02 ゾンビと少女の出会い
王子が魔女から恐ろしい呪いを受けてゾンビになり、結婚の決まっていた隣国の姫を食べて逃げたという伝説が残る村。
跡取りを失くした国は王の姉が嫁いだ隣国に統合されていった。
国の名が変わってもこの村は変わらずある。
隣接した森には、今もゾンビが次の姫を探してさ迷っているという伝説がある。
「……だいじょうぶ……えっぐっ……ぜったい……ひっぐ……かぇれるもん」
かつて、王子と呼ばれていた“それ”は一人の女の子の声を聞いた。
金髪で深い緑色の瞳の女の子。
かつて愛し、手に入れられなかった姫にとても似ている。
少女は怯えて震えている。
この森には狼がいるのだ。おまけに夜だ。
いつもどおり村へ導くしかない。といっても、村まで追い立てるだけなのだが。
元王子は彼女の前に立った。
少女はびっくりして立ち止まった。
「ひっぐ……おじさん……誰?」
「私はゾンビだ」
くちゃくちゃと湿った声で答える。二百年も経って、滅びた国の最後の王子の名など名乗ったとしても小さな子どもにはわかない。
「……ぞんび……たべちゃうの?」
子どもは目の前にいる者がやっと恐ろしい伝説のゾンビだと言うことに思い至ったようで、泣くのをやめて一歩後ろに下がる。
「早く逃げねば、食べてしまうぞ」
うぉーん
狼が吼える。
近くだ。
元王子が闇を見つめる。闇に慣れきってしまった目には、いくつもの光が瞬いて見える。
魔法で身を滅ぼしたものとしてはできれば再び魔法を使いたくなかったが・・・
「目を瞑るんだ」
「えっ……」
そして、少女も狼に気づく。普通なら逃げ切れる距離ではない。
「我 雷帝に希う 強き雷玉を」
ゾンビの手に雷を集めたような光の玉が現れ、一瞬の後にはじける。
狼たちは光に目をやらればらばらに逃げていくが、数匹がゾンビに襲いかかる。
「我 光神に希う 光の道を」
今度は、柔らかい光が大地に一本の線を描く。
「目を開けて光に沿って逃げなさい」
魔法で作られた道を少女は走り出す。
一度だけ振り返ると、ゾンビは狼に引き倒されていた。
―翌日
「昼間の光の差す場所なら、狼も襲ってこないんでしょ?」
昨日泣きじゃくっていたところを見たので、大きさのわりに幼いのかと思ったが、今日はけろりとして、しっかりした口調で話している。
「絶対とは言い切れないが……」
多少かじられても、腐った動物の肉を寄せ集めて、勝手に身体は再生される。
「なんで君はここに来ているんだ?」
久しく忘れていた頭痛に頭を抑えてゾンビが娘に問いかける。
「お母さんが、助けてくれた人にお礼を言いなさいって」
母親がどういう説明をしたか知らないが普通に考えれば、危険な森に娘を入れることはしばらくはしないだろう。
「その人はアイリスを救うために生命を落としたんだから、二度と森に入ったら駄目よって。森のゾンビさんなのに、森に行かなきゃどうやってお礼言うんだろうね?」
それは、「心の中で助けてくれた人の冥福を祈りなさい」と言うことだろう。
母親もまさか伝説のゾンビに助けてもらったと言う話は信じていまい。
「お礼は聞いたから早く帰りなさい。ここまで深く入ってきてはまた道に迷うよ」
今回はたまたま助けてやれたが、次回もそうだとは限らない。
森は人に恵みをもたらすが、人を簡単に死に追いやる。
彼の身体は動物の肉も混ざっているが、森で死んだ人間がいた場合、その肉が優先的に補充される。
次の材料に、この娘が加わるのは避けたい。
その後、しつこく警告しても、少女は何度も森に訪れたので、ゾンビは仕方なく森の泉へ道を作った。
彼女が通る時だけ光るその道には、獣よけの薬を撒いた。
冒頭の言い伝えの部分ですが、前作『お姫様とスケルトン』の内容と微妙に違っています。
作中200年ぐらい経っていますので、その間に伝説が変化したと思ってください。