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三十五話、クロス、真実それはイタミと共に……


 突然のことに心臓はバクバク早鐘を打ち息は浅く、喉もカラカラに乾く。なのに冷や汗が背中を伝う。立ち上がろうとしたけど足は震えて立つことすらままならない。一体、何が起こったというのか?


「最近、敷地内に侵入者がいると聞いていたが小さなネズミが三匹だったか。しかもまさかお前までいたとはな」


 声のした背後を、のろのろと体ごと振りかえる。そこには暗闇でも映えるタテガミのような金の髪の毛、獣のようにギラつく金の瞳、屈強な肉体を鈍色の鎧と黒いマントでおおった大男がいた。大男の後ろには部下の兵士だろうか? 簡単な安っぽい鎧の男たちが五人いる。腰ベルトには剣。この中の誰かがアルノとコウを殺したのだと分かってしまった。


「王、どうしますか?」


 王? この大男が? まさか「ち、父上?」と、小さなつぶやきがもれてしまった。が、僕の言葉に反応することはない。それどころか、まるで汚いモノでも見るかのような底冷えのする視線で見下ろし僕を射抜く。


「そうだな。ちょうどいい。アレを持ってこい。自らこの地に来たのだ。十二の成人を待つ必要などなかろう」

「では魔呪の石を持ってまいります」

「うむ。急げよ」

「ハッ!」


 父上と思われる大男に向かって五人の兵士はビシッと挨拶すると、林の中へと走っていく。しだいにガチャガチャと鎧のすれる音が遠ざかって消えていった。


「フンッ! バカな子供よ。真実を覗きこみさえしなければ、あと数年は生きられたものを……」

「真実? なんだよソレ? 僕たちはただダンジョン見物にきただけじゃないか!」

「見物だと? 愚かな。近づくな。そう言い聞かされていたはずだ」


 たしかにメイドたちには何度もヒルのダンジョンには行ってはいけない、と言われていた。


「約束を破ったのは悪いって思ってる。だけど! だからって! アルノとコウを殺すことないじゃないか! こんな! こんなひどい事するヤツは父上なんかじゃない!」


 バシーン!!


 思わす立ち上がって二人を殺された怒りを悲しみを大男に向かって叫んだ途端、頬に衝撃が走り体が吹っ飛び、地面に叩きつけられた。大きな手のひらで、首がもげそうなくらいの力で殴られたのだと分かった。頬は腫れあがり口の中は鉄サビの味がする。


「約束を破ったのだ。お前たちはただの罪人。だがお前はただ殺すには惜しい。役立ってもらう。おい、アレはまだか!!」

「ハッ! お持ちいたしました」


 いつの間にか、音もなく先ほどの兵士たちが戻ってきて大男に手のひらサイズの黒い古箱を渡した。なんだか箱からは嫌な気配がする。


「おい、木に縛りつけろ」

「ハッ!」


 兵士たちが動けずにいる僕の体を起こし、持っていた縄で近くの木に縛りつけた。縛らなくても逃げることはできそうにない。それなのに何故、縛るんだ? 殴られた衝撃でぼんやりする頭で、そんなことを思っていると、兵士たちに上半身の服も剥ぎとられてしまった。


「まだ身体が出来てない子供に適合するかは、あやしいが試すにはちょうどいい。お前の兄達も、その母達も適合しなかった。もしかしたら年若い人間の方が成功するかもしれんな」


 古箱から鈍い赤の光をまとう爪くらいの大きさの石を、ゴツゴツした太い指先でつまむと、大男は僕の胸にねじこんできた。


「グァ……」


 その瞬間、全身に激痛をともないながら、まるで身体中に赤い石が根をはるかのように暴れ回り、僕の身体を……心を隅々まで食いつくそうとする。


 声さえ、もう出ない。


 縄を引きちぎり、のたうち回る。


 息さえもできない……。


 さらにトドメのつもりか僕をダンジョンの穴へと蹴り落とす。


「結局は狂って終わりのようだな。やはりまずはアヤツを封印してからでないと駄目か……」


 最後に聞いた言葉は大男の落胆の声。


 ものすごいスピードで大穴に吸い込まれるようにして落下していく。


 涙でボヤける視界の端で見たものは、ダンジョンの最下層のまばゆい光の源。赤い実を実らせる虹色に輝く美しい巨木と、それを守る巨大な魔物。そしてダンジョンおおよそ似合わない夜色の髪の毛を風になびかせる美しい人……。


 プツリと意識が途切れた。



 ……。


 どのくらいの時が経ったのだろう? 


 優しく身体を撫でる感触で目が覚めた。


「身体の痛みはどうかしら?」


 ゆっくり体を起こしながら「大丈夫だよ」と伝える。気を失うほど痛かったのに今は普段と変わらない。それどころか調子が良い。


「クロス、あなたは二ヶ月の間、眠っていたのですよ」


 一定時間ごとに照らす眩しい人工太陽の光がカーテンの隙間から細く入ってきてる。その光を背に微笑むブルーのドレスの女性は美しい夜色の髪の毛と瞳を持っていた。この大陸にはない色。


「そんなにも僕は寝てたんだ……」


 二か月……。眠っている間に僕の五歳の誕生日は過ぎてしまっていた。いつの間にかコウと同い年になっていたと思うと、胸の辺りがチリチリ痛む。


「わたくしはメディセーラから嫁いできましたソフィアと申します」

「やっぱり新しいお嫁さんだったんだ。あのさ、大男……父上はどうしてる?」

「王はヒルのダンジョンへお出かけです」

「そっか……。ダンジョン……」


 ヒルのダンジョン、赤い記憶がよみがえる。僕は父上とは思えない不気味な大男に崖から蹴り落とされたはずだ。あんな大穴に落ちたのだ死んでないのが不思議だ。


「まさか父上が僕を助けるはずないし、どうやって僕は助かったんだ?」

「あの日あの時、わたくしが内緒で、あなたを助けました」 

「内緒? あいつに隠れて何かするなんて無理だよ」

「これを使いました」


 豊満な胸の合間から緑色の石を取りだすと、僕の手に握らせる。


「それは転移石と言ってメディセーラ王家の秘宝なのです。この石自身が行ったことのある場所に限定されてしまうのですが、行きたい場所へ一瞬で飛べる優れた魔法石。そしてわたくしは先見スキルで、あなたが未来に必要な人間だと知っています。だから転移石を使い助け、瀕死のあなたをスキル癒しの手で治しました」


 ポツポツと語られる先見だの魔法スキルだのと言われても最初は信じられなかった。ルネディアには魔法は存在しないからだ。けれど一人になると、のたうち回るくらいの痛みもソフィアの近くにいれば痛みは和らぐし、小さなネズミのカレンも可愛くて、僕を癒してくれた。だからソフィアの全てが嘘ではないと思い信じはじめた。


 幼馴染の二人が死んだ悲しみは忘れられないけど、ソフィアと過ごした一ヶ月にも満たない日々は穏やかで優しい時間だった。


 僕が生きてると、大男に気づかれるまでは……。


「クックックッ! まさか生き延びていたとはな。主人であるお前が死んだはずなのに屋敷にメイド達の出入りがあると報告を受けて来てみれば思わぬ収穫だな」

「!?」


 いつものようにソフィアの部屋から、自室に戻ると大男が僕のベッドに腰掛けていた。いや、待ちかまえていたというべきだろう。


「やはり成人前の方が適合するようだな。意識を魔呪の石に刈り盗られることなく正気を保っているとは素晴らしい!」


 立ち上がりのっしのっしと僕の前までくると顎をつかまれた。


「……」


 ガッツリ片手で顎を固定されてるから、逃げることも言葉も発することさえもできない。


「お前には明日、メディセーラに渡ってもらう。表向きは友好関係を結ぶための婿入りだが、お前にはダンジョンの破壊を命じる」

「……グァ!!」


 命じる、という言葉に胸の石が反応した。脳内に激痛が走り意識が刈り盗られる。


 そして……。



「ここからは、まぁ……ネズミから大まかに聞いてはいるようだから省くが、魔呪の石をネズミに植えつけダンジョンに残した後すぐ転移石を発動させたら、この城で、いきなり封印されたってわけだ」

「クロスが転移石を初めて発動させた瞬間、自動的に城に転移するよう仕込んでおいたのです。そうでもしないと正気を取り戻すことなく、あなたは全てを破壊したであろ?」

「チッ! ムカつくけど、その通りだ。ヤツに命令を身体に刻まれ魔呪の石を暴走させられた俺は破壊衝動が抑えられなかったからな」


 あまりの事の大きさにボクたちは、ひたすら話を聞くだけしかできない。口をはさめるような雰囲気でもなかったからね。


 しばらくの間、音が消えたように静まりかえる。


「あの……約、とは何かしら?」


 サアヤが首をかしげながら、沈黙を破った。


「賭けとはなんだ?」


 便乗するようにファディスも疑問を口にする。サアヤとファディスの問いかけに、クロスは「お前たちが知る必要はない」と、舌打ちをしてそっぽ向いてしまった。


「ほほほ! 仕方がないですね。ここからは妾が説明しようかの」


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