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極夜物語  作者: 昆布
第6節 覇王
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第6節5項 Havoc

 

「うわぁっ」


 叫びが、夜闇に響く。

 レイモンドが訊く。


「どうした?!」

「た、隊長、化け物が、化け物が――」

「化け物だと――」


 皆が、その兵士の指の指す方向を見た。


 夜闇から、コツ、コツ、コツと靴音が響く。

 雲間から、月光が差した。


 その光に照らされていたのは、月白のサーコートを返り血に染め、手には剛剣を持つ男であった。

 

 その姿は、レイモンドには、見覚えがある。

 それは、かつてジークの親友(とも)であり、グングニル――いやジグラト最強を誇った騎士であった。


「……ヴィルヘルムさん」

「レイモンドか」

「いまさら、今更、何のつもりで――」


 と、呟く間もなく、グングニル兵が5人ほど、ヴィルに一斉に飛びかかった。


「待て――」


 レイモンドは止めた。


 ――が。


 その声の出る前に――一瞬にして、彼らの5つの胴は分断された。

 びちゃ、と。

 返り血がヴィルの頬に付いた。

 彼は、その返り血を気にも留めず、話し出した。


「レイモンド、ジークに会わせろ」

「ジークさんに……?」

「ああ。俺は、奴を殺しに来た」


 レイモンドは、息を飲んだ。

 しかし、すぐに目付きを鋭くして、言う。

 

「ジークさんは、殺させません。グングニルの総員で守ります」

「そうか――なら、皆殺しだ」

 

 彼に、グングニルと対話をする気はない――レイモンドは、即座にそれを悟り、誰にともなく叫んだ。


「――ッ、誰か、増援を本陣に要請しろ!」

「は、はっ!」


 そして、歩みを止めずにこちらへ向かってくるヴィルを見て、剣を抜き、兵に指示する。


「囲め!」


 ヴィルの周りを、数十名の兵たちが囲う。

 が、ヴィルの歩みは止まらない。

 立ち塞がるものを斬り倒しながら行く。


 後ろから斬りかかっても、まるで後ろにも目があるかのように避け、逆に斬りかかった側の胴が裂ける。

 受けに回っても、量産した安物の剣では剛剣"ハボリム"の斬撃に耐えきれず、持ち手ごと真っ二つにされてしまう。


 もはや、彼を止められない。

 レイモンドはそう思っていた。


「……」


 ――しかし、不意に、ヴィルが立ち止まった。


 眼前に、見慣れた唐紅のサーコートの騎士が現れたからである。

 ヴィルは、"ハボリム"の刀身に付いた血を払いつつ、口を開いた。


「……ディアスか」

「おう、ヴィルの兄貴。久しいな」


 と言いつつ、ディアスは得物のハルバードを、ヴィルはハボリムを構える。


「――フッ」


 と、呼吸の音と共に、両者の得物がぶつかり合う。

 火花が散った。

 月夜に剣戟の交わる男だけが響く。


 ハルバードで突く。

 払われる。柄を叩き落とされる。

 ヴィルはそのまま手首を返し、ディアスに向って切先から突く。

 それを避けて、ハルバードの斧の部分で、左逆袈裟のように薙ぎ払って反撃を繰り出す。

 が、相手は屈んで薙ぎ払いを避け、下から斬り上げる。

 柄で受ける。

 と、ヴィルはその柄を蹴り飛ばす。ディアスは自分の斧槍の柄を腹に食らいよろけた。

 よろけたところで、ヴィルは大振りに斬りかかる。

 ディアスは後ろに飛び退いて距離を取った。


「ヴィルの兄貴、ジークの兄貴を殺しに来たんだってな」

「……ああ」

「諦めな」


 ピクッ、とヴィルの頬が引き攣ったのがわかった。


「俺は、諦める訳にはいかない」

「理由を聞いても?」


 すると、ヴィルは少し顔を俯かせた。

 

「……奴は変わった。かつてのジークじゃない。俺は、これ以上奴のせいで民が苦しむのを見ていられない」

「そうかな。俺はあれが兄貴の本当の姿だったんだと思うけどな」

「違う。昔のあいつは、躊躇いなく人を殺せなかった。なのに、今は躊躇いなく、人を殺す。虐殺なんて、そもそも戦争だって、憎むべきものだと、とうに知っていたはずなのに――」

「そうか――そうだな。けど、兄貴は殺させない。どんな人間であっても、兄貴だけが、ジグラトをまとめられる器なんだ。俺は、大義のため兄貴を守る」

「そうか。……なら、俺は責任によって奴を殺す」

 

 両者は再び構えた。

 

 と、その瞬間、ヴィルの側頭部に矢が飛んできた。

 が、ヴィルはそれを手で掴む。


「な――」


 と、矢の飛んできた方から、ケリーの驚愕の声が聞こえてきた。

 ヴィルは、矢をパキッ、と片手で折り曲げてそこらに投げ捨て、ディアスに向き直る。


「無粋だな、ケリーは」

「ふっ、あいつは騎士じゃないのさ、根がな」

「腐っても猟師――と?」

「いや、奴はグングニルの二番隊副長なんだよ、きっと。仲間を救けることしか考えてねぇ」

「……」


 2人は構え直した。

 そうして、相手に再び飛び込んだ。

 

 ――が、勝負は一瞬で付いた。


 ディアスの突きはヴィルに受け流された。

 即座に後ろに飛び退くものの、ヴィルは大きく踏み込んで、ディアスを袈裟斬りにした。


 ディアスは、そのまま倒れた。

 ヴィルは自分の掌を見た。


「浅い……」


 そうして、ディアスを今一度見た。

 そこまで深く斬れていない。これでは致命傷にはならない。

 おそらく、彼が後ろに飛び退いたことで剣先の方だけで斬れたのだろう。


 ヴィルは、ディアスを見下ろした。

 彼はおそらく、失神しているだけで、死んではいない。


「………………」

 

 しかし、ヴィルは、彼にとどめを刺さずにその場を後にした――


 ………………


 ――グングニル本陣――


 ガイウス軍は簡単に蹴散らしたはずなのに、何やら騒々しい。

 まさか、厳禁である略奪でもしているのか――?

 と、レイモンドが飛び込んできた。


「レイモンド、この騒ぎはなんだ」

「じ、ジークさん、ヴィルさんです。ヴィルさんが現れました。現在ディアスは重傷、一番隊は四分の一、二番隊は半数以上が死傷しました。現在三番隊が食い止めていますが、いずれはここに来ます!」

「な――あいつの目的は?」 

「……目的は、ジークフリート・アテーネの殺害です」


 脚が震えだした。

 レイモンドも、ちらりとこの脚を見て、息を呑んだ。


「何としても、何としてもここで奴を殺せ。奴とて人だ。人ならば殺せる」

「はっ――」


 レイモンドは、本陣を離れる。

 それを見て、後ろに控えるサイラスに声をかける。


「サイラス」

「はっ」

「こちらも臨戦体勢を整えておけ」

「はっ」


 ………………

 

 ヴィルは歩いていた。

 歩く速度は一定。


 しかし、彼が歩いているだけで――いや、歩きながら兵士たちを斬り殺して行くだけで――もはや三番隊は半数が戦闘不能となり、機能不全に陥っていた。


「いやはや、これは、まさか、これほどとは――」


 シュナイダーは、珍しく狼狽している。

 ファブニル征伐すらも乗り越えた、精鋭揃いのグングニルが、この小僧1人に半壊させられている。


「俄には、信じがたい――」


 ――化け物が――


 シュナイダーは、三番隊を下がらせ、矢をあらん限り彼に撃ち込んだ。

 ヴィルはそこらの屍体から盾を取って、矢をすべてそれで受け止めながら進む。


「くっ、足止めすら叶わぬか――」


 ヴィルは、今や本陣の目前に迫っていた。

 

 と、ここで、レイモンドの一番隊の残存部隊と、サイラスの率いる総長直属部隊がヴィルの前に立ちはだかった。


「ヴィルさん、ここから先は、我々を倒してから進んでいただきたい」

「……サイラスか、随分と偉くなったものだな」

「……」


 ヴィルは、目の前に立ちはだかる数百ほどの兵を睥睨した。

 

「貴様ら全員を丁寧に殺していては、奴が逃げるだろう。悪いが、全員は殺せない」


 レイモンドの頬が引き攣る。それに対し、サイラスは真顔である。


「そういう話はしていないんですよ」


 ――そうか、とヴィルは呟いて、数百人の中に飛び込んだ――

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