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十六話、不吉の足音


 胸元のグノーをかばいながら、サアヤを守るために、突然現れた人間の前に出る。尻尾も耳も全身の毛が、ボワッっと逆立つ。


「誰? さつまいも目当て……じゃないよね?」

「オレはファディスだ。さつまいもはもう食べたからいらない。そんなことより精霊を出せ!」


 紫がかった黒髪を後ろでくくり、目の色も髪と同じ色。けれどギラつく瞳は獣のよう鋭い。日焼けした健康的な素肌を包むのはグレーの鎧、手にはレイピアが握られてる。


「殺気ビリビリの人間には絶対に会わせたりしないよ!」

「……」


 睨みあう。しばらくするとファディスと名乗った人間はレイピアを腰の鞘におさめた。同時にビリビリする殺気も消えた。


「ふん! 見せる気はないか……。まぁ、いい……」


 けど警戒は緩めたりはしない。


「目的は何?」

「言えない。が、次に狙われるのは精霊だ」

「どういう事?」

「……今は何も言うつもりは無い」


 結局、目的を言うことなくファディスはダンジョンの奥へと続く、暗闇に向かって走り去っていった。


『今のぉ〜人間のぉ〜名前ぇ〜気になるぅ〜』

「ファディスって言ってたね」

「えぇ。ルネディアの王女様と同じ名前だわ」


 グノーがボクの胸元から顔だけ出して、ファディスが消えていった暗闇を見つめる。


『あちしたちぃ〜精霊をぉ〜狙ってるぅ〜?』

「うん……。しかも次にって言ってたよ?」

「もう誰かが捕まっているのかしら?」


 なんだか正体の分からない”何か”が動きはじめてる。初めて経験する”狙われる”ということに、体がブルリと震える。サアヤも不安なのかボクの手に触れる。その手を、ソッと握りかえした。


『あちしぃ〜、一度ぉ〜状況報告ぅ〜するためにぃ〜ルフトラーガにぃ〜帰るぅ〜』

「さみしいけど、その方がいいかもね」

「ルフトラーガは浮かんでるんですもの。一番安全だと思うわ」

『さつまいもぉ〜食べたらぁ〜帰るぅ〜』

「うん! 食べよ!」

「そうね。食べましょう」


 相変わらず食欲をそそる匂いのさつまいも。湯気も立たないし人肌くらいになってしまった焼き芋を三人で仲良く頬張る。


『冷めてもぉ~美味しいぃ〜!』

「ホクホクだね!」

「とっても甘いわね」

 

 周りの楽しげに賑やかに走り回る冒険者たちを見ながら食べていると、今までとは違う緊迫した悲鳴がダンジョン内に響きわたった。そして下層から、階段につまずくようにしながら冒険者たちが転がり出てきた。グノーはボクの胸元に潜りこんだ。


「ありゃ、ヤベーぞ!!」

「おい! お前らも逃げた方がいいぜ!」

「何があったんだ?」

「魔物が出たんだよ!」

「!?」

「強いのか?」

「少なくともB……いやAランクパーティーじゃねーと駄目だ!」

「そんな! おかしいじゃないか! ここは野菜が取れるだけの安全なダンジョンだったはずじゃんか!」

「ぐだぐだ言ってねーで逃げんぞ!!」


 野菜を追いかけたり焼き芋を楽しんでいた冒険者たちは、騒ぎに気がつくとバタバタと慌ただしく荷物をまとめて入り口に向かって走りだした。けれど入り口付近は混み合って、なかなか外に出られないみたいで人だかりができてしまってる。


「サアヤどうする?」

「私は何があったのか知りたいわ」

「うん! ボクも気になる」

「行ってみましょう」


 奥に行くのは危険かもしれない。でももし魔物が襲ってきてもボクがサアヤを守る。


「行こう!」


 出口に向かう冒険者たちとは逆方向、ダンジョンの下層を目指して走りだす。相変わらず野菜たちは踊ったり走りまわってるけど、もう冒険者たちの姿はほとんどない。


 あまり広くないミノのダンジョンの最奥には、すぐにたどり着くことができた。


「あの魔物かしら?」

「たぶん……。でも様子が変だよ?」


 ボス部屋から出てきてしまった魔物、ネズミゾンビの額には赤い石が埋め込まれ血がにじみ出し痛々しい。しかも禍々しい魔力を周囲に撒き散らし、口からはヨダレをたらし意味の分からない叫びを上げる。さらに言えばゾンビだから身体も少し腐ってドロドロで悪臭を放ってる。


「襲いかかってきそうだわ」

「凄い騒ぎになってたから、もう冒険者たちに襲いかかった後かもしれないよ」

「そうね」


 ネズミゾンビがギラギラ血色に光る目でボクたちを睨んで、腰を低くかまえる。獲物を狩る姿勢だ。ボクはサアヤの前に立つ。


『人間のぉ〜作ったぁ〜ダンジョンはぁ〜魔物とぉ〜魔石をぉ〜同化させてぇ〜ボスをぉ〜作るぅ〜。普通はぁ〜魔物にぃ〜痛みもぉ〜苦しみもぉ〜無いはずぅ〜むしろ魔力がぁ〜上がってぇ〜強くなるだけのはずぅ〜』


 ボクの胸元からグノーが顔を出して伝えてきた。


「じゃあ、これってやっぱり変なの?」

『凄くぅ〜おかしいぃ〜』

「グノーさん、私の癒しの手で治すことは出来るかしら?」

『出来るぅ〜はずぅ〜』


 グノーの言葉に、サアヤは笑顔でうなずくと、ボクの隣にきて握り拳を作ってネズミゾンビを見つめる。


「ニャーさん! 助けましょう!」

「分かった。じゃあ、ボクが抑えこむよ」

「お願いね」

「うん」


 「シギャー」と奇怪な鳴き声と共に、口を大きく開けたネズミゾンビがボクたちに飛びかかってきた。ボクとサアヤは左右に分かれて噛みつき攻撃を避ける。けどすぐに身をひるがえすと爪を剥きだしにしてサアヤに襲いかかろうとした、その瞬間ボクは猫スケルトンに変幻するとネズミゾンビに突進して壁に押さえ込んだ。


【グガガガ! グガ!】


 ネズミゾンビが涙とヨダレ流しジタバタもがく。


「サアヤ、今だよ」

「えぇ」


 もがき苦しむネズミゾンビの額に、サアヤが手のひらをかざす。黄金色の光がサアヤからたちのぼり、ネズミゾンビを包みこみ吸い込まれていく。暴れていた手足も大人しくなって、うめき声もなくなった。ゆっくりとネズミゾンビの上から退いて人型に変幻する。


【アリガタイ。タスカッタ。オソッテ、シマッタ、ニンゲン、タチ、ニワ、ワルイコト、シタ】

「助かって本当に良かったわ。もし怪我人がいたとしても私が治すわ。だから大丈夫よ」


 サアヤは相手がゾンビだとしても怖がることなく、地面にへたりこむネズミゾンビを、優しく両手ですくいあげ、胸に抱きしめて背中を撫でる。


【ワレハ、ゾンビ、オマエ、ヨゴレル】

「あなたは汚れてなんかいないわ。それにもし汚れても洗えばいいだけだもの」


 鞄からハンカチを出して、額の石のまわりにこびりついた血と、暴れたせいで泥だらけだった体を拭いていく。


【ワレガ、コワク、ナイ、ノカ?】

「怖くはないわ。私は苦しんでいるネズミさんを助けたいと思っただけなんですもの」

【ヤサシイ、ムスメ、オマエ、ナ、ハ?】

「サアヤよ。あなたのお名前も聞いてもいいかしら?」

【ヨキ、ナ、ダ。ワレノ、ナ、カレン】

「カレンさんっていうのね。とても素敵なお名前だわ」

「うん! とっても可愛いよ」

【ホメラレル、ウレシイ。ジュウジン、ノ、ナ、モ、シリタイ】

「ボクはニャーだよ。カレンと同じ魔属性の魔物なんだよ」

【ニャー、ハ、ヨル、ノ、ナカマ、カ】

「うん! 仲間だよ」


 ボクの生まれたヨルのダンジョンの魔物は魔属性、もう一つの大陸のヒルのダンジョンの魔物は火水木土の四属性に分かるてるんだって爺ちゃんが教えてくれた。ちなみに聖属性を使えるのは、ほんの一握りの人間と精霊やエルフだけだ。だから同じ属性だと不思議と仲間って感じがするんだよね。


「ふふふ! ニャーさんの家族の私もカレンさんの仲間になれるかしら?」

「もちろんだよ!」

【ニャー、ト、サアヤ、ハ、カゾク。ワレ、ノ、ナカマ、イイナ、アリガト】


 表情の分かりづらいカレンが、ほわりと微笑んだように見えた。ボクもサアヤもカレンの仲間、きっとこれからは友達にだってなれる気がするんだ。


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