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二十六話、カイのダンジョン(中)


 カイのダンジョンに近づくにつれて空気が重く、空までも黒い分厚い雲におおわれて昼間なのに暗い。霧はますます濃くなって見通しも悪い。動物たちだけじゃなく人間の気配も感じない。ついでに港町ルゥーイの中を通ってもみたけど、予想通りひとっこひとりいない。


「なんだか寒いわね」

「あぁ。だが曇っているだけが原因じゃなさそうだな」

「うん。あそこの大きな穴から黒いドロッとした何かが出てるよ」

「それに動いているわ」


 臭いがキツイからサアヤとファディスは口元を布でおおって、さらに南とは思えない肌寒さに耐えきれず長袖の毛糸で編んだ上着を着こんでる。


「たぶんあの穴がカイのダンジョンの入り口だろうな」


 今までにない異常な様子のダンジョンを前に緊張が走り、思わずボクたち三人の喉がゴクリと鳴る。


「行くしかないわよね?」

「うん」

「あぁ」


 ダンジョンの前までくると、ドロッとした何かの正体が分かった。


「全部、魚とかタコとかのゾンビだよ」

「前に進めないくらいいるわ」

「ここまで酷いとはな……。攻撃系の聖魔法が使えると良かったんだがなぁ」


 すぐ近くの海にまでドロドロと、うねりながら流れて出て水面を黒く染めつつある。その様子に「うーん」と頭を悩ませ唸るファディスを見て、ふと良い考えが浮かんだ。


「ボク炎魔法、使えるよ。一気に焼いちゃうとかどうかな?」

「それはダメよ。この子たちが死んでしまうもの」

「そっか。死んじゃうのは良くないよね」


 カレンは救って欲しいって言ってた。だから殺しちゃいけないんだよね。ボクも頭を抱えて思わず「う〜……」と唸ってしまう。耳と尻尾もペシャンとヘタレてしまう。


『にゃ! にゃ! お困りかにゃ?』


 空から明るく高い声が降ってきたかと思ったら突然、目の前に真っ赤な炎をまとった羽の生えた小さな人間? が現れた。


『あれぇ〜? 驚かせちゃったかにゃ? グノーちゃんの姉妹サラちゃんだにゃ! サラちゃんは炎の精霊だにゃ』


 火の粉をまき散らしながら、ボクたちの周りを高速でクルクル飛び回って早口でしゃべりかけてくる。赤い燃える髪の毛と炎のような赤い目のサラは、グノーにそっくりな顔だちをしてる。間違いなくグノーの姉妹だ。


「ちょっとビックリした。グノーは元気?」

「私もビックリしてしまったわ。グノーさんは無事にルフトラーガに帰ることができたのね」

「……不覚にもオレも驚いた」

『うひゃひゃ! 驚かせちゃったにゃ! グノーちゃんは無事に帰ってきたし元気爆発だにゃ! ついでにサラちゃんも元気大爆発だにゃ!』

「グノー元気そうで良かった」

「そうね。また会いたいわ」

「今度はオレも会ってみたいな」


 ひたすらヒュンヒュンと超高速でサラは飛びまわる。思わずサラを目で追ってしまい頭はクラクラに足はヨロヨロになった。


『うひゃひゃ! 目、回った? 目、回った?』

「うん……。回った〜。サラ素早いんだね〜」

『速さならサラちゃん誰にも負けないにゃ! 君たちに早く会わなきゃいけないから高速サラちゃんが来たんだにゃ』


 サラは「ふふん!」と、得意げに胸をそらす。


「なにか急いで私たちに伝えることがあるのかしら?」

『そうだったにゃ! 世界の危機が迫ってるのにゃ!』

「このダンジョンだけじゃないの?」

『世界のすべては繋がっているのにゃ。だから危険がすぐソコまで来てるのにゃ』


 せわしなく飛び回っていたサラがピタリと動きを止めた。ワンピースの裾を握りしめる小さな両手は、かすかに震えて、潤んだ瞳でボクたちを見つめる。


「やはりルネディア帝国のヒルのダンジョン破壊とボスの封印、そして今現在のメディセーラの異変は全て繋がっているんだな?」

『そのとおりにゃ。けどサラちゃんたち精霊は世界を守る力も戦う力は無いにゃん』


 目をつぶってファディスは「そう……か……」と、つらそうに震える声でつぶやいた。


『そんな悲しい顔しなくてもいいにゃ。直接、力になる事も助ける事もできないけど、加護を与える事は出来るにゃ!』

「加護?」

『加護だにゃ! んにゃ〜……君たちの中でサラちゃんと相性が抜群なのは……』


 ボクたち三人の周りを、腕組みしながら真剣な表情でクルリクルリと五周くらい回り、ファディスの目の前にピタリと止まる。


『君ならサラちゃんの力を使いこなせそうだにゃ!』

「オレでいいのか? 世界を苦しませてるルネディアの人間なんだぞ。それに加護は希少なものなんだろう?」


 戸惑いを隠せず視線をさまよわせるファディスの肩を、ボクとサアヤはポンッと叩く。


「ボクは爺ちゃんから貰った大切な力だけで十分だからね。グノーにも凄い力をもらったし、それに魔属性のボクとは相性が悪いんだよ」

「私はグノーさんに貰った素敵な癒しの力があるわ。だから加護はファディスさん、貴女がいただくのが良いと思うの」


 ボクたちの言葉でも、なかなかうなずかないファディスの頭の上にサラがちょこんと乗って小さな手でファディスの頭を優しく撫でる。


『グノーちゃんが帰ってきた時に事情は全部聞いたにゃ。その後もサラちゃんたちは君たちを水鏡で見てたにゃ。君は……ファディスちゃんは父上を止めたいと母上を救いたいと願ってるんだにゃん。そんなファディスちゃんだからこそサラちゃんの力は役にたつし使いこなせるんだにゃ!』


 ファディスは自分の両手を開いたり閉じたりしながら「……そうだな。力がなければ父上も母上もルノンも救えない。三人を助けられなければ、世界が終わる」と、つぶやいて何かに納得するかのように頷く。


「サラ、オレに加護をよろしく頼む」

『もちろんだにゃ! そいじゃいくにゃ〜ん!』


 ふわっとサラは飛ぶと、ファディスの額にキスをした。すると真っ赤な火の粉がファディスを包み込んで、ゆっくりと身体に吸いこまれていく。


「凄いな。力があふれてくる」

『ファディスちゃんたちには、たぁーくさん頑張ってもらわないといけないにゃ。だから最大限の加護を与えたにゃ!』

「この力は人を、生き物を殺してしまうことはないんだな?」

『ファディスちゃんが清い心で力をふるえば誰ひとり傷つかないし死んだりしないにゃ! けどもしも邪な心で力をふるえば相手を殺してしまうだけじゃすまないのにゃ』

「どうなっちゃうの?」


 不安な気持ちで落ち着かなくなってボクは思わず聞いてしまう。


『ファディスちゃんも浄火の炎に焼かれてしまうのにゃ』

「!?」


 ビクッと思わずボクの体が震える。


「オレの心はもう決まってる。だから大丈夫だ」

『うん! うん! ファディスちゃんなら絶対やり遂げるってサラちゃんは信じてるにゃ!』

「……ボクも信じてる」


 背中の辺りがゾワゾワするほどの不安な気持ちは消えない。でもファディスは強いから大丈夫だって思う。思いたい。


「私もファディスさんならお母さまたちを助けることが出来るって思ってるわ」


 サアヤも不安で心配なんだろうボクとファディスの手を握ってから、ぎこちなく微笑んだ。


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