第6節9項 サンドブルク
10月18日。
ロンディニウムを出陣したグングニル300は、1日かけて郊外のクレオス川北岸サンドブルクの丘に進軍、着陣した。
「これが、サンドブルクか……」
思っていたよりも、サンドブルクの丘は大きかった。
というよりも、これは丘ではなくもはや山である。
標高は約100メートル。
むしろこれで丘だと言い張る某貴族家は無理があるだろうというレベルである。
「砂の砦」などと言うからはげ山なのかと思いきや、木々の生い茂る緑の山。
サンドブルクは、北の生まれの人間にはどれもこれも期待はずれのものばかりであった。
しかし、この山に陣地を築くのなら勝算は見える。
「さすがは高祖、見る目があるな」
「ええ、ええ。
それに、木々がうまいこと陣地を隠してくれる。
敵から見れば子供が"砂で"捏ねて造ったような、適当に拵えでもしない限りありえない速度で城が出来る――
砂の城、とは良く言ったものですな」
なるほど、そういう解釈もあるのですね――
と、エリーが手を打つので、皆彼女を見つめる。
「……なんですの?」
「いや、サンドブルクの本家なのに、姓の由来を知らなかったのか……?」
「いやもちろん知ってますわよ。
けど、砂で城を築く、だなんて馬鹿らしい話だなあ、と常々思っていたのですわ」
「そうか……」
それよりも、とエリーは言う。
「総長、ここにどのような感じに城を造るのですか?」
そうだな――と考える。
「こういうのは、伍長が向いているんだが」
「……」
伍長は、既に王都の予備部隊を連れてファブニルに入った。
近く水都へ向けて出撃するだろう。
「仕方ない。
俺が建築の指揮を取る。
兵たちは物資運搬に一番隊と三番隊、土木作業に二番隊が担当してくれ」
「了解しました」
こうして、グングニルはサンドブルクの丘に城もとい砦を建築しはじめた。
しかし、その様子を目と鼻の先の位置のクレオスにいるセオドアが見逃すはずもないのであった――
………………
――クレオス――
「……そうか、わかった。
ご苦労だった、ゾーイ」
と、漆黒の鎧に真紅なマントを羽織った男の言葉に、メイド服の無表情の女はお辞儀をする。
――セオドア・ブラックモア。
黒髪にグレーの瞳に、鼻筋の整った顔つき。
40代に入ったというのに、この男は30手前ほどのような若々しさを保っている。
美少年として知られていたこの男は、身長が170センチに届いていないことぐらいしか見た目に欠点がない。
そんな彼だが、「漆黒将軍」の仇名通り――彼の仇名はその鎧の色に依るものなのだが――、その行いはどす黒い。
手始めに、自分に刃向かうクレオスの貴族をメイド服の女――ゾーイ――に命じて暗殺させ、クレオスを所領とした。
そして、それに連動して水都の反セオドア派貴族連合が蜂起したが、しかしそれらを鎮圧し、皆殺しにした。
しかし、その影響でガイウスはトイル以北の領土を失陥した。
そのためにセオドアは激しい追及を受け、国内で反乱の兆しが見えはじめた。
セオドアはそれらの過激派をすべて粛清し、終身独裁官の地位に就いた。
つまり彼は粛清に粛清を重ねて独裁体制を確立させ、今の地位にいる。
よくよく考えれば、ジークと同じような立場にいる人間である。
違う点といえば、ジークは農民からの叩き上げ、セオドアは名門騎士の家の出。
セオドアは将軍らを家臣団と認識しているが、ジークは幕僚らを仲間と認識している。
……もっとも、ジークの意識は少しずつ、セオドアに似てきているようであるが――
さて、そんな彼の「家臣団」を紹介しよう。
――アントニヌス・バーナム。
セオドアの右腕にしてガイウス騎士団副長兼第2軍の長である。
――サラエボ・スミス。
ガイウス騎士団第3軍の長で、ガイウス騎士団の先鋒を務めている。
――サラエボの嫡子のダグラス。
――ライン・ミレトス。
ガイウス騎士団第4軍の長である。
――ベイル・ダルトン。
さる名家の出で、故あってラインの元にいる。
以上が、ガイウス騎士団の将軍らである。
この中で、ベイルだけは水都に居残りをしている。
クレオスに残る兵力は300。
グングニルと互角である。
「……しかし団長、敵軍が本当に300などあり得るのでしょうか?
数か月前――遠征直前まで、敵軍は700近い軍勢を誇っていたはず。
一夜にして400の兵が消えるなど――」
と、サラエボが言う。
「しかし実際消えたのだ!
一夜にして、700の軍勢が300に減っていた!
それは事実なのだ!」
「まあまあライン卿、そう怒鳴るな。
そのように語気を怒らせてもどうにもなるまい」
「もともとこういう喋り方なのだ!」
と、ラインは怒鳴るように言った。
すると、弱冠19歳であるダグラスが声を発する。
「目に見えている軍勢――サンドブルクの300の軍勢は囮、ということも考えられるかもしれません ね」
「その通り!
ダグラス殿は若いのによくわかっておる!」
と、ラインは笑う。
「ライン卿、笑い事ではござらん。
倅の言うように、本当にジークが400近い伏兵を仕込んでいるのなら、とんでもないことですぞ」
などと諸将は言っているが、セオドアからしてみれば疑問である。
ジークの性格上、700もの兵がいれば奴は必ずクレオスまで攻め込んでくる。
それもせずに1ヶ月もロンディニウムに留まり、今さらサンドブルクに着陣とは、よくわからない。
もしかすると、本当に奴は400もの兵を失ったのではないだろうか――?
そう思ってやまない。
……というか、そうでもしなければ辻褄が合わないのだ。
もしそうなら、だとするならば、打つ手は――
セオドアは、立ち上がる。
「皆、出陣だ」
将軍らはざわめく。
「しかし団長、不安な点が多すぎるのでは?」
「その通り。
時期尚早では?」
「……いや、むしろ奴らがサンドブルクに陣を張り終わる前に潰さなければ長期戦になる。
今しかない」
「……はっ」
将軍らは、すこし不満もありそうだったが、しかしセオドアの言葉に従って出陣の支度を進めた。
「ゾーイ、お前にもやってもらうことがある」
「……」
ゾーイは、黙ってお辞儀をして、立ち去った。
――結局、あの女は何者なのか。
ここにいる将軍たちも、アントニヌス以外は彼女の本当の使い道を知らない。
皆、――戦の前だというのに閣下も物好きだ――などと考えているのだ。
……まあ、その使い道がない訳ではない。
彼女は顔つきもいいし、体も高身長でスタイルもいい。
しかし、セオドアは彼女をそういう目で見たことすらない。
ただひたすらに、彼女を暗殺者と侍従の2つの役目を果たすだけの存在としてのみ育成した。
……彼は、女に興味がないのかもしれない。
彼にあるのは、ただ自分の栄達、野望を叶えたいという思いだけなのだ。
自分の子孫の末路など微塵も興味がないし、そもそも子孫が自分の悲願を大成してくれる、など馬鹿らしいと思っている。
自分にだけにしか興味のない男。
それが、セオドア・ブラックモアなのだろう。




