第6節10項 決戦前夜
――さて、グングニル本隊がサンドブルクに陣を張り終えた頃になって、クレオスからガイウス騎士団が到着した。
「……遅かったか」
と、セオドアは丘を見る。
丘という名を冠しているその山は、頂上の辺の木々は全て伐られて、棚田――というのは日本的な表現だが――のように三段の陣地が構成されている。
そしてその周りを柵と土塁と堀切が囲っていて、まるで日本の戦国時代の山城である。
もっとも、ジークはこの砦を気に入ってはいない。
ジークの考える「城」や「砦」とは石を積んみ、側防塔を備えた城壁を持つ、中世ヨーロッパ的なものである。
"土"を削ぎ、それを盛って壁とし、城と"成"すなど、文字通り「砂の城」である。
……もっとも、"城"の成り立ちとしてはそれが根幹にはあるのだが。
しかしそんな認識を論じたところでどうにもならない。
ここにおいて重要なのは、それが城の役目を果たすかどうか、なのだ。
その点でいえば、セオドアはそこらの城壁のある城よりも、目の前のそれの方がよっぽど骨が折れそうだと思っている。
「……アントニヌス、これをどう見る?」
「はっ――」
と、アントニヌスは山を見回すと、苦々しく言った。
「これは、なかなか厳しそうですな」
「そうだな。
そも350フィート(約100メートル)の高さにあるという時点で攻めにくいというのに、その上三段の陣地。
一つ陣地を攻略してもその上、その上から更に射落とされる。
これはある意味でトイルの"レイブンウッドの三重防壁"の模倣だ」
「狙ってやっているとすれば、ジークフリート、やはりとんでもない男ですな」
「ああ」
仕方あるまい、とセオドアは呟く。
「力押しでは返り討ちに遭う。
取り囲んで補給を絶て。
兵糧攻めにするぞ」
「はっ」
――こうして双方睨みあい、戦況は3週間後まで膠着することになるのであった――
………………
時間は少し遡って10月17日。
グングニルの軍勢がサンドブルクに着陣する前日。
――ファブニル城――
「……本当に行くというのか、ヴェルト」
水都ガイウスへと向かう支度を進めるヴェルトのもとに、邪竜騎士団の生き残りでファブニル副総督のライト将軍がやってきた。
「命令だ、しかたないだろう」
「だが、しかし冬の西部海域に出るなど自殺行為だ。
どういうことかわからないが、こんなものは冗談だろう。あるいは――」
「……ライト将軍、俺はいい。」
「しかし――」
「俺は、あいつに付いていくと決めた。
今さらその信念を歪めたりできないよ。」
「……」
ライトは、そう言って準備するヴェルトを見て、ため息をついた。
「――ジンジャー、俺たちも出陣するぞ」
「しかしライト卿、総長からは留守をしておけと」
ライトと同じく邪竜騎士団の生き残りの女将軍ジンジャーはそう咎めるが、ライトは語気を強める。
「構うな。
ヴェルトを死なせるわけにはいかん。
俺たちも出て、ヴェルトを助けるぞ」
「ライト将軍――」
ライトは、ヴェルトのほうを向いて言う。
「……こんな生粋の騎士を死なせられるか。
ジンジャーもそう思うだろう」
すると、ジンジャーも同調する。
「……ええ、我々は国に殉じることもせず我が身かわいさでおめおめと生き残った恥知らずです。
それがあなたのような本物の騎士を助けられるなど、光栄の限りです」
「ジンジャーさん……」
ライトもその通りだ、と同意する。
「……わかった、皆で行こう」
かくして、ファブニル総督府から、グングニル別動隊200が出陣した。
……これと入れ替わるようにファブニルにある3人組がやってきて、ファブニル城下町で細々と生活していたベル・ブラウンと出会う。
しかし、それはまた別の話である。
………………
――西部海域は、予想通りの大時化であった。
ヴェルトはじめ兵士たちは皆、いまだかつて経験したことのない激しい揺れに酔ってダウンしてしまっている。
「うぷ……」
「ヴェルト、きつそうだな」
「ライト将軍はなんでそんなに平然としてるのかね……」
「そりゃあ邪竜騎士団の将軍としてあらゆる訓練を積んだからな。
船酔いを慣らす訓練もしているとも」
「さすが邪竜騎士団だな。
俺たちペーペーの成り上がりとは違わい」
と、ヴェルトは無理にでも笑って見せるが、ライトは眉尻を下げて言う。
「……休んでおけ。
俺とジンジャーでなんとかしておこう」
「わかった、ありがとうライト将軍」
ライトは口元を緩める。
そして、兵士たちのいないところでジンジャーと話す。
「この調子だと、一週間はここらへんをふらつくことになりそうかと」
「一週間か……
水都に着くより先に俺たちがくたばりそうだな」
「そうですね……」
と、ジンジャーはヴェルトらのほうを見る。
「あの人たちを見ていると、私も気分が少し悪くなって来そうです」
と、苦笑いした。
………………
――10月23日、明朝。
一週間の間大時化であった海は比較的穏やかになり、ヴェルトは船酔いも治ってきた。
しかし、10隻弱いたはずの船団は今や5隻近くまで減っていて、残りは難破したか脱落したらしい。
それぞれの船には20名ほどが乗っていたはずなので、単純計算で行くと100人程度を失ったことになる。
そして、なんとか生き残っている兵士たちの大半も、船酔いによって嘔吐やら下痢やらに悩まされ、正直戦闘どころではない。
「早いところ陸に上がりたい……」
と、弱音をこぼしながら、ヴェルトは甲板を歩いていた。
「………………ん?」
ヴェルトは、視界の端になにかを見た。
目を凝らしてよく見る。
「なんだあれ、灯台、ではないし……なんだろう?」
ヴェルトは眠っていたライトを起こし、あれはなんだろう、と聞いた。
ライトは寝ぼけながらそれを凝視する。
「……なんだ、あれは?」
「ライト将軍も知らないのか」
「ああ。船を寄せよう」
「わかった」
――そうして船を寄せると、そこが水都ガイウスの西にあるユリシーズ砦だということに気がついた。
ユリシーズ砦は今や無人の廃墟となっていたため、ヴェルトたちはここに入って療養することにした。
こうして、ヴェルトたちはガイウス領への上陸に成功したのである――
………………
――10月25日。
ひっそりとユリシーズ砦で2日を過ごして回復したグングニル別動隊100は、水都ガイウスへと出発した。
ユリシーズ砦から水都へは、騎馬なら丸1日ほどで到着することができる。
ヴェルトは水都に入れば少し休めると兵士たちを激励し、彼らと共に走って水都まで向かった。
――ガイウス騎士団第4軍のベイル・ダルトンが率いる水都駐留部隊はすっかり油断しきっていた。
まさか敵がサンドブルクのセオドアを抜いて水都まで来るなどと思っていなかったのである。
ベイルが市中での騒乱に気がついたときには、もう全てが遅かった。
グングニル100の軍勢は夜間にガイウス市内に進入し、ベイルをはじめとした駐留部隊を蹴散らして総統府を制圧した。
一夜明け、ベイルの首が広場に晒されると、市民たちは粛清続きだった独裁者セオドアの支配から脱出できたと喜び、グングニルを歓迎した。
――水都が"解放"されたのは、ガイウスの蜂起以来のことであった――
………………
――11月1日。
サンドブルクのセオドアのもとに、水都陥落の報せが届いた。
そして、水都を制圧した別動隊は現在水都からこちらへ向かってきているという。
それで、セオドアは敗北を悟った。
「クソッ、ジークフリートめ、そんな手を隠し持っていたとは……!」
セオドアは、敗北を自ら認めてしまった。決戦前にして、である。
しかし降伏はできない。
ファブニルでは降伏した将軍はもちろん、兵士まで皆殺しにされたという。
降っても、戦っても、待ち受けているのは死のみである。
「なれば、最期まで戦うまで、か……」
セオドアは、そう呟いて、後ろに控えているゾーイの方を振り向いた。
相変わらずの無表情であるが、その無表情を見て、セオドアは言った。
「……ゾーイ、お前は逃げろ」
これには流石のゾーイも目を少し見開かせた。
「……旦那様」
「もう私は旦那などではない。
そうだ、食い扶持に困るようなら私の遠縁のトラオム・ザクセンという貴族に紹介状を出してやろう。
ジークの王国では、今は貴族は有名無実化しているが、奴の王国はすぐに崩壊し、再び貴族が隆盛になるだろう。
そうなれば、ザクセン家も建て直すだろう。
泥舟ではないぞ」
「旦那様」
ゾーイは、旦那様、とだけしか言わないが、しかしその5字に万感の思いが込められているのだろう。
この女は、普段は無口で、ごく稀に口を開いても非常に口下手なのである。
それはセオドアが一番わかっている。
セオドアは、眉を八の字に下げた。
「……旦那様、というのなら命令だ。
この紹介状を持って王都のトラオム卿のところへ行ってこい。
その途上で俺が死んだのなら、トラオム卿に従うがいい」
「……」
ゾーイは目に涙を溜めながら、頷いて、紹介状を持って出ていった。
彼女が行ってから、誰もいなくなった幕舎で、セオドアは呟いた。
「……やはり、この人格破綻者に、天下など過ぎた野心だったかな」
――彼の名誉のために言及しておくが、セオドアは決して才覚のない男ではない。
彼は「アテーネ記」著者の一人であるベル・ブラウンをして「ジークフリートさえいなければジグラトを統一したのは必ず彼であっただろう」とまで言わしめる傑物なのだ。
異物は間違いなくジークフリートの方であり、セオドアは彼の尋常ではない、やはり異常なまでの才覚に呑み込まれただけの人物なのである。
事実、ジークは知らず知らずのうちにセオドアと全く同じ道を通っている。
手始めに、自分が指揮する精鋭部隊の創設。
反対勢力の一掃。
そして、自分に権力を集中させるシステムの構築。
ジークもセオドアも否定するだろうが、間違いなく彼らは似た者同士なのである――
次回で最終回となります。




