第6節6項 神殺し
――どれだけやられた?
もはや、そんなことはわからない。
月夜の中、自分の衣に、チェインメイルに、体中についている血は、誰のものなのかすらわからない。
……サイラスは、最初の方に斬られた。
呆気ないものだった。
そこらの雑兵でも斬り捨てるかのように、斬られた。
あの人は楽だ。
味方なぞいないのだから。
周りにいる人間は誰でも構わず斬り捨てていいんだから。
こちとらそうも行かない。
味方を間違えて斬らぬように、敵か味方かを識別しないといけないというのに。
合言葉を言ったら斬られるという理不尽。
「くっ……誰か、今どうなっ――」
――刺された。
今、確かに脇腹を刺された。
「ぐっ――」
膝をつく。
刺されたところを手で押さえる。
傷は浅い。これは致命傷にはならない。
しかし、早く応急処置をしなければならない。
地獄の中を抜けて、そこらに転がる屍体の着ていたサーコートを破いて止血する。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
呼吸が荒い。
応急処置をしている時になって、それまで聞こえていなかった音が、ようやくが耳に入ってきた。
しかし、聞こえたのは、悲鳴だけであった。
………………
ヴィルは、人混みの中から、血まみれになって出てきた。
無論、自分の血ではない。
道を歩いてゆく。
後ろの兵士どもは、完全に戦意を喪失していた。
そうして歩いていって、ヴィルは、かつての親友の顔を見た。
「……ジーク」
「懐かしいな、ヴィル」
ジークは、坂の上の、少し階段の登ったところから、ヴィルを見下ろしている。
それを見上げるヴィルには、月光が彼の背にあるように見えた。
「ヴィル、お前にもう一度機会を与えてやろう」
「機会だと……?」
「ああ。俺と共に戦う機会だ。……なあ、ヴィル、一緒にジグラトを統一し、この戦乱を終わらよう?俺たちなら出来るだろう」
ふざけるな、と、ヴィルは絞り出すように言った。
「貴様は、リドニアの時も同じ事を言ったのか?」
月が雲に隠れる。
ジークの顔は見えない。だが、坂の上で、チェインメイルの擦れる音がした。
「……ヴィル、お前がリドニアのことを言うとはな」
「リドニアのことを忘れるものか。共に戦った仲間だ。なのに、お前はリドニアすら殺した――」
「お前に何がわかる!現実から目を背け、自分が、自分だけが綺麗でいたいがために逃げ出した貴様に、何が――」
「何を言う!これまでの全てが仕方のない犠牲だったと?自分が正義で、全てが正義のための犠牲で、全くもって私怨はなかったとでも?!ファブニルでの虐殺は、貴様の私怨によるものだろうが!」
「貴様にそれを語る権限はない!今さら現れて、正義の使徒を気取っても、貴様が逃げた事実は揺るがない!結局お前は、自分の命が一番の男なんだよ!」
「ジーク、貴様――」
と、ヴィルは階段を駆け上がる。
雲に隠れていた月が、再び現れ、2人を照らす。
ジークは、大上段でヴィルを待ち構える。
ガキン、という金属音と共に、火花が散った。
ジークは階段の上から一方的に斬り下ろす。ヴィルは受けに回るしかない。
これは不利だと悟ったヴィルはジークを蹴り、よろけたところに体当たりをかけて撥ね飛ばし、階段を登った。
これで、地理的には互角。
両者、再び飛び込む。
ヴィルの左逆袈裟を避け、右から左へ薙ぎ払って反撃する。
しかしそれは撃ち落とされ、突きが飛んでくるが、いなしてヴィルの右横に踏み込み、脳天を狙う。
が、それは避けられる。
ジークはヴィルの斬撃を耐えつつ、的確に反撃を繰り出していく。
ヴィルは、チッ、と舌打ちをする。
「仕方ないか……サラ!」
と、その時。
ジークの背後の影から、サラが現れ、素早く突きを打ち込んできた。
「なっ――なんだと――」
振り返る。
サラと目が合った。
相も変わらず冷たい目をしている。
横に飛んで避け、斬撃を繰り出す。
しかし、その細身の剣で受けられる。
「ヴィル貴様、卑怯であろうが!」
「卑怯なものか、摂政殿。貴様の部下は百人以上で俺にかかってきたぞ」
と、サラとヴィルはジークを挟み込む形を取る。
――逃げるか――?
などと考える暇もなく、2人は一斉に飛び込んでくる。
「ぐっ」
両者の斬撃と刺突を受け流し、避けていく。
しかし、反撃をする隙すらなく、受けに回るしかない。
むしろ、この二者を相手に耐えられている時点で誇るべきことだ。
――だが。
いつまでも耐えられるわけではない。
サラの刺突。
それを回避するものの、背後からヴィルが迫る。
咄嗟に剣で防ごうとするものの、サラの蹴りをまともに食らってしまう。
よろけたその刹那、ヴィルは眼前にいた。
「しまっ――」
「獲った」
ヴィルが、大上段から剣を振り下ろした。
「……………………?」
ヴィルの動きが止まった。
そうして、おもむろに、自分の脇腹を触った。
その手には、血が付いている。
「………………は?」
ヴィルは振り返った。
斬られたはずのサイラスが、這いながら、ヴィルに槍を突き立てていた。
「見たか、これがグングニルの意地だ……」
「貴様、この雑兵風情が――!」
と、槍を引き抜き、サイラスに剣を突き刺そうとした、その時。
ヴィルは、ジークに蹴り飛ばされた。
その先には、階段があった。
ヴィルの体は、ごろごろと階段を転がっていく。
ガシャガシャ、とチェインメイルが音を立てた。
そうして、ぐはっ、と血反吐を吐く音が響く。
「……ヴィル?」
サラは、呆然としている。
そうして、ヴィル、と叫びながら、ジークなど放って階段に駆け寄るが、そこにシュナイダーが立ちはだかる。
「……行かせませんよ」
「……どけ」
「いいえ、どきませんとも。」
「どけと言っている――!」
と、サラはシュナイダーに斬りかかる。
しかし、シュナイダーはサラの刺突の一つ一つを叩き落としつつ、反撃を繰り出す。
「ンフ、こう見えても私も騎士の端くれでして。剣技には多少の覚えがあるのですよ」
「……」
サラは冷たい目をしているが、しかし刺突の精度は先ほどよりも低かった。
「おやおや、集中できておらぬご様子。いかがなされたのかな?」
「……」
サラは黙って刺突を次々に繰り出すが、シュナイダーは軽口を叩きつつ、それを全て撃ち落としていく。
――この男、只者ではない。
サラはそのように感じていた。
………………
――ヴィルは、立ち上がれなかった。
恐らく、いくつかの骨が折れている。
10メートルは優に越すであろう高所から転がり落ちたのだから当然といえば当然である。
ヴィルは、それでも這って階段を登る。
「――ぐっ」
しかし、後ろから追いかけてきたグングニル兵に背中を刺され、ヴィルは止まってしまう。
「やれ」
ジークの号令と共に、兵たちがヴィルに群がってきて、一目散に彼の背に剣やら槍やらを突き刺す。
「ぐ……ジーク……必ず、殺して――」
ジークに向かって手を伸ばしていたヴィルだったが、ついにその手の力も尽きた。
「死んだか――?」
と、兵たちがヴィルを覗き込む中、サラが兵たちを蹴散らして飛び込んできた。
サラは、背に槍や剣の刺さったままのヴィルの躰を奪い、それを背負って走った。
しかし、ケリーの放った矢が背に刺さり、倒れ込んでしまう。
すると、そこに兵どもが寄ってきた。
「おい、女は殺すな。上玉だぞ」
「男はどうすんだ」
「そりゃあ首を斬り落として総長に献上するんだよ。因縁の相手らしいからな」
という兵たちの声が聞こえてくる。
サラはなおヴィルの躰を引きずって逃げようとする。
「おいおい、頑張って逃げてるぞ」
「眺めていよう、どうせ遠くへは行けれないだろ」
――と、その時。
黒い馬に乗った男と、白い馬に乗った女がグングニル兵を蹴散らして乱入してきた。
黒い馬の男は、サラと、ヴィルの躰の前で立ち止まる。
黒い馬の男が口を開いた。
「サラ・ウィンターとヴィルヘルム・ハボックだな?」
「……」
月が雲に隠れたので男と女の顔は見えない。
サラは、ヴィルの躰を抱きかかえた。
「そう警戒するな。私は君たちを助けに来た。事態は一刻を争う。ヴィルヘルム・ハボックはまだ手遅れではないが、このまま放置していれば死ぬ。だから、さぁ、乗ってくれ」
サラはこの男と女を訝しんでいたが、しかしそれ以外に手は無いと悟ったか、ヴィルの躰とともに馬に乗って戦線を離脱していった――
………………
――「ロンディニウムの陣」は、 王国暦206年の9月23日に起こった戦闘である。
主に、ガイウス軍とグングニル、そしてヴィルヘルムとサラの2名とグングニルの戦闘であった。
ジグラト統一を目前に控えていたグングニルだったが、この戦いで幹部級はことごとく負傷し、戦力の半数近くが戦闘不能になってしまった。
唯一その災禍を免れたのは敗走するガイウス軍の追撃をしていたヴェルトの部隊のみだったが、それも後方はサラと遭遇してしまい、2割ほどが死傷した。
これらの損失に対して、ヴィルヘルムとサラの両者は生死不明となっており、その首も確認出来ていないままだった――
――「アテーネ記」ジークフリート本紀より――




