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極夜物語  作者: 昆布
第6節 覇王
93/93

「神々の黄昏」

ずっと前に書いたifストーリーです。

遥か昔の初期案の設定を修正せずにそのまま持ってきたものなので、本編よりもファンタジー色が強いです。


 ――焔に包まれたどこかの村。燃え盛る家々、逃げ惑う人々。そして、ファブニルの「邪竜騎士団」の所属を示す竜の紋章を刺繍した赤いサーコートを着た騎士たち。


 その中で、幼子が叫びのような泣き声を上げていた。


 その幼子の名前はジークフリート。

 3年前にこの集落で生まれた子供である。


 しかし、幼子の親は既に亡い。

 ファブニルの邪竜騎士団によって集落は焼かれ、住民はみな殺されてしまったのである。


 この村の生き残りは、もはや彼だけである。

 その彼すらも、今まさに命を奪われようとしていた。


 助けは最早なく、背後から剣を抜いた騎士が迫る。

 そうして、幼子に剣が振り下ろされた――


 ………………


 ……王国暦186年。

 独立後一度も外征を行なっていなかったファブニル軍が、突如として城砦都市ラズに侵攻。

 

 ラズは僅かに1週間で陥落し、ファブニル軍はその勢いのままにその周辺地域に侵入。

 南はロードス、西はラズ平原まで進出したものの、ロードス盆地で「鎮西将軍」バーナード・ワーグナーの率いるレーベン政権の軍に破れ、そこで進軍は停止した。


 しかし、ラズ周辺の集落は皆焼き払われ、レーベン政権はラズ一帯の勢力を失ってしまった。


 ………………


 そして、王国暦203年。


 一昨年のオルビス大陸レーベ山の大規模噴火による冷害で農作物に大損害を受けたファブニルは、食糧を求めてレーベン政権領ニブル高原に侵攻してきた。


 それに乗じ、南のガイウスもレーベン領ロンディニウムへの攻撃を開始。


 レーベン軍は南北双方の戦線において敗退を繰り返し、ついに王都の最終防衛点であるオルギンまで追い詰められた。


 時に、王国暦203年の10月のことである――


 ………………


 ――オルギンは、ジグラトでもっとも旧い街である。


 その起源は青銅器時代にまで遡るとされ、今でも街には古代の遺構を見ることができる。


 都がレーベンに移ってからは、オルギンは最終防衛点としての役割も期待されるようになっていた。







 ……その街は今、炎に包まれている。


 郊外から、黄金色の鎧を纏った将軍らしき男と、勝色のサーコートを纏った青年が、その炎を見ていた。


 勝色のサーコートの青年が、口を開いた。


「バーナード閣下、本当にこれでよかったのですか……?」


 黄金色の鎧を纏った将軍は、後ろに控えている青年の言葉に、振り返らずに答えた。


「致し方あるまい、こうするしかなかったのだ、こうするしか――」


 しかし、青年はバーナードと呼んだその将軍の脚が小刻みに震えていたのを、見逃さなかった。




 


 ――「オルギン会戦」は王国暦203年に勃発した、ファブニル軍と北軍――レーベン軍――との戦闘である。

 

 この戦闘で全兵力の半数を失った北軍の首魁バーナードは、ファブニルの進軍を足止めするためにオルギンの市街に自ら火を放ちレーベンの街まで後退した。


 しかし、オルギンを焼き討ちしたバーナードは人心を失い、レーベンまで落ち延びる際に部下であるレイドス・ファールに暗殺された。

 

 ……そのレイドスも、その場でバーナードの側近であるヴェルトに斬られ、ヴェルトは暫定的な王国騎士団の団長に就任したのであった。


 ――ベイル・ダルトン著「水都録」より――


 ………………


 ――ワタリガラスが、王都レーベンの上空を飛んでいた。


 時は王国暦204年、1月。


 オルギン会戦から3ヶ月弱。

 ファブニル軍はオルギンの炎上によりこれ以上の西進を断念し、廃墟と化したオルギンに留まっていた。


 しかし、11月にガイウス軍の攻撃によってファブニルは敗退し、オルギンを放棄して北部ニブル高原まで後退した。


 ガイウスは北部への遠征を目の前にして、レーベン半島で細々と勢力を維持しているレーベン政権を滅ぼし、南北を統合させようと目論んでいた。


 一方、レーベン政権側も、ガイウスの遠征の動きを察知し、王都レーベンの守備を強化しようとしていた――


 ………………


 ――王都レーベン――


 兵士が待機する詰所に、騎士たちが集結している。


「……これで全員か、ジーン」


 と、勝色のサーコートを着た青年――ヴェルト・イェリントンは、傍らにいた戦友に聞いた。


「ああ。

 レーベン半島で召集できた兵力は、ここにいる70人と少しで精々だ」

「そう、か――」


 ヴェルトは、戦友――ジーン――の言葉を聞いて、声の勢いを弱めた。

 と、その時、ヴェルトに声をかけた人がいた。


「ヴェルト、久しいな」


 ヴェルトが振り返ると、そこには月白のサーコートを纏った中年の騎士がいた。


「リードさん。

 フギンからわざわざ来てくれたのですか」

「当然だろう。

 国の存亡の危機だ。」


 と、リードは言う。

 ヴェルトは、話しつつ、リードの後ろに彼によく似た青年がいることに気がついた。


「リードさん、彼は――」


 ああ、とリードは言う。


「紹介しよう、私の倅のヴィルヘルムだ。

 ほら、挨拶をしなさい」


 その青年は、ヴェルトに対してペコリとして、言う。


「ヴィルヘルム・ハボックです。

 ヴィル、とお呼びください。

 ヴェルトさん、よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな、ヴィル!」


 2人は握手をする。

 と、ヴェルトはヴィルの腰に佩いてある剣に目をやった。


「ヴィル、その剣は、もしや――」


 ヴィルは、照れくさそうに笑う。


「そうです、"ハボリム"です」

「ハボック家の家宝と聞いていたが――

 いや、失礼な話だが、本当にあったんだなと思ってな、名剣ハボリムが」


 なんなら持ちますか、とヴィルは言うが、ヴェルトはそれを断る。


「人を殺めるまで鞘に収まらぬ魔剣グラム――とは言わないが、その、俺にはあまりに過ぎた代物だからな」

「そうですか……」


 と、話していると、詰所の入り口の方が何やら騒がしい。


「ん……?どうしたんでしょう」

「さあ」


 ヴェルトたちが不思議に思ってそちらを見ていると、騎士たちの中を割って、ある人物がヴェルトの前にやってきた。


「…………チャーリー卿」


 それは、ニブル領主であるチャーリー・ニブルス伯爵だった。

 チャーリー卿はひどく怒っている様子で、ヴェルトの顔を見るやいなや、すぐに怒鳴り声を上げた。


「貴様、どの面下げてこの王国騎士団の団長などをやっているのだ!」

「……」


 ヴィルは、状況をいまいち飲み込めずにチャーリー卿とヴェルトを交互に見ている。


「……チャーリー卿、リドニアのことは申し訳ありません――」

「申し訳ない、だと――」


 チャーリー卿は、わなわなと肩を震わせた。


「貴様、私の子を死なせておきながら、申し訳ない、だと――?

 首を出せ!ここでその素っ首叩き落としてくれるわ!」


 と、チャーリー卿が腰に佩いた剣に手をかけたので、周りの騎士たちもどよめき立って、チャーリー卿を取り押さえた。


「何をする!離さぬか、この下郎どもめが!」


 と、チャーリー卿はわめく。

 ヴェルトは、俯くのみである。


 チャーリー卿の顔を見ると、彼のことを――オルギンで死んだ、チャーリー卿の息子リドニアの顔を、思い出すのだ。


 ……もともと、ヴェルトの小隊は5人だった。


 ――トイルの騎士の家の出であるディアス・トンプソン。


 ――ノーザンブルクの没落した貴族の一族出身のレイモンド・ウッドヘルム。


 ――オルギンの市民の娘であるサラ・ウィンター。


 ……そして、チャーリー卿の息子のリドニア・ニブルス。


 しかし、先のオルギンでの戦の時、ディアスはヴェルトの目の前で死んだ。

 サラとレイモンド、そしてリドニアに関しては行方不明であるが、おそらくあの戦から3ヶ月も経って未帰還なのだから、彼らももうこの世にはいないだろう。


「申し訳、ありません」

「……」


 チャーリー卿は、ヴェルトの瞳を覗き込んで、それでこれ以上わめくのを止めた。


「……なんだ、その顔は」


 と、言い捨てて、チャーリー卿はその場を後にした。

 

 ヴェルトは、あまりにも酷い顔をしていた。

 蒼白というわけでもなく。

 涙に濡れているわけでもなく。

 しかし、とにかく顔を見たもの全てをぎょっとさせる顔をしていたのだ。


「ヴェルトさん……」


 と、そんな彼に、ヴィルが声をかける。

 ヴェルトは、すぐに振り返った。

 その顔は、苦く笑っている。


「いいんだよ、ヴィル。

 これは俺の罪だ。

 だから、ヴィルは気にしなくていい」

「そう、ですか」


 そうして閉口したヴィルに、ヴェルトはさらに声をかけた。


「あとさ、ヴィル」

「はい?」

「敬語、いいから。

 それと、ヴェルトさん、じゃなくて"伍長"でちいよ」

「"伍長"――?」

「ああ。

 なぜかわからないが、俺は伍長と呼ばれるのが一番馴染むんだ」


 ヴィルはそれを聞いて、頷いた。

 

「わかったよ、"伍長"」


 2人は、顔を見合わせて口角を上げた。


 ………………


 ――ワタリガラスが、飛んでいる。


 その瞳は、王都レーベンへと向かうガイウス軍を捉えていた。


 ワタリガラスは、それを報せるかのように、王都レーベンの方へと飛び去っていった――




「……来たか」


 と、城壁の上から様子を見ていたヴェルトが呟く。


 その眼下には、ガイウスの軍勢が地響きと共に進軍してきている。


「伍長、こっちは配置完了したぞ」


 と、月白のサーコートを身に纏った好青年――ヴィル――は言う。

 それを聞いて、ヴェルトはため息交じりに言った。


「わかった。

 ――では、やるか」


 ガイウス軍の総数は目視できるだけでも400はくだらない。

 それに対し、レーベン軍は70程度で、その上援軍の兆しなどどこにもない。


 ……時は王国暦204年、1月27日。

 

 このようにして、「レーベン攻囲戦」と呼ばれる絶望的な籠城戦が幕を開けるのである――


 ………………


 王都レーベンは、大きな戦乱のない時代に建設された都市である。


 そのため、城壁は外見をよくするためのもの程度の設計であった。


 高さは、ジグラトで最も高いトイル城の三分の一に満たないほどで、堀はあってないような深さ。

 その上、タレットやバルディザンのような防御機構もほとんど存在しない。


 これら防衛設備の貧弱さに加えて、守備側の兵力も70と、王都の外周すべてをカバーできるほど多くない。


 ………………


「これは参ったな……」


 と、詰所で行われている会議の中で、ジーンは言う。

 本当に参っているのである。


 ――勝ちの線などどこにもない。

 ――どうせ、生き残れやしない。


 そういう悲壮感が、今や軍全体に伝播しているのである。


「……伍長、どうするんですか?」


 と、ヴィルは聞く。

 今や王国騎士団の団長代理となっているヴェルトは、眉間にしわを寄せた。


「仕方ない、こうなれば――」


 と、ヴェルトは思い付いた策を諸将らに打ち明けた。

 諸将は、みな血相を変えた。


「ヴェルト殿、正気ですか」

「そのようなことを、本気で考えておられるのか」


 と、口々に言うが、リードとジーンは真剣な面持ちで口を開いた。


「ガイウス軍を追い払うには、それしかありますまい。

 このまま何もしないでいても、我々は皆死に、この都が灰塵に帰することは変わらんでしょう」


 諸将は、それで黙り込んだ。


 ………………


 ――ガイウス陣営――


 漆黒の鎧に真紅のマントを羽織ったガイウスの「漆黒将軍」セオドアは、部下の将軍たちと王都の城壁を眺めていた。


「これが、北都レーベンか」


 と呟くと、後ろに控えていたライン卿が鼻で笑う。


「ふん、グッゲンハイムの威信をかけて造営した都と聞いていましたが、このような貧相な城壁で都を名乗るとは言語道断。

 全く、笑わせてくれますな!」


 ライン卿の横から、第3軍の軍団長サラエボが言う。

 

「これしきの城壁、半日で攻略して見せましょう。

 団長、我ら第3軍に先鋒をお任せください!」


 セオドアは、わかった、と言って、総攻撃を命じた。


 ………………


 ――第3(午前9)時。


 ガイウス騎士団第3軍が、王都レーベン正門へと総攻撃を開始した。

 ここを守るのは王国騎士団団長代理、ヴェルト・イェリントンである。


「"伍長"、来たぞ」

「わかった。

 ――皆、死ぬことはない!

 適当に戦って、市街に後退するぞ!」

「「はっ!」」



 


 ――まず、矢が雨あられの如く降り注ぐ。


 大盾でその矢を防いでいる間に、敵ははしごを掛けてくる。


「敵が登ってくるぞ!

 盾で叩き落としてやれ!」


 ヴェルトの指示のもと、はしごを登って顔を覗かせたガイウス兵は、次々に盾に殴られて転がり落ちる。

 しかし、ガイウス軍は数に物を言わせて次々に登ってくる。


「――伍長!

 もう右側の方に登られたぞ!」


 ヴィルの声で、ヴェルトは城壁の右側を見る。


「皆、後退しろ!

 城壁は放棄だ!」

「「はっ!」」


 ヴェルトの指示のもと、レーベン軍は続々と城壁を駆け降りて行く。

 しかし、歴戦の将軍であるサラエボがそれをみすみす逃がすわけもない。


「逃がすな!

 市街地に潜伏されると面倒だ、ここで殲滅しろ!」


 その号令のもと、ガイウス軍も雪崩を打ってレーベン軍を追いかける。


 レーベン軍は、市街地の中を、四方に散逸しながら逃げていく。

 それを、ガイウス軍は追う、追う、追う。





「父上、少々深追いしすぎでは――」


 サラエボの嫡子であるダグラスがそう言った時には、もう遅かった。


「今だ!

 包囲殲滅しろ!」

 

 と、十字路の四方から、散逸したはずのレーベン軍が出現してきた。

 セオドアはやられた、と叫ぶ。


「ええい、退け、退け!」

 

 ガイウス軍は混乱しながら元来た道を戻ろうとしたが、なんといつの間にか退路は木材やらで塞がれている。


「逃すな、ここで皆殺しにするぞ!」


 ヴェルトは抜剣して、ガイウスの騎士を一刀両断した。


 屋根の上からは、弓兵が敵軍に矢を射下ろす。


「ええい、こんなバカな……

 皆、退路は前にしかない!

 進め――」


 しかし、そのサラエボの言葉が言い終わる前に、彼の胴体は袈裟斬りに斬り落とされた。


「お前が、指揮官だな」


 サラエボを斬ったのは、手に"ハボリム"を持ち、月白のサーコートを纏った青年である。


「父上――?」


 綺麗に斜めに上体と下肢が泣き別れになった父を、ダグラスは呆然と見つめている。


「よくも父上を――」


 と、ダグラスはヴィルの方に向き直る。

 しかし。


「ガハッ――?!」


 その腹を、ヴェルトが思いっきり刺し貫いた。


「父、上――」


 ダグラスは、口から血を吐きながら、その場に倒れた。

 ヴィルはそれを見下ろしながら、ヴェルトに言う。


「伍長、こいつらの首はいるか?」


 ヴェルトは苦笑する。


「いや、いらんな。

 しかし王都に屍を放置させるわけにもいかん。

 ジーン、敵の陣に突き返してやれ」

「了解した」


 ジーンたちは、サラエボの上体とダグラスの屍を運んで行った。

 ヴィルとヴェルトは、それを見送りながら、ゆっくりと歩いて城壁の方へ向かう。


 どうやらガイウス軍は想定外の反撃に怖じ気づいたかこれ以上の攻撃はないようだった。


「……しかし、城壁からも撤退するとはな。

 これでは振り出しに戻るだけだと思うのだが――」


 と、ヴェルトは呟く。


 すると、その時。

 城門の方から、喚声が聞こえてきた。


「何の声だ――?」


 ヴェルトは、嫌な予感がしていた。

 ジーンが、馬に乗って駆けてきた。


「ヴェルト!

 城門が突破された!」

「な――」


 ヴィルは、驚愕のあまり声が出ない。

 しかし、ヴェルトは大して驚いていないらしい。


「……そうか、わかった。

 俺たちは王宮へ行って、陛下の脱出をお助けする。

 ジーン、お前は好きにしろ」


 ジーンは頷く。

 

「わかったさ。

 ではヴェルト、達者でな」

「ああ。

 お前こそな」

「おうよ」


 と、ジーンは馬首を返してもと来た城門の方へと駆けていった。


「……ヴィル、行こう」

「わかった」


 ………………


 王宮への大路を走り抜けるヴェルトの頭の中では、さまざまな考えが巡っていた。


 ――王都は陥落する。

 それはもはや避けようもない。


 問題はその先である。


 国王を王都から脱出させるとして、どこへ逃げるというのか。

 ジグラト北部から西部一帯にはファブニルが、南部一帯はガイウスが支配していて、我々の逃げるところはどこにもない。


 いっそ大陸へ――とも思ったが、ジグラト王家の血筋など大陸では何の意味も持たない。

 それどころか、新たに帝国が建って間もない大陸ではいまだ治安も安定しておらず、安全とは言いにくい。


 ……そして、最後の懸念点は、ヴィルである。


 ヴィルの先ほどの活躍から、彼が傍らにいればなんとかなるのではないのかと思ってみたものの、彼はまだ20歳になって間もない。

 こんなところで自分と心中させるには勿体無い青年である。


 横を並んで走っている青年の顔を見た。

 そして、少し躊躇いながらも声を発した。


「ヴィル――」


 しかし、その言葉を発するより前に、ヴィルはヴェルトの前に手を出して抑えた。


「ヴィル……?」


 ヴェルトが不思議に思って彼の顔を覗き込むと、彼は大路の奧を見ていた。


「……?」


 その方向に目をやると、ヴェルトにとって見覚えのある人が、そこにいた。


「女――?」


 ヴィルは、呟く。

 ――女。

 そう、女である。


 しかし、その女は只の女ではなかった。

 

 その女は、美しかった。

 

 髪は茶色で後ろで束ねており、顔は小さく白い。

 奥二重でアンバーの瞳を持っていて、鼻筋は通っている。

 顔は幼いが、クールな印象である。


「……サラ」


 ヴェルトは、信じられないものを見るような声で、彼女の名を呼んだ。

 彼女は自分の小隊の一員で、オルギンで行方不明となっていたサラ・ウィンターであった。


「死んだんじゃ、なかったのか――」

 

 ヴェルトは、彼女に歩み寄る。

 しかし、彼女は剣を抜いた。


「……サラ、なぜ剣を抜く?」

「……」


 サラは黙ったままである。

 ヴィルは、それを見て"ハボリム"を抜いた。


「ヴィルも、なぜ剣を抜くんだ」

「……伍長、もういいだろ鈍いフリは。」

「鈍い……?」

「……わかっているんだろ、この女が城門を内側から開いた張本人ってことぐらいは」

「……」


 ヴェルトは、それで黙り込んでしまった。


「サラ、嘘だろう?

 お前がガイウスのスパイだったなんて、そんなはずないよな?」


 と捲し立てるように言うと、サラはようやく口を開いた。


「……私は、ガイウスのスパイ」


 ヴェルトは、絶句した。


「オルギンで、あなたたちが街に火を放った時に、ガイウスと合流しようとしたの」

「……わかった。

 だからもう、それ以上はいい」


 と、ヴェルトは制止した。

 その先も、予想できたからである。


「――追いかけてきた緑のサーコートの男と、盾を持っていた男は、殺したわ。

 2人には悪かったけど」




 

「……そう、か。

 お前が、リドニアとレイモンドを殺したのか――」

 

 サラは悪びれもせずに言った。

 

「……そう、リドニアとレイモンド、と言ったの、あの2人」

「そうだ、リドニアとレイモンドだ。

 ……あと訂正だが、リドニアのサーコートは緑じゃなくて深碧だ」

「……緑じゃない」

「微妙に違うんだよ」

「……そう」


 サラは、一瞬口角を上げたように見えたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。









 ……じゃあ、さよなら







 

 は――?

 と、ヴェルトが声を出した時にはもう遅かった。


 彼の背中に、何かがぶつかったかのような感覚が走る。


 いや、これは――


「――ゴフッ」


 口から、血が溢れ出した。

 背後を振り返ると、メイド服を身に纏った黒髪の、無表情な女が、彼の背に2本のナイフを突き刺していた。


 その女と目が合う。

 ヴェルトの顔は、少し笑ったように見えた。

 そして、何も言わずに彼はその場に倒れた。


「伍長!」


 と、ヴィルが叫ぶ。

 しかし、すぐにメイド服の女がナイフを投げてきた。


「ぐっ――」


 それを打ち落としながら数歩後ずさり、サラとメイド服の女の方を向く。

 不意に、サラが口を開いた。


「あなたは……?」


 今さらだな、と鼻で笑いつつ、ヴィルは応えた。


「俺はヴィルヘルム・ハボック。

 ヴィルとでも呼んでくれ」

「……そう」


 そちらから訊いたくせに、彼女はまったく興味なさげである。

 ヴィルは苦笑しつつ、剣を構える。


「……まさか、私たちと戦うつもり?」

「当然だ」

「どうして」

「は……?」

ヴェルト(司令官)はすでにいない。

 なのに、戦うの?」

「弔い合戦という言葉もあるからな」

「……そう」


 サラも、それで剣を構えた。

 メイド服の女も両手にナイフを構える。


「――フッ」


 先に仕掛けたのはヴィルである。

 サラに一直線に飛び込む。


 そして、彼の得意とする左逆袈裟からの斬撃を繰り出すが、彼女の細身の剣に打ち落とされる。


 逆に彼女の得意である刺突が飛んでくるが、ヴィルの瞳は、目にも止まらぬ速度であるはずのそれを全て捉えている。

 ヴィルはそれを避けつつ、弾き、そしてカウンターに斬撃を繰り出した。


「……ッ」


 サラは想定外なほどに強いこの青年に、思わず目を見開いた。

 彼女は、内心焦った。

 刺突をすべて捉えられる人間がいるのなら、自分に勝ち目はないのではないか、と――

 

 しかし、この場において、彼女の味方は彼女だけではない。

 メイド服の女――ゾーイ――も、サラに加勢してヴィルに攻撃を仕掛ける。


 こうなるとやはりヴィルに分が悪い。

 

 片手間にゾーイの攻撃を捌きつつ、サラの刺突に対応せねばならない。


「ぐっ――」


 ゾーイを脚で蹴り飛ばし、その間にサラの突きを上に弾き上げて左の胴を斬ろうとするが、彼女は後ろに飛び退いた。


 追撃しようにも、吹き飛ばされたゾーイがこちらに向かってくるのでそちらの対応をせねばならない。

 

 しかし、それの対応をしていればサラの突きをもろに食らう。


 悪循環、である。


 ヴィルは、それでもしばらくは耐えれていた。

 しかし、もはや体力的にも限界が近づいていた。






 


 ――ワタリガラスが、今や炎に包まれ、黒煙の立ち上る王都の上空を飛んでいた。

 ワタリガラスは、高度を下げ、建物の屋根に着地した。


 何かを見届けるかのように。


 そうして、ワタリガラスの瞳は、ヴィルの脇腹を、サラの剣が貫くのを確かに捉えた。





「グッ――」


 ヴィルは、自分の脇腹を貫く剣の、その持ち主を見た。


 サラは肩で呼吸(いき)をしていて、少しかがんで脇腹に剣を刺したからか、返り血を顔に浴びていた。


 ヴィルはそれを見て、すまない、という声を洩らした。


「…………は」


 サラは、返り血を浴びた顔を呆然とさせた。


「……いや、血。

 せっかく、綺麗な顔、なのに……」

「何を、何を言って――」


 ヴィルは、笑った。


「サラ、さん……

 弔い合戦なんて、嘘、なんだ。

 ただ、どうせ死ぬなら、あなたに介錯してほしいな、っていう、勝手な理由なんだ」

「何を、言ってるの――」


 サラは、理解できないという顔をしている。

 当然だろう。


 というより、これほどに歪んだ一目惚れなんて、誰も理解できないだろう。


「サラさん、俺は、あなたに惚れた」

「……」

「出会う世界が違えば、俺はきっと、まっとうにプロポーズでもしてただろう。

 でも、それは叶わない。

 だから、あなたに介錯してほしい」


 サラは、なにも言わない。

 黙って脇腹に刺さったままの剣を抜き、目を閉じたヴィルに、剣を振り下ろした。





 

 ――そうして地面に突っ伏した死体を、サラはじっと、呆然と、見ていた。

 そして、ハッと我に返り、剣に付いた血を払って、鞘に納めた。


「………………行こう」


 サラとゾーイは、王宮へ向かう。

 王を殺すために。


 そうして、2人の影は大路の先に消えた。


 ………………


 ――ワタリガラスは、屋根から舞い降りて、地面に突っ伏した死体を見ていた。


 その顔は、心なしか寂しげである。


 ワタリガラスは、彼の手に持たれていた剣を見た。


 そして、その剣を奪うように掴み、どこかへ飛び去って行った。


 そして、死体は王都を包む大火に巻かれて、やがて燃えて消えていった――


 ………………


 ――王国暦204年、1月。


 レーベン政権の首都北都レーベンは、陥落した。


 ガイウス側としても、第3軍の潰滅とサラエボとダグラスの戦死という痛手を被ったものの、結果としてレーベン政権を滅亡させることには成功した。


 そして、首都たる北都レーベンは灰塵に帰し、住民はほとんど全員が殺害された。

 

 セオドアはこれをもって南北のジグラト王国が統合されたとし、それと同時に、この戦乱の元凶たるファブニル勢力の打倒も宣言した。


 ……しかし、ガイウスが手始めにやったのは、オルギンの復興であった。


 オルギンはレーベン半島、ニブルス高原へと通じる要衝である上に、ここがなければトイルから北部への補給が不安定になるためである。


 この復興には、三年かかった。


 セオドア自ら都市計画を立案し、ロバート・アダムスなる地元では高名な学者の知識も借り、後に"(ノヴァ)オルギン"と呼ばれる都市の原型を建築した。


 このノヴァ・オルギンはこの後北部最大の都市として大いに発展することになる。



 ……そして、ファブニル遠征の準備が整った。


 ――王国暦208年、3月。


 満を持してセオドアはファブニル征伐の大号令を発し、ノヴァ・オルギンから600の大軍勢を出陣させた。

 


 のちの「ノーザンブルク戦役」である。

 


 緒戦のニブルス峠の戦いにおいて圧勝したガイウス軍は、その勢いのままにニブルの街まで進軍。

 

 ニブルではガイウス・ファブニル双方がそれぞれ死者100名近くを出す激戦となったものの、結果はガイウスの勝利に終わった。


 しかし、アリエスの大森林付近でガイウス軍は邪竜騎士団団長ホメロス率いる伏兵に遭い、敗北を喫した。

 

 ホメロスはこのままアリエスの大森林に籠り、ガイウスは手が出せなくなった。

 これにより戦線はアリエスの大森林を境として膠着してしまう。


 そこで、セオドアはホメロスの軍を揺さぶるために、後方のノーザンブルクで破壊工作を行うことを考え付いた。

 そうして、サラ・ウィンターとゾーイ・ブラッドバーンをはじめとした諜報部隊をノーザンブルクへ送り出したのであった――


 ………………


 王国暦208年、11月。


 北の都と呼ばれたノーザンブルクの街は、炎に巻かれていた。

 


 事の顛末は、こうである。


 サラをはじめとした諜報部隊によって、ノーザンブルクを守っていた邪竜騎士団第3軍団の長であるフィリップ卿が暗殺された。


 この他にも軍高官が何人もノーザンブルクで不審死を遂げたことで、ファブニル兵たちは精神的に追い詰められていた。


 そんな中で、市内でボヤ騒ぎが起きた。


 これはただの失火だったのだが、これも敵のスパイの仕業ではないかと恐怖したファブニル兵は、消火活動もせずに周辺の住民をスパイだと断定して住民の虐殺に走ったのである。


 その結果、ファブニル兵による虐殺はノーザンブルクの市街地全域に広がり、炎もそれと連動して広がっていったのだ。


 ――これが、「ファブニル大虐殺」のはじまりである――


 ………………


「――メリアちゃん」


 炎が迫る中、サラ・ウィンターは、この街で拠点にしていた宿の戸を開いた。

 

 サラは、この宿に住み込みで働いていた女性と仲がよかったのだが、まだその彼女が建物に取り残されているのだ。


「メリア、ちゃ――」


 しかし、サラの声は、彼女の部屋の戸をを開いた途端に消えた。


 彼女は、首を吊っていたのだ。


 サラは、膝をついた。

 宙に浮かんでいるそれを、呆然と見つめた。

 そして、次に机に目が行った。


 なにか、手紙が置いてある。

 遺書――


 サラは、立ち上がって机に駆け寄った。


 しかし、それは遺書ではなかった。

 要約すると、こんな内容である。


 


 ――メリア・ウッドヘルム様へ――


 私が不甲斐ないばかりに、メリアさんのこの世に一人だけの弟であるレイモンドを、死なせてしまいました。

 こんな手紙に書く内容ではないのですが、私は彼の他にも、仲間を死なせてしまいました。


 ……ディアス・トンプソンという青年は、レイモンドの一番仲のよい友人でした。

 よく2人で酒を酌み交わしていたのを覚えています。

 

 ……リドニア・ニブルスは、オルギンに来たばかりのレイモンドにさまざまな世話をしていました。


 ……サラ・ウィンターは無口でしたが、レイモンドは彼女も仲間だと認めていました。

 それで、戦場で敵を深追いする彼女を追って、行方不明になりました。

 

 ……彼女自身も行方不明です。

 だから、サラを責める責任は私にはない。

 全ては隊長の私のせいです。


 ……この手紙には、あなたの生活の足しにと少し金を入れてあります。

 これでレイモンドを亡くした悲しみが晴れるとは、考えていませんが、あと少しの命である私には、これしかできないのです。


 どうか、お許しください。

 

 ……この手紙が王都からガイウスとファブニルの関所を通ってノーザンブルクまで無事に届きますように。


 王国暦203年、12月2日


 ――ヴェルト・イェリントン――




 レーベン陥落の1ヶ月前に書かれた、ヴェルトの手紙。


 それを、なぜ3年も経った今、ここに――?


 それで、サラは気が付いた。

 これはメリアから私に向けた呪いなのだと。


 メリアは最初から、名前を聞いた瞬間から、私の正体に気が付いていた。

 レイモンドを――弟を殺したのが私だと、気が付いていた。


 なのに、溢れんばかりの憎悪を隠して私と親しく接し、そして今、口語ではなく、しかも第三者の文語で、暗に全てを伝えたのである。


 ………………


「………………………………」


 呆然としながら、サラは宿を出た。

 彼女は、泣くということを知らなかった。

 だから、この哀しみも、後悔も、何もかもをどうすればいいのかわからなかった。


 彼女は、自分の頬を伝う涙に、気が付いていなかった。 

 

 街は炎に巻かれ、宿にもその火は迫っていた。


 と、その時。


 ワタリガラスが、サラの目の前に降り立った。


「何――」


 サラはその足に"ハボリム"が握られているのを見て、声を出した。

 ワタリガラスは、サラの目の前に"ハボリム"を置くと、飛び去っていった。


 サラは、"ハボリム"を手に取った。

 どこかで見たことのある鞘。

 鞘を抜くと、やはり見たことのある刀身が現れた。


「あの男――ヴィルの――」


 忘れはしない。

 レーベンで戦った男。

 なぜ忘れはしないのかは、覚えていないものの、記憶に鮮明に焼き付いていた。

 


「……ん?」


 サラは、刀身に何か刻印がしてあるのを見つけた。

 旧い文字である。

 相当学がなければ読むことができないであろう、古代の文字。


 しかし、なぜかはわからないが、サラには何が書いてあるのかわかった。


 ――ᛗᛟᚱᚢᚵᚪᚾ(モルガン)――


 レーベン半島で多くの人々が信仰する、破壊(ハボック)、殺戮、勝利を司る女神の名前。


 美しい女性の姿だが、時にカラスの姿に変身して戦場に現れるという。


 ――そして、彼女の寵愛を受けた人間は、その力の恩恵を受けることができる、と言われている。


「……そう、彼が」


 と、サラは意味ありげに言う。

 

 しかし、なぜ自分なのだろう。

 寵愛を受けた者(ヴィル)を殺した自分に、なぜ――


「本当に、私を……?」


 サラは、困惑したような声を出した。



 ――街は赤く染まり、まるで黄昏のよう。

 

 終わるべき黄昏。

 夜が来ると確約されている黄昏。

 いつまで、この黄昏は続くのだろうか。


 ………………


 ――ノーザンブルクは焼失した。


 アリエスに布陣していたファブニル軍も、それによって補給が届かなくなり、ラズまで撤退した。


 セオドアは、ノーザンブルクがなければファブニル征伐を完遂することはできないと考え、オルギンに続きノーザンブルクの復興も開始した。


 これにも3年の歳月がかかった。


 セオドアの指揮のもと再建されたノーザンブルクは「セオドアノープル(セオドアの街)」と呼ばれるようになった。


 しかし、ノヴァ・オルギンとセオドアノープルの建設により国庫はほとんど空になっており、その上反セオドア派の貴族の反乱の兆しも見えてきた。


 王国暦211年。


 南部ロンディニウムで貴族らの大規模反乱が起こる。


「ロンディニウムの陣」である。


 反乱軍はファブニルと協定を結んでトイル城を陥落させ、その勢いでノヴァ・オルギンまで進軍してきた。

 しかし、ノヴァ・オルギンの守りは堅固であり、守将ライン・ミレトスの活躍もあって反乱軍は撃退された。


 それと平行してセオドアノープルにもファブニル軍が迫ったが、セオドアの指揮によりこれも破られた。


 反撃に転じたセオドアはトイルを陥落させてロンディニウムを攻略。

 水都へと逃れた反乱軍も撃破し、南部を平定した。


 戦後、セオドアは終身独裁官となり、貴族院の停止を宣言。

 反対勢力を粛清して自分の足場を固めた。


 時に王国暦212年のことであった。


 ………………


 ――王国暦214年3月。


 終身独裁官セオドアは、ファブニル征伐の「勅令」を発し、トイル城から第2・4軍、セオドアノープルから第1軍の計800にもなる大軍を出陣させた。


 これに対し、トイルからの軍にはアルヴィン・ブランデンブルク卿率いる軍勢が、セオドアノープルからの軍にはホメロス自ら率いる軍が対応した。


 しかし、どちらも百戦錬磨のガイウス騎士団を止められるものではなかった。


 邪竜騎士団は各方面で敗北し、ラズまで敗走。

 そして5月にはラズも陥落し、ガイウス軍はファブニル城にまで迫った。


 ………………


 ――6月7日。


 ファブニル城の城門はついに突破され、市中にガイウス軍が雪崩を打って進入した。


 その兵たちの中に、サラとゾーイがいた。


「……」


 サラは無口で、一直線にファブニル城の宮殿に向かう。

 服は今まで来ていた白縹のサーコートではなくいつか誰かが着ていた月白のそれで、その手には、いつか誰かが持っていた"ハボリム"が握られていた。





 2人が宮殿に到着すると、既に中はぐちゃぐちゃになっていた。

 しかし、ガイウス兵はまだここには到達していない。

 市中で略奪やらに熱中しているはずである。


 と、なればこれは宮殿内で混乱があって起きたものだろう。

 その混乱がわからないまま、2人は奥深くへと足を踏み入れる。


「――」


 と、不意にゾーイがサラを抑えた。


「ゾーイ?」


 サラは不思議に思ったものの、ゾーイが黙ったままなので、サラも黙る。

 すると、どこからか怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。


「……こっち」


 2人は声のする方へと走る。


 ………………


 宮殿内のある部屋にて――


 邪竜騎士団団長ホメロスは、尻もちをついて壁まで追い詰められていた。


 目の前には、第4軍団長ライトと、その副官で妻のジンジャーの死体が横たわっている。

 彼らを殺した人物は、ホメロスも殺めようと剣を持ってにじり寄る。


「ま、待てオリヴァー!

 なぜ私を殺そうとするのだ!」


 オリヴァーと呼ばれた、ホメロスの片腕であった将軍は、禍々しく笑う。


「まだおわかりにならないので?

 あなたの首を提げてセオドアに降るためですよ」

「な――

 やめろ!セオドアは聞く耳を持たんぞ!」

「黙れ」


 オリヴァーは、ホメロスの首を刎ね飛ばした。

 ゴロゴロ、と首が転がる。


 その髪を掴んで、オリヴァーが部屋を出ようとした、その時。


 戸が開いて、サラとゾーイが部屋に飛び込んできた。


「……お前は……」


 とサラが聞くと、オリヴァーは笑った。


「おお、なんたる僥倖!

 いいですか、私はオリヴァー・プラント、ファブニルの将軍です。

 しかしホメロスに普段から散々に扱われていて恨みがありましてね。

 その首を持ってセオドア殿に降伏したい次第。

 セオドア殿にお取り次ぎできないかな」


 サラは、冷たい目でオリヴァーを見た。


「ゾーイ」


 ゾーイは頷いて、オリヴァーに近づく。

 そして、無言でオリヴァーの目の前まで行くと、袖に仕込んでいたナイフで彼の喉を突き刺した。


「ガッ――」


 なぜ、とでも言いたげなオリヴァーだったが、その言葉は喉に空いた孔からただの空気となって出る。

  

「……」


 ゾーイはそのまま、ホメロスの首を持ってサラのところまで歩いてきた。


「……行こう」


 ゾーイは、頷いた。


 ………………


 こうして、セオドアによるジグラト統一は成った。


 セオドアは「ジグラトの王」として即位し、水都にガイウス王朝を建設した。


 しかし、力で人民を押さえつけるセオドアのやり方は人民の反感を買う。


 結局、ガイウス王朝はセオドアの死後すぐに崩壊し、ノヴァ・オルギンを拠点としていたサンドブルク家によるサンドブルク朝が成立することになる。


 


 ……サラ・ウィンターは、戦後ロンディニウムに移り、誰とも結婚せずに生涯を終えたという。


 ――ベイル・ダルトン著「水都録」より――


 ………………


 ――ロードス山。


 ジグラトで最も高く、そして最も神聖な山である。

 

 その山の頂に、三人の人影がいた。

 全身が黒い服の男と全身が白い服の女が、チェスを指している。

 そして、濡羽色の髪の、真っ赤な服を纏った美女がそれを眺めていた。


「……しかし、本当によかったので?

 モルガン神」


 と、黒い男は濡羽色の美女に訊いた。


「……何がだ」


 黒い男は苦笑した。


「いや、あなた権能をヴィルヘルム・ハボックからサラ・ウィンターに移したでしょう」


 ああ、とモルガン神と呼ばれた美女は頷いた。


「問題ない。

 ……まあ、ヴィルがあんなぽっと出の女に惚れるのは癪だったが。」


 と、彼女は髪を逆立てる。


 黒い男は、面倒な女神めと思いつつ、言う。

 

「しかし、これは予定調和を乱すこと。

 いささか干渉しすぎたのでは?」

「奴らが何を言ってこようが問題ない。

 人々からの信仰を失った旧き神なぞ、恐るるに足らん。」

「そうは言いますが、モルガン神もジグラトで信仰されているだけ。

 かなり御力は弱まっているのでは?」

「そう思い、少し細工をしてきた。

 私の信仰はまだ揺らがん」

「へぇ……」


 なんだ、やることはやっているらしいな、この神は――と、黒い男は思う。


「貴様らこそ、大丈夫なのか」


 と聞くモルガンに、今度は白の女が返した。

 

「大丈夫ですよ、モルガン神。

 我々は星座の概念そのもの。

 北斗()南斗()なのですから」

「そういえばそうだったな」


 と、言いつつ、北斗(黒い男)南斗(白の女)の2人はチェスを指している。


「……私はな」


 と、不意にモルガンが話し始めた。


「この時代を、黄昏の時代と呼びたい」

「黄昏……」

「ああ。

 セオドアのところには(タナトス)の使徒、レーベン半島に(モルガン)の使徒がいて、まだまだ神々の力は隆盛だ」


 しかし、とモルガンは続ける。


「しかし、オルビス大陸中南部で新たに興ったという一神教が広まったり、人々のそもそもの信仰心が強まれば、我ら神々の力も損なわれる」

「そうして、いつか神々の予定調和の外から、それを壊すものが現れるだろう。」


 

「――そうして起こる新時代――

 それを、私は極夜の時代と呼びたい」


 

「極夜――」


 南斗が、呟くように言う。


「そうだ。

 神々の取った航路から自ら外れ、人々はどこかわからぬ世界に放り出される。

 しかし、いつか朝が来る。

 そうして、神々から脱却した、人間の時代が来るのだ」


「そんなものを、本気で信じておられるのですか」


 と、北斗が言う。

 モルガンは、それに笑う。


「信じられないか、北斗」

「ええ」

「今にそれは起きるぞ。

 我々の視界の外からな。

 人間の時代が来れば、私は神をやめて人間になってやるからな」

「……そうですか」


 北斗は呆れたように言う。


 



 ――黄昏は、未だ終わらない――

 ……こうして見てみると、かなりファンタジーというか、ご都合主義感がありますね。

 あと読み返してみると長い。1万5000文字近くありますねこれ。


 この物語はもちろん「ジークがいなければ」という分岐の話になります。

 本編でも言及した通り、この場合ジグラトを統一するのはセオドアということになります。

 しかし彼もうまく行かず、国はすぐに崩壊することになる……


 そういう話に加え、前半ではヴェルト、後半ではサラを主軸にした物語になっています。

 ヴェルトは生き残らせる道が見つからず泣く泣く瞬殺させたのを覚えていますね。

 ヴィルは、まあ仕方ないです。


 さて、初期案というか物語を通してヴィルの強さの理由がわからないという状態だったので、初期案では神の力というチートパワーということにして解決しようとしていたんですね。

 しかしどう考えてもこじつけなので本編ではそこを端折っています。


 あと「使徒」という概念。

 これは明言していないだけで、本編にも登場しています。

 ロンディニウムの陣の時に出てきた北斗と南斗がそれに該当します。

 神の力を持つもの、代行者という立ち位置ですね。


 そして「神の支配から脱却する」という本編でのジークの立ち位置というのもこのifで明らかになるわけです。

 正直神とかなんとか言い始めるとオカルトになっちゃうのでやりたくないんですけど、裏設定としては存在します。


 さて、こんな長い物語を読んでいただき感謝です。

 またお会いしましょう。

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