二十五話、カイのダンジョン(前)
野営することがほとんどだけど、たまに食料を買いに街や村を立ちよったりしながら、さらに数日が過ぎていた。
王都が近くなってくると、どこに帝国の追手がひそんでるか分からない。だから最近はなるべく窓もカーテンも閉ざしてることが多い。けど今日の暑さは半端じゃない。ジリジリと焼かれてしまうくらいの日の光で景色も揺らめいてる。川沿いを選んで休みながらでも馬車を引く馬もつらそうだ。
「さすがに耐えられないな。窓を開けるか」
「屋根が取れたらいいのだけど……」
窓を全開にしても馬車全体が太陽で温められたせいで中は熱がこもったままだった。そんなボクたちの様子を見て「しっかりした作りだから屋根は取れないんだ」と、モリスが苦笑いした。雪国仕様の馬車だからね。
「暑いわねー」
「太陽がギラギラだね!」
サアヤもファディスも半袖でも暑いみたいでハンカチで額の汗を拭いてる。外からは生暖かい風が入ってくる。少しだけ涼しい気がする程度だけどね。しかも馬車の走る速度が遅くなって、なかなか動かなくなってきた。
「だいぶ南まで来たから、もうすぐカイのダンジョンに着く。だが妙だな?」
「なにかオカシイの?」
「見ろ。北へ向かう旅人が普段より多い気がするんだ」
「冒険者さんではなさそうね? 幼い子供たちもいるわ」
「大きな荷物を背負ってる人間たちばかりだね」
ボクたちの馬車の進行方向とは逆の、北に向かって歩いていく人間たちは歩きだったり幌付き馬車に乗っていたりするけど、みんな大荷物を持って移動してる。ギルドの腕輪どころか剣とか杖を持っているようには見えないから、やっぱり冒険者じゃないと思う。ましてや旅行にいく感じでもない。
「間違いなく近隣の街人や村人だろうな」
「なにかあったのかしら?」
窓から顔を出してキョロキョロ見渡してみる。道いっぱいに人間たちが話をしながら大移動してるから、まるでお祭りみたいだ。昼近くってこともあって、手に食べ物を持って歩いてたりする。焼き鳥のいい匂いまでただよってくるから、思わずヨダレが出ちゃいそうになる。
「君たち南に向かうのかい? 王都に向かうんだったら今は入れないよ」
布製のヨレヨレ帽子をかぶった髭もじゃの爺さんが、ボクたちのことを不思議そうに見上げ問いかけてきた。
「何かあったの?」
「なんじゃ、知らんのかい。カイのダンジョンから魔物が溢れて出てきてんだよ!」
「そうだよぉ〜! あんたらも引き返して逃げたほうがええよう」
「しかもゾンビだで、ワシらじゃ敵わねー」
「けんど、まだぁギルドのぅ討伐隊もぅきでねーんだぁ」
事情を知らないボクたちに、周りにいた人間たちも口々に危険を教えてくれる。身振り手振りで魔物の特徴も何となく分かった。魚やタコのような外見のゾンビで空中を飛ぶように泳いで人間たちを襲ってくるらしい。
「おじさんたち、ありがと! ボクたちなら大丈夫だよ」
腕輪を見せると、おじさんたちは少し驚いたみたいに目をまんまるにした。
「そうか、君たちはギルドの冒険者だったんだな。なら頼んだよ」
「だが気ぃつけなよぅ」
「よし! 勇気ある小さな冒険者達に良いものをやろう! 手を出してごらん」
クワを肩に担いだ背の高い兄さんが、ボクに青い液体の入った小瓶を渡してきた。
「これはなぁに?」
「聞いて驚くなよ?」
ニヤニヤもったいぶる兄さんは、とっても楽しそうだ。なんだかワクワクして耳がピクピクして尻尾もユラユラしてしまう。
「なんだろ?」
手招きをしながら「耳をかしな」と歯を見せてニッと笑む。気になったボクは耳を、兄さんに向ける。
「これは激レアのルフトラーガ産ハイポーションなんだよ」
内緒の話なんだろう小さな声で、中身の正体を教えてくれた。ボクには価値が分からないけど、きっと凄いモノなんだと思う。
「大切なモノなんだよね? 貰っちゃっていいの?」
「いいとも! もしもの時に使おうと買っておいたモノなんだ。今がそのもしもの時だと俺は思う。だから貰ってほしい。そしてカイのダンジョンと港町ルゥーイを助けてくれ」
「ありがと! 必ず助けるよ」
「頼んだよ」
「うん!」
再びニッと白い歯を見せて笑うと「じゃあな」と、兄さんは手を振って北へ向かい歩いていった。
「サアヤ、なんか凄そうなモノ貰っちゃったよ」
「とても美しい色の液体ね」
座って窓から入る日の光に当てる。すると小瓶の中身が反射して、馬車の室内全体に青いキラキラが映し出された。揺れる青は、まるで水の中にいるみたいに見えて綺麗だ。
「ちょっと貸してくれ」
輝く小瓶を手渡すと、ファディスは目を閉じて「鑑定」とつぶやいた。
「素晴らしいな。これは間違いなくルフトラーガ産のハイポーションだ。瀕死じゃなければ怪我や病といったものは問題なく治せる優れものだ」
「そんな凄いモノなの?」
「あぁ。かなり希少だ。ルフトラーガ自体が閉鎖的であまり人と交わらないと聞いたことがある。当然、ルフトラーガで取れる果物やポーションも出回りが少ないんだ。しかもハイポーションともなると、かなり限られた人間しか持ってないはずだ」
目を開けて小瓶をボクの手のひらに返しながら「外見からは想像つかないが先ほどの男、もしかしたら大商人か貴族だったりするのかもな」と、ファディスはつぶやいた。
「今度、会ったらお礼をしなくてはいけないわね」
「そうだね」
割れたりしないように、リュックサックに大切にしまっておくことにした。
「カイのダンジョンが見えてきたぞ!」
大きなモリスの声に、再びボクは窓から顔を出す。空は太陽の光で明るいのに周囲には、うっすら霧が出はじめていた。
「なんか凄いイヤな感じするね」
「えぇ。それに酷い臭いがするわ」
「なにか腐ったような臭いだな」
馬車を引く馬も、ついに足を止めてしまった。足踏みをしたり頭を振ったりして、今すぐこの場所から逃げたいって言ってるみたいだ。
「まいったなぁー。すぐそこなんだがなぁ」
御者台からモリスが降りて、馬を撫でたりご飯をあげたりしてなだめるけど、まったく効果は無い。
「歩いて行きましょう」
「そうだね」
「それしか無いな。モリスは周辺の警戒を頼む」
「分かった。あと馬と馬車を安全な所に移動させておく」
モリスと別れて、ボクたちはカイのダンジョンに向かって歩きだした。




