢った微かな違和感が符合する様な温かな感覚。

 体内で光が淡く弾けた様な高揚する感覚に胸がとくんと高鳴った。

「……これで、いいのかね?」

「恐らくはね」

 琥太郎の疑問に音花が多分、と言葉を添える。

 二人が呑み終えたのを確認するとアークソルは告げた。

「よし。じゃあ軽く心の中で、実際に口に出してでも『エティネヴ』と呟いてみな」

 ふむ、と二人とも内心で言われた通りの言葉を呟いてみた。すると先程の国王同様に胸元付近に光の粒子が集い始めた。微細にして繊細な輝きが濃縮され、形成される。ただ違った点は光の色が純白と言う事だろう。国王の黄金に比べて真っ白な輝きが形を作ってゆく。

 そうして出来上がったものもやはり白い証明手帳であった。

 感嘆と共に翻したりして新しく生れ出た異世界で初めて手に入れた自分のものを見て琥太郎は思わず内心歓喜に吼える。

「出たな。色も白……よし、問題なさそうだ」

「うん、すげえ……! 本当に出た……! 門も出たのか?」

「ぼくも問題無く具現化した様だよ。――ただ、君のと比べて裏面に黒い一本のラインが走っているのは不思議だけれどね」

「それはオトカが19歳だからだな。この証明手帳は成人済みの一般人には白の手帳に黒い一本線が入る仕組みになっている。ちなみにこの国の成人は丁度、19歳だ」

 なるほどね、と音花は納得した様子で自らの証明手帳に目を見張る。

「という事は、この証明手帳は何らかの要因で変化すると言う事かな?」

「その通りだ。例えば俺――国王の証明手帳は黄金に加えて白銀の十字線が組み込まれる。王族は黄金、貴族は純銀、騎士団なんかに配属されている奴は青銅――と、言った具合にな。ここらへんを人が勝手に手を加えずとも自動明記する辺り、神の産物と言われて当然だろう」

 確かにこれだけ各種機能が自動更新されるとなると人の手には余りそうだ。

 神の力が働いている――そう思って当然かもしれない。

 更に国王曰く、職種に応じても一定の変化を示すらしく、琥太郎は『国民健康保険証』の様なものだなと納得した。

「また、身分証でもあるからな。もし、何かあった時は『情報開示(サイクロークープ)』と出した時と同じ様に呟けば、開示した情報が表示されるから覚えておけ。それと出したときとは別にしまう際には『スティデル』と同じ様に呟けば消えるから、そこも記憶しておくこと」

 召喚には『エティネヴ』。収納には『スティデル』と言う事だそうだ。

 忘れては元も子もないので琥太郎も音花もしっかり覚えておこうと誓う。

「さて、リーエックの出し消えもわかっただろうから――いよいよ『能力値』に関して確認を取ろうと思う。お前ら、自分の手帳を見てみようと思って見てみな」

 見てみようと思って――それはつまり意識で識別せよ、と言う事になる。

 確認すべき情報を念じてみれば、証明手帳が輝いて複数の情報を掲示した。驚く事に空中にホログラムの様なもので具現した為に最早何度目になるかわからず驚かされてしまう歩であったが表示されたデータは自分の数値――琥太郎はドキドキしながら、その数値を見定めた。



 仲津留琥太郎

 Nape コタロー・ナカツル

 Keg Pale

 Ave 16

 Wbop セトネイローク

 Bans UNSNOGN

 Wbany 0

 Equutpend

 Jeaten 

 Vuabx 

 Ayyekkobc 



 Lm.1

 HT 26/26

 PT 10/10

 EGT 0

 NEJD 10


 KDB J

 XEW I

 PAV K

 PXE K

 IND J-

 PNX I 

 AVI J+

 HID J

 XEG J



「読めねぇよ異世界文字!」

 机を感情のままに叩いてそう吼える琥太郎に対してアークセル国王が「あー……やはり、この辺り効果が影響しないわけか……。そうなのか、なるほど……」と呟きを零している。どうやら勇者召喚魔法が干渉していないらしい。

「ええっと……これは一体、どういう情報なのかな?」

「そうだな。一度上から言うから良く訊いておけ」

 国王はそう告げると上から順に言葉にしてゆく。言葉となれば、琥太郎達の耳に召喚魔法が効力となって影響していくのを実感する。これが書き言葉に影響すればありがたいのだが、少しは勉強しろという神のお告げなのか。

 どうやら記載された情報は上から順に、

『Nape』――ナーペ。名前。

『Keg』――ケグ。性別。Paleが「男性」を意味するそうだ。

『Ave』――アーヴェ。年齢。何故か表記隠蔽機能完備らしい。

『Wbop』――ウボップ。出身地。

『Bans』――バンス。階級。貴族やら騎士団、ギルド加入で関わってくるそうだ。

『Wbany』――ウバニー。所持金。

『Equutpend』――エクートペンド。装備。『Jeaten』――ジーテン。武器。『Vuabx』――ヴアブクス。防具。『Ayyekkobc』――アイェークコブ。装飾品。

 ここまでが身分証明としての効力を持った情報。

 そしてそこから先が能力数値と言う事になる様だ。

『HT』――体力。

『PT』――魔力。

『KDB』――攻撃力。筋力。

『XEW』――防護力。

『PAV』――魔導力。

『PXE』――魔導防護力。

『IND』――知恵力。

『PNX』――精神防護力。

『AVI』――俊敏性。

『HID』――命中率。

『XEG』――器用性。

 ……と、いう事らしい。言う事らしいが――わかるかっ!!

 異世界言語を完全に舐めていた――やはり日本からアメリカに何の語学勉強もせずにやってきた様なものだ。そりゃあ、当然ながらこんな文字がわかるべくもない。

 ……勉強しねぇと文字読めねぇよ、コレ……。

 まだ意思疎通に支障が無い分遥かにマシだが、それでも語学に関して何とかせねばなるまいと考えざるを得なかった琥太郎と音花である。

 ――しかし、だ。

 いざ文字がわかってみると、それはつまり……。琥太郎は再び、自らのステータスを眺めながら――今度は先ほどとは違う意味で冷や汗を流してゆく。そんな琥太郎の心中など察する事なくアークソルを含めて、エイザとセドーネが身を乗り出して異世界からの勇者の数値を確認してみる。その結果を確認した王国の重要人物達は一様に。



 Lm.1

 HT 26/26

 PT 10/10

 EGT 0

 NEJD 10


 KDB J

 XEW I

 PAV K

 PXE K

 IND J-

 PNX I 

 AVI J+

 HID J

 XEG J



『完全に一般人の能力値だな』

 冷淡な程に一節で適確な回答を作り上げた。

 そう、並ぶ数値から計算して仲津留琥太郎の能力数値は一般人と大差ないレベルの数値ばかりが並んでいた。

「これ強くなるんだよな!?」

「安心しろ、コタローよ。ちゃんとリムを上げてゆけば必然能力値は高くなってゆくからな。主に体力が増えて、魔力量が少しずつ上がってゆく」

「それ以外は!? 攻撃力は? 防護力は?」

「その辺りは、現在の身体能力そのままだからなあ……」

 国王曰く――体力と魔力以外の数値は、現在の本人の数値であるとのことだ。故にここに関してはリムの成長――レベルアップに応じてそう容易くは上がらないそうだ。むしろかなり鍛えてようやく『+』や『-』が発生して強さが増していくとのこと。説明を受ける感じ、才能に大きく比例するらしい。早い話、経験値により強化ではなく国王曰く『――努力だな』とのこと。

「これでどうにか何のかよ……」

 異世界に勇者として召喚されつつ、これは相応に大変そうだ、と琥太郎は僅かに気落ちしながらもどうにかなる――と、今は信じるしかないと考える。それに何より、琥太郎は、自らのステータスにある魔法属性を見てニヤリと笑みを浮かべる。



 魔法属性: 固有

 魔法: 天地一指にて不動の理



「固有魔法『天地一指にて不動の理(ヴィンセブ・クァイジン)』、か……!」

「お? おお、本当だ。属性『固有(クティエル)』なのか。なるほどなあ」

 国王も気付いた様で期待する様な表情を見せる。

 琥太郎とて同様だ。なにせ名前の風格足るや。これはとてつもない効力が期待出来そうだ。如何な能力があるのか想像して思わずにやけた表情を浮かべてしまうが、能力値が脆弱な状況を考えればこれは心からありがたいと感じた。

「ん? この技能ってのは……」



 技能: 忍耐力:G+

     出身地隠蔽:I



「それはお前に備わる加護の一種だな。『忍耐力』は平たく言えばタフ度――攻撃を浴びても倒れにくくなる特性みたいなものだ」

「……そっか」

 何故か自嘲する様に琥太郎は呟いた。

 なるほど、確かに――忍耐力は自分に備わってて当然かもしれない――と、内心に零す。国王はその寂しげな呟きに一瞬、目を細めたが小さく首を振った後に、話を進めた。

「それとその下の技能『出身地隠蔽』はおそらくアレだな。お前の出身地、本来は元の世界だろうが召喚地点がヨンヨビクシアだったからそっちが記載されているんだろう。元の世界ってなったら異世界人ってバレバレだろうしな」

「ああ、だからか……」

 カモフラージュの様なものに当たるのだろう。確かに異世界人となればこの世界では勇者に当たるだろうから、その意味では無用な騒ぎを起こさない様に偽の出身地が記載されているのは怪しがられなくてありがたい。むしろ『アンノウン』とかついたら、どう誤魔化せばいいのだろうと言う話だ。

「――で、その下に更にあるのが異名だな。自身の行動に応じて付与されたりするものでメインで一つ設定しておくと一定の効力が発生したはずだ」

「おお、便利そう! どれどれ、俺のは――」


 異名: 勇者(笑) 女性の前で全裸を晒した男 助平


「バカにしてんのかっ!」

 なにこの侮辱しかない異名の数々! しかも王様、肩震わせてるし!

 何と言う非情な異名一覧だろうかと若干キレ気味ながらも全部の異名の効力を軽く確認してみるが、やはりどちらも相当酷い。『勇者(笑)』と言うのが地味にステータス補正をかけるものだったので仕方なく装備した。特にステータスに変化は現れなかった。

「何なのもうこれ……」

 項垂れる琥太郎を余所に国王は「さて、コタローに関しては粗方見たから――すまんな、少し見せてくれるかオトカよ」と隣の席の門音花に問い掛ける。

 そうだ、門だ! と、琥太郎は自信を取り戻し顔を上げる。

 どう見ても華奢な美少女である門音花であれば、確実に自分よりも低い能力値である事は間違いない。何とも尊厳に欠ける思考ではあったが、琥太郎は音花の能力値が低い事を祈りながら多少の罪悪感を感じながらも現された数値を目視した。



 門音花

 Nape オトカ・カド

 Keg UNSNOGN

 Ave 19

 Wbop アタルプ・レド・ラーム

 Bans 

 Wbany 0

 Equutpend

 Jeaten 

 Vuabx 

 Ayyekkobc 



 Lm.1

 HT 2/2

 PT 70/70

 EGT 0

 NEJD 10


 KDB D+3

 XEW L

 PAV H

 PXE L

 IND H

 PNX J

 AVI D+2

 HID F+3

 XEG C


 魔法属性: 風雲・闇夜・光明

 魔法: 風来の陣:L

     夜の外套:L

     枝垂れ光華:L

 技能: 対病気:J-4

     不運:F+

     出身地隠蔽:I


 異名: 性別不明の勇者 上半身を晒した露出狂 病弱



『紙耐性かッ!』

 ――それはまさしく『紙』の防護力であった。

 紙と断じられた当の本人は「いや、照れるなあ。ぼくの数値中々ユニークだよね」と照れ臭そうに頭をかいている。何ともない様に言っているが、数値が明らかに脆い。脆すぎる。

「おいおい……『防護力:L』に『魔導防護力:L』はまだ理解出来るとして技能の『対病気J-4』って病気になりやすいって言ってるもんだぞ……? その上、『不運:F+』って……何だこの圧倒的な防御力の不安感は……!」

「対して父上……。オトカは攻撃力には著しく特化している様ですよ……。数値にDがついているのはかなりのものです……。その上『+3』までついている辺り……!」

「それはわかるが、防御力が不安でならんぞ? しかもみろ体力が『2』だ! 一撃喰らえば確実に病院送りになるぞ、コレ!」

 実際、体が弱いのではないかと琥太郎は訝しむ。

 実際、異名の欄に『病弱』と言うのがついている辺り、何らかの影響があるのだろう。召喚された時も大変だったと自分で言っているのだし。

 ――ただ個人的には『性別不明の勇者』ってのが凄い気になるんだけど……! 何でこれバグったみたいに情報消滅してんの? 俺の隣の美少女何者なんだよ、もう!

 そうして門音花と言う勇者の情報は見事な程に周囲に混沌を生み出していたのであった――。

 さて、二人の能力値確認を終えた後に国王は再び玉座に座り直していた。

 琥太郎はこんな能力値で戦えるのか、と言う不安があったが国王曰く『鍛えれば問題無いだろう』と言う評価を下された。対して門音花に関しては『回避の達人になれ!』と『当たらなければどうとでもない』と、言わんばかりの評価をつけている。そこに関しては琥太郎も同意見だった。むしろ一撃も喰らうなとしか言えないだろう。



 そして現在。

 ほぼすべての説明を終えた国王は従者に持ってこさせた、その品を勇者二名の前に顕現させていた。その果てなき威光の象徴を。

 二人の前にはある存在がその存在感を確かに発していた。

 黄金の柄に散りばめられた宝石。美しい白銀の輝き――それは、まさしく琥太郎が初めて目にする存在。剣、と言う武器であった。

「我が国に伝わる聖剣――『ヤルクスゾルヴ』」

 国王アークソルは不敵な笑みをたたえながら、こう告げた。


「勇者として認めたお前達、二人のどちらかに――これを託そう」


 聖剣は静寂にして、握るべき主を選別する。

 遥か昔から――悲しみと共に。

 とこしえに。








第二章

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