三十三話、女王と城(後)
子供は金の髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱して、ハァーッと深いため息を吐くと起き上がり、真紅の瞳で女王を射殺さんばかりに睨む。
「なるほどな。お前の言うソフィアの先見スキルは本物だった訳だ」
「妾は嘘は嫌いだからの」
「仕方ねー。負けは負けだ。とりあえず大人しくしておいてやる」
「ほほほ! 大人しくしているだけでよいのか? 暴れたいのであろ?」
「暴れたいと言えば開放するのか?」
「条件次第といった感じだがの」
「条件だと?」
「うむ。この者達が有利になるよう動いて欲しい」
「……ふざけんな! と、言いたいところだけど、親父をブチ殺す事が出来るんなら何でも協力してやるよ」
「約を守らない時は……」
「知ってる。この城に逆戻りってんだろ」
「分かっておるならよい」
「フンッ」
ベッドの端に座り直すと子供は足を組んで、ふんぞりかえりボクたち一人一人を無遠慮な視線で観察するように見ていく。
「……戦力的には問題無さそうだな。まぁ、いいだろう。俺の力を使う事を許す」
「決まりだの。期限は……」
「言うまでもなく親父を倒すまでだ。それ以降は協力しない」
「それで良い」
パチンッ!
女王が両手を打ち鳴らすと同時に、城全体にこもっていた熱が冷え魔法陣も光の粒子を撒き散らしながら霧散した。
「ハハハ! だいたい五十年ぶりの自由ってか!」
「約付きだがの」
「分かってる。方針が決まったら動いてやる。それまで俺は寝る」
再びベッドに子供は大の字になって転がってしまった。
「その子供は何者なのですか?」
恐る恐るサアヤが聞くと、女王は「今から説明してやろかの」と、にっこり微笑んだ。
「この者はルネディア帝国、第二王子クロスなのです」
「……あり得ない。クロスは生きていれば六十才過ぎてるはずだ。その子供はどう見ても五、六歳にしか見えない」
サアヤより早く、ファディスが反応を返した。たしかにファディスの言う通り変だよね? カレンの話でもクロスがメディセーラに来たのは、かなり昔って感じがしたから、年齢が合わないんだよね。
「赤い石。そなたたちも見てきたであろ? クロスもまた犠牲者なのですよ」
驚きのあまりボクたちは言葉を失い固まってしまう。
「ハンッ! 驚くことないだろ。親父を知ってるファディス、お前なら分かるんじゃないか? 親父なら何をしてもおかしくないってな!」
クロスは、ファディスに視線を向ける。
「……たしかにそうかもな。だが父上は正気を失くしてるだけかもしれない」
体を起こしクロスは昏い笑みを浮かべシャツを脱ぎさる。胸にはルノンやカレンと同じ赤く禍々しい石が埋め込まれているのが分かった。
「親父……ヤツは正気を失くすどころか、もう人間ですら無いんだよ。アレはもうダメだ」
「いや。諦めるのは早い。オレは父上は、まだ救えると思ってる」
「甘いな。ヤツの本性は悪魔……もしくは魔王と言っても過言じゃねー」
「そうだとしても助けたいと思う。もちろん母上も死なせたりしない」
クロスは立ち上がりボクたちの前までくると、ファディスの震えるほど強く握り締めた拳にポンッと触れ「そこまで言うなら、やってみろ」と、挑発的な笑みを浮かべた。
「もちろんだ。父上を正気に戻してみせる」
「ボクも一緒に頑張るよ」
「私もよ」
眉間にしわを寄せボクたちを見定めるように見つめるクロスの表情は、大人……と言うより人生を達観した老人のようだ。
「分かった。分かった。だがもしもどうにもならないと判断したら俺は躊躇わないからな」
ふてくされたように顔を歪ませベッドに戻ると勢いよく横になった。聞くまでもなく、クロスは父親であるルネディアの帝王を殺すつもりなんだと思う。
「けれど疑問は残るわ。なぜクロス王子は歳をとって無いのかしら?」
「石を埋め込まれた者たちは短命なんだろう? 五十年以上、生きていられたことも疑問だ。そして何故、クロスはオレを知ってる?」
「ほほほ! この城が答えだの。クロスの暴走を封印すると同時に、時間を止めておいたのです」
「それはどういうことなのかしら?」
「時間を止めるなど聞いたことがない」
うん。ボクも初めて聞いた。無敵にみえる爺ちゃんも、さすがに時間操作系スキルは持って無かったからね。
「元々ここも一般的な館より少し大きいというだけの普通の城だったのですよ。ソフィアが先見スキルで未来を視てしまうまではね」
「最初は丸く無かったの?」
思わず聞いてしまったボクに、女王は頷く。
「ソフィアはルネディアに嫁ぐ五年ほど前には、これから起こる全てを視ていたからの。特殊な城を作りだすのには、じゅうぶんな時間があった」
「特殊なとは時間を止めることかしら?」
サアヤが首を傾げながら問うと、女王は再び頷く。
「クロスの暴力的な力はメディセーラどころか世界を破滅させるであろ。と、ソフィアは予言したけれど、同時にクロスを封印し生きながらえさせたなら別の未来がひらけるとも言っておった」
「そんな一か八かの未来に賭けたのか?」
ファディスの疑問に、女王は「ほほほ!」と笑う。
「破滅よりは良かろ? 実際、クロスとの賭けには妾が勝ったのですからね」
「フンッ! 俺が城に入った途端、封印を仕掛け約を結ばせた女王、お前も相当に性格が悪いがな」
クロスはヤケクソ気味に女王に吐きすてた。少し空気がピリピリしてはいるけど女王には気にする様子はない。
カチャカチャ……。
コトン! コトン! コトン!
「お待たせ。紅茶とクッキーしかなかったけど、召し上がってくださいね」
張りつめた空気を破ったのは、オボンでお茶とお菓子を持ってきた笑顔のピネだった。




