二十八話、もうひとりのカレン
【オマエ、タチ、カレン、ノ、ナマエ、ヨンダ。カレン、ノ、コト、シテル、ノカ?】
サアヤの手のひらの上に、ネズミゾンビはちょこんと座り首をかしげた。ボクも人型に変幻してサアヤの隣に座る。ファディスはサラを頭に乗せたまま、ボクたちの後ろで立ったまま話を聞くつもりみたい。
「うん。カレンから君のことは聞いたよ」
「あなたのこと、とても心配していたわ」
【ポク、ノ、コト、カレン、ワスレテ、ナカタ?】
「忘れてなかったしカレン自身が君を助けたいって思ってたはずだよ」
「あなたを思って涙を流していたわ」
【……ソウカ、ヨカタ】
ボクたちの言葉を聞いた途端、ネズミゾンビの朽ちかけた目からポロポロ涙がこぼれ落ちる。
【モトモト、ハ、ポク、ト、カレン、ハ、ヒトツ、ノ、ネズミ、ダタ……】
ヒクヒクッと嗚咽をもらしながらポツポツと、ゆっくりとネズミゾンビは話しはじめる。
◇
しっかり覚えているわけじゃない。何年前かも分からない。ポクたちが……カレン自身が普通のただのネズミだった頃の話。
他のネズミたちと違うとすれば、メディセーラの女王に宝物みたいに大切に愛されていたことかもしれない。
「カレンはネズミとは思えないくらい賢いわね。あなたがおしゃべり出来たら、とても楽しかったに違いないわ」
「キュキュー」
いつでもカレンは、女王の柔らかく温かい膝の上で優しい時間を過ごし、この命が終わるまで変わらないと思っていた。
「明日、妾の双子の妹ソフィアがルネディアに嫁ぐ事になったのだけれど……」
二つの月の光を、椅子に座りながら窓辺で見つめながらカレンを撫でる女王は、さみしそうな表情で悲しそうに目をうるませる。
「……怖いから行きたくないと……恐ろしい事が起こると言って泣くのです。ソフィアは先見スキルを持っているから未来が視えてしまっているのでしょうね」
女王の瞳からもホロリと雫があふれて、カレンの頭に落ちてきた。カレンは悲しみを少しでも癒したくて、服をよじ登って女王の頬に体をすりつけた。
「ありがとう。なぐさめてくれるのね。やっぱりカレンは優しいわね」
「キュー」
「二人きりの姉妹ですもの。出来ることならばソフィアをルネディアに行かせたくはないわ。けれど国としてメディセーラの友好の証として行く事が決められてしまったのよ」
「キュキュー」
メディセーラは良い女王に恵まれて平和で実り豊かな国だ。もちろん大陸に住む人々も温厚なんだと聞いてる。けどカレンの目に映る、女王の周りにいる大臣だの近衛だのは頭の硬い嫌なヤツが多い。きっとまた奴らが勝手に決めたんだと思う。
「どんな時でも妾を癒してくれるカレン。大切な妾の宝物。あなたにお願いがあるのです」
「キュ?」
首をかしげるカレンの小さな体を、女王は両手で包みこんで額にキスをする。
「ソフィアのナイトになってほしいのです。頼めますか? カレン」
「キュキュキュー!!」
ナイト。素敵な命令。信頼されてる喜び。大好きな女王の大切な妹を守ることができる。
「妹を、ソフィアをよろしくお願いします」
「キュ!」
けれど幸せな記憶は、ここまでだった。
文化も生活サイクルもまったく違うルネディア帝国に渡って三ヶ月が過ぎた頃。いつものようにベランダのベンチで過ごしていると、軽いノックの音の後に第二王子クロスがやってきた。
「お姉様、わたくしにカレンをいただけませんか?」
「この子は私の大切なお友達なのです。たとえクロス様でも無理でございます」
「明日、わたくしはソフィア様の故郷メディセーラに行くことになったのですが、見知らぬ土地に向かうのは不安なのです」
ソフィアは、まだ五歳だというのに家族と別れなくてはいけないクロスの、寂しい気持ちが痛いほど分かってしまうようだ。けれど同時に先見スキルで未来が視えているソフィアは、なかなか返事を返すことが出来ないでいる。
「……」
「カレンをソフィア様だと思って大切にします。それにわたくしと一緒にメディセーラに行くことが出来たなら女王様も喜ばれると思うのです。だからどうかお譲りください」
震えてる手でソフィアは膝の上に、うずくまるカレンを撫でる。
「少しだけ考えさせてください……」
ソフィアは顔を伏せてカレンを抱きしめる。震えが伝わってくる。どうすればいいのか? どうすればソフィアの震えを止められるのか? と、カレンがソフィアの腕の中で考えはじめた、その時。
「明日だって言ってんだろう! 時間がないんだよ! ガタガタ言わずに、さっさとその薄汚いネズミをよこせ! って言ってんだよ!」
「キャー! やめて!」
それまでの幼なさの残る可愛らしさと笑顔は吹きとび、一転してクロスは目を真っ赤にギラギラさせ口元を歪め、ソフィアに襲いかかってきた。
「カレン! 逃げなさい! くぁっ……」
とっさに逃そうとソフィアはベランダの外へカレンを投げようとした。けどクロスはソフィアの髪の毛を力いっぱい引っ張り、カレンを奪った。
「キュキュキューィ!!」
「イッテェ! このクソネズミ! 一回、死んどけ!!」
カレンもクロスの手のひらに噛みついて必死に抵抗したけど地面に叩きつけらてしまった。
「カレン! カレン!!」
ソフィアが泣きながら名前を叫び続けるのと、クロスの「メディセーラ大陸の北と南にあるダンジョンに杭を打ちこみ、ヨルのダンジョンボスを弱らせ魔法石を手に入れるために役立ってもらうよ……」と、地を這うような声音でつぶやくのを、遠のく意識の中で聞いた。
次に目が覚めた時にはダンジョンに置き去りにされていた。全身の激痛に気が狂いそうになりながらカレンは自分の身に起こった事を理解した。もうひとりのカレンが、どこか遠くにいると強く感じるのだ。
【ポク、ノ、ハンブン、ハ、ドコ?】
会いたい!
ひとつに戻りたい!!
強く、強く、願ううちに、少しずつ、少しずつ、ポクの心さえも、消えていった……。
◇
【オマエ、タチ、ガ、ポク、タスケテ、クレナカタラ、アノママ、ココロ、ナクナテタ】
「あなたが消える前に助けられて本当に良かったわ」
サアヤは手のひらのネズミゾンビ、もうひとりのカレンをふわりと抱きしめる。
「きっとカレンも君が無事だって分かったら喜ぶはずだよ」
【ソカナ?】
「うん! 絶対だよ!」
「もちろん喜ぶと思うわ」
【モウ、ヒトツ、ニワ、モドレナイ、シ、アエナイ、ケド、ソノ、コトバ、アレバ、ポク、ハ、コレカラモ、イキテ、イケル】
ダンジョンボスとして、ダンジョンに囚われた魔物は二度と外に出ることは出来ない事を、カレンは本能で分かってしまっていた。




