二十一話、ファディスの思い
あたり一面、茜色に染まりこの地域独特の冷たい風が強く吹きはじめたころ、かたむいて倒れそうになった木製の看板が見えてきた。ぼんやりとした魔法石の灯りに照らされた文字は、雨風にさらされかすれてる。
【ようこそ。メルの村へ】
木製の柵に囲われたメルの村は十七軒ほどの家がポツポツ建つだけの小さな集落だ。煉瓦造りの家の窓からは灯りがもれて、夕食の準備をしてるのだろうか? シチューや肉の焼ける匂いがただよってくる。
「私の村クランシャンと一緒で小さな村なのね」
「まぁ、この地域の村々はこんなもんだろ。ワシの家は一番奥だ」
街道と同じく土を固めた茶色の道を進んでいく。途中、道のど真ん中で牛が膝を投げだし目を閉じてる。もしかしたら寝てるのかな? 村の中ほどまで来ると庭先の犬がボクたちに向かって激しく吠える。村人以外の者に対して警戒してるのかもしれない。小さな体で家の主を守る強い思いを感じた。
「オレがこの家を出た時と変わってないな」
「たった四カ月じゃ、そうは変わらんよ」
モリスの家も煉瓦造りになっていて、すぐ隣が馬小屋になってるみたいで元気いっぱいな馬のいななきが聞こえてくる。
「さぁ、入ってくれ。我が家へようこそ」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
木製の玄関扉をモリスが開いてボクたちを招き入れてくれた。最後にファディスが入って三つの鍵を閉めた。かなり厳重だ。廊下は床板が古いのかギィーギィー鳴る。暗く短い廊下の突き当たりの部屋に入ると暖炉の暖かい。けど廊下の窓もだけど、この部屋の窓も木の板で外から見えないようにされてる。
「とりあえず座ってくれ」
かなり年季の入った木製の机と椅子は予想通りギシギシ鳴った。しかも座るとグラグラする。モリスは「壊れかけで申し訳ない」と苦笑いをしながら、魔法石で温めたミルクの入ったコップをボクたちの前に置いてくれた。
「薄暗くてすまないな。一応、ワシらは追われてる身なんで、いつもこんな感じだ」
「モリス爺、そのことなんだが少し事情が変わった」
「なにかあったのか?」
「あぁ……。近衛に襲われた……」
「なんだと!? それで怪我はないか?」
ガタンッと椅子を倒し勢いよく立ち上がると、隣に座るファディスの体を触って確かめる。
「怪我はニャーとサアヤが治してくれた。だから大丈夫だ」
「そっ、そうか……。良かった……ファディス坊ちゃんに何かあれば、ソフィア様が悲しみますからな……」
椅子を立て直し、再びモリスは座った。
「いつも心配をかけてすまん。……今までは一人の方がいいと思っていた。これ以上、周りの人を巻きこみたくなかったからな。だがニャーとサアヤがいなけなればオレは死んでいた。今回の件でオレは無力さを思い知った……」
暖炉のパチパチ炎がはぜる音と、ときおり強風で窓板がガダガタ騒がしい中、ファディスはうつむき膝の上で手が震えるほど強く握りしめ、近衛に襲われた時のことと、これまでの出来事をモリスに話して聞かせた。
「だから仲間を……友を……心から信じられる友達をつくりたいと思ったんだ」
顔をあげて向かい合わせに座るボクたちを、ファディスは少し潤んだ瞳で見つめてきた。
「ボクはもうファディスのことは友達だと思ってるよ」
「ファディスさん私たちは仲間で、そして生涯のお友達だと思っているわ」
ボクは立ち上がってファディスの元にいくと手を握りしめた。サアヤはファディスを、ふわりと後ろから優しく抱きしめる。
「ニャー……サアヤ……ありがとう。そしてこれからもよろしく」
「うん! よろしく」
「よろしくお願いします」
「ファディス坊ちゃんが良き友人に恵まれたようでワシは安心した。本当に良かった!」
ゆっくりとモリスは立ち上がると顔をくしゃくしゃにしながら微笑み、ボクとサアヤごとファディスを、その大きくて力強い両腕で抱きしめてきた。
◇
和やかな雰囲気で夕食を済ませ、再び話し合いが始まった。ちなみにメニューは、モリス特製シチューだったんだけどミルクたっぷりで凄く美味しかった。干し肉じゃない、柔らかくて新鮮な肉は久しぶりだったから、おかわりまでしちゃったんだけど、モリスは「もっと食べろ」と山盛りにしてくれた。嬉しくて思わず尻尾が激しく揺れる。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「まずはカイのダンジョンに向かい、そのあと王都へ行く予定だ」
「うむ。カイのダンジョンか……。たしかにミノのダンジョンと同じ現象に思えるな」
モリスは顎に手をやり考えこんでるみたいだ。
「何か知ってるの?」
「直接ワシが見たわけじゃないがダンジョン内を魚が泳いでるそうだ」
「もしかしてファディスさんが言ってた魚が飛んでる話と一緒なのかしら?」
「たぶんオレの聞いた話と間違いなく同じだろうな」
「じゃ! カレンのときみたいにボスを助けたら元に戻るかもだね」
「きっとそうね。早く治してあげたいわ」
「なるほど、なるほど、そういうことか。ファディス坊ちゃんが、ワシのところに来たのは馬車が借りたいのだろう?」
「あぁ。解決はなるべく早い方がいいからな」
「出発は明日になるが了解した。今日のところは部屋を用意するからゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
「ありがと!」
案内された隣の部屋は、なかなかの広さだけど暖炉もなく小さな机と椅子、そして大きめのベッドが二つあるだけだ。窓は板で閉めきられてるから隙間風はなさそう。それでもかなり冷える。サアヤは手足を擦り合わせてる。
「布団は干してあるから大丈夫だと思うが……。こんな部屋しかなくてすまんなぁ」
「ありがとうございます」
「ありがと! ふかふか!」
「ワシはファディス坊ちゃんと話があるから失礼するよ。おやすみ良い夢を!」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
二人きりになると、やっぱりスケルトン姿に戻りたくなる。ポプンと音を立てて変幻すると、サアヤの腕に飛びつく。サアヤはボクを優しく抱きしめ「寝ましょう」と、一つのベッドに入った。
「モリスさんに久しぶりに会えて話が弾んでいるのかしら?」
「きっとそうだよ」
「ふふふ! 今日は夜通しおしゃべりをして眠れないかもしれないわね」
「いっぱい話すことありそうだからね」
扉の向こう側からは、ボソボソと二人の話し声が聞こえてくる。盛り上がっているのか、たまに笑い声もして楽しそうだ。
「ニャーさんは暖かいわね」
「サアヤも暖かいし良い匂いする」
もっと匂いを嗅ぎたくて鼻先を擦りつける。サアヤの陽だまりのような匂いに包まれると、すっごく安心するんだよね。ボクの大好きな匂い。
「♪♪〜♪〜♪♪♪〜」
サアヤが鼻歌に合わせて、ボクの体をポンポンとリズムよく叩く。その気持ちいいテンポで、すぐに眠りがやってきた。




