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極夜物語  作者: 昆布
第6節 覇王
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第6項11節 同じ穴の狢


 ――11月5日。


 水都から出発した、ヴェルト率いる別動隊100は、守備する兵すらいないクレオスに入城した。


 クレオスの住民たちは水都の住民たちと同じくグングニルを歓迎した。


 ヴェルトはそれを見て、セオドアなる男はなぜここまでに人望が無いのだろうか、と考え始めた。

 

 ――粛清をしたから?

 おそらく、それが主な理由だろう。

 しかし、同じく貴族たちを粛清したジークはガイウスの民たちから歓迎されている。


 となれば、どこかでセオドアとジークの違うところがあるのだろう。

 ライト将軍に訊くと、彼はこう言った。


「……綺麗に見えているんだろう、ジークフリートのほうが」

「綺麗に――?」

「……セオドアは謀略によって成り上がった"梟雄"としてのイメージが強いが、ジークフリートは"英雄"としてのイメージが強い。

 だから、人々は清廉に見えるジークフリートの方を好むのだろうな」


 ライトはそう言うが、その顔は俯いていた。


「……嬉しくはなさそうだな、ライト将軍」


 すると、ライトの瞳がようやくヴェルトを捉えた。


「……民たちはな、夢を見ているんだ」

「夢――」

「ああ。

 実物を知っているから、それを忌避する。

 実物を知らないから、幻想を欲しがっている。」

「ライト将軍――」


 ヴェルトは、ライトの言わんとすることをすぐに察した。

 しかし、互いにそれ以上の話をすることはなかった。


 ――翌6日未明。


 ヴェルトらはクレオスを出発してクレオス川を渡りはじめた。


 サンドブルクの丘までは、約半日かかる。


 ………………


 11月6日明朝。


 クレオスが陥落したことを早馬の報せによって知ったセオドアは、総攻撃を決意した。


「皆聞け!」


 と、セオドアは300の騎士たちに向けて叫ぶ。


「我々は卑劣なるジークフリートの(はかりごと)によって水都とクレオスを失った!

 我々に、もはや帰る場所は無いのだ!」


 ――しかし、とセオドアは叫ぶ。


「ここでおとなしく降伏など、誉れ高きガイウス騎士の名折れではないか!

 今から私は敵軍へ突撃を仕掛けて玉砕する!

 無理強いはせん、私と運命を共にせんとする者だけ私についてこい!」


 騎士たちの中で軍勢から離脱するものは、一人としていなかった。


「――皆、ありがとう。

 では行こう、我らの誇りを貫くために!

 我らの生きざまを刻むために!」


 おお、と言う兵士たちの叫びが、辺り一帯にこだました。


 ――こうして統一戦争最後の会戦、「サンドブルク決戦」の幕が上がるのであった――


 ………………


 ――地響きで、目が覚めた。


 幕舎に、サイラスが飛び込んできた。


「サイラス、これは何の音だ」

「敵軍が、総攻撃を仕掛けてきました」

「総攻撃だと――?」


 幕舎の外に出ると、丘の麓にガイウス軍がさっ到してきている。


「落ち着いて対処しろ。

 落ち着けばこんな小兵蹴散らせる」

「はっ」


 と、サイラスらに伝えたものの、どうにも押されている。


「どうなっている――?」


 ………………


 ――サンドブルクの丘、第一陣――


 日本風にいえば、曲輪、とでもいうべきその陣には、セオドアが自ら率いる精鋭部隊、黒騎士隊(シュヴァルツ)が押し寄せている。

 その相手をするのは、ディアス率いる二番隊である。


「おらおらおらぁ!

 ガイウス騎士団は強兵揃いって聞いてたけど、この程度かぁ?!」


 と、ディアスは得物の斧槍(ハルバード)を振り回す。


 セオドア直属、漆黒のサーコートを着た黒騎士隊(シュヴァルツ)の騎士といえども、彼の暴れっぷりには手を付けられない。


「ええい、なんだこいつは!

 囲め囲め!」


 と、騎士たちが騎士らしからずディアスを取り囲んで一斉に襲いかかるが、ディアスは斧の部分で敵を薙ぎ払う。


「へっ、てめえらごとき、ヴィルの兄貴に比べりゃ屁でもねえや!

 まるで、なんだ、月となんとか――」

「月とすっぽんよ!

 というかそもそも意味が違う!」

「そうそう、それだ!

 ケリーは博識だな!」

「馬鹿言ってないで戦いなさいよ!」

「戦ってんだろ今」


 などとディアスはケリーと軽口を叩く。

 ケリーはいつもの弓ではなく、剣を抜いて戦っている。


「そういやお前弓はどうしたんだ」

「敵に切られたのよ」

「ええー、もったいないな」

「もったいないって何よ……」


 と、この2人は余裕綽々であるが、戦況そのものは芳しくない。

 この2人ですら、平然としながらじりじりと後退していっているのだ。


 形勢は次第に、ガイウス勢に傾きつつあった。


 ――まずいな

 

 ディアスも、その上の陣地から様子を見ていたレイモンドも、さらにその上にいたジークも、そう思っていた。


 日は、直上に来ていた。

 正午である。


 不意に、ジークの隣にいたサイラスが、声を発した。


「あれは――」

「……?」


 彼の視線は、下でなく、地平の方を見ていた。

 不思議に思って、サイラスの目線の方を見た。







 


「………………軍勢?」


 それは、ジークにとっては全く想定外の援軍だった。


 ヴェルトの別動隊である。


「……生きていたのか、伍長」


 ぽつりとジークが呟いたのを、サイラスは聞き逃さなかった。


 ………………


「間に合ったようだな」

「これからが勝負だぞ、ヴェルト」

「わかってる。

 全軍、突撃だ!」


 ヴェルト率いる別動隊100は、敵の背後に向けて突撃した。


 しかし、セオドアはジークとは違い南部の状況はわかっていたから、ヴェルトの軍に対しての保険はしてある。


 このヴェルトに対応したのは、ガイウス騎士団の先鋒、サラエボ・スミス率いる第3軍である。


「あのオレンジの髪――父上、あれは邪竜騎士団のライトではありませんか」


 と、サラエボ卿の息子の若武者ダグラスが指を指す。


「なんと、本当にライトではないか。

 ダグラス、奴は私がなんとかする。

 お前は敵将をやれ」

「はっ」


 しかし、ヴェルトのほうに向かおうとしたダグラスの前を、ある人影が遮った。


「……なんのつもりだ、端女。

 貴様は団長から追い出されたのではなかったのか、引っ込んでいろ」


 その人影とは、セオドアに逃げるよう言われていたはずのゾーイだった。

 ゾーイは、ダグラスに言う。


「あの敵将の首は、私が。」

「何……?

 貴様、おれの手柄を取るつもりか」


 ゾーイは首を振る。

 

「……これは、私なりの、恩返しです」


 ダグラスは、それを聞いて黙った。


「なら、止めんさ」


 ………………


 丘のてっぺんから様子を見ていたジークは、この機会を逃さず、総攻撃を指示した。


「皆、かかれ!

 今こそ攻め時だ!」


 と叫びつつ、ジークも剣を抜いて馬に乗る。


 丘から、一番隊、二番隊、三番隊が一斉に駆け降りて来て、ガイウス軍を襲う。


 ――形勢は一気に逆転した。



 戦場の中で、ジークは同じく馬に乗った、漆黒の鎧を身に纏っている将軍を見つけ出した。


「――貴公、ガイウス騎士団団長セオドア・ブラックモア公であろう!

 我こそはジグラト王国摂政にしてグングニル総長、ジークフリート・アテーネである!

 貴公に一騎討ちを申し込む!」


 その将軍はこちらに馬を向けて、叫んだ。


「面白い、良いだろう、ジークフリート!

 その一騎討ち、乗った!」


 ………………


 2人は下馬して、剣を抜き払って構える。


 彼らを両軍の兵士たちが囲んで円を作っているが、無粋にもその円の外側では戦の喧騒が聞こえている。

 まるでここが彼らだけの聖域かのようである。


「……はじめましてだな、ジークフリート」


 と、セオドアは口角を上げる。

 

「そうだな、セオドア公」


 セオドアはジークの言葉に鼻を笑わせた。

 

「公など、そんな肩書きはもはや意味は無いだろう。

 ただ、今の私はセオドアだ」

「……ならば、俺のこともジークと言ってくれ、セオドア」

「わかった、ジーク」


 と、ジークはすぐに、彼がもはや生きることを諦めている人物なのだということを悟った。


「斬り合いでもしながら、話をするとしようか、ジーク」

「ああ」


 と、ジークは剣を霞の構えに構えた。


 セオドアは突きを繰り出す。

 ジークはそれを打ち落として、逆に突き返す。


 セオドアはそれを避け、ジークの横に滑り込むように踏み込み、振りかぶって斬り下げた。

 それは受けられ、鍔迫り合いになったあと、2人は弾かれるように後ろに飛ぶ。


「やはり――」


 と、セオドアは口を開いた。


「やはり、お前はこのあと王になるのか?」


 ジークの動きが、止まった。

 

「図星か?

 ふふ、英雄を気取っていても所詮は権力に目が眩んだ俗物か」

「貴様に何がわかる」

「わかるさ。

 お前は私だからな」

「は……?」


 顔の引き攣っているジークの顔を見ながら、セオドアは言う。


「権力が無ければ何もできん。

 それは私も知っている。

 いくら崇高な理念を持っていても、やはり権力が無ければそんなものは幻想に終わる」

「……」

「しかし、権力を握るのは簡単なことではない。

 権力の過程で、必ず汚れたものを掴まなければならない」

「何の話を――」

「お前もそうだろう、ジーク?

 お前も私も同じだ。

 権力のために、多くの人々を手にかけた。

 この手は血にまみれている。

 お前と私は、同じ穴の狢(どうるい)なのだよ」

「……それが、どうした」


 いやいや、とセオドアは手を振る。


「問題なのはその過程なんかじゃない。

 道のりなんざに意味はない。

 清廉でも暴政をすれば暗君、血にまみれていても仁政をすれば名君だ。

 ――つまり、どんな人物であれ権力を手にした後に何をするかによって評価されるべきだという話だよ。

 お前は友を殺し、我らを殺して、この先どうするんだ?それを聞きたい」


 それは、とジークは少し沈黙してから、言った。


「二度とこの戦乱が起こらぬようにする」

「ほう、戦乱で苦しんだ民の救済、が最優先ではないのか」

「民を救済するよりも、戦乱を次に起こさない方が優先すべきだ。

 原因を取り除かなければ、今は良くてもいつかまた人民は苦しむ。」

「その結果、今を生きる民たちが苦しんでも、か?」





 

「………………やむを得まい」


 セオドアは、その回答を聞いて、鼻で笑った。


「本性を現したな、権力の犬めが。

 貴様は権力を手中に収めているかのように感じているかもしれんが、その逆だ。

 権力に操り人形にされているのさ。

 貴様は私と同類だと思ったが、見込み違いだったようだ。

 貴様の方が余程化け物だった。

 ここで死ぬがいい、ジーク」

「……話したいことは終わりか?

 ならば、もう無駄話は終わりだな、セオドア」


 両者は再び剣を構えて飛び込んだ――


 ………………


 ――ヴェルトは、とにかくがむしゃらに敵を斬り倒していた。


 ふう、と一呼吸して、周りを見回すと、ライト将軍の持ち場が敵の集中攻撃を受けていることに気がついた。


「ジンジャーさん、ここはいいからライト将軍の援護に回ってくれ」

「わかりました」


 と、ジンジャーは手勢を率いてライトの方へ向かった。


 それを見届けて前を向くと、ヴェルトの目の前にはメイド服を着た無表情の女――ゾーイ――が立っていた。


「……お嬢さん、また会ったね。

 トイルの時以来かな」


 ゾーイはそれに答えず、ナイフを2本取り出して両手に構えた。

 ヴェルトも剣に付いた血を払って、構える。


 ゾーイは飛び込んできた。

 彼女の斬撃を弾き、反撃する。

 しかし、それはもう片方に持ったナイフに防がれる。

 ヴェルトは後ろに飛び退く。


「このままじゃジリ貧だな……」


 ヴェルトは、剣を脇に構えて自分から飛び込んでいく。

 そして、大上段に振りかぶって彼女に向かって振り下ろす。


 しかし、両手のナイフによって防がれる。

 ヴェルトはそのまま剣に体重をかけてへし切ろうとするが、回し蹴りを食らってよろけた。


 ゾーイはよろけたところを逃がさずに斬撃を繰り出すが、ヴェルトは後ろに飛んで避けた。


 しかしヴェルトは焦ってしまった。


 左手で蹴られたところを押さえながら、近づいてくるゾーイへの牽制のつもりで片手で剣を薙ぎ払った。


 ――その刹那。


 ヴェルトの、剣を握ったままの右手が、宙を舞った。


 


「………………は」


 斬り飛ばされた右手に握られていた剣が、地面に突き刺さった。


 ヴェルトは、呆然としてそのまま硬直してしまった。


 ――そして、次に鮮血と共に地獄のような痛みが噴き出してきた。


「――ッ、あああああああああああああああ」


 左手で、斬り飛ばされたところを押さえるが、血は止めどなく流れる。


 そして、その間にもゾーイはヴェルトに歩み寄ってきた。

 ヴェルトは、尻餅をついた。


「あ――」


 ヴェルトは、目の前に立っているその麗人の顔を見上げた。

 やはり無表情。


 それを見て、少し口角を上げて、ヴェルトは目を閉じた。


 ゾーイは、そのまま彼の喉元めがけてナイフを突き刺そうとした――


 ――その時。


「ガイウス騎士団団長、セオドア・ブラックモア、討ち取ったり!」


 という叫びが戦場にこだました。


 ゾーイの手が止まった。

 ヴェルトも、それを聞いて目を開けた。

 ナイフは喉元の寸前で止まっていた。


 ………………


 ガイウス軍は、セオドアの戦死で四散した。

 

 セオドアの首を取り返そうとして最後まで抵抗したアントニヌスも、討ち取られた。

 第三軍のサラエボ、ダグラス並びに第四軍のラインの首は見つかっていない。


 ――ゾーイは、ヴェルトに止めを刺すこともせず、ふらふらとしながらどこかへ歩いて行った。


 ヴェルトは、駆けつけてきたライトたちによって止血してもらい、一命を取り留めた。


 ヴェルトは、すぐに馬に乗ってジークのところへ向かった。


 ――ジークは、屍の転がるばかりの戦場ではなく、近くのクレオス川の河原から夕陽を眺めていた。


「――ジーク、こんなところにいたのか」


 と言うと、ジークはゆっくりとヴェルトのほうに振り返った。

 その顔は、逆光でよく見えなかった。

 

「ああ、ご苦労だったな。

 ……"ヴェルト"」


 そこで、ヴェルトの顔が引き攣った。


「……ジーク」

「今回の活躍も見事であった、ヴェルト。

 お前には相応の褒美をやらねばならんな」

「……ジーク」

「そうだ、お前をファブニルの領主にしてやろう」

「ジー、ク」


 ん?と、ジークは言う。


「どうした、ファブニルでは不満か?

 ヴェルトは何が欲しいんだ?

 まさか、玉座とは言うまいな」


 ヴェルトの顔は、すっかり青ざめていた。

 それで、数十秒も黙ったあと、言った。





 

「……いえ、私にはファブニルも勿体のうございます、"陛下"」

「ふっ、陛下などとやめてくれ、ヴェルト。

 まだ即位していないからな。

 そういうのは王都に凱旋して、即位してからにしてくれ」

「はっ、失礼しました。」


 ヴェルトは、その場に跪拝した。

 ジーク――いや、ジークフリートは、ヴェルトに歩み寄り、肩をぽんと叩く。


「なんだ、右手を負傷してしまったのか」

「……はっ、不覚にも」

「そうかそうか。

 療養のこともあろう。

 即位式以降、宮中に参内しなくてもいいぞ。」

「……閣下、それは」

「遠慮するな、ヴェルト。

 お前はファブニルにおれ」

「………………はっ」


 ヴェルトからは、逆光でジークフリートの顔が見えなかった。

 

 けれど、だいたい彼がどんな顔をしているのかは予想がついた。


「閣下の、仰せのままに」

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