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極夜物語  作者: 昆布
第5節 あの夢
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第5節12項 外伝:ファブニルの大火

今日は2本同時に投稿です。

これで5節ファブニル征伐編は終了です。


 ――「アテーネ記」ベル・ブラウン列伝より――


 ベル・ブラウン。

 ファブニルの平民の出。

 

 容姿はブラウンの長髪、一重の茶の瞳で目鼻立ちはそれなりに整っている――もっとも、自分で書くことではないが――。





 

 ――王国暦205年10月20日。


 私は、その日のことを鮮明に覚えている。

 忘れるはずもない。


 ………………


 朝。


 日の上がってから少し経ったぐらいに、私は目を覚ました。

 ダイニングに行くと、母がパンと、スープを作ってくれていた。


「ありがとう」

「いいのよ。さあ、食べましょ」

「いただきます」


 パンをちぎって一口ずつ食べる。

 

 少し前から、食事はもっぱら黒パンと――もっとも、最近はパンを食べることも珍しいぐらいだが――そしてスープを添えてのものが続いている。


「……ごちそうさまでした」


 と、5分足らずの食事を済ませたあと、暇を持て余しているので、散歩に町へと繰り出した。


 ………………


 ラズ陥落の知らせはとうにファブニルに伝わっていた。

 しかし、ファブニルの市場はいつも通りの賑やかさである。


「あらベルちゃん、おはよう」

「おはようございますおばさん」

「魚、活きの良いのが入ってるわよ」

「魚……うーん、今日はやめておきます」

「そう、じゃあまた今度買ってね」

「はい!」


 ジグラト人は、ファブニル人を蛮族と嘲っているらしいが、ファブニル人だって彼らと同じく魚は食べるしワインを酒の中の酒と認識している。


 ファブニル人はもはや、蛮族などではない。

 ファブニル人は、ジグラトに住むジグラト人である――

 

 ファブニルに住む人々はそう信じて疑わないし、事実その通りだった。


 数世紀前に古代オルビス帝国に追われてティアマト海に四散し、そしてジグラトに侵入してきたファブニル人。

 

 しかしこの数世紀で混血は進み、かつてははっきりと現れ出ていたオレンジの髪色、一重、オレンジの瞳などの人種的特徴をすべて持つ人はほとんど残っていない。


「最後のファブニル人」と呼ばれたライト将軍でさえ、オレンジの髪と瞳はあれども純血ではないらしい。


 ……話が逸れてしまった。

 私は見たことはないが、前に話を聞いた旅人によると、ファブニルの市場はトイルよりも盛況だという。 


「――なあ、聞いたか」

「ラズ陥落の話だろ、知ってるよ。」

「敵軍はこっちに向かってきてるって話じゃないか」

「もうファブニルには軍はいない。俺たちは殺されないよ。大丈夫、為政者の首が変わるだけさ」


 と、路地裏の雑談が聞こえてくる。


 ……ラズ陥落は、4日前。

 グングニルの軍勢が到達するとすれば、もうそろそろだろう。


 などと考えつつ、町を歩き回る。


 ――さて、ファブニル城は、円形の城壁を二重に備えている。


 中心にある砦――ファブニル城の本体部――を囲うように町が形成され、そしてその町を囲うようにさらに城壁が重ねられているのだ。


 ファブニルの城下町は綿密な都市計画に基づいたものではないため、その構造も複雑であった。


 ――とはいえ、私もこの町で生まれ育って14年。

 目を瞑ってでも歩けるとは言わないものの、町の造りには精通しているつもりだ。


 ――だから、気がつけば家からまったく反対にある東側地区まで来ていたということも、すぐにわかった。


「……ついつい歩きすぎちゃうんだよなあ」


 と、呟きつつ、元の西側地区まで歩いて帰る。

 おそらく30分はかかるだろう。


 知的好奇心、などと言ってはいるが、考え事をしているとついつい我を忘れてしまうのが私の良くないところだろう。


 はあ、とため息をつく。


 ――その時だった。


 つんざくような悲鳴。

 地鳴りのような喚声。 

 そして天まで届くのではないかと思うほどの大火。


「は――?」


 呆然として、それしか声が出ない。

 何が、起きて――


 中央部の砦から、鐘の音が響く。

 あそこの鐘は滅多に鳴ることがない。


 敵襲――


 脳裏をよぎるのはその言葉。

 グングニルが、ファブニル城に攻め入った。


 ……なぜ?

 もうファブニルには騎士団もなにもないのに。

 グングニルに抵抗する気力もないのに。

 

 ――呆然としていると、次第に喚声がこちらに近づいてきた。

 このままじゃ、殺される。

 逃げなきゃ。

 

 ……どこに?


 きっと、城は包囲されている。

 家のあった西側は、もう壊滅しているだろう。


「家――」


 そうだ、お母さん。

 お母さんが、まだ家にいる。


 そう考えると、居ても立ってもいられない。

 敵がいるかもしれない、だなんて考えなかった。

 すぐに家の方へと走っていった。


 ………………


 ――道中は、凄惨を極めていた。


 町中が炎で赤いのか、それとも血で赤いのかがもはやわからないほどに赤く、それでいて火傷しそうなほどに熱い。


「――――あっ」


 と、滑って転んでしまった。

 

 ……滑って?


 一体何で――と足元を見ると、そこには血溜まりがあった。

 それも、その1ヵ所だけではない。


 転んだ先にも、その向こうにも、地面には延々と血が付いている。


 夢中になっていて見ていなかったが、街中は、もちろん血だけで溢れ返っているわけではなかった。


 剣で斬られて、或いは突かれて死んだもの。

 槍で貫かれて死んだもの。

 はたまた斧で骨ごと断ち切られたもの。

 鎚で打ち殺されたもの。


 そういうものが道端に転がっていた。

 もう、吐く気力も損なわれていた。


 頭のなかでは、母親は無事なのか、それとももう既に手遅れで、ここらに転がっているそれのようになっているのだろうか、という考えだけがグルグルと回っている。


 立ち上がる。

 服には、誰のかも知らぬ血がべっとりと付いていた。


 しかし、それを気にしている時間すらない。

 とにかく、家の方へと走っていった。


 ………………


「はあ、はあ、はあ――」


 家の近くまで帰ってきた。

 しかし、もう辺りは炎に巻かれている。


 けれども、諦めきれない。


 家まで走る。

 とにかく走る。


「――ああ」


 しかし、無慈悲にも家はもう燃えていた。

 パチパチ、という炎の音が聞こえる。


 ――一体、どこに逃げればいい。

 ――一体、どこに帰ればいい。


 もう、故郷も、帰る場所も、何もかもなくなってしまったのに――


 顔を上げる。

 涙が、頬を伝う。


 ――どうして?


 今は、ただそれだけが頭の中にある。

 

 私たちの先祖が蛮族だから?

 私たちが敗者だから?

 私たちが弱者だから?


 私は、あまりにも無力だ。

 この暴力に対して、何もできやしない。


 ただ、打ちひしがれる。


 見上げた顔に、水滴が一滴、落ちた。


「………………雨」


 と、呟く。


 ――やがて、ファブニルに大雨が降った。


 この大雨によって、ファブニル城を焼き尽くさんとしていた炎は市街地の3分の2を焼き払ったところで消火された。


 しかし、住民はその4割ほどが死亡、あるいは行方不明となった。


 死に体となったファブニルが復興されるのは、この「統一戦争」が終結したあとのことである。


 ………………


 私は、かろうじて焼け残った市街地に移住し、そこで様々な仕事をしてなんとか生活をしていた。


 ――さて、こうして天涯孤独の身となったベル・ブラウンがヴィルヘルム・ハボックと、サラ・ウィンターに出会うのは、また別の話。


「ファブニル滅亡」に関する記述は、一旦ここで終わりとします。


 ――「アテーネ記」ベル・ブラウン列伝より――

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