05 死霊王子
「声質まで、変えている余裕はない」ということで、基本しゃべるのはハンスの役目になった。
城に入る直前「嘘は、なるべくつくな。ばれた後、取り繕うのが大変になる。謁見の間には護衛の兵士がいるから、王と兵士をなるべく引き離せ。王を私に近づけさせろ」と“彼女”がハンスに言う。
謁見の間に二人とも無事に通され、王の前で“彼女”は優雅な手つきで、そっと服の裾をつまみ礼をする。
肩口で切りそろえてある漆黒の髪がフードの隙間からさらさらとこぼれる。
「元はどこかの国の貴族か?」
王のその問いに、“彼女”がハンスを見る。
「どっかの王族の流れを汲むってことで、礼儀を知っていたんじゃないですか?」
亡国の王子だから間違ってはいない。
「名前はなんと申す?」
ゾンビは少し考える。自分の名前を使うか、侍女の名前を使うか。
姿を勝手に使った上に、名前まで、無断借用したらあの世で会った時に怒られるどころではすまない。
この体に、本当の死が訪れるのかはわからないが、できれば殴られる危険は避けたい。
「シャムと申します」
ゾンビが隣のハンスには十分届くけれど、王には届かないほどの声で囁く。
「おい。声が聞こえないぞ。顔もいつまでフードで隠してる?」と王の声。
“彼女”がさらに声を細めてハンスに小さく囁きかける。
「顔はシャム猫のような気品があるから、こっち来て自分でフードをはずせと言え」
くちゃくちゃと湿った音がハンスの耳元で聞こえる。あんな美女の口からこの声が出ていると思うと、ゾンビの姿でいた頃よりも、恐ろしいと思うのは自分だけなのだろうか。
それよりも、シャム猫って、猫に種類があるのか?
猫といったら鼠を咥えている姿しか思い浮かばない。あの姿のどこに気品があるのだろう。
「何かしゃべったか?」王が不審そうにこちらを見る。
「名前はシャムです。名前の通り、シャム猫のような気品のある顔立ちしていますが、そんな遠くから見たんじゃ、よくわかりませんよ。こっち来て、自分でフードをはずしたらどうですか?」
ハンスは平静を装い、自分の知る限りの敬語を駆使して何とか言葉を繋げた。
でも、態度がよろしくなかったのか、兵士が一歩こちらに近づく。
「よい」
王は、兵を手を上げて制すると、ハンスの言うとおりに歩みを進めて、近づいてくる。
“彼女”の目の前に立った王が“彼女”のフードを取る。
同時に、“彼女”の薄紅色の唇から呪文がこぼれる。
「石神に希う 我らを守りし城壁を」
正確には自分たちと王を囲む壁が欲しかっただけだが、城の壁を拝借して、兵士と王を隔てる壁を作った。
今頃、城のどこかの部屋では、壁が二、三枚消失しているだろう。
もう変装している理由がないので、元のゾンビの姿になる。王が腰を抜かして、数メートル後退る。
横で「もうちょっと美人の姿でも――」とため息を吐いている奴がいたが、ぎろっと睨みつけるだけにしておいた。
「化け物を使って、攻め入ってきたか?」
王が恐怖と怒りが入り混じった顔をゾンビとハンスに向ける。
(あの時の私はあんなに恐ろしく、醜い顔をしていたのだろうか。今の姿よりずっと・・・)
ゾンビは服の下に隠していた剣を王に突きつける。
城門をくぐる際、にっこり兵士に微笑んだら、身体検査もろくにされずに、持ち込めたものだ。
「死霊王子の伝説は知っておろう。我はシャムロック・ラハード。ウエスト レペンス地方は元はラハード家の領地。所領を取られた恨みはいまなお忘れてはいないぞ」
自分が死んで二百年も経って、自分の土地だと主張するのは遅すぎるだろう。まあ、脅しが効かなければ、別の手を考えよう。
「や・・・はり、やはり呪っているのか!」
ありがたいことに、はったりに引っかかってくれた。が、予想以上の怯えように逆に戸惑う。
「呪いってなんだ?」
ゾンビは錆びた剣を王に突きつけたまま、横にいるハンスに聞く。
姫の子孫は気にかけていたが、王国を継ぎ、ラハード伯爵領を接収した姫の兄の家系まで、いちいち気にかけていなかった。
領民が圧政を強いられているという噂が流れてきていたなら、何らかの対応を取っていたのだろうが、村の様子を見る限り、悪いということはなさそうだったので、今の今まで放っておいた。
「伝説のゾンビが王家を呪っているせいで、この王家は男子が育ちにくいんだと・・・先々代は男の王子様が3人いらしたが、二人の兄は小さい時に食中毒と原因不明の病で死んだって、父さんが言ってた。ちなみに今の国王の子どもは、二歳になる王子様がひとり。ついでにいうと16歳を筆頭にお姫様が4人だったか。ゾンビが伝説のお姫様とそっくりな姫君を探し出すために王家に女子を生ませているとか何とか」
そんな、呪いをかけた覚えなどまったくない。誰も、姫の代わりになれるはずがないのも、彼女がすでにこの世にいないのも、自分が良く知っている。
150年前の夜、危険を冒して村へ行き、彼女を見取った。
その上、食中毒やら原因不明の病って、限りなく暗殺やら陰謀やらの臭いしかしないのだが・・・。まあ、二人くらいなら偶然かもしれないが。
で、男子がなかなかできず、焦った王は昔の慣習を破って、妾妃だか第二王妃だかを迎えようとしたのか。
2歳の王子に何かあっても、4人も娘がいたら、婿養子を迎えたらすむと思うんだが・・・。
この際、人の家の家庭事情など放っておこう。
「安心しろ。国から追われた私は新たな所領を得た」
実際は、勝手に逃げただけなのだが、細かいことはこの際置いておく。
ゾンビが、王の腕を掴む。
ぐちゅりと妙な音がした。皮膚が剥がれ、べっとり、皮膚片と汁が王の袖に張り付く。
王の腕を引っ張るように、王に顔を近づけて耳元でささやく。
「呪われた森の領民だ。その森近くの村の娘との間に子を成せば、汝は我と同じ姿になるだろう。その娘だけではない。我が領民は一人たりとも譲れぬぞ」
ゾンビが口を動かすたびに、ねちゃねちゃと湿った空気が王の耳をかすめる。
「呪われよ。呪われよ」
ゾンビの言葉と共に、黒い炎が次々と現れ、ゾンビと王を囲む。
「ひっ・・・ひぃい――」
「集めた女性たちはどこだ?」
がたがた震える王から場所を聞き出したゾンビは、また、石壁を組み替えて、道を作る。
「ああ・・・最後に言っておく。呪われた村を間違っても焼き討ちしようなどと考えるなよ。もし、そのようなまねをすれば、百の炎の玉が王都を焼き尽くすであろう」
大丈夫だとは思うが、アイリスたちの村が死霊王子の不吉な村として焼かれでもしたら大変なので、念を押しておく。
謁見の間を去るとき、ハンスが振り返ってみると、王はがたがた震えながら、上着を脱いでいた。
シャムロック……クローバーなど葉が3枚に分かれている草の総称。
すみません。題名の後半のアカツメクサはもうちょっと後に出てきます。