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極夜物語  作者: 昆布
第6節 覇王
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第6項3節 ロンディニウム


「それじゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

「……うん」

 

 メリアさんたちに見送られて、グングニル主力部隊はオルギンから出立した。

 目指すはシュナイダーら三番隊が先に待っているトイル。

 

 トイルまでは、3日で到達する予定である。


 ――トイル城――


「お待ちしておりましたよ、我が主」

「シュナイダー、こちらは何も変わりないか?」

「ええ、ええ、何も。ここ数日、ロンディニウムの動向もありませぬ」

「そうか、わかった」


 と、話しながらトイルの公庁舎へと歩く。


「それで、出陣はいつになさるので?」

「今日の深夜だ。夜闇に紛れてできるだけロンディニウムまで近づく」

「承知しました。そのように兵たちに通達して参ります。我が主においては仮眠でも取られますように」

「そうするよ」


 と、一人で公庁舎へと歩く。


 ………………


 さて、出陣前に今回のガイウス征伐の作戦について整理しておこう。


 ――9月20日未明――つまり今夜の晩に、グングニル主力700はトイルを出陣する。


 ちなみに、グングニルは現在総勢900なのだが、ファブニル総督府とオルギンにそれぞれ100の手勢を残している。

 これは、言うまでもなく反乱の抑止のためである。


 ――そして、グングニルの軍勢は昼夜を問わずにロンディニウムまで走り抜け、奇襲を仕掛ける。


 ロンディニウムを占領すればあとはこちらのものである。

 ロンディニウムで少し休息を取った後は、クレオスのガイウス軍主力と決戦を仕掛け、これを撃滅する。


 その後水都ガイウスを制圧し、それで遠征は終了である。


 一世一代の賭けとも言えるファブニル征伐に比べるとかなり安心ではある。

 懸念点も全くない。

 

 ……というと嘘にはなるが、それは考えすぎだろう。


「……寝るか」


 ………………


 




 

 ――中南部ロンディニウム――


 ロンディニウムは、ジグラト最大の湖であるガイウス湖の北岸に位置する町である。

 

 この町は、トイルの名家アゾレス家がガイウス湖を利用した貿易をするための拠点があり、その恩恵を受けて小さいながらもそれなりに豊かである。


 そんな小さな町の小さな家の、1つしかないベッドの中に、ある男女が寝ていた。


「ん……」


 鳥のさえずる声で、女の目が覚める。


 ――その女は、美しかった。

 髪は茶色で艶があり、顔は小さく白い。奥二重でアンバーの瞳を持っていて、鼻筋は通っている。顔は幼いが、雰囲気はクールな印象を持つ。


「……」


 その女は澄ました顔をして、目の前で寝息を立てている男の額に口づけをした。


「んあ……」


 すると、男の方も、ゆっくりと目を覚ました。

 黒髪にブラウンの三白眼を持った、女に劣らない端正な顔立ちである。


「……おはよう」


 とだけ、女は言う。


「おはよう」


 と、男が返す。


「今日はいい天気だから、ご飯を食べたら外で稽古をしよう」

「わかった」


 と、2人はベッドを出て、朝ごはんの支度を始める。


「ああ、もうパンしかないや。後で一緒に市場に行こう」

「わかった」


 と、男が振り返ると、女の手に酒の瓶が握られているので、男は苦笑いした。


「……あと、酒だって安くないんだから、朝ぐらいは蜂蜜酒を控えて欲しいな」

「……わかった」


 女はクールな顔をしているが、目元はどこか不満げである。


「そんな顔しても駄目なものは駄目だ」

「……ケチ」


 などと言いながら、女は棚に酒を戻し、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。

 卓にはパンとスープしかない。


「……これだけ?」

「残念ながらこれだけだ」

「……そう」


 と、女はパンをちぎって一口食べた。

 それを見ながら、男は微笑んでいる。


 粗末な食事ではあるが、食卓は暖かい空気が包んでいる。


 ………………


 朝食を済ませた2人は、食材を仕入れに市場に繰り出していた。

 この市場はアゾレス家が管轄している場所で、日によっては大陸のものが並ぶこともある。


 ……アゾレス家は昔はトイルに拠点に貿易をしていたものの、現在ではロンディニウムでの貿易が主な収入源となっていて、本籍がトイルに置いているだけである。

 

 彼らはガイウス湖での貿易を専門に取り扱っていて、御三家に数えられる大家でありながら国政に参入していなかった。

 さらに大陸との貿易を一手に引き受けていたので、2年前の王都政変でもその影響を鑑みて特例的に権限を剥奪されず、唯一の「貴族家」となっていた。


 摂政ジークや水都のガイウス勢力といえども、アゾレスの管理するロンディニウムの貿易には手出しできない。


 それほどに、アゾレスの権限は絶大だった。


 ………………


 2人が市場を歩いていると、店頭にいた肉屋の女将さんが声をかけてきた。


「あら、ヴィルくんとサラちゃんの夫婦じゃない。相変わらす仲良しねえ」

「あはは、違いますよおばさん。まだ夫婦じゃあないんです」

「まだ、ってことはゆくゆくは夫婦になるってことじゃないの。ほら、手を繋いで歩いてるし」

「手を繋ぐぐらい普通じゃないですか。ねえ、サラ」


 と、男は女の顔を覗く。

 しかし女は耳を真っ赤にして俯くばかりである。


「ちょっとからかい過ぎちゃったかしら」

「そう、かもしれないですね」

「ごめんごめん。それで、何か買うかい?」

「ええっと……じゃあ、ソーセージをいくつか買います」

「まいどあり」


 男は、ソーセージを紐でくくって提げた。


「それじゃあ――」


 と、2人が店を後にしようとした、その時。

 ガイウスの兵士たちが市場に乱入してきた。

 どうやら、市場で起きた喧嘩の仲裁に来たらしい。


「貴様ら、何を騒いでいる?!」

「なんだ、こんなことで我らの手を煩わせおって、この平民風情が!」


 ……しかし、やっていることは仲裁とはかけ離れていた。

 

 喧嘩をしている人たちを一方的にボコボコに殴り、怒鳴りつけている。


「ただ威張り散らして、民たちを痛め付けているだけじゃないか……」

「全くだ。ガイウスなんていなくなればいいのに」


 男とおばさんが話していると、隣の店の子供がやって来た。


「ガイウスなんていなくなって、グングニルがやって来ればいいのにね」

「グングニル……」


 男は、無意識に、女と繋いでいた手を強く握った。

 女は、黙って男の顔を見た。


 すると、おばさんが言った。


「グングニルグングニルってみんな言ってるけど、あいつらだって信用できないよ」

「……どういうこと、おばちゃん」


 子供は首を傾げる。


「ジークってのは反乱に成功して権力の座に就いた人間じゃないか。それに、ファブニルでは虐殺をしたとも聞くよ。そんな人間を信用できるのかねえ」

「……そう、ですかね」


 男は、ぎこちない笑みを浮かべる。


「そもそもここはアゾレス公の領地だってのに、なんでガイウスなんかいるのかね。」

「そう、ですよね。不入権もあるってのに」

「フニュウ……?」

「いえ、貴族の領地に、部外者が介入してくるのはおかしい、という話ですよ」

「へえ……ヴィルくん、難しいことを知ってるんだねえ」


 いえいえ、と男は言うが、おばさんは笑いながら続ける。


「ヴィルくんといいサラちゃんといい、顔が良いし、読み書きはできるし、もしかしてどこかの貴族のご落胤だったりして?」

「あはは、ありえませんよ」

「まあそうよね。貴族のご落胤だったら水都か王都で暮らしてるものね」


 ハハ、と笑いあう。

 男と女とそのおばさんは、まだ雑談を弾ませる。


 その後ろを、メイド服の女が通った。

 女は美しい黒髪、赤い瞳を持っていて、顔立ちは非常に整っているが、その表情は無表情である。


「……これを1個」

「まいどあり」


 メイド服の女は、無表情のままで左手のバスケットに食材を買い入れていく。


 肉屋で話している男女も、メイド服の女も、互いに互いに気がついていないらしい。


 やがて、メイド服の女は市場の向こうへと消えていった。


 ――時に9月21日。


「ロンディニウムの陣」まで、あと2日――

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