第6節1項 ファーティフ
作者自身が展開をド忘れしているという失態を犯しており、見返した時に気付いたので少し本文改訂しました。
――悪夢は、見なくなった。
いつからかは覚えていない。
悪夢を見なくなったことは、平穏なのだろうか。
あの夢を見るから、俺はファブニルを滅ぼしたんじゃなかったのか。
復讐のために、奴らを殺したのではないのか。
だとしたら、俺はこの先、何と戦えば良いのだろうか――
………………
――ファブニル征服から一年が過ぎようとしている。
占領したファブニルには総督府が設置され、その総督にはヴェルト・イェリントン、副総督にはライト・アイゼンブルクを任命した。
……目下、ファブニルに反乱の兆しはない。
当初は反発が強かったものの、ヴェルトはファブニル人に対して寛容な支配を敷き、弾圧などをしなかったために、次第に反発は沈静化してきた。
しかし、それは「ファブニル総督府」に対してのものであった。
ヴェルトは王都には察知されないように難民などの支援を密かに行い、ファブニルの民たちを助けていた。
そのため、ファブニルの民たちはすぐに総督府と中央――ジーク――の考えが全く違うことを知った。
ファブニルの民たちはジークを憎みつつ、しかし実行犯であるものの自分たちを助けてくれるヴェルトのことを慕っている。
――つまり、現状、ファブニルの安定は、ヴェルトによって成り立っているのである――
――さて、西部の動向はこのような様相である。
一方で南部では、セオドア率いるガイウス騎士団が水都から出陣してクレオスに入り、グングニルの侵攻に備えていた。
ジークは、ファブニルの治安が一旦の安定を迎えたという報告をファブニル総督府から受け、2度目となるグングニルの幹部による会議を召集した。
――時に、王国暦206年の9月のことである――
………………
朝。
何者かに揺り起こされ、目が覚めた。
「ジークくん、おはよう」
「……おはよう、メリアさん」
――メリアさんがここに住むようになってから、早2年。
俺たちの関係は、少しは変化しているが、おおよそは変わっていない。
俺は家の主人で、メリアさんは居候、というより住み込みで働いている下働きの人。
しかし、どうやら周りの人たちは関係が発展してほしいらしい。
伍長を家に呼んだときなどは口うるさくなんで結婚しないんだ、2年同じ家に居て何もないなんてあるもんか、などと言われた。
逆に伍長の方が俺より歳なんだから、そういうのはないのか、と訊くと、
「いや、それは――」
と、しどろもどろになってしまっていたので、それは面白かったが。
最初メリアさんを家に住ませるという話をした時、レイモンドは強く反対していたが、最近は、なんで結婚しないのか、姉さんに失礼だ、などと怒ってくる。
しかし、今の自分は統一事業をしている最中で、それが終わらない限りは結婚なんて考えてはいけないのではないのか、という観念が根底にあるので結婚までは踏み込めないのだ。
……しかし、なぜかそれを言うとみんな呆れ返ってしまう。
こんな考えは至極当然のことだろうに。
――まあ、俺だって身を固めたいのは本心なのだけど。
それをするには、まずは統一をしてからにしなければならない。
………………
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
と、屋敷の門まで見送りに来てくれたメリアさんに手を振り、待たせていた馬車に入る。
と、中にいたレイモンドが睨み付けてくる。
「……ジークさん、朝っぱらから人生を謳歌しているみたいですね」
「レイモンド、おはよう。今朝も機嫌が良くないようだな」
そりゃあそうですよ、とレイモンドは吐き捨てる。
苦笑する。
「――サイラス、出してくれ」
「はっ」
と、馬車が動き始める。
「……そういえば、あのサンドブルクのお嬢さんとは仲良くやってるのか?」
すると、レイモンドは露骨に厭そうな顔をする。
「エリーですか、相変わらず高飛車で指示は聞かないどころか勝手に動くしめちゃくちゃですよ」
「そうか……」
しかし、エリーの家にはやはり通っているらしいし、口ではこうだが、存外仲が良いのかもしれない。
少しおちょくってやろう。
「そうか、そんなに嫌ならエリーを配置替えしてもいいが」
レイモンドは途端に目を丸くして、首を激しく振った。
「い、いやいや、あんな迷惑な女をよそに任せたりできませんよ。一番隊の恥になります」
「……そうか。それはなにより」
――などと話していると、馬車は王宮に到着した。
………………
――広間には、既に全員が集合していた。
「遅れてすまない、始めようか」
と、椅子に座る。
――さて、ここで今一度グングニルの幹部たちを紹介しよう。
まず、円卓の第一位に座るのは、グングニル総長にして摂政、ジークフリート・アテーネ。
後ろには副官のサイラス・ハミルトンが控えている。
そして、第二位に座すのはグングニル副長にしてファブニル総督でもあるヴェルト・イェリントン。
横にはファブニル副総督であるライト・アイゼンブルクが座る。
次いで政策顧問改め治部省長官ロバート・アダムス。
一番隊隊長レイモンド・ウッドヘルム。
その横に控えるのは副長のエリー・サンドブルク。
二番隊隊長ディアス・トンプソン。
横に控えるのは副長のケリー・ヘラー。
三番隊隊長シュナイダー・ベルモンド。
副長のドーン・ヒューストン。
……以上の面々が、グングニルの主要幹部である。
その実力について、今さら語る必要は無いだろう。
ついでに言うと、彼らだけではなく、グングニルはファブニル征伐を乗り越えて精鋭揃いの軍団と化している。
ガイウス軍最強を誇るガイウス騎士団であっても、もはや敵ではないと我々は目している。
……話題が逸れてしまった。
「では、本題に入ろうか」
………………
「今回の会議は、南部を実効支配しているガイウス勢力の征伐を論じるためのものだ。――サイラス、説明を」
「はっ」
サイラスは円卓に地図を広げ、そこに碧の石と黒の石を置いていく。
碧の石は、王都レーベン、オルギン、トイル、そしてファブニル城に――
黒の石は、水都ガイウス、クレオス、ロンディニウムに――
「ガイウス騎士団は、水都から出陣して最終防衛点であるクレオスに入った一方で、先遣隊を最前線であるロンディニウムに駐屯させている模様です」
クレオス、というのはガイウスから北東、ガイウス湖から注ぐクレオス川の南岸にある都市である。
ロンディニウム、というのはガイウス湖の北にある都市である。
「おそらく都市の規模から兵の収容にはクレオスの方が適している、と判断したのだろう。ロンディニウムは小さな港町だからな」
と、伍長が言う。
「ああ。それでロンディニウムにいる駐屯軍というのがおよそ70ほどらしい。」
「70……時間は掛けたくないな」
「その通りだ。だから、今回は強行軍で行く」
「強行軍……」
と、レイモンドが呟く。
「ああ。夜間も休まず進軍する。そうすれば、通常一週間弱の行程を3日ほどに縮められる」
「それほどに――」
「そうだ。ロンディニウムにいる駐屯軍に察知されないようにするにはこれしかない」
次は、ディアスが口を開く。
「ロンディニウムまではわかった。けど、その後はどうすんだ?」
「クレオスの本軍がロンディニウムまで進軍してくるなら野外決戦を仕掛ける」
「進軍してこなかったら?」
「クレオスまで攻め込むまでよ」
ほーん、と、ディアスは素っ気ない返事をする。
しかし、その目は煌々と輝いている。
「ディアス、どうした?」
「いや、ワクワクしてんのさ。ガイウスの野郎とはなかなか面白い戦が出来そうだからな」
「それでは、ファブニルとは面白い戦はできなかった、と?」
と、ライトが半笑いで訊く。
「まあ、暇な時間は多かったな」
「……そうですか」
「んなことより、だ」
と、ディアスは言う。
「ライトさん、あんた強ええんだってな。」
「まあ、それなりには」
「んじゃあ、後で手合わせしようぜ」
喜んで、とライトは言う。
しかしその目つきは鋭い。おおかたディアスを潰してやろうと目論んでいるのだろう。
「……さて、みんな説明は以上だ。質問は?」
質問はないらしい。
「では、2日後に出陣だ」
「はっ」




