04 アイリスとお姫様の肖像画
『ゾンビとアカツメクサ』の『05 死霊王子』『06 アカツメクサの指輪』の間のお話。
なんか、向こうの茂みのほうから、ガチャガチャと金属のぶつかり合う音が……
「パパどうしよう?」
甲冑の音に娘はぎゅっと俺の脚にしがみつく。
「大丈夫だ」
こういうのは大抵――
兵士が来ている方向とは逆方向に壁の周り歩いていき、角を曲がると“都合よく”城の壁に扉が付いているのを発見した。
こんな王様の謁見の間の近くにまるで、裏口のような。
深く考えずに、こういうときは、ありがたくこの流れに乗っておく。
娘が、心配そうに入ってきた扉を見る。
「入ってこないよ。向こうは王様救出に忙しいだろうから、こっちには来ないよ」
扉をはさんで、場面が転換したと言っていい。
娘が、扉から目を離し、俺がその扉をもう一度見たときには、扉はすっかり消えていた。
「ゾンビさんどこ?」
「パパも別の方向で、物語を楽しみたいから、ちょっと待ってて」
まだ、ホラーと思うより、毒々しい陰謀劇として、見たほうが良い。
ここは、俺が望んだとおりの書庫だ。
他にも埃の被った剣やら、甲冑やらが置いてあるところを見ると倉庫の類かもしれないが。
甲冑が不気味なのか、娘は俺の足にへばりついている。
「動くの?」
「あれは、動く鎧だから、大丈夫だよ」
もちろん普通の鎧だが、こう言っとけば娘は怯えないだろう。
「リビングメイル?」
「恐ろしい悪霊が鎧に取り憑いていて夜になったら動き出すんだ」
「動かないの?」
次は早く動いているところを見たいと言わんばかりに、鎧を突いている。
ただの鎧が動き出したら怖いが、幽霊が入っている鎧が動くところは見たいってどうことなんだ?
とりあえず「あまり触るなよ」と注意しといて、本棚から本を一冊取り出す。
「ビンゴ」
本の題名は『系譜録』。
夢って、こういうところ、ご都合主義で助かるよ。
内容は、家系図・名前・生没年・享年・死亡原因――。
まず、系譜の一番下は今の王子の代なんだろう。女子が4人。男子が2人?
王子様は一人って言っていたよな。
――第一王女キャリー 第二王女エイミー 第三王女ミリー 第四王女リリー 第一王子ウィル(享年1歳・解熱剤を服用後死去)第二王子アル――
短く書かれている死因に半分予想していたとはいえ、眉間に皺が寄る。
夢の中とはいえ、八ヶ月の赤ん坊が毒殺か。生年をよくよく見ると、第一王子と第二王子は三日違いで生まれている。普通に考えて、三日もお産が続くとは考えにくい。異母兄弟か。
俺は、一度ため息をつき、その前の代を読む。
――第一王子リアル(享年8歳・菓子の食中毒) 第二王子ライル (享年3歳・解熱剤を服用後死去) 第三……――
これ以上は、見なくてもわかる。
「ゾンビは呪ってなんかない」
もう、9割がた陰謀だと思うのだが。
「それは、200年前。死霊王子に食べられたとされる王女の肖像画よ」
本を元の位置に戻していると声が聞こえてきて、入ってきたほうとは、反対側の壁に扉があることに気づく。
本を読み終わったから、扉が出てきたかもしれない。
娘と二人、そっと扉を開ける。
「アイリスちゃん。とっても綺麗――」
声を出した娘の口をふさいで、「しー」っと人差し指を口の前に立てる。
娘がうなづいたのを確認して手を離す。
隣の部屋には、絵画がたくさん置かれていて、一つの絵の前に綺麗なドレスを着飾ったアイリスとアイリスと同じくらいの年の女性が立っていた。
昔語りに違和感を感じる。絵本の中では王子はただ、ゾンビになって逃げただけで、お姫様を食べていない。お姫様は食べられるどころか青年と幸せに暮らしたはずだ。
まあ、そんな細かいことはこの際どうでもいい。
――問題は彼女たちの前に飾られている絵だ。
「脱出しようとしなくても、希望者はちゃんと故郷に帰すわ。いくらなんでも妾妃を5人も6人も急に置いたら国民がどんな反応を示すかわからないもの」
まあ、ドレス一着にどれくらいかかるか知らないが、お妃様候補の人たちがすべて自費で出すわけではないだろう。ドレス代やら宝飾代やらの分、急に増税されたら国民も怒るということだろうか。
一瞬、断頭台に上がったマリーアントワネットを思い出した。
「しょうひ?」
「それは、王様のお妃様がたくさんってことだ」
「ふーん」
娘はそれ以上、深くは疑問に持たずに、扉の隙間から、二人の様子を覗っている。
お願いだから、5歳児に余計な単語を聞かせないでくれ。
「じゃあ、私も帰してくれるのね?」
「それは駄目」
「い……今、帰すって――」
「死霊王子は次の花嫁を求めているっていう話、知っているかしら?」
さっきから気になっていた。彼女たちの前に飾られている絵。
死霊王子に食べられたとされる姫の姿は、アイリスと瓜二つだ。
その上、アイリスは、絵の中のお姫様と同じドレスを着せられていた。
「本当にあなたには伝説のお姫様とそっくり。悪いけれど、あなたには呪われた森の狼の餌になってもらうわ」
「そ……そんな」
悪役のお姉さん(気位が高そうなことからして四人いるお姫様のうち誰かだとは思うけれど)の言葉に愕然とするアイリス。
「パパ。アイリスちゃん、狼に食べられちゃうの?」
「きっとハンスとゾンビさんが助けに来てくれるよ。もし、森に連れて行かれても、森はゾンビさんのお家だ。狼に食べられたりしないよ」
しかし、今、ゾンビは森にいない。ゾンビがこの城をうろついている間に、アイリスが森に連れて行かれたら、危ないかもしれない。
ここで、俺がアイリスを助けて逃げることは可能だろうが、そんなことをすれば、作者の思い描く結末とは大きくかけ離れてしまうだろう。
『狼に食べられたアイリスは自分もゾンビになって、ゾンビのお嫁さんになりました』なんて、結末はできれば避けて欲しい。
「この国の民は、今も、いもしないゾンビを信じている」
「ゾンビさんいるもん!」
「こら。向こうに声が聞こえたらどうする。それに悪役のお姉さんの口上は最後まで黙って聞くのが礼儀だよ」
その悪意が自分の方に向かってきたら、逃げるが勝ちだが、自分に被害が無い限りは悪役の口上は黙って聞いていたほうが、情報収集になる。
「この国では男子が育ちにくい。民がゾンビの呪いだって信じているうちは、利用できるものは、ゾンビでも何でも利用しなきゃね。花嫁を迎えたゾンビは祟っているどころか、この国を守護しているから王家は大丈夫ってね」
えー。変事を全部ゾンビのせいにして、祀ったから、厄災は全部祓われたよ。はっはっはって、それって、どこの――
「菅原道真?」
「すがわらの――」
「喧嘩に負けて、都から遠くに追いやられて、死んじゃったけれど、その人が死んだ後、いろんな悪いことが起きて、その人の祟りだって言われたんだ。祟りを怖がった人たちから、神様にするからこれ以上祟らないでねってお願いされた人だよ」
まあ、うろ覚えの知識だから、ところどころ違うかもしれないが……。
濡れ衣着せといて、神様になって国を守ってっていうのは、いくらなんでも身勝手なんじゃないか?
いや、ゾンビの味方をする気はまったくないけれどな。
「その人、神様になったの?」
「お勉強の神様になっているよ。ミクももう少し大きくなったらお世話になるからな」
でも……アイリスを生贄にしても、暗殺をしているのがゾンビじゃなくて、人間なんだから変事は続くんじゃないのか?毒を盛った犯人を突き止めるとかしないと問題解決にならないと思うが……怪しい人がいっぱいいすぎとか?犯人の目星はついているけれど、これといった証拠が無いとか?
「また、王子が亡くなったらどうするの?」
「そのときは、またそっくりな女の子を見つけ出してきて、花嫁にするんじゃないかしら。あなたも運が無いわね。たまたまお妃募集に引っかかって、ゾンビの花嫁にされるなんて」
アイリスの問いにそう答えると、悪役のお姉さんは、アイリスの金色の髪の束をつまみ弄ぶ。
丁度その時、俺たちは再び強い眠気に襲われる。
ゾンビたちが廊下走っている間の出来事にしては、少々長い気もしますが……まあ、夢ということで。




