ゴールドサービス 特急夜行バス
二人はフィリピンの田舎、DAET (ダエット)と言う街まで行く事に成った。
ダエットは、ビコール地方のカマリネスノルテの州都である。バスで8時間、
マニラから340キロの所にある。
ここのバスターミナルは、主にフィリピンの南方地方へ行くバスが集まっている。
バスは日本の観光バスより少し小型で、色々なバス会社がある。行く先によって会社が違うのか、
車種は全部ばらばら。料金も一番安い普通バス、エアコンの利くエアコンバス。
その上のクラスのデラックスバス等が客待ちをしている。番号順にずらりと、
何列も横にバスが並んでいる間を、物売りが大きなざるにピーナッツや、お菓子を頭にのせて売っている。
私達はフィルトランコと言う会社の、ゴールドサービスと言う最高級のバスを選んでいる。出発は9時、
ダエットに着くのは早朝の5時だ。荷物をバスの下にある荷物入れに入れて、階段を登り座席に座った。
私と幸男は中ほどの1人座りの座席に座ると、アンナとお父さんは二人横に座席のあるところに座る。
このバスは座席が横に3列、1人用と2人用の椅子が通路をはさみ並んでいた。最後部にトイレがあり、
運転席の横にバスガールが座っている、紺の制服を着た若い女だ。出発の時間がきた、
バスはターミナルを出てマニラ市内を走る。バスガールが、小さなひざ掛け用の毛布を配りだした。
そして、乗客全員にお菓子と飲み物を配った。無愛想でたんたんと配る、日本のバスガールとは全然違う。
やがてバスはマニラ市内を抜け、高速道路に入った。高速と言っても日本とは違って、
横幅はあるが舗装が悪い。でこぼこで所々穴も開いている。さらに時々人が横切ったり、のどかに、
路肩で牛が草を食べていた。日本の援助で出来たこの高速道路も、補修が間に合わず、
惨めな現状をさらしていた。クバオを出てから2時間ぐらい走った所で幸男が「また腹が痛くなってきた」
と言って、最後部にあるトイレに駆け込んだ。客は殆んど満卓で、幸男は揺れるバスに、
よろめきながら通路を歩く。走るバスの前方は、照明が少なく薄暗かった。悪路の高速道路を、
穴を除けながら走るので、スピードは上がらない。しかも、エアコンが思い切り効いて寒い。
座席の上の通風口は壊れて閉まらない。冷たい風が、頭から体全体に降り注ぐ。他の乗客を見ると、
防寒用のコートを着ている。運転手は、皮のジャンバーを着こんで運転していた。
私も配られた毛布を肩からかけ、寒さをしのいだ。
椅子は厚手のビニールが張ってあり、つるつる滑る。運転手はお構い無しに、
右に左にハンドルを操作して、バスは走る。幸男は寒さと下痢で、何回もトイレに駆け込む。
私は荒っぽい運転に、眠るどころではない。カーテンが全部閉まっていて、外が見えない。
カーテンを無理に引っ張り、窓ガラスに頭をつける様にして外を覗いた。バスは高速を出て、
国道を南にむけて走る。民家の並ぶ町並みが見える。街灯が無いのか、ひたすら真っ暗な道を走っている。
窓ガラスの外は温度が高いのだろう、湯気で曇って見えにくかった。相変わらず頭の上から冷気が降り注ぐ。
エアコンを最強にしているのだ、おかげで乗客は防寒服を着て、運ちゃんは皮ジャンを着ている。
こんなに車内を冷やさなくても良さそうなのに、フィリピンはどうかしている。私は寒さと、
荒っぽい運転で寝る事が出来ない。何がゴールドサービスだ、外の景色も真っ暗で見えないし、
どうして良いか分からなかった。アンナは、通路を挟んだ向こう側でぐっすり寝ている。
かわいそうに、幸男は何回もトイレへ行ったり来たり。下痢が治っていないのだろう、
この寒い車内で額の汗をハンケチで拭っている。私は小さな声でささやく様に「大丈夫か?」
と聞いた。「うん、下痢は収まったけど、トイレの水が出ないので流れないんだ」と心配そうな顔で言った。
「大丈夫、大丈夫、こんな汚いバスなんか糞が詰まっても気にするな」「糞じゃないけど、紙が無かったから、
自分のハンカチを使ったんだ」と幸男はささやく様な声で言った。乗客は私達を除いて、
みんな気持ち良さそうに寝ている。やがてバスは大きく右にカーブをして、大きな駐車場に入って行った。
舗装のしていない、小石の転がっているような、駐車場にバスを止めると、バスガールが「休憩します」
と英語で案内した。「幸男、休憩だってよ」と言うと、座席から立ち上がり、バスを降て行った。
幸男はこのドライブインの、トイレへ行きたいらしい。アンナを起し、お父さんと私はバスを降りた。
駐車場には同じ会社のバスが何台か止っている、フィルトランコの専属の休憩所だろう。
幸男はバスの横で、美味そうにタバコを吸っていた。「便所大丈夫?」と聞いた。「タバコ吸ったらすぐ行くよ」
と言いながら、幸男はウエストバックにライターを仕舞いながら言った。私も大きく背伸びをして、ドライブインの中へ入って行った。プラスティックの白い椅子とテーブルが置いてある、先に来ていた、
バスの乗客たちが食事をしていた。二人の運転手とバスガイドは、隣の専用の部屋で食事をしている。
アンナに「何食べる?」と聞くと「私はこれとこれ」と指差した。ガラスの向こうに、
ステンレスの容器におかずが入れてあり、自分で選ぶ仕組みになっている。私達が並んでいると、
私を押しのけて割り込んでくる人がいる。ここでは順番どうり並んでいても駄目のようだ。
見たことも無い様なおかずが、ケースの中で並んでいる。その中を、ハエが1匹飛んでいた。
肉の塊が野菜と混ざって煮込んであるような物や、野菜のごった煮を、醤油で味を付けたような物があった。
それを見ていると食欲がわいて来ない、私はこの惣菜を食べる気がしないので、
あきらめてコーヒーを頼んだ。ところが、出されたコーヒーカップには、熱いお湯がはいっているだけ。
そして、インスタントコーヒーの粉が入っているプラスチックを渡された。その横には、
砂糖の入っている容器も置いてある。ふたを開けると砂糖が固まっている、前の客が、
コーヒーをかきまわせて濡れたままで、砂糖をすくうのだろう。仕方が無いので無理してブラックで飲んだ。
休憩時間は30分程度、運転手の食事が終わると、休憩も終わるようだった。運転手がバスの中から、
クラクションを鳴らす、客はタバコを吸っている途中でも、慌ててバスに戻る。
時間は深夜の1時を過ぎていた。日本とは時差が1時間、東京は深夜2時だ。バスガールが人数を確認して、夜行バスは走り出した。相変わらず車内はエアコンがきいて寒い。体は外の暖かい空気を浴びたので、
少しは慣れたのか、さすがに眠気が襲ってきた。左手に海が見えた、砂浜ではないが、
手前の岩が船の明かりに照らされて、キラっと光って見えた。遠くの明かりが波に当たり輝いてみえる。
薄っすらと遠くに陸地が見える、手前の海の向こうに明かりが見えた。
しばらく海を左に見ながらバスは走る、私はカーテンをめくり海を見ていた。気が付くと、
バスは街の中を走っていた。私は少し寝てしまった様だ、3階だての建物が並んで建っている、
そこでバスは止ってお客を降ろしてた。バスガールが、「ラボ」と言って乗客に告げると、
寝ていた乗客も慌てて降りる。アンナが「もうすぐでダエットよ」と私に言った。「あとどのくらい?」
と聞くと「30分ぐらい」と言いながら、鏡を出して顔の化粧を直していた。車内の電気が明るくなり、
乗客は帰り支度をしはじめた。いよいよアンナの生まれ育ったダエットの街に着く、どんな所か楽しみだ。
時計を見ると4時を少し過ぎていた、幸男はぐっすり寝ているようだ。私の前の席で、寝ている幸男を起す。
ハッとした様な顔をして、幸男は目を覚ました。「もうすぐだよ」と起きたばかりの幸男に言った。
バスはしばらく国道を、田んぼを見ながら走った。Yの字の二股を左に曲がりしばらく走ると、
3階建ての建物が並んで建っていた。街らしい商店がびっしりあって、サイドカーの三輪車が走っている。
昼間は多分にぎやかな街であろう、今は人影も無くひっそりとしている。バスは細い路地を左に曲がると、
フィルトランコのバスターミナルに着いた。