第5節9項 落日(上)
――邪竜騎士団第3軍団長フィリップ・フェラー卿は、ニブルにおいて戦死した。
彼の指揮していた第3軍は、ニブルで壊滅した。
――邪竜騎士団第2軍団長アルヴィン・ブランデンブルク卿は、ロードスにおいて戦死した。
彼の指揮していた第2軍は、かろうじて少量の兵とホメロスの懐刀であるオリヴァーが生き残ったものの、もはや壊滅しているのと変わらない。
かつてこのラズにおいてジグラトに覇を唱えたファブニルの邪竜騎士団は、全盛期の半数ほどしか残っていない。
そして、グングニルは城砦都市ラズに迫っている。
ファブニルの存亡を賭けた決戦は、皮肉にもファブニルの隆盛を決定づけた都市で行われようとしていた――
………………
――ラズから南西、ロードス回廊を出たところで、トイル方面軍と北陸道方面軍は合流し、そこに着陣した。
7月20日の出陣からちょうど1ヶ月、一番隊――レイモンドとエリー――とロバートを除く幹部たちが一堂に会するというのは、王都での会議以来だからそれよりももっと久しい。
ただ一人いないのは、トイル方面軍副司令であったジーンだけである。
………………
馬に乗った状態で、俺とディアスとケリーの北陸道方面軍、そして伍長とシュナイダーとドーンのトイル方面軍の指揮官たちは顔を合わせた。
出陣の前に顔を合わせた時と変わっているのは、伍長は見覚えのある鉄紺の布地のマントを着ていたことである。
「伍長、そのマントは――」
「ジーク」
こちらの言葉は、伍長の声に掻き消される。
「ジーク、今回のことはすまなかった」
伍長は頭を下げる。
「……伍長、そういうのはやめにしよう。」
「……」
「別に、伍長がここに来たってことは、自分で自分に折り合いを付けたってことだろ?だったら俺から言うべきことはもうない」
それを聞いて、伍長の顔が上がる。
目元には、涙を浮かんでいた。
伍長は、震える声で言う。
「……お前には、助けられてばかりだ」
「お互いに、だろう、それは」
「そうかもな」
伍長は目元を拭う。
「……さあ、伍長、今日は飲もうか」
「そうだな。死ぬほど飲んでやるよ」
「飲み過ぎで死ぬなよ?」
「この俺が死ぬわけないだろ」
「はいはい」
………………
――8月21日。
城砦都市ラズを、グングニル約700の軍勢が包囲した。
対するファブニル邪竜騎士団は150程度。
王都からの補給線が確保できているグングニルと違って、彼らはもう後がない。
絶望的な籠城戦である。
――悲壮感漂うファブニル軍の中で、ラズの城壁の上から、2人の将軍がグングニルの軍勢を見ていた。
オレンジの髪にアンバーの瞳。肩幅は尋常ではないぐらいに広く、身体は山のように大きい男は、邪竜騎士団第4軍の団長であるライト・アイゼンブルク。
その横のオレンジの長髪、つり目のブラウンの瞳の、身体は細くしかし高身長の女はその副官のジンジャー・コリントであった。
「なあ、ジンジャー」
「なんですか、団長」
「なんでもグングニルの総長は下っ端の時、バーナードの命でノーザンブルクに潜入してきていたらしいぞ」
ライトは薄ら笑いを浮かべるが、ジンジャーはそうですか、と返したのみである。
「冷たい反応だな」
「……ライト卿、あの時のことをまだ、悔いているんですか?」
ライトの返事はない。
いつも豪快そのものである男にしては、今日は元気がない。
「……グングニルの総長は、俺たちを憎んでいるだろうな」
「そう、ですね」
ふう、とライトは大きくため息をつく。
もはや国と、自分たちの末路は見えているのだ。今さら死を恐れたりするまい。
「――やるしかないか」
「はい」
………………
――第3時(午前9時)。
グングニルによるラズ攻囲戦が開始した。
――さて、ラズ城は対ファブニルの最前線拠点として建造されただけあって、その守りは堅固である。
トイル城の"レイブンウッドの三重防壁"ほどではないにしても、二重の城壁と深い壕を備えている。
攻略に際して、グングニルはこれらの防衛設備を正面から突破しなければならない。
壕については、とにかく土やら石やら柴やらをぶちこんで物理的に埋め立てるのが最も被害の抑えられる方法だろう。
しかし、これには最低でも一週間は必要だ。
敵の矢雨の中で作業するのは簡単ではない。
―そのようにして壕を埋め立てたら、その次は攻城兵器の出番である。
ロバートたちと設計した「井闌」と「雲梯」を城壁に取り付けて城壁上への攻撃、占領を図る――
「……以上が、ラズ攻略の大まかな内容だ、わかったか?」
「おう、つまり今は壕を埋めるのが最優先、ってことだな?」
「その通りだディアス。それでその次に雲梯で城壁に乗り込んで、井闌で敵の守備兵を射倒して攻略だ」
「地味だな」
「……仕方ないさ」
ディアスは、ちぇっ、と舌打ちして幕舎を出ていってしまった。
………………
と、上層部はこの調子だが、前線の兵士たちはこの間もラズを囲う壕の対処に勤しんでいる。
――副長直属軍団は、ラズ城の北門、ファブニル本国に最も近しい場所の攻略に着手していた。
「さあどんどん埋めるぞ!石やら土やらはいくらでもあるからな!」
と、敵味方双方の矢の飛び交う中でヴェルトが叫ぶ。
兵士たちは盾で敵の矢を防ぎつつ、壕に袋いっぱいの土をぶちまけたりして埋め立て作業をしている。
「……しかし、こんなんで本当に壕が埋まりますかね隊長」
と、盾を構えつつ言う青年は、トイルのロブである。
ロブに声をかけられた隊長は、ああ?と返す。
「副長、ひいては総長のご指示だ。埋めるしかねえんだよ。」
「隊長は埋まると思います?」
「……埋まるようには思えんな。この壕、少なくとも人が2人はすっぽり入る深さだぞ」
「隊長ぉ、やっぱりこんなのめちゃくちゃですってぇ」
と、他の兵士が言うが、その兵士は言った時に盾の守りから身を外したせいで矢の雨に打たれて倒れてしまった。
「……」
ロブと隊長は揃ってあんぐりと口を開けてその死体を見ていた。
「……隊長、作業続けましょうか」
「そ、そうだな。みんな、くれぐれも盾の中に入って作業するんだぞ」
「はい!」
と、兵士たちはまたいそいそと作業を続ける。
傍目から見ると全く何をしているのかわからない光景だが、これに一番焦っていたのは城内の守備兵たちである。
ファブニルの兵たちは夜が明けて周りが良く見えるようになって初めて、壕がどうなっているのかがわかる。
「……おい、昨日よりも壕が埋まってきているんじゃないか?」
「確かに……このままじゃあ、2ヶ月と持たないんじゃないか?」
といった類いの話は毎朝持ち上がっているし、それは兵だけでなく将軍たちも同じだった。
「団長、包囲から2週間が経過しましたが、敵は全く撤退の予兆を見せません」
と、オリヴァーはホメロスに報告する。
ホメロスは城壁の上から壕を覗き込んだ。
「……かなり埋められたな」
「はっ、このままではあと1ヶ月と持ちません」
「…………そうか」
ホメロスは、苦々しく、壕の向こうにいるグングニルの軍勢を見据えた。
「どうにかして状況を打破せねばならんか……」
次回更新も遅れます。気長に待っていただけるとありがたいです。




