第6節2項 晩餐
ディアスは、ライトにボコボコにされたらしい。
昼過ぎから日の暮れるまで何度もやり合って、それで一度も勝てなかったということだ。
オルギンへ向かう馬車の中で、ディアスが笑いながら言った。
「いやあ、強かった。総長、本当にあの人をファブニルに留守にさせておくのか?」
「ああ……あれほどの実力を持つ者に軍を任せておくのは危険だからな」
「そうか?逆に使えそうじゃねえか、ヴィルの兄貴の再来じゃねえか」
ぴくっ、と自分の瞼が動くのがわかった。
「ディアス――」
と、レイモンドが言うと、ディアスは顔を蒼くして口を噤んだ。
そこから、馬車は静かだった。
………………
しばらくして、思い出したようにディアスが口を開いた。
「……それで、なんでレイモンドの姉貴も馬車に?」
メリアさんの方を、馬車の中のみんなが見る。
といっても、馬車にはディアス、レイモンド、メリアさんと自分しかいないのだが――
「みんながオルギンへ出払ってしまうらしいから、この機会に私も久しぶりにオルギンに行こうかなって」
「ほーん……」
ディアスは、自分で訊いたくせに興味が無さげである。
「いいじゃないかディアス。ほぼ1日姉さんと一緒にいられるんだぞ」
「それで嬉しいのはお前とジークの兄貴だけだろ」
レイモンドは赤面する。
自分も、耳が熱いのがわかった。
「そもそも不平等ですよジークさん。姉さんと隣の席だなんて」
「狭いし向かいなんだから隣でもなんでもいいだろう」
「よくありません」
レイモンドはムッとした顔をする。
「まあまあレイモンド落ち着いて」
と、メリアさんにたしなめられてレイモンドは一応黙る。
しかしその口は尖っていて、どう見ても不満がありそうなのは確かだった。
馬車が、ガタガタと揺れた。
………………
オルギンに着くころには、夕方になっていた。
「着きましたよ」
「ご苦労様、サイラス」
いえ、とサイラスは短く返事する。
レイモンドとディアスが先に降りた。
それで、自分もそれに続いて、それでから馬車に残っていたメリアさんに手を差し伸べた。
「ありがとう、ジークくん」
微笑してみせる。
後ろに控えているレイモンドがどんな顔をしているのかはわからないが、きっと思った通りだろう。
「……そういえば、僕たちは兵舎に泊まるけど、姉さんはどうするの?」
「え?それは……」
と、メリアさんが口ごもるので、代わりに答える。
「俺が手配した別荘みたいなところだ。」
「別荘?それじゃ、ジークさんと――」
「あー……」
ゆっくりと首を縦に振る。
「――」
レイモンドは絶句している。
「ああ、晩餐には伍長とレイモンドとエリー嬢を招待するから心配するな」
「晩餐?」
「ああ、兵舎でも豪勢な飯を振る舞う予定だからそっちに行ってもいいが、こっちも凄いのを用意してるぞ」
「ちょっと、なんで俺は呼んでねえんだよ兄貴」
とディアスが口を挟んでくる。
――お前はそういう場は嫌いだろう――と返すと、彼は笑う。
「へっ、兄貴はやっぱり俺のことをよく分かってんな」
「もちろん。お前とはもう3年の付き合いだからな」
へへっ、と2人で笑い合う。
「――それで、レイモンドはどっちに行く?」
「そりゃあ、もちろんそっちに行かせてもらいますが……」
「わかった。じゃあ一緒に行こう」
………………
部屋の戸を開けた途端、エリーがレイモンドのところまで飛んできた。
「――遅いですわよ、レイモンド」
「ああ、そういや貴女もいるって話でしたね……」
レイモンドはうんざりとした顔をする。
しかしエリーはそんなことを意にも介さず話し続ける。
「ほらレイモンド、隣に座りなさいな」
「はいはい……」
と、強引に横に座らせられるレイモンドを見ながら、伍長が話しかけてくる。
「相変わらすだな、コイツらは」
「なかなか相性のよさそうなペアだな」
「毎日この調子だから困ってんだ。ジーク、どうにかしてくれ」
「んなこと言われてもな……」
苦笑する。
伍長もやれやれ、といった手振りをして苦笑した。
「……さ、食べようか。」
「はいよ」
テーブルを囲うようにして5人が座る。
食卓に載っているのは様々な野菜によるサラダ、鶏や兎の料理、パン、そしてワインといった、まず平民にはとても手の出せないようなものばかりである。
エリーはどうだかわからないが、少なくとも他の4人は生まれてこのかたこれほどに高級な食事をしたこともなかったので、どんどんと食べ進んでいく。
「ちょっと、レイモンド。あなたちょっとがっつき過ぎではなくて?」
「……え?」
レイモンドは不意を突かれたような顔をする。
食べ物を詰め込みすぎて返事ができない。
「呆れた。なんて下品な食べ方なのかしら。そんなのでは本物の上流階級に鼻で笑われますわよ」
「ん……」
流石にエリーはマナーは叩き込まれているらしいので、所作も優美だ。
レイモンドもこれには反論できないらしく黙っている。
「ほら、手取り足取り教えてあげますわ」
「あ、ありがとう……」
と、レイモンドはエリーに手を取られて色々と教え込まれる。
レイモンドは、ん……?と首を傾げながらエリーに教わっている。
「……俺たちも気を付けような、ジーク」
「俺はともかく伍長は騎士の家系なんだからもっとしっかりしてくれよ」
「そんなこと言ったらレイモンドだって貴族の家系だぜ?」
「……ウッドヘルム家はいいんだよ」
「贔屓だよそれは」
鼻を笑わせる。
「全部が終わったら、家庭教師でも雇うかな」
「そうするか……」
などと話している最中も、隣のメリアさんはひとりワインをかぶがぶと飲み干している。
「ぷはー、こんなに良いものを飲んじゃったらもう安酒になんか戻れないわね」
「……」
伍長と2人でその光景を眺める。
すると、メリアさんが声をかけてくる。
「2人ももっと飲んだらどう?美味しいよ」
伍長と顔を見合わせる。
「い、いや俺たちはすぐに潰れちゃうから遠慮しておくよ」
「そう?ジークくんたちが飲む前に全部飲み干しちゃうかもしれないけど」
「それは……困るな」
薄く笑う。
すると、伍長が耳打ちをしてきた。
「おい、メリアさんって酒を入れるとこんなになっちゃうのか?」
「うん……だからいつもは飲む量を制限してたんだけど、今日は特別に解禁したんだよ」
「それでこれか」
「誤算だね」
「読み違えすぎだろ」
苦く笑う。
そうして、料理をつまみつつ杯を手に取る。
「――美味いな、このワイン」
「美味しいよね。産地はどこ?」
「どこだったかな……確か、アリエスだったかな」
「アリエスって、最高級じゃない?!」
「えっ、最高級――?!」
杯の中身を覗く。
美味いとは思ったが、そんなに良いものだったとは。
「ジークくん、もっと飲みましょう」
メリアさんが、真面目な顔をして促してくる。
「うん飲もう」
「あ、待てジーク」
伍長が止めるのにも気がつかず、飲む、飲む、飲む。
――この後は、記憶がない。
次に記憶のあるのは翌日の朝のことである。
「メリアさん……」
「なに、ジークくん」
と、同じベッドでメリアさんと顔を合わせる。
「次からは、酒はちょっとしか用意しないでおこうか」
「…………仕方ないわね」




