三十七話、魔物
ベッドから立ち上がると再び女王は、ボクたちの向かい側のソファにゆったりと腰掛けた。
「静かになってしまいましたね」
クロスは声にハリがあるし部屋が円形だから、反響して大きく聞こえてしまうんだよね。賑やかって感じの人ではないけど存在感抜群だった。でも今はソファに残ってたクロスの温もりさえも消えてしまっていた。
「クロスの約と賭けに関しては理解した。だとしても母上は過去をほとんどオレに語らなかったように思う。たまに楽しかったことを話してくれたりはしたが……」
「それは仕方がなかろ。ソフィアの過去の全てを知ることは計画を知ってしまいますからね。そして男として育てたのもファディス、貴女を守るために違いなかろ」
「なるほどな……」
相変わらず難しい顔のファディスは、貧乏ゆすりまではじめた。ソファも小刻みに揺れる。
「あと今までの話を聞いて思ったんだが、オレの母ソフィアと双子と言うことは二人共、かなりその……」
「ほほほ! そうだの。年齢だけなら妾もソフィアも、おばあちゃんでしょうね」
言いよどむファディスの様子に、明るく女王は笑う。
「お世継ぎはいないのかしら?」
首を傾げるサアヤをみて、女王は再び「ほほほ!」と大きく笑って頷く。
「今までは封印に魔力を使っておったのでな。けれど世継ぎは必要でしょうね。側近共もうるさいからの」
「ぜひ子を産んでくれ。オレの母上は沢山の子を産んでいたが、そのほとんどが父上の手で狂わされ死んでいったからな」
まるで自分が痛みを感じているかのように女王の表情がくもった。
「……災いの去った後になるでしょうけれど、ソフィアのためにも婿をとるつもりです」
けどすぐボクたちの方を見て女王は微笑む。
「お婿様、結婚式ね! きっととても素敵よね」
もうすっかり緊張の解けていたサアヤは、口調までくだけて手を合わせ少し顔を赤らめ楽しそうだ。サアヤのテンションが上がる結婚式、気になっちゃうよね。
「ボクも見たい」
「ほほほ! まだまだ先の話ですよ。さて、せっかくのお茶も冷めてしまいましたね。ピネ!」
紅茶のカップを女王は手で触れてから立ち上がり、ベッドの枕元にあった金色のベルを揺らす。
「リィーン〜……」
透きとおるような涼やかな音が部屋中に響き渡る。するといつの間にか居なくなっていたピネが、先ほどの台所からヒョコッと顔を出した。
「ヴェルチマーさま、もうお話は終わりましたか?」
「終わりましたよ。温かいお茶を頼みます」
「はい」
一度ピネは台所に戻ってしまったけど、すぐに軽い足取りでボクたちの前に来ると食器を手早く片付けて、新しい食器を並べホワホワ湯気のたつアツアツの紅茶を淹れてくれた。とっても良い香りが辺りに広がる。急に喉の渇きを感じて、カップを手で包みこんで一口飲む。
「わぁ! 美味しい!」
「本当とっても美味しいわ」
「あぁ」
サアヤもファディスも一口ずつゆっくり味わってる。
「ピネも座りなさい」
「はい」
呼ばれたピネは慣れた様子で、女王の隣にちょこんと座る。この二人かなり仲が良さそうなんだよね。
「ピネお姉さまと女王様は、いつからの付き合いなのかしら?」
やっぱりサアヤも気になってたみたい。
「ほほほ! 妾にはピネが王都へ出稼ぎに来ることが分かってましたからね。サアヤ、貴女の時と同様、王都周辺を見張らせておいたのです」
「ピネお姉さまのことも知っていたのね」
「もちろんです」
女王は唇に人差し指を当てウインクをする。その仕草を見たサアヤは頷いた。予言のことやクロスについての詳しいことは内緒って意味だと思う。
「もしかして私たちと一緒で突然、お城に?」
「そうなのよ。王都に着く一歩手前でラスディ家の子か? って、いきなり聞かれて驚いたわ」
「ほほほ! 妾は一刻も早くラスディ家の者たちに会いたかったからの」
「では王都付近が厳戒態勢だったのは人探し目的だったのか?」
「それもありますが最近、日が暮れる頃になると魔物が現れるようになったのです」
頬に手を当てて女王は細くため息をつき、紅茶のカップを手にとって一口飲んだ。
「カイのダンジョンは正常に戻ったはずだが?」
「カレンも大丈夫だって言ってたよ」
「そうよね。海も綺麗になっていたわ」
「それがね。カイのダンジョンが原因じゃなさそうなのよ!」
今度は女王ではなく、ピネが身を乗り出して話に加わってきた。
「じゃあ魔物は、どこから来てるの?」
「どこからかは分からないけど空から来るの」
「空?」
「えぇ。だから魔術師とかギルドの魔法使いが夜の見回りをしてるそうよ」
「普通の武器は通じないのか?」
レイピアの柄を大切そうに撫でながらファディスが目を細める。ボクもファディスの剣技なら大丈夫な気がするんだよね。
「翼を持っておるし、なかなかに素早い魔物だと聞いてますからね。当然、剣や槍では届かないであろ」
「そうね。残念だけど弓矢も効かないって言ってたわ。聖魔法と火魔法だけが通じるみたいなのよ」
二人の言葉から、もしかしなくても空を飛ぶってだけで厄介な敵なのかもしれないと思った。ファディスも腕を組んで考えこんでるからね。
「私にも何か出来ないかしら?」
「サアヤの魔力は温存しておいた方がいいでしょうね」
「あぁ。これから必ずサアヤの力が必要だからな。もちろんニャーの力も借りることになる。今は使うべき時ではないとオレも思う」
「けどやっぱり心配だわ」
きっとサアヤはピネだけじゃなく故郷の家族も心配なんだよね。ボクも出来ることなら爺ちゃんと一緒に、サアヤとサアヤの家族の傍にいて守りたいって思ってるからね。
「王都、それと大陸全体のことは心配しなくてよい。妾の国の魔術師たちは優秀だからの!」
女王は立ち上がりボクたちの前までくると、大きく温かな両腕でボクたち三人まとめてギュッと抱きしめ耳元で「貴女たちにはツラく大変なことばかり押しつけてしまいますが、どうかよろしく頼みます」と、ピネに聞こえないくらいの声でささやいた。ボクたちが、こっそり小さく頷きで答えると、女王はニコリと微笑み再びピネの隣に座った。
「そういえばクロスさんは地下牢に囚われていたと聞いたのだけど、ピネお姉さまとどこで知り合ったのかしら?」
クッキーを口に運びながらサアヤは首をかしげる。
「もちろんこのお城で知り合ったのよ。それからクロスさまの身の回りのお世話をしたりお食事を運んだりしたわ。けど牢屋なんて感じじゃなくて普通のお部屋だったわよ」
「そうだったのね。お話はしたのかしら?」
「クロスさまは寝てるか本を読んでるかのどちらかだったから、あまり話はしなかったわね」
「事情があるとはいえ罪人でもないクロスを城に留め置くのですから自由以外の望みは全て聞いていたのです。あらゆる書物と極上のベッドを用意することなど容易いことですからね。あとは特にピネの料理をとても気に入っていたようだの」
「ふふふ! そうなのよね。本を読んでる途中でもお昼寝の最中だったとしても食事やオヤツを持っていくと飛びつくようにして食べてくれたのよ。アタシの作る料理を、とても気に入ってくれていたからクロスさまが居なくなってしまったのは寂しく感じるわね」
クロスとの日々を思い出しているのか、女王もピネも楽しそうだ。三人は思ったより優しい時間を過ごしていたのかもしれない。
「ピネお姉さまの料理、私も大好きだわ。お母さまもお父さまもピネお姉さまのお料理の腕は村一番と言っていたもの!」
「ピネの料理の腕は村一番どころか世界一であろ。この城に来た当初は料理スキルBでしたけど今やSランクですからね」
「そんなに褒められると照れるよ」
ピネは顔を赤らめて手をパタパタさせてる。家族が褒められてサアヤは嬉しそうに微笑んだ。ボクも嬉しい気分になって尻尾が揺れてしまう。そして気になっていたピネの手作りクッキーをパクリと口に放り入れた。サクサクホロホロの茶色のクッキーは香ばしくてほんのり甘い。
「美味しい!」
「あぁ。本当に美味いな」
ファディスもサクサク音を立てながら食べはじめる。
「ほほほ! 夕食というには遅くなりましたが今晩は城で食事をすると良かろ。ピネ頼みますよ」
「はい! じゃあ、サアヤの大好きなミルクシチューでも良いかな?」
「もちろんいいですよ。あとシチューにするのでしたら白いパンも合いそうですね」
「白いパン! お出ししてもいいの!?」
「久しぶりの姉妹の再会ですからね」
興奮気味のピネに向かって女王がウインクすると、ピネは「ありがとうございます。では早速、作ってきまーす!」とスキップしながら台所へと消えていった。




