第6節8項 詭計
レイモンドの報告によれば、グングニル700のうち、死者は約200。
重軽傷者も約200で、その中でも四肢のいずれかを失ったりして戦闘が出来なくなってしまった者は50名近くいる。
死者の内訳としては、一番隊がぶっちぎりで多い。
一番隊は半数である50名ほどが死亡している。
それに次いで二番隊。
これもほぼ半数が死亡。
総長直属部隊も50名近くが戦死。
三番隊は30名ほどが戦死。
副長直属部隊はもっとも被害が少なく、約20名の戦死。
今すぐ動かせる戦力は300ほど。
これとファブニル総督府のライトの持っている100、王都のロバートの100を合わせると500だが、これではクレオスのガイウス騎士団との決戦には不安がある。
……ガイウス騎士団はおよそ300ほどの戦力を擁している。
しかし、彼らはただの雑魚ではない。
ガイウス騎士団は成立戦争期に創設された、ジグラト王国の高祖ジュライ6世の近衛部隊に由来しているジグラト最強の呼び名高い歴史ある騎士団である。
彼らにとって、200の兵力差など真っ向勝負では無いに等しいほどの強兵なのだ。
少し前まではグングニルは彼らに負けるとも劣らぬ強兵だと思っていたのだが、先の戦で全くその威勢は喪失してしまった。
せめて、相手の意表を突くようなものがあれば――
………………
ジークは、焦っているらしい。
それは、ロンディニウムに入ってからグングニル幹部の全員が感じていることである。
ヴィルとサラ、という2人のイレギュラーが要因なのだろうか?
わからない。
ロンディニウムに入ってからの彼は、もっぱら丘の上で湖を眺めて物思いに耽っているか、本陣に籠って何やら考え込んでいるかのどちらかである。
ここ最近、彼と接触を取っているのは伍長ことヴェルトと、シュナイダーだけである。
もっとも、先の戦で負傷していない幹部は彼らとケリーぐらいのものなのだが――
………………
「軍団を再編する」
と、本陣での会議でジークは言う。
「再編……」
伍長が呟く。
「ああ、先の戦でグングニルは半壊させられた。
これでは今まで通りの軍団を運営できない」
「具体的には、どうするので?」
と、シュナイダーが訊く。
「まず、総長直属部隊と副長直属部隊は解体し、1その兵士は各部隊に補充する」
「副長直属部隊は現状最も兵の損耗が少ない部隊ですが?」
「総長・副長直属部隊より前線に出る部隊の方が優先度は高い。
その代わり、副長直属部隊はファブニル・王都の計200の予備部隊で再編する」
「予備部隊を出すなら、総長・副長直属部隊は解体まで行かなくても人員削減でも運営できると思うが――」
「いや、伍長は別動隊としてファブニルから海路で水都を制圧してもらうから、ロンディニウムの部隊は解体する必要があった」
「なんと」
と、シュナイダーが洩らす。
海路で、ファブニルから水都へ――?
できないことはない。
しかし、ここからの時期は西海岸は荒れる。
水都の西ならなおさらである。
「……難しいか?」
「……」
伍長は黙り込む。
「難しいのはわかっている。
しかし、水都を制圧し、敵の補給を絶てば敵は大いに弱体化させられる。
これは伍長にしか頼めないことなんだ」
「………………わかった」
伍長は、ゆっくりと頷く。
「ありがとう、伍長。
俺は1ヶ月後にロンディニウムを立つから、伍長も1ヶ月後にファブニルを出陣してくれ」
「ロンディニウムを、立つ……?
どこへ向かうつもりだ?」
すると、ジークは地図のある場所を指差した。
「――サンドブルクだ」
「サンド、ブルク――」
伍長と、シュナイダーの目が見開かれる。
――サンドブルク。
成立戦争における転換点であるサンドブルクの戦いの舞台である。
……この地がさる貴族の姓と同じ名前なのは、偶然ではない。
そもそも、この地名がその貴族の名を冠しているのである。
――由来は、成立戦争期に遡る。
ガイウス王国(ジグラト王国の前身)のジュライ6世は強国ロードスによって追い詰められ、水都も喪って西のユリシーズ砦に立て籠っていた。
しかし、ロードスが北のオルギンと戦っている最中に豪族たちの協力で勢力を回復させ、サンドブルク――当時はスーデンブルクと呼ばれていた――の地でオルギンから引き返してきたロードス軍と決戦となった。
その時ジュライ6世に協力し、"砂で"サンドブルクの丘の上に砦を築いてガイウス軍の勝利に貢献した豪族がいた。
その者は戦後にジュライに爵位と「砂の砦」の姓を与えられた。
それがサンドブルク家の始祖である。
「伝承通り、サンドブルクの丘に砦を築く、と?」
「ああ。
城壁のないロンディニウムではどうしても敵の攻撃を防ぎきれない。
だから、サンドブルクに陣を張って野外決戦を挑む」
「なるほど、サンドブルクの丘なら縁起も担げて良い。
私は同意しますよ」
「なら、そういう手筈で進めよう。
伍長、頼むぞ」
「わかった」
と、伍長は本陣を後にした。
シュナイダーは、それを見届けて、言う。
「……本当によろしかったのですか?」
「何の話だ?」
というと、シュナイダーは笑う。
「いえいえ、なんでもありませんよ。
――しかし、我が主も人が悪い。
この機会にヴェルト殿を消そうとなさるとは」
「人聞きの悪いことを言うな」
と、ジークはシュナイダーを睨む。
「……伍長の実力は、俺もお前も知っている。
グングニルの皆も、敵であるセオドアも知っていることだ。」
「彼自身にその気はなくても、彼はファブニル総督で各方面にも顔が広い。
いつか寝首をかかれるかもしれない――と?」
「……伍長は、強すぎるんだよ」
ジークの顔が翳る。
シュナイダーには、本気でジークがヴェルトに申し訳なく思っているように見えた。
「……我が主、まさか本気でヴェルト殿に気の毒と思っておられるので?」
「そりゃあそうだろう。
伍長とは長い付き合いだからな」
「……」
シュナイダーは、初めて人を気持ち悪いと思った。
この男は、自分で手を下すわけでもなく、人に死にに行けと指示して、その上死なないで欲しいと本気で思っているらしいのだ。
「――シュナイダー、実はな、俺はディアスも恐い」
「ディアス殿が――?」
「ああ。
あいつは奴を、ヴィルを思い出させる。
戦をしている今はいいが、平和になった後が恐い」
「ほう……では、レイモンド殿はどうなのですか?」
「レイモンド?
ああ、あいつも確かに曲者だが、メリアさんと俺はいずれ結婚する。
だから安心できる」
「なるほど」
シュナイダーは、いよいよ恐怖しはじめた。
おそらく、自分も戦後、身の処し方次第では粛清される。
ヴェルトやディアスなど恩顧の臣ですら恐い、処理しておきたい、などと今から考えているような男である。
むしろ自分が死なない理由がない。
シュナイダーは、今さらになって本当にこの男に命を預けて良かったのだろうか、と思い始めた。
1日で1話書いて投稿しての繰り返しをしているので多分追い付かなくなります。
この物語もあと数話で完結なので、気長に待っていてください。




