三十四話、クロス、ほころびのはじまり
クロスは勢いよく立ち上がり、ボクの隣に無理矢理に座って、テーブルに置かれた硝子の皿に円形に綺麗に並べられたクッキーをわしづかみ口に放りこんでボリボリ食べはじめた。ソファは、たぶん三人がけだから四人も座ると凄くせまい。サアヤもファディスもきゅうくつそうだ。
「ピネ、お前の作る料理はどれも美味いな。俺と一緒にルネディアに来ないか?」
「褒めていただけるのは嬉しいけれど、アタシには夫がおりますので……」
「ハハハ! 冗談だ。お前たち夫婦を引き離すつもりはない。だが料理が美味いのは本音だ」
「ありがとうございます」
冗談と言われピネはホッと息をはいた。けど褒められたのは素直に嬉しいみたいで、ふわっと微笑んでお辞儀をした。
「女王、ここからは俺が話す」
「よかろ。好きにしておくれ」
女王はカップを手にとって紅茶を一口飲み、細い指先でクッキーをつまみ口に運ぶ。その指先は七十過ぎとは思えないほど肌にハリがあり艶やかで爪もピンク色をしてる。クロスは完全に聞く姿勢になった女王をみて「余裕かましやがって」と、つぶやいてから話しはじめた。
◇
今から五十年以上昔、俺……僕クロスはまだ何も知らない、ただの子供だった。国の状況も父上の異変さえも……。いや、知る必要も感じないくらい楽しい毎日だったから。
「クロス坊ちゃん、今日はワシの息子アルノが一緒に裏山に野鳥狩りに行きたいと申しておりますがいかがですか?」
「オラの娘コウも行きてぇって言ってる。いいか?」
「ちょうど僕もアルノとコウと遊びたいって思ってたんだ。いつもの裏門で待ち合わせでいいかな?」
「はい」
「うん」
父上や母上に一度も会わせてもらえなくても、庭師の子供たちが一日も欠かさず僕の遊び相手になっていたし。
「ではわたくしがお着替えのお手伝いさせていただきますね。狩りに行くなら動きやすく汚れてもいい服がいいかもしれませんね」
「そうだな。頼む」
「私もお手伝いしますわ」
「あら! クロス様はあたしとお着替えしたいわよね!」
「あなた昨日もお世話してたじゃない! 今日は私の番よ!」
こんな風に城には賑やかなメイドが沢山いるから、当然ひとりぼっちになる時はまったくなかった。
「魔法石のランプは忘れないようにね」
「ありがとう」
ランプと短剣を受けとり歩きだそうとしたら「重要なこと忘れるところだったわ!」と、メイドが僕を呼びとめる。
「なんだい?」
「今日はメディセーラからお姫様がいらっしゃるそうよ」
「へぇー。父上の新しいお嫁さんかな?」
「ふふふ! そのようでございますよ」
「分かった。早く帰るよ」
メイドたちに手を振って別れ歩きだす。ルネディアは太陽の無い国だ。年中、薄暗い。今も朝だというのに窓の外は真っ暗だ。けど城内は中庭も含めて魔導ランプの黄色く淡い光で照らされてるから困ることはない。それだけじゃなく昼と夜を分けるために城の最上階が灯台のようになっていて、午後の六時間だけ人工太陽が眩しい光と暖かい空気を吐き出している。一定時間ごとに輝きを放つ巨大な魔法石なんだそうだ。
「おーい! クロスこっちだ!」
「クロスくん、待ってたの」
城の裏門の前に揺らめくランプの光が二つ。二人共、先に来てたみたいだ。
「アルノ、コウ、一昨日ぶり!」
走りよって手を叩きあって挨拶を交わす。二人は幼馴染だから、言葉使いとか礼儀とか気にしなくていいから楽だ。
「おまえたち野鳥狩りに行くのに弓も剣も持たずにどうしたんだ?」
「実はな」
辺りを見回してから、アルノは俺の肩に腕をまわし耳元で「ヒルのダンジョン見に行かね?」と、ささやいてきた。
「でもあそこって立ち入り禁止だろ? 僕も入ることできない場所だよ」
首をかしげると、今度はコウが僕の袖をひっぱり耳元で「それがね。抜け道を見つけたの」とニコッと微笑む。
「見つかったりしないのか?」
「大丈夫! オイラたち何度も見に行ってるからな」
「うん。一度も見つかってないの。だから行こ!」
ランプの光を消してから、暗闇の中二人に両側から手を繋がれ引っぱられるようにして、王都の中央区にある乗り合い馬車に潜りこむ。十二才にならないと王都から出てはいけないことになっているから、いつもこっそりと荷台に乗って荷物の影に隠れるのだとアルノが得意げに話す。たしかに薄暗いから見つかる心配はなさそうだ。
「早く大人になりたいな」
「オイラたち、まだ四歳だもんなぁ」
「わたしは五歳なの」
一つ年上のコウは、たまにお姉さんぶる。明るい茶髪と同じ茶色の潤んだ目が可愛い。両親が同じ庭師だからってのもあるけど、アルノはコウのことが好きみたいだ。コウと一緒に出かけるときは、いつも赤い髪をしっかり整えて分厚いレンズの眼鏡もピカピカに磨いてくる。僕だけのときは、髪ボサボサだったりするから分かりやすい。
ヒヒィン!
カツカツカツカツ!
ガタンガタガタ!
しばらくすると、馬のいななきと共に乗り合い馬車は走りだした。車輪が石を踏むたびに体が跳ねる。荷台だから革張りの椅子もない。僕たちは尻の痛みに耐えながら、声を立てないように両手で口をふさいで目的地に着くのを待つ。
「どこまで行くんだ?」
「終点だよ」
「もうすぐ着くはずなの」
ヒヒィーン! ブルルブルル……。
馬車が馬のいななきと共に止まり、客たちが降り始める靴音がする。アルノとコウが荷物を少しずらして様子をうかがう。
「誰も気がついてないみたいだ」
「今のうちに降りるの」
「そうだな。見つかるとヤバイからな」
「クロスくんも行こ」
「分かった」
荷物の影に隠れながら荷台から飛び降りて、木々が生い茂る林に向かって一気に走った。
「ここまでこれば大丈夫だろ」
アルノが立ち止まって、フゥと息を吐く。僕が腰に下げてたランプに手を伸ばすと、コウが僕の手を握って首を左右に小さく振る。
「真っ暗だけどランプ点けちゃダメなの」
「そっか。見つかってしまうもんな」
「そういうこと。んじゃ、出発!」
「出発なの」
真っ暗な中、ヒソヒソしゃべりながら林の奥へ奥へと進んでいく。二人が見つけた抜け道は獣くらいしか通らない場所みたいで、草や木をかき分け道なき道を歩く。木々のざわめきと林独特の青い匂いがする。
「ここだ。崖になってるから気をつけろよ」
「下、見て。すっごく綺麗なの」
林を抜けると、視界が一気に広がった。今にも雨が降りそうな空はどんより暗いけど、コウの言うとおり崖の下を見ると、吸い込まれそうなほど大きな穴がぽっかり口を開けていた。
「この穴がヒルのダンジョン……。本当に美しいな!」
「だろ! あちこちでキラキラ光ってるのが魔法石だと思う」
「晴れた日の夜空みたいなの」
思わず座り込んで見入ってしまう。きっと晴れた夜は、空に輝く星とダンジョンの穴からのキラキラが合わさって、この世のものとは思えない景色が見られそうだ。
「オイラはさ。十二になったらダンジョンの作業部隊に入りたいんだ。それで父ちゃんたち楽させてやるんだぁ!」
へへへ! って笑いながらアルノは夢を語る。ダンジョンで働くのは凄く名誉なことだってメイドたちが話してた。たぶんアルノもメイドたちから聞いたんだろう。
「わたしは、アルノくんとクロスくんと、ずっと一緒にいられるなら、それでいいの」
首だけでコウを振り返り見上げる。アルノの手を握って微笑むコウは、可愛らしいと思う。アルノもコウの手を握りかえし照れくさそうに視線をさまよわせる。どうみても二人は両思いだ。
と、その時パタパタと頭上から水滴が降ってきた。
「雨、かな?」
いや、水滴なんかじゃない。
生温い、嗅ぎ慣れない鉄錆のような匂い。
トサッっと軽い音。
そして、
僕の座るすぐ傍に、転がってきた二人の……。
首。
「うわぁーーー……」




