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極夜物語  作者: 昆布
第6節 覇王
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第6節7項 嵐の後の静けさ


 ――かくて、ジークフリートの統一事業は、一時頓挫した。


 ………………


 "ロンディニウムの陣"から、一夜。


 生き残っているグングニルの幹部らは、被害確認に、兵士たちは町中に散乱する死体の処理に追われていた。


 グングニルの臨時拠点にしている建物に、ヴェルトがやってきた。


「伍長、そちらの部隊の損害はどうだった」


 伍長は、顔面蒼白としながら言う。


「……全200名中、23名戦死、12人負傷だ」

「……そうか。それでもまだ被害は軽微な方だ。

 一番隊などは半分近くいなくなってたらしい」

「――」


 伍長は絶句している。

 当然だ。


 ヴィルとサラの2人ごときのために、グングニルは半壊したのだ。


「あいつらの首も未だに届かん。

 まさかまだ生きているんじゃないか」

「それはありえんだろう。

 話によれば背中をめった刺しにされたそうじゃないか。」

「ああ」

「めった刺しにされて生きていられるわけもない。どこかで死んでるさ」

「だといいが――」


 しかし、あの男が、そしてあの女が死ぬ、だなんて実感がまるで湧かない。


「……」

「……」


 お互いに、それはわかっている。

 けれど、お互いにそれは口にしない。


「――伍長」


 沈黙に耐えきれず、口を開く。

 しかし、その先の言葉は出てこない。

 

「……少し、外を歩かないか、ジーク」


 ………………


 市街地の北の丘の上から、2人は町を眺めている。


「――こうして見ると、なかなか良い町じゃないか、ロンディニウムは」

「そうだな。俺の見たところでは、この町には帝都の素質がある」

「それほどにか」

「ああ、もう少し手を加えれば、だがな」


 と、伍長は言う。


 ――余談だが、この小さな町は、統一戦争後の50年で、水都ガイウス、王都レーベンと比肩するほどの大都市に成長する。

 

 その要因は、戦争終結に伴ってジグラトの南北の人々の移動が活性化したこと、そしてアゾレス家の主導するジグラト~オルビス大陸間の貿易が拡大したことの恩恵を受けたというのが大きい。

 

 ……この町は、一時的にではあるが王が移ったこともあり、やがて「新府」とまで呼ばれるほどの栄華を誇ることになる。


 それらのことを踏まえると、やはり諸国を行脚したヴェルトの観察眼は確かだと言えよう。


 ――そんなことは置いておいて。


 ……ぼんやりとしながら、2人で物憂げに湖を眺めていた。

 普段は活発に行き来しているらしい船は、今日に限って一隻もいない。


 朝一番にアゾレス家と交渉し、ガイウス湖南部地帯に対しての輸送封鎖の協定が締結されたからである。

 

 アゾレス家は聡かった。

 ジークらを相手取りながらも、大陸との貿易による利権を一時的に失わせることになるからその分の損害賠償をしろ、と恐喝し、挙げ句にジークらが貿易に疎いと悟ると見込み利益の2倍近い金を請求してきた。


 ジークらは法外な金額に驚愕しつつも、アゾレス家を敵に回すとガイウスの強化に繋がること、そして相場を全く知らなかったことから、その金額に同意してしまった。


 今頃アゾレス家の当主マルクスは手を打って喜んでいることだろう。


 ……しかし、ジークたちにしてみればそんなはした金などより、今まで手塩にかけて育ててきた兵士たちが一晩で壊滅したことのほうが余程ショッキングである。


「首――」


 おもむろに、ジークは呟く。

 伍長が、ジークの方を見た。

 しかしジークは止まらなかった。


「伍長、兵を寄越す。

 あの2人の首を持ってきてくれないか」

「ジーク」

「なあ、首さえ、首さえあれば、俺は――」

「ジーク!」


 もはや聞くに堪えなかった。


 今のジークにあるのは、衝撃だとか怒りだとかとは全く別のものだろう。


「ジーク、もうあいつらはいい、いいんだ……」

「……それは」


 と、言いかけて、やめる。


 ――主殺しや虐殺をしたジークすら殺せなかった男が、奴らを殺せるものか――


 言えるはずもなかった。

 それを言うと、伍長がどうなるのかわからない。


 つまるところ、彼は自分の罪を忘れるふりをして、自分の手が汚れるのから逃げたいのだ。

 王を殺した、貴族らを大粛清した、レイドス伯を殺した、戦友を死なせた、ノーザンブルクでの虐殺を止められなかった、ファブニル人を虐殺した。

 

 けれど、彼はその事実を直視できない。


 それに比して、ジークはこれ――自身の行った悪行の数々――を直視している。

 その上で、自分が正義なのだと、ジグラトを一統するにはこれしかないと信じている。

 これこそが、ジークが英雄たる所以だろう。


「あいつの首がそんなに欲しいのか」

「……奴のせいで、ジグラト統一は大きく遅延した。

 今のやつらは、ただの敵だ。

 俺のじゃなく、戦争で苦しむ民たちの、な」


 自分でも驚くほどに、冷たい声が出た。

 かように冷酷な声色が出たのか、と内心驚いた。


 しかし、伍長の顔色は変わらない。

 ジークの声色は、ずっと前から、今出たそれと同じだったからだ。


「……逃げるとしたら、ファブニルだろう」

「ファブニルか」

「ああ。今のファブニルは混沌を極めている。

 かろうじて治安が保たれているのはラズぐらいだ。

 総督府のあるファブニル城下でさえ、駐屯所以外の区画はこちらの権限が及ばん裏社会だ」

「それほどにか」

「ああ」


 それもこれも、ジークによる"ファブニル大虐殺"――「アテーネ記」ではジークに遠慮して"ファブニルの大火"としているが――によって反ジークの風潮がファブニル城周辺地域に強く根付いたためである。


 ファブニル総督府が襲撃を受けていないのは、ヴェルトが邪竜騎士団の生き残りで、特に民たちからの支持があったライトとジンジャーを重用し、そしてファブニル人に寛容な政策を敷いているからである。


 ……それ以外の理由がないわけではない。


 このような言い方はよくないのだが、"ファブニル大虐殺"によってファブニルの人口が激減したことで、生き残った民たちには食糧が行き渡るようになった。


 その事実を知りつつも、ファブニル人たちは生きるために総督府による食糧の配給を受けている。

 その事実を知りつつも、憎むべきグングニルの恩恵を受けている。

 もう、ファブニルには組織的に蜂起する余力はない。


 しかし、ファブニル人は腑抜けになったわけではない。

 地下ではファブニル国の復活を、もしくはグングニルの排斥を目論む不穏分子が潜伏している。


 そういう場所にヴィルやサラが入ったら、とんでもないことになりかねない。


 ………………


 ……景色を見て、少し落ち着きを取り返した。

 それで、伍長に言う。


「伍長、もうあの2人はいい。

 けど、ラズには関所を設け、ファブニル城でも身元確認を取るようにしてくれ」

「わかった」

「すまないな、俺も冷静さを失っていたらしい。

 あいつらの事は忘れるよ」

「……ジーク」

「いいんだ、伍長。ありがとうな」

「いや……」


 伍長は、じゃあ総督府に早馬を飛ばしてくる、とその場を後にした。


 一人残って湖を眺めながら、誰にともなく言う。


「……シュナイダー、いつまでそこにいるつもりだ」

「ンフ、さすが我が主。

 いつから気付いておられたので?」


 と、木陰からシュナイダーが出てきた。

 

「最初からいただろ、お前」

「いえいえ、誤解ですよ、それは。

 私は主より先にここにいて景色を見ていたのですからね」


 ふん、と鼻を笑わせる。


「まあいい。

 それよりも、あいつらの首尾は掴めたか?」

「いえ、それがロードス近郊で濃霧が発生し、振り切られました」

「濃霧……」

「ええ、濃霧です。

 ……しかし、妙ですね、今の時期は霧が出るような気候でもありませんのに」

「気候は仕方ない。

 これからはロードス以西を探して回れ」

「はっ。

 しかし、ヴェルト殿とあのように話しておりましたが、大丈夫なので?」

「構わん。

 伍長には騙して悪いが、俺を裏切ったあいつらは、なんとしてでも殺さなければならん」

「……承知しました」


 ――トイル攻略戦での若武者が、この2年でよくもここまで狡猾になったものだ、とシュナイダーは思った。

ストックが尽きました。

今後はまた更新が遅れるかもしれません。

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