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二十四話、湖でのひととき


 ルノンが魔導機と共に荷台に入ると、モノクル男たちも乗りこみ馬車は森の奥へと消えていった。サアヤたちは、つめていた息を吐きだして座り込んでしまう。ボクもサアヤの腕の中で警戒をといた。


「あの魔導機すっごく嫌な感じがしたよー」

「魔物を操ると言っていたから、魔物や動物にとって不快なモノなんだろうな」

「まったく、あんなモノばかり作りよって……。しかもルノンまでっ! あの時ワシがルノンも連れて逃げていればこんな事にはっ!」


 震える拳をモリスは地面に叩きつける。怒りの強さをものがたるように、くっきり拳の跡が残った。


「モリス爺だけの責任じゃない……。オレの責任でもある。足止めをすると……あとから追いつくと言ったルノンを置いてきたんだ……。だからこそ今度はオレたちがルノンを助ける番だろ!」


 ファディスは立ち上がるとモリスの肩を強くパンッと叩いた。


「あぁ、あぁ、そうだな。ワシらが助けないとダメだな」

「ボクたちもいるよ!」

「私もいるわ」


 ボクとサアヤの言葉に、ファディスとモリスは「ありがとう。よろしく頼む」と頭を下げた。



 ルノンの一件からは何事もなく二週間が過ぎていった。窓の外を流れていく風景も、すっかり変わって緑の草原が広がり、石を敷き詰めたしっかりした道を馬車は走っていく。気温も暖かくなったおかげで、サアヤたちはシャツとズボンといった感じの軽装になった。


「見て! キラキラ光ってるのは湖かしら?」


 窓を開けてサアヤが指をさした前方には、太陽の光が反射して輝く広大な揺らめく水面が見えはじめていた。


「うわぁ! すっごく綺麗だね」

「あぁ、美しいな」


 ボクたちが大騒ぎで湖に魅入っていると「今日はここらで野営するか!」と、モリスが馬車を湖に向かって走らせた。石の道から外れると、途端に馬車は大きく揺れて体もあっちこっちに跳ねる。


「大きーい! ひろーい!!」


 馬車が止まると早速、ボクは扉を開けてスケルトンに変幻すると湖に向かって転がるようにして走りだした。


「ニャーさん待って!」


 呼び声に振り返ると、麦わら帽子をかぶったサアヤがボクを追って走ってくる。そのすぐ後ろにはファディスがゆっくりと歩いてついてきてる。モリスはどこ? って思ったら、湖から離れた場所に一本だけ生えてる木の辺りに馬車を停めて野営の準備をしてるのが見えた。


「準備はワシに任せな。お前たちはゆっくり楽しんでこい!」


 ボクの視線に気がついたモリスがニカッと白い歯を見せ笑い力こぶを作る。


「ありがと!」

「行ってきます」

「頼んだ」

「おう! 行ってこい!」


 手を振るモリスに、ボクたちも手を振り返してから湖に向かって走った。


 パシャーン!


 湖に飛びかかるようにして突進した。水飛沫が跳ね上がってキラキラ光りながら再び湖に戻っていく。


「冷たーい! おもしろーい!!」


 テンションが上がって、水の中に潜ると骨の隅々まで水の冷たさを感じる。沢山の魚たちもボクと一緒に泳ぐ。ぴょんぴょん飛び回れば、そのたびに水飛沫が舞い踊る。


「楽しそうね。私も入ってしまおうかしら」

「そうだな。体の土埃も落としたいからな」


 サアヤとファディスも下着姿になって、ゆっくりとした足取りで湖に入ってきた。


「冷たいけど気持ちいいわね。髪の毛も洗ってしまいましょう」


 くくってあった髪の毛をほどくとサアヤはボクを見てニコッと微笑み水中に潜った。


「ふふふ! ニャーさん! 捕まえたわ!」

「きゃはは! 捕まっちゃったー!」


 水の中でも温かいサアヤの腕の中に抱きしめられた。ボクの大好きなぬくもり。


「冷たいがすっきりするな」


 じゃれるボクたちを見てファディスも笑ってる。


「ファディスさん、その傷跡は?」


 胸に巻いていたサラシを解いたファディスの背中には、右上から左下に向かってひきつったような大きな切り傷が残っていた。


「これは帝国兵から逃げる時についたモノだ」

「痛くないのかしら?」


 サアヤが、細い指先で傷跡に触れ、ゆっくりたどっていく。瞬間、ほんの少しだけファディスの体がピクンと震える。


「今は痛みない。だから気にするな」

「そう……なのね。消すことは?」

「母上を助ける事ができた、その時に消すつもりだ」

「ファディスさんの覚悟なのね」

「……覚悟。そうだな。これは覚悟で誓いだ」

 

 日の光の中、ギラギラ輝くファディスの瞳の中に固い決意が見えた。そして胸元で揺れる指輪が気になってしまった。普段は服で隠れて見えなかったから忘れかけてたけどね。


「ファディス、その指輪はどんな意味があるの?」


 首にかけられた細い銀の鎖のネックレスには、ルノンが落としていった指輪が鈍い光を放っている。ところどころ黒ずんだ指輪は小さいモノなのに、なんだかとても重そうに見えてしまう。まるで足枷のように……。


「これはルノンの母上の形見なんだ」


 目を伏せ、優しい手つきでファディスは指輪を握りしめる。


「この指輪をオレに託したと言うことは、ルノン自身の時間が残り少ないんだろう……」


 その瞬間、胸の奥がトクンッと震えた。重く見えたのは二人分の命の始まりと、ルノンの母さんの命の終わりまで……全ての人生を見てきたからなんだ。そして指輪は、受け継いだファディスの最後まで見届けていくことになる。と、爺ちゃんがそう言ったように感じた。


「やはり問題は、ルノンたちが反旗をひるがえすのが先か、ヨルのダンジョンが破壊されるのが先かだな」

「うん」

「そうよね」

「なんとしてもルノンの命が燃え尽きる前に、そしてオレの母上の命が消えてしまう前に、ルネディアの王を止めて全てを終わらせなくてはいけない」


 夕日がファディスを照らす。濃い青の髪は、まるで覚悟の炎みたいに風で舞い上がり揺らめいて、髪から飛び散った水飛沫が火の粉のようで綺麗だ。


「グノーにもう一度会って助けてもらわなきゃだね」

「ピネお姉さまは王都で働いているの。きっと力になってくれるはずよ。話をして協力してもらおうと思っているわ」

「ありがとう。ではオレはルネディアに戻ったら、なんとしてもルノンに連絡して合流することを考える」

「三人で力を合わせたらなんとかなるはずだわ」

「うん! なんとかなるよ!」

「そうだな」


 三人で手をパチンと合わせ叩く。ボクの内、胸の奥には爺ちゃんもいる。だからきっと上手くいくはず。


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