三十九話、遊びに行こう! (前)
今日はピネの案内で街を探検することになってる。ザワザワ人間たちの声と、石造りの道をコツコツ靴音を鳴らしながら忙しそうに歩く人間たち、ガタガタゴドゴト馬車も何台も通りすぎたりすれ違ったりと目まぐるしい。
「わぁ! こんなに人間がいるの初めてみたよ!」
王都に到着した日は夜で馬車も人間も少なくて静かだった。でも今は歩いてると、ぶつかってしまいそうなくらいの人間たちがいる。どこからか甘い匂いまで風で流れてくる。
「夜は外出しないようにって言われてるから人が少ないけど昼間はいつもこんな感じよ。でも最近これでも少ないくらいなのよね。王都から出ていってしまう人たちもいるし……」
「魔物が出るからか?」
ピネは頷き「危ないところにいるより田舎に帰って家族と過ごしたいってことみたいよ」と小さくつぶやきをもらす。
「もしかしてお姉さまのお友達も帰ってしまったのかしら?」
「そうなの。王都行きの乗り合い馬車で仲良くなった子なんだけど、休みの日はいつも一緒に過ごしてたのよ」
「さみしいわね」
「さみしいけど家族のことが心配なのはアタシも同じだし分かるのよね……。だからね。魔物がいなくなったら再会できるはずって信じて、またね! って別れたの」
「早く魔物騒ぎがおさまるといいわね」
「そうね……」
ぎこちない笑みをピネは浮かべ、フゥっと息をついてから深呼吸をするとパンッと両手で自分の頬を叩く。
「せっかくの休日、しめっぽいのは無しよ! お昼ごはんに行きましょう」
ピネはボクたちの後ろに回ると「レッツゴー!」と背中を押し歩きだした。
「どこに行くのかしら?」
「リクエストはある?」
「昨日の白いパンがもう一度、食べたいわ」
「ボクもパンが食べたい!」
「そうだな。オレもパンがいいな。モリスにも買っていって食べさせてやりたいからな」
「決まりね」
城から伸びる一番賑やかな大通りを歩いていくと、広く開けた場所に出た。そして中央には初めて見るモノがあって思わず走りだしてしまった。
「ニャーさん! 待って!」
後ろからサアヤが追いかけてくる。実はサアヤもボクに負けないくらい足が速い。
「これはなぁに?」
ゴツゴツした大小様々な石で縁どられ、たっぷりの水が波立つ真ん中には、翼を広げた鳥の石像が円陣を組むように五つ並び、翼の部分から水飛沫が踊って虹を作り出している。
「王都自慢の大噴水よ。美しいでしょ!」
「うん! キラキラですっごく綺麗!」
「これが噴水なのね。とても素敵だわ!」
「オレも初めて見た。凄いな!」
あまりの綺麗さにテンションが上がって尻尾がブンブン揺れて、ザァーと噴き上がる水音に耳もピクピクしてしまう。サアヤたちも目を輝かせて踊る水に目を奪われてる。
「ここは中央広場って言われてるの。それでね。大噴水が目立つから待ち合わせ場所に使われているのよ」
大噴水の周りでは友達同士なんだろう「久しぶり」とか「おっそーい!」とか、そんなふうな再会を喜ぶ声があちこちから聞こえてくる。
「ここなら絶対に会うことができそうね」
「でしょ。アタシもよく待ち合わせに使ったの」
きっと田舎に帰ってしまった友達を思い出してるのかもしれない。ピネは大噴水を見てさみしそうに微笑む。別れのツラさはボクも分かる。胸の辺りを両手で触れる。トクンッと爺ちゃんの優しい鼓動を感じられても、もう会うことはできないからね。
「行列が見えるな。もしかしてあの列の先に店があるのか?」
「そうよ。凄いでしょ」
広場を抜け、大通りを西に曲がると細い路地になっていた。薄暗く狭い道端は壁にもたれかかったり座りこんでる人々で混み合い賑やかな雰囲気だ。
「でも入れるかしら? かなり並んでるわ」
不安そうな声を聞いたピネは、腰に手を当て胸をそらし「実は昨日のうちに予約しておいたのよね!」と、ウインクした。
「もしかして真夜中にベッドを抜け出したのは店を予約するためだったのか?」
「あら! 気づいてたのね」
「オレは気配に敏感だからな」
旅の疲れでボクはぐっすり寝てたから、ピネが抜け出したのは分からなかった。サアヤも驚いた顔してるからボクと同じで気づいてなかったみたいだね。
「でも深夜に抜け出してまで予約してくれてたなんて、まるで私たちが行きたいって言うのが分かってたみたいね」
「当たり前じゃない。アタシはサアヤのお姉ちゃんだもの。気に入った食べ物くらい分かるわよ。さぁ! 行きましょう」
人々をかき分け進むにつれ、パンの焼かれるなんとも香ばしい香りがただよい、鼻がヒクヒクして腹の虫が泣きだしてしまいそうになる。
カラーン! カラーン!
店は煉瓦造りのこぢんまりとした一軒家といった感じだ。木製のドアベルを響かせ店内に入ると、棚いっぱいところせましとパンが並び、たくさんの人たちがパンを選んではトングでつまんでトレーに乗せている。
「こんにちはリラ」
「いらっしゃいピネ。待っていたわ。奥へどうぞ」
「昨日は真夜中にごめんね」
「気にしないでいいわ。仕込みがあるから起きてたの。それに上得意様のピネの妹たちが来るって聞いたら断れないわ」
「ありがとう。サアヤたち凄くリラのパン楽しみにしてるのよ。もちろんアタシもね」
「ピネって、いつも嬉しいこと言ってくれるから作り甲斐があるのよね。だから最高のパンを用意したわ」
「だってリラのパンは世界一だもの。今日も楽しみ」
茶髪のお団子頭が特徴的なエプロン姿の店員リラは、ピネと仲良さそうに話しながら店の奥へ入っていく。ボクは色々なパンが気になりながらも、サアヤとファディスと一緒に奥へ向かう。
「さぁ。お嬢様方どうぞ、お座りください」
通された部屋は、小さな植物が植えられた中庭が窓越しに見え思ったより明るい。広さもなかなかのもので人間が10人は余裕で入れると思う。
「わぁ! すっごいね!」
「こんな素敵なご馳走。なにかのお祝いみたいだわ」
「ルネディアの城にいた時より豪華だな」
大きな長方形のテーブルの中央には様々なパンがトレーの上に綺麗に並べられ、それぞれの席の前にはスープにサラダに、こんがり焼かれた肉まで用意されていた。
「実はね。ヴェルチマーさまからのプレゼントなの。お昼ごはん、豪華な食事をしてらっしゃいってね! だから遠慮しないでね」
ピネがVサインをしながらウインクをする。
「わたくしは、この店夕暮屋の店長リラと申します。本日は楽しんでいってくださいませ。お飲み物はオレンジジュースでいいでしょうか? それともワインにしますか?」
「ボクはオレンジジュース飲んでみたい」
「私もオレンジジュースがいいわ」
「オレは水を頼む」
「アタシはワイン飲んじゃおうかな」
リラはお辞儀をしてから部屋の隅に置かれた台車から、飲み物を手にとり丁寧な動作でそれぞれのグラスに注いでいく。
「お食事が終わりましたら、こちらのベルでお知らせくださいね。デザートをお持ちします」
ベルをエプロンのポケットから出してテーブルの隅に置くと、再びお辞儀をしてリラは部屋から出ていった。
「さぁ! 遠慮なく食べてね。リラの料理は天下一品よ!」
サアヤとファディスとピネは、音も立てず静かな動きで食べはじめた。いつも思うけど凄いと思う。だってボクは食器とスプーンやナイフがぶつかってカチャカチャ鳴っちゃうからね。さらに言えばフォークやナイフが上手く使えないから、手でつかんで食べてしまうこともあるんだよね。
「このお豆の入ったパン甘くて美味しいわ」
「ボクは柔らかい肉が挟んであるパンが好き」
「オレは昨日食べた白いパンが気に入ったな」
「アタシはやっぱり木の実パンが好き。パンのふわふわの中にカリカリ食感がたまらないのよね」
全部で十五種類あるパンたちは、どれもふわふわで中に卵が入っていたり、肉が入っていたり、甘い蜜のような餡が入っていたりと食べると楽しくなるものばかりだ。その証拠にボクの尻尾は忙しくユラユラしっぱなしだ。
「思ったよりお肉も柔らかかったわね」
「こんがりだから硬いと思ってたからビックリだった」
「外はカリッとしてるが、中が少し生っぽい感じだからだろうな」
「噛むと肉汁が出て美味しいわよね!」
いつも食べる干し肉と比べことはできない。というかまったく別物だよね。最後にサラダとスープを食べおわると、かなり腹がパンパンになってしまっていた。
チリーン! チリーン!
ピネがベルを振る。
「デザートをお持ちしました。プリンでございます」
涼やかなベルの音が鳴りおわる前に、リラがデザートをボクたちの前に置いていく。そしてお辞儀をしてまた戻っていってしまった。
「デザートは別腹ってね!」
「そうね。いただきましょう」
サアヤがスプーンでプリンをすくって口に入れた瞬間、ほわっと顔がほころばせた。サアヤの幸せそうな表情を見て、満腹だけど食べてみたくなってしまった。なのでボクもスプーンですくってプルプル揺れる不思議な食べ物を口に入れた。
「ん〜〜〜! うんま〜い!! 溶けちゃう」
「たしかにどれだけでも食べられそうだな」
「そうでしょ! そうでしょ! パンも人気だけどプリンも大人気なのよ」
「本当に美味しいわ。お母さまたちにも食べさせてあげたいわ」
「だよね。でも日持ちしないのよねー」
本当に持って帰れたら良かったよね。残念だよ。
お昼ごはんは初めて尽くしで楽しくて美味しい時間になった。普段、眉をよせ難しい顔ばかりしてるファディスの顔にも笑みがこぼれてた。名残惜しいけどベルを鳴らしてリラに帰ることを伝え店を出る。
「じゃ。ご飯も食べ終わったことだし、次はどこ行く?」
少し遅れて支払いを済ませたピネが手に三つの紙袋を抱えて出てきた。いい匂いがするからパンだと思う。
「ピネお姉さまのおすすめの場所に行きたいわ」
「ボクは色々なものが見てみたい」
世界の色々な場所を見て回るのが、ボクとサアヤの望みで願いだからね。
「フィーネに向かう準備のため、オレはモリスに合流しようと思う。明日の朝、港町ルゥーイで待ち合わせたいがいいだろうか?」
「分かったわ。モリスさんによろしくお願いします」
「ファディス。また明日!」
「あぁ。またな」
「ちょっと待って!」
手を振って歩き出そうとしたファディスを呼び止めると、ピネは一番大きな紙袋を渡した。
「夕食にどうぞ」
「ありがとう」
受け取ると早足で振り返ることなく、ファディスはいってしまった。




