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七話、ピクニック


 サアヤとレニィを、振り落とさないくらいの緩いスピードで、岩を駆け登り川を飛び越え、山を走り続ける。


「風が気持ちいいわね」

「馬よりも速いから景色がコロコロ変わって面白い!」


 最初はボクにしがみつくだけだった二人も、慣れてくると周りの景色を見ながら楽しそうに背中で笑いあうようになってきた。


「二人共、寒くない?」

「大丈夫よ。村と同じくらいだもの」

「うん! うん! アタシたち寒いのには慣れてるからさ」


 八合目くらいまでくると、草花はほとんど生えてないし、鳥や動物たちの姿も見えなくなった。たまに魔物にも遭遇するけど、ボクの足の速さにはついてくることはできないようだった。


 雲を見下ろしながら、ゴツゴツの岩肌を駆け上って、ついに目的地に到着した。


「サアヤ、レニィ、着いたよ」


 伏せの姿勢をしながら声をかけると、サアヤはゆっくりと、レニィはピョンと飛び降りた。


「……こんなにも美しい景色ははじめてだわ!」

「うん……すっごく綺麗!」


 バスケットカゴを地面に置くとサアヤは平らな岩場の上に立ち、白い息を吐き指先を擦り合わせながら、山頂から見える景色に釘付けになる。レニィも隣で見入っている。冷たく吹く風で髪の毛がなびくのも気にならないみたいだ。


「ボクがはじめて見た世界をサアヤとレニィに見せたかったんだ」


 ダンジョンから出てきて、はじめて見たモノ感じたモノで興奮と感動で胸が熱くなって、そして……。


「ここはサアヤを見つけた場所なんだ」


 ポプンッと音を立てて、小さな猫スケルトンの姿に戻る。


 骨の隅々を通り抜けていく冷たい風は変わらない。


 けれど今は。

 

 ピョンと跳ねるようにしてサアヤの胸に飛び込むと、優しい手つきで抱きしめてくれる温かなぬくもりがある。


「空気が澄んでいて、とても気持ちのいいところね。こんな素敵なところで私を見つけてくれたのね」

「うん! あっちの方だよ」


 サアヤと出会った崖の方角を、骨の指先で示す。


「こんな広く遠くまで見渡せる場所からサアヤを見つけるなんて、まるで運命だね!」


 興奮気味にレニィが、ボクとサアヤを見つめる。


「運命……。そうね。ニャーさんは私の運命の人だわ!」


 運命の人。


 それはきっと間違いなく、これからの長い時間を一緒に生きていくってこと。


「サアヤはボクの運命。嬉しいな!」


 ボクとサアヤは獣魔契約で繋がってる。だけどそれだけじゃなくて今は、心までも繋がったような気がして、あったかい気持ちになった。


「少し寒くなってきたわね」

「戻る?」


 ふるりと体を震わせるサアヤが風邪をひいちゃいけない。と思って聞いたけど、サアヤは首を左右に振って「大丈夫よ」と微笑む。


「帰るなんてもったいないわ。こんなにも素敵な景色、もっと見ていたいわ」

「うん! うん! そうだよね〜! でもって、こんなこともあると思って持ってきたんだよね」


 持っていた大きな手さげ鞄の中をゴソゴソ探って毛皮を取りだし、まずはレニィ自身が羽織る。


「はい。サアヤと、もちろんニャーさんの分もあるよ」


 ボクとサアヤの肩にも、ふわりっとかけてくれた。


「温かいわ。ありがとうレニィ」

「ふわふわ〜! ありがとレニィ」

「どういたしまして」


 骨の合間を通っていた風がなくなって、ふんわり温かい毛皮に包まれて気持ちいい。


「さらに、これでどう?」


 自身がはおった毛皮よりも、もっと毛足の長い毛皮を広げて近くにあった大きな岩場に敷く。


「さぁ! お嬢様方お座りになってくださいな!」


 軽やかにステップを踏みながらレニィがサアヤの手をとって、ふかふか毛皮に座らせた。


「ふふふ! レニィったら紳士のふりも上手ね」

「もっと褒めていいよ! まぁ、旦那のマネしてみただけなんだけどさ」


 褒めて欲しそうなのに、いざ褒められるとレニィは照れくさそうに頬を染めてしまう。そんなレニィにサアヤは「素敵なエスコートありがとう」と微笑んだ。仲良し姉妹って感じがして良いなぁ。


「あら! ニャーさんも私たちの妹でしょう」

「うん! うん! アタシたちの大切な末っ子だよね〜!」


 獣魔契約でボクの考えていることが分かるサアヤだけじゃなく、レニィまでボクを姉妹と思ってくれたのが嬉しくて胸の辺りが、ほわりと熱くなる。


「えへへ! ボクはサアヤとレニィの妹!」

「そうよ。とても大切な妹だわ」

「うん! うん!」


 レニィがサアヤごとボクを抱きしめて、頬ずりをする。


「ね! そろそろお腹空かない? アタシもうお腹ぺこぺこ〜」

「そうね。お母さまのサンドウィッチみんなで食べましょう」

「食べる」


 ぽふんっと音を立てて人型になる。スケルトンのままじゃ食べられないからね。


 バスケットカゴからサンドウィッチを取りだすと、三人の真ん中に置いた。


「スープもあるのよ」


 小さな竹筒と木皿を出すと、三人分に分けていく。フタをとった竹筒から注がれる黄金色のスープからは、ふわりとタマネギの匂いが漂ってきた。


「豪華だね」

「う〜ん! 良い匂い」


 思わずヨダレが垂れてしまいそうになる。レニィの目も輝いてる。


「さぁ、いただきましょう」

「いただきます」

「いただきます」


 ボクも二人のマネして手を合わせる。


 まずはたまらなく良い匂いのするスープから、まだ上手くスプーンが使えないから直接、木皿に口をつけて飲む。


「タマネギがトロトロで美味しい!」


 たぶん塩だけしか使ってない感じだけど、タマネギの甘みとトロミで、冷めてしまっているのも気にならないくらいだ。


「本当に美味しいわね」

「さすが母さまね!」


 サアヤとレニィは、木のスプーンで器用に音も立てずに飲んでる。なんだか凄い。


 次はお待ちかねのサンドウィッチ。楕円形の茶色いパンにガブリと噛みつく。パンは少し硬めだけど噛めば噛むほど甘いし、レタスもきゅうりもシャキシャキパリパリだし、分厚いハムもはさんであるから食べごたえ抜群だ。


「何個も食べられそう!」

「私は一つで十分だわ」

「アタシはもう一つ貰っちゃお!」


 カゴいっぱいに詰めてあったサンドウィッチは、またたく間に空っぽになった。


「お腹いっぱい」

「美味しかったわね」

「また作って欲しいって母さまに伝えといて」

「分かったわ」


 流れる雲を見ながらのんびりお昼ご飯を食べ終わると、ヒューヒューと刺すような冷たい風が吹きはじめた。もう太陽が傾きはじめている。山の夜は危険だから、夕暮れまでには帰らなくてはならない。そう思って立ち上がると、サアヤも同じタイミングで立ち上がった。そしてレニィを見つめる。


「レニィ、私ね。ニャーさんと旅に出ようと思うの」

「いいじゃない! サアヤには、これまでの分も、これからの分も色々た沢山のものや出来事を見てほしいもん」

「ふふふ! ありがとうレニィ」

「アタシ応援するよ。ニャーさん、サアヤのことよろしくね!」

「もちろんだよ! ボクとサアヤは一心同体だからね!」


 レニィを見上げると少し涙ぐんでる。


「サアヤが旅に出るとさみしい?」

「違うよ。嬉しいの。ニャーさんもサアヤと一緒に色々見てきてね。」

「そっか、嬉しい涙……。うん。見てくるよ!」


 人間は嬉しくても涙を流すって爺ちゃんから聞いたことがあった。サアヤが旅に出ることが、きっとレニィは心の底から嬉しいんだと思う。


「じゃあ。そろそろ帰ろ!」

「そうね。お母さまにも旅立ちのご報告しないといけないものね」

「母さまも父さまもきっと喜ぶと思う。サアヤが冒険者になるってね!」

「そうかしら?」

「絶対よ! ね! ニャーさんもそう思うよね?」

「うん! 絶対、喜んでくれるよ!」


 ボクたちの言葉に、夕日を背にサアヤは花がほころぶように微笑んだ。


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