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三十話、貝殻


 ファディスの頭を小さな手で撫でながら、サラは目を輝かせる。


『時間すっごくすっごぉーくかかったし、まだ生まれてないんだけどイフェルの中でしか育たない、妖精が産まれる雪兎の花は咲きはじめたし、エルフの産まれる夢幻の世界樹にも蕾がつきはじめたにゃん。きっともうすぐルフトラーガも賑やかになるにゃ』


 透きとおる羽を、羽ばたかせ頭から飛び上がり、サラはクルクル回って身振り手振りでボクたちに伝えた。


「それがサラたち精霊が世界を守りたい理由か……」

『うん! うん! また賑やかなルフトラーガに戻したいにゃ』

「世界が無くなってしまったら、生まれてくる子たちも生きられないものね」

『そういうことにゃ』

「ボクも爺ちゃんたちが守った世界を壊したくない」


 トクンッと、ボクの内で爺ちゃんが鼓動した。爺ちゃんも守りたいって言ってるみたい。胸の辺りを両手で触れ感じる。


 ドクンっと、ひときわ強く脈打つ。


 爺ちゃんが戦ったわけじゃない。けど爺ちゃん自身はファタリーヴェドラゴンの記憶と力のカケラ。だから爺ちゃんはファタリーヴェドラゴンの意志を受け継いで世界を見守ってた。ならボクも爺ちゃんの意思を心を受け継ぎたい。そう思ったんだ。


【モウ、イク、ノカ?】


 頭を少しだけ上げてカレンは首をかしげる。


「うん。やらないといけないことが出来たからね」

「きっとまた会いに来るわ」

【……キヲ、ツケテ、イテコイ】

「ありがと」

「カレンさんも無理はしないでね」


 コクンと小さくうなずきカレンは再び、うずくまってしまう。


「……行こう」


 ファディスの言葉で、ボクたちはようやく歩きだした。カレンたちのことは心配だけど、今は出来ることはないんだよね。サアヤのスキルでも寿命までは伸ばせないから……。


 そんなに広くないダンジョンは、すっかり元の姿を取り戻し綺麗なクラゲの青を写しだし揺らめいてる。外に出ると海も穏やかになって霧も晴れていた。潮風が吹いて気持ちいい。


『んじゃ! サラちゃん、急いでルフトラーガに戻るにゃ。水鏡を見てたディーネちゃんから伝心から届いたんだけどにゃ、王都は今オカシイみたいなんだにゃー〜……』


 ヒュンッと音を立てて羽ばたくと、いきなりボクたちの前に現れた時みたいに、サラは「さよならまたね」の挨拶をする間もなく突然、帰っていってしまった。速さが自慢なだけあってサラの姿は空に溶けるように見えなくなった。


「帰ってしまったわね」

「うん。けどすぐに会えるよ」

「まずは王都に向かおう」

「そうね。でもその前に、この素敵な景色を見ていきたいわ」


 サアヤが指さす方を見ると、砂浜に夕日に照らされたオレンジ色の波が打ちよせていた。

「うわぁ! こんな綺麗な海だったんだねー!」

「圧巻だな。カイのダンジョンの出入り口付近から見る夕焼けは素晴らしいと聞いたことがあったが本当に凄いな」


 沈みかけの太陽の赤の光が海面をキラキラ輝かせ迫力満点だ。たまに魚たちが海面から飛び跳ねて金の水飛沫を舞いあげる。興奮のあまり思わず尻尾がブンブン揺れてしまう。


 足元にまでとどいた波が白いツノの形をした貝殻を運んできた。その貝殻をサアヤは拾うと耳にあてる。


「素敵な音がするのよ。ニャーさんも聞いてみる?」

「うん」


 サアヤはボクの耳に、ソッと貝殻をよせた。少しくすぐったくて耳がピクピクしてしまう。


ザザァーン! ザザァーン!!


「わぁ! 貝殻の中にも海があるんだね!」

「ふふふ! まるで小さな海がもう一つあるみたいよね」

「オレも聞いてみてもいいか?」

「もちろんよ」


 サアヤが、今度はファディスの耳に貝殻をあてる。


「面白いな」

「不思議よね」


 しばらく三人で、目の前の広い海と、貝の中の小さな海を楽しんだ。


「そろそろ行きましょう」


 足元に転がる貝殻をさらに二つ手にとるとポケットから布を取りだしサアヤは、三つの貝殻を大切そうに包んでからリュックサックにしまった。


「そうだな。日が暮れる前に動いた方がいい」

「うん」


 名残惜しいけど、今度ゆっくり遊びにこればいいよね。と思って、ファディスの後をサアヤとついて歩いていく。


 ここを訪れる時には霧が濃くて気がつかなかったけど、砂浜から伸びる細い獣道を進んだ先に港町ルゥーイはあった。


「同じ道を通ったはずなのに、ぜんぜん違う場所みたいに見えるね」

「えぇ。建物も沢山建っているし、屋台もあるわ。けれどほとんど人がいないわ」

「ゾンビが消えてから、さほど時間がたってないからだろうな。安全だと分かれば街人も帰ってくるはずだ」

「早く戻ってくるといいね」


 たまに見かける人間は道端に座りこんで、どんよりとした目で何もない空を見上げてるだけだ。街全体が夕日で赤く染まって暖かいはずなのに、人のいない街はなんだかうすら寒く感じてしまう。


「王都に行く前にモリス爺を探そう」

「うん」

「そうね」


 街の大通りから広場を抜けて、辺りを観察しながら歩いていく。サアヤは少し不安なのかボクの手を握る。ファディスも警戒を解くことはない。


「坊ちゃんたちー!」


 噂をすればなんとやら、ドスドスと音が聞こえそうな足どりで、大きく両手を振りながらモリスが駆け寄ってきた。


「霧が晴れたから様子を見に来たんだ。三人とも無事なようで安心した」

「モリス爺も無事でなによりだ」

「安心したわ」

「良かったぁ」


 モリスはニカッと笑んで、ファディスだけじゃなくボクとサアヤの頭も大きな手のひらで、くしゃくしゃと撫でる。


「馬車も無事?」

「馬も心配だわ」

「大丈夫だ。町はずれの住人の馬小屋を借りることができた。まぁ……住人はゾンビ騒ぎで今はいないけどなぁ」


 頭をガシガシとモリスは掻きむしってから、馬のいななきが聞こえる街の南側を指さす。ファディスの師匠モリスの明るい雰囲気に、ボクたちの不安が吹きとぶ。ファディスはフゥッと息を吐きだし、ボクの手を強く握りしめていたサアヤの力も緩んだ。街中をゆっくり歩きながらファディスがダンジョンでのことをモリスに話して聞かせる。


「予想はしていたがゾンビ騒ぎが解決したからと言って、すぐ街人は帰ってこないようだな」

「いや、それがゾンビだけってわけでもなさそうなんだ」


 生えかけたあご髭を、右手でサリサリさすりながらモリスは難しい顔をする。


「なにかあったのか?」

「何があったかは分からない。だがルゥーイの隣に位置する王都の周辺を女王の親衛隊がウロウロしてる」

「メディセーラは女王が争いを嫌い平和を愛すると聞いてる。だから兵隊も持たないし城壁すら無いはずじゃなかったか?」

「そのはずなんだがなぁ。まぁ、親衛隊といっても城勤めの魔術師って感じだから戦い慣れはしてないだろう」

「う〜ん……。おかしいな。何かあるんなら戦い慣れたギルドの冒険者を雇った方が良さそうなものなんだが……」

「だなぁ」

「サラの言葉も気になるし、とりあえず王都に行ってみるしかなさそうだな。モリス爺は引き続き周辺の警戒と、あと……」

「分かってる。情報収集だろう?」

「頼んだ」

「任せておけ。くれぐれも気をつけてな」

「モリス爺もな」


 モリスと別れ王都へ繋がる北に伸びる街道を歩いていく。太陽はすっかり沈んで夜の闇に包まれる。


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