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極夜物語  作者: 昆布
第5節 あの夢
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第5節10項 落日(下)


 ――10月15日。


 グングニルがラズ城を包囲してから、早1ヶ月と2週間が経過していた。

 この時点で、グングニルの工作によりラズ城を囲っていた壕はあらかた埋め立てられてしまい、もはやラズは丸裸になってしまっている。


 こんな中で、後がなくなったファブニル軍は一か八か、乾坤一擲の反撃に打って出ることにした――


 ………………


 ――翌16日。


 昨晩に行われた軍議で、明朝にラズ城への総攻撃を開始すると決定していたグングニルは、準備を整えて夜明けを待っていた。

 

「よし、あと少しで夜が明けるわね、総長」

「ああ、手筈通り夜明けと共に総攻撃だ、わかってるなケリー」

「ええ、もちろん。………………ねぇ、総長」


 と、ケリーがラズ城の方を凝視する。


「どうした、ケリー?」

「総長、なんか妙じゃない?」

「妙……?」


 と、ラズ城の方を向く。


「確かに、城壁の上に人気がない……妙だな」

「どうするの、総長」

「……」


 敵が何かを目論んでいるらしいのは事実。

 だが、敵の兵力を考えると押しきれそうではある。


 しかし、少数と言えども敵は邪竜騎士団。

 窮鼠猫を噛むというし――


「……総攻撃は一時中断しろ」

「わかったわ」


 と、その時。

 ラズ城の城門が、開門した。


 そして、その奥から、ファブニルの「邪竜騎士団」の所属を示す竜の紋章を刺繍した赤いサーコートを着た騎士たちが現れた――


 ………………


「邪竜、騎士団――」


 昨晩も、その前の晩も、ずっと前から、夢に現れていたそれは、喚声と共に、怒涛のようにこちらに向かってきた。


 朝焼けが、焔を彷彿とさせた。


「あ――」


 身が竦む。

 剣の柄を執ることすら忘れる。


「ひっ――」


 ――燃え盛る焔。

 ――逃げ惑う民たち。

 ――つんざくような悲鳴。

 ――血の滴る剣。


 さまざまな記憶が、脳内を過る。

 腰が抜けて、その場にへたり込む。


「総長?!」


 ケリーが駆け寄ってきて、手を伸ばすが、そんなものは眼中に収まっていない。

 尻を地面についたままに、目の前の敵軍を呆然と見ていた。


「総長……」


 ケリーはその様子を見て、総員戦闘体勢へ、突撃してくる敵軍を包囲殲滅せよ、と叫んだ。


「総長、どうしちゃったの、しっかりとして!」


 と言いつつ、ケリーは矢をつがえ、敵兵を狙った。


 ………………


 突撃しているファブニル軍は、邪竜騎士団の中でも特に精鋭である第一軍である。


 その軍団長であるミッチェルは、対する敵の挙動が遅れていることに気がついた。

 ミッチェルは馬で戦場を疾走しながら、隣のホメロスに進言する。


「団長、なにやら敵はうまく連携が取れていない様子。包囲しようと展開する敵勢を一点突破し、一挙に本陣を強襲しましょう」


 ホメロスは頷く。


「うむ、それしかないな。――者ども、突撃するぞ!」


 と、ホメロスは腰の剣を抜き放ち、前方のグングニル勢に向けた。

 

 ――その時。


 ホメロスの額に、矢が突き立った。

 ホメロスはもんどり打って落馬した。


「団長?!」


 ミッチェルはホメロスに駆け寄ったが、即死していた。


「団長……」

 

 と、矢の飛んで来た方を鋭く見据えると、その先には、老緑のサーコートを纏い、弓をつがえている女――ケリー――がいた。


「おのれ、団長の仇だ!女とて構うものか、やつの首を取れ!」


 と、ミッチェル率いる軍勢は一挙に転進してグングニル本陣へと向かってきた。


 ………………


「げっ、なんか急に向き変えてこっちに来てるわよ総長!指示出して!」


 誰かが、何かを叫んでいるらしい。

 しかし、そんなことはもはやどうでもよかった。


 頭の中では、幼い頃の記憶が、そしてそれを再現したあの悪夢が、いつまでも反芻している。


「あ――ひっ――」


 汗が滝のように流れる。

 足が震えて動けない。


 ――と、その時。


 頬を、思い切りぶたれた。


「?!」


 目の焦点が、ようやく遥かに遠くでなく、目前のケリーに向いた。


「……ケリー」

「しっかりしなさいよ!アンタ総長なんでしょ?!アンタがどうにかすんのよ!」


 ケリーは、ものすごい剣幕で捲し立てる。

 

「……けど」

「けどじゃない!……いい、アンタの過去なんか私は知らない。けど、今と昔は絶対に違う――今は、今なら、勝てるのよ」


 ケリーは、尻もちをついたままの俺に、手を伸ばす。

 

「…………ああ、そうだったな。ありがとう、ケリー」


 ケリーの手を掴んで、立ち上がった。

 

「ふっ、いいのよ。私は隊長にアンタを頼むとお願いされているから」

「そうか、ディアスが……」


 と言いつつ、本陣に迫る敵の軍勢に目を向けた。


「すぐに槍隊を並べて敵騎馬隊の突撃を阻止しろ、同時に後ろから回り込んで包囲殲滅するぞ」

「わかったわ」


 ………………


 ミッチェル率いる軍勢は、本陣の目の前まで迫っていた。


 と、そこに槍を構えた兵たちが現れて、馬を突き刺した。


「……!」


 ミッチェルをはじめとした騎馬兵たちは次々と落馬する。


「おのれ、馬を狙うとはなんと卑怯な――」

「将軍、お怪我は?」


 兵たちがミッチェルに駆け寄ってくるが、ミッチェルは心配無用、と兵たちを制止した。

 

「私は大丈夫だ。――者ども、敵陣は目前だ!構わずに突っ込むぞ!」


 と、ミッチェルは腰の剣を抜き放ち、雑兵を斬り伏せる。

 ミッチェルの目には、既に「トリカブト」の紋章のついた将軍旗と、幕舎が見えていた。


「――皆、あれを見ろ!あれはグングニル総長ジークフリートの紋章だ、皆、なんとしてもやつの首を取るぞ!」


 おお、とファブニル軍の喚声が響く。


 話している最中も槍を持った兵がミッチェルに突っ込んで来るが、ミッチェルはそれを思い切り蹴飛ばして肩から袈裟斬りにした。


 ミッチェルはグングニル兵をめちゃくちゃに斬って本陣への血路を拓く。


 ――そして、ミッチェルは、ジークフリート・アテーネに出会った。


 ………………


「……そのトリカブトの紋章、水色のサーコート、貴様、ジークフリートだな?」


 と、敵将らしい男は剣を構える。

 しかし、相手が誰だかわからない。


「……失礼、貴公の名は」

「邪竜騎士団第一軍団長ミッチェル・アビントンである」


 ――なるほどあなたが――と、呟く。


 ミッチェルは、問答無用、と斬りかかってくる。

 それを軽く避けて反撃を繰り出す。

 相手もそれを受けて、鍔迫り合いになる。

 数秒ほど、顔を見合わせたあと、お互いに弾かれるように距離を取った。


「……1つ、聞きたい」

「ん?グングニル総長が、私に質問か?」

「――ラズ紛争の時に、郊外の村を焼いたのは、お前か?」


 ミッチェルは、数秒固まったが、しかしその後で高笑いしはじめた。


「なにがおかしい」

「いや、何。掠奪し、村を焼き、民たちを殺すがそれまでに悪か」

「もちろんだろう」

「なんだと?笑わせてくれるわ」

「なに――」


 ミッチェルは、もはや高笑いすらせず、真顔である。

 

「それでは、掠奪も、虐殺もならぬのなら、貴様はなぜファブニルを滅ぼそうとする?」

「それ、は、ノーザンブルクの報復で――」

「馬鹿馬鹿しい。そんな理由で滅ぼされる我が祖国が心底憐れだ」

「なんだと、貴様――」


 激昂して、ミッチェルに斬りかかるが、ミッチェルは軽く避ける。


「我がファブニルには大義があった」

「民を苦しめ、迫害し、何が大義だ!」

「……知っているか、ジークフリート」

「何を」

「ファブニル本国ではな、麦は育てられん」

「麦が――?」

「ああ、定期的に噴火するロードス山の火山灰のせいで、ファブニルの土壌は最悪なぐらいに麦を栽培するのに適していない。それで我々ファブニル人は麦を求めて、ジグラト第3の穀倉地帯であるラズに攻め入ったのだ」


「つまり、ファブニル本国の人を助けるために、ラズの人は犠牲になる必要があった、とでも?」

「ああ、そうだ。しかし、我々とてこれで終いのつもりだった。ラズからの供給で事足りていた――そんな時に、ロードス山が噴火して、ラズでも作物が取れなくなった」

「……」


「だから、他所から奪うしかなかった。戦争しかなかった。仕方がなかった。しかし、貴様らはどうだ?ジグラト屈指の穀倉地帯たるトイルを有していながら我々の命綱だったニブル高原を、ラズを奪おうとする。豊かでありながら――そう、飢えていないのに、だ!」


 ミッチェルは次第に声を荒げていく。


「……だから、そこに住む民たちを殺してもよい、と?」

「ああ、殺してもいい、何が悪い!貴様だって、ノーザンブルクを焼いた憎きファブニル人を殺したいのだろう?俺だって我々を数百年の長きに渡って迫害してきた憎きジグラト人を殺したい。これの何が違う?!」

「……」


 剣と剣が激しくぶつかり合う。

 ミッチェルの剣は怒りが多大に含まれていた。

 

 ――これが、邪竜騎士団の将軍――


 つい、ミッチェルの気勢に気圧されて、尻もちをついてしまう。

 

「もらった!」


 と、ミッチェルが振りかぶったその時。

 その側頭部に、矢が突き刺さった。


 ミッチェルはそのまま倒れた。


 ゆっくりと矢の飛んで来た方を見ると、ケリーがいた。


「総長、大丈夫?」

「ああ、俺は大丈夫だ――」


 戦場を見回した。

 あれほどに恐ろしかった邪竜騎士団は、既にその多くが倒れていた。


「敵は大方倒したわ。それと、団長のホメロスの首も確保したわ」

「……そうか、わかった。ありがとう、ケリー」

「いいってことよ」


 ふっ、と笑う。


「それは、ディアスの口癖だろ、ケリー」


 ケリーの耳が赤くなった。


 ………………


 ――邪竜騎士団第一軍の突撃から一時間ほど経過した第2(午前8時)。


 グングニルの軍勢の中から、兵士が2人進み出てきた。

 その手には槍、槍の穂先にはホメロスとミッチェルの首がそれぞれくくりつけてあった。


 これを見たファブニル軍は戦意を喪失し、グングニルに降伏した。


 ――こうして、ファブニルにおける軍事組織は壊滅し、軍事国家ファブニルは、事実上崩壊した。


「ファブニルの乱」からちょうど100年。

「ラズ紛争」から約20年。


 三国の均衡が、崩れた瞬間である。

こんばんは、作者の昆布です。

「極夜物語」初投稿から半年、ようやくファブニルを滅ぼせました。

ここまで投稿を続けてこられたのはひとえに皆様のおかげです。

今後も、「極夜物語」を、よろしくお願いいたします。

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