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十八話、ファディス 


 めいっぱい雪遊びを楽しんだ昼下がり、残りのスープを食べてから出発した。


「カイのダンジョンは、どんなところかしら?」

「港の近くって言ってたよ」

「港なら海のダンジョンだったりするのかもしれないわね」

「海のダンジョンもすっごく気になるけど、カレンの兄弟はどんな魔物なんだろ?」

「早く会いたいわね」

「うん」

 

 冬にしては日差しが強く、つもった雪も溶けて地面の茶色が見えはじめる。


 カッカッカッ!


 ガタガタガラガラ!


 サアヤと手を繋いで歩いてると、後ろから規則正しい音が近づいてくるのに気がつく。


「馬車かな?」

「この辺では珍しいわね。それにかなり早足みたいだわ」


 立ち止まると、二頭立ての幌付き馬車が駆け足でボクたちの前を通りすぎていった。と、思ったら馬車が止まり御者台から茶色のスーツを着た男が降りて、ボクたちのところまで走ってきた。


「ハァ、ハァ、ハァ……。君たち、紫がかった髪の毛の女性を見なかったかい?」


 男は額の汗をハンカチで拭いながら、あせってるのか早口で問いかけてきた。


「見ませんでした」

「うん。冒険者しか見なかったよ」

「そうか……。一体、どこにいってしまわれたのか? 仕方ない、もう少し探すか」


 ぶつぶつ独り言のようにつぶやくと、再び走って御者台まで戻っていってしまった。荷台からモノクルをかけた男が顔をだし御者と小声で話し合いうなずき合うと、すぐに幌付き馬車は走り去った。


「誰か探してるみたいだね」

「そうね。でも紫の髪の毛の人は女性ではなかったものね」

「そっか、紫の髪の毛ってファディスしか今のところ見かけないよね」

「そうなのよね」

「それにルネディアの王女と同じ名前だもんね」

「えぇ……。やっぱりグノーさんの言ってたとおり何か起こっているかしら?」


 頬に手をあててサアヤは考えこんでしまう。男たちの会話は小声すぎてボクにも少しだけしか聞こえなかったけど、よくない事が起きそうな予感がする。


「カイのダンジョンに向かうまでにファディスに会えるといいね」

「何回も会っているんだもの。きっとまたファディスの方からくると思うわ」

「うん。それで何が起きてるか聞いてみよ」

「それが一番いいわね」


 ボクの言葉に、サアヤは笑顔でうなずく。


「馬車もボクたちが行く方角に走っていったから、また会いそうだね」


 すっかり雪が溶けて泥だらけな茶色の道には、馬の足跡と車輪の細長い線が、くっきりと残ってる。水たまりをよけながら、まるで馬車を追いかけるかのように、跡をたどって歩いていく。


「ニャーさん、せっかくだから海岸を歩いて行きましょうよ」

「行こう!」


 道が二股に分かれて、片方は今まで歩いてきた雪溶けでビチャビチャした茶色の道、もう片方は下り坂になってる獣道。道幅の狭い獣道は海岸まで続き、ヒューヒューと刺すように冷たい風が海の匂いを、ボクたちのところまで運んでくる。


「馬車も海岸に行ったみたいね」

「岩とかあってゴツゴツしてるのに無理矢理に通ったみたいだね」


 岩にぶつかりながら草木を踏みつけ、海岸に向かって車輪の跡が残ってる。


「あんまり時間は経ってないようね」


 サアヤが倒された草をずらして、土の凹みと乾き具合を手で触れて確かめる。踏みつけられた草木の青い匂いも、潮風と同じくらい濃い。歩きづらい獣道を進みきると砂浜が広がっていた。


 車輪の跡をたどり砂浜を歩く。ザザーン、ザザーン、と白い飛沫をあげながら激しい波がうちよせる。


「夕日で海がキラキラして宝石みたいだわ」

「オレンジ色がいっぱいだね」


 思わず立ち止まってしまうほどに綺麗だ。夕日の赤が反射してオレンジ色に海全体が輝く。


 ガタガタガタガタ! ガタン!


 しばらく海に見入っていると、大きな音をたてながら馬車がものすごいスピードで、ボクたちの横を走りぬけていった。すれ違った瞬間、くぐもったような奇妙な叫び声も聞こえた気がした。


「あの馬車って、さっきの男たちの馬車だよね?」

「なんだか様子がおかしかったわ」

「追いかけよう! サアヤ、ボクの背に乗って!」

「分かったわ」


 獣型に変幻してサアヤを乗せると馬車を追って全力で走りだす。もちろん隠蔽スキルでボクたちの姿は、人間に見られないようにする。


 雪が溶けてぬかるんだ道まで戻って泥をはね上げながら、さらに走り続けると馬車が見えてきた。


 あと少しで追いつくと、いうところで、馬車の幌が引き裂かれたかとおもうと、荷台から人間が転がり落ちて道の脇の岩に、ゴッ! っと音を立てて激突した。


「これは助かりませんね……」

「一体どうすればいいんだ。せっかく見つけたというのに」

「仕方ありません。ルネディアに戻りますよ」

「そう……だな。ありのままを報告するしかないな」


 馬車を止め二人の男が、転がり落ちた人間の傷の具合を触って確かめる。真剣な表情で二人は言葉を交わすと馬車に乗りこんで、再びもの凄いスピードで走り去っていってしまった。


「助けましょう!」


 サアヤがボクの背から降りて、倒れてピクリとも動かない人間の元にかけよって怪我の具合を確かめる。ボクも変幻してサアヤの隣に座って様子を見る。


「酷い怪我だね」

「えぇ。それにやっぱりファディスは女性だったのね」


 ソッと血に濡れた紫の髪の毛をサアヤがかきあげると、見覚えのあるファディスの顔があらわれた。そして道の脇の木の枝に引っかかり破れた服の隙間から見えてしまった真実の姿。


「死んだりしないよね?」

「やってみるわ」


 大量に血を流してしまったからか、顔色は悪く土気色で呼吸も浅い。サアヤが、ファディスの頭を膝に乗せ、両手は祈るように組んで目を閉じる。あふれ出る金の光の粒がファディスの身体全体を包みこみ渦を巻いて吸い込まれていく。


「……死んでない!?」


 ゆっくりとファディスは体を起こしキョロキョロ周囲を見渡し、ボクたちに気がつくと飛び上がるようにして距離をとった。


「動けるようになって良かったわ」


 助けることができて安心したのか、サアヤはふわっと笑んだ。


「……まさか、お前たちが助けてくれたのか?」

「怪我人を放っておくなんてできないわ」

「治って良かった~!」

「そう……か……。助かった。ありがとう」


 ペコリとお辞儀をしてから、ファディスは地面にドカリッと座って頭を掻きむしる。


「オレの正体に気がついたんだろ?」

「もう一つの大陸グレングルのルネディア家の王女様なのよね?」

「あぁ」

「なぜ王都ではなく、こんな辺境で精霊さんを探していたのかしら?」

「なんで狙われてるの?」

「一気に質問するな。すべて話すから、まずはお前たちの名前を教えてくれ」

「私はサアヤよ」

「ボクはニャーだよ」

「サアヤにニャーか……。本当は話すつもりは、まったくなかった。が、お前たちがいなければオレは死んでいた。だからオレの知るすべてを話そう」


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