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三題話

作者: nino

 砂漠。

 ギラギラと照りつける黄色の太陽が俺の全身をくまなく熱する。


 それが最新の感覚デバイスによって生成された仮想の熱エネルギーと分かっていても額を伝う汗は止まらない。気のせいか意識も朦朧としてきた。ここで倒れたら脳波異常で強制ログアウトだろうか、それは困るぞ。折角丸一日かけて砂漠を歩いてきたんだ。今更セーブポイントまで戻されてたまるか。

 暑さに喘ぎながら、俺は仮想の右足を踏み出す。


       ***


 最新VRMMORPG『トレジャータクティクス』。

 そのプレイヤーである俺は現在、ソロでA級難度のミッションに挑戦していた。

 曰く『砂漠に揺れる幻の街を発見しろ!』と。

 ミッション受領時に得られる情報によると今、俺がいるこの場所“死の砂漠”で一定時間過ごすことにより、低確率で街が登場するとかなんとか。『トレジャータクティクス』は正式サービスが開始されて間もないゲームであるため、ネトゲプレイヤー御用達の攻略wikiもまだ殆ど役にたたない。序盤の攻略情報こそ、ある程度は出揃ってきたものの、俺が挑戦しているようなA級ミッションくらいになると完遂した人間はまだ何人もいないはずである。攻略情報が知れ渡るのもまだまだ先だ。


「いや、そんなこともないか」


 何故ならば、情報は俺がクリア次第、攻略wikiに掲載するつもりだからだ。

 MMO廃人プレイヤーである俺の趣味。それは誰よりも早くミッションを攻略し、優越感に浸りながらドヤ顔で攻略wikiを更新することだった。暗い趣味だと笑いたければ笑え。俺の掲載した情報を参考に、無数のプレイヤーがゲームを進めている。それを想像するたびに俺は形容しがたい快感を覚えるのだ。この気持ちばかりは実際に体験してみないとわからないだろう。きっと世の攻略wikiを更新している人々は皆、俺と同じようなことを考えているはずだ。そうでなければ貴重な情報をネットに晒したりするわけがない。

 このゲームでも俺は既にいくつかの高難度ミッションの内容と攻略法をwikiに公開している。雑談掲示板でも時折、俺に関する話題が持ち上がっているのを確認する。プレイヤーランク一位二位あたりに君臨している大物ほどではないが、俺もこのゲームの中ではそこそこ知られている人間のはずだ。

 もっと、もっと有名になってやる。それが俺の、MMOをやる理由だから。


 さて、と。

 今回もさっさとクリアして、wiki更新の優越感に浸らせてもらうぜ。


       ***


「…………それにしても、不毛なミッションだな」


 いつまでも砂漠を彷徨うばかりで何も起こらない。砂漠をうろつく高レベルモンスターたちもあらかた倒しきってしまった後で、リポップするまでにも時間がある。しばらくの間は、ただただ黄金色に煌く砂丘を行ったり来たり。精神力の弱い人間だったらもう完全に参ってしまうレベルだ。こう何も起こらないとなると、あまり考えたくはないが何かイベントフラグを立て忘れているのかもしれない。そうすると今までの苦労も全部無駄に……いや、そんなはずはない、思う。

 信じて俺は探索を続ける。


「…………暑い」


 周囲一面広大な砂の海に囲まれたフィールドに冒険者=プレイヤーは俺一人。発した言葉は誰に届くこともなく、砂漠の空気にとけて消える。

 ザクザクと足が砂を踏みしめる乾いた音だけが砂漠に響く。

 いい加減何の収穫もないし、俺の体力も限界に近い。視界の右上に表示されているHPバーは赤色に点滅している。砂漠では極少しずつではあるが継続ダメージが発生するのだ。回復アイテムはしばらく前に尽きている。今のペースでいけば後三十分ともたず体力がゼロになる。そうすればゲームオーバーだ。丸一日、休日返上で挑戦しているミッションだ。失敗なんかした日には悔しくて眠れないだろう。


「ちくしょうッ……!! さっさと出ろよ幻の街!!」


 そんな俺の叫びが通じたのかは不明だが、突如目の前に淡く発光する妖精風のNPCが登場した。妖精は「ついて来い」とばかりに俺の周りを旋回しつつ、一つの方向へ誘おうとする。俺の長年に渡るゲーム廃人としての勘が囁いている。これがイベントフラグだ。この妖精についていった先に街があるに違いない。

 フラフラ飛ぶ妖精について俺は歩く。地図アイテムを確認したところ、妖精は真っ直ぐ南西へ進んでいるらしい。探索中に何度か通ったはずだが、その時は何もなかった。やはり妖精に誘われる形で向かわなければ街発見のイベントが発生しないのだろう。だいたいわかってきたぞ。

 妖精について歩くこと十数分。ようやく視界の遠くにぼんやりと、しかし確かに街のシルエットが浮かび上がってきた。間違いない。アレが“幻の街”だ。


「うおおおおおおおおおおおっ!!」


 街を見つけてしまえばもう妖精など用済みだ。後は街に到達するだけ、それでミッション達成となるハズである。

 走る俺。

 もう目の前に街がある。街の入り口らしき門の前には俺よりも先に幻の街に到達したと思しき数人のプレイヤーアバターが見える。一番乗りでなかったのは残念だが、まあ構わない。一番最初にクリアしたプレイヤーがwiki更新をしなければならない決まりがあるわけでもないし、まだ今からなら十分チャンスもあるだろう。


 さあ、ミッションクリアだ。

 そう思って俺が門に手を伸ばした瞬間、


「………………え?」


 そう声を上げたのは門の傍にいたプレイヤーアバターか、はたまた俺自身か。

 声が聞こえると同時に視界に広がる鮮やかな爆発エフェクトと『Game Over』の文字。

 俺は死んでいた。

 視界の右上に表示されていたHPバーがゼロを示している。街が目前ということですっかり忘れていた。砂漠の継続ダメージ。丁度この瞬間、それが俺のHPをすべて削りきった、というところだろうか。


「ふ、ふざけんなあああああああああああああああああああああああ!! 後五秒あればクリアだったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 と。

 そんな断末魔を残して、俺は砂漠からログアウトした。


       ***


 翌日。

 セーブポイントからやり直して、ミッションは無事にクリアした。かなり遅れをとってしまっていたが、先にクリアしていた連中はたまたま全員攻略wikiの更新に無頓着なやつばかりであったらしく、当初の目的であった攻略wikiの更新は果たすことが出来たわけなのだが……。


「はあ……」


 俺は溜息を吐く。

 今の俺がいるのはVRMMOの仮想世界ではない。現実の自室。起動状態のパソコンが映し出しているのは『トレジャータクティクス攻略wiki』の雑談掲示板ページ。

 話題は一人のプレイヤーに関するものだった。

 昨日、あと一息のところでミッションをクリアし損ね「後五秒!」と叫んで死んだ間抜けな冒険者――つまり俺のことだ。

 先述したとおり、俺は『トレジャータクティクス』内ではそこそこ名が知られていたことも災いして、付いた渾名は“残り五秒の廃人”。


「なんだかなぁ……」


 有名になったはいいが、イマイチ釈然としない俺であった。

VRMMORPGモノって一回書いてみたかったんですよね(笑)

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