第5節7項 宿将
遅くなり申し訳ありません。
次回も更新が遅くなるかもしれませんが、どうかお待ちください。
――トイル城――
広い城内の中のとある部屋の戸を、レイモンドとエリーは叩いた。
「ヴェルトさん、総長の使者がやってきましたよ」
しかし、返事はない。
すると、そこにロバートがやってきた。
「なんだ、まだヴェルトの小僧は引きこもっているのかね」
「そうなんですロバート先生」
「ふむ、しかし事は一刻を争う。ヴェルトにはすぐに出陣してもらわねばならんが――」
どうやら難しいらしいな、とロバートはため息混じりに言う。
「……ヴェルト、ジークの小僧からの伝言ぐらいは伝えてやろう」
と、ロバートはジークの書状を読み上げる。
「――俺は伍長を叱責したりはできない。これまでの恩、これまでの友情から、伍長は素晴らしい人物だと確信しているからだ。」
「そして、それは俺と伍長だけの話ではないだろう。伍長は俺なんかより顔も広い。昔馴染みも多かったと思う。」
「みんな、伍長を信頼していた。伍長を慕っていた。誰も、伍長を責めやしないと思う。…………それで、本当に勝手な話だがロバート先生に頼み込んで兵を補充してもらった。これをどうするかは伍長次第だ。」
ロバートは書状をしまい込んだ。
彼はレイモンドとエリーと顔を見合わせて、部屋の前を後にした。
………………
――俺のせいだ。
俺の判断が誤っていた。
慢心していた。
それで、みんなを死なせてしまった。
今も目に焼き付いて離れないのは、右翼軍が敵の伏兵騎馬隊に粉砕された瞬間である。
なぜ、伏兵に気がつけなかった。
なぜ、追撃を中止させなかった。
手元には、ジーンの着ていた紺鉄のサーコート。
右翼に配属されていたロブ――かつて、ダリルという青年と共にグングニルに参入した青年――が、散り散りになった時に発見したものらしい。
首から上はもう無かったものの、紺鉄のサーコートを着ている騎士はジーン以外にいないので、恐らくはそうであろう、ということである。
サーコートを握り締める。
――みんな、伍長を信頼していた――
「……知っていたさ」
傲慢だが、そんなこと、言われなくても知っていた。
指揮官たるもの、自分のことも、他人のことも把握しなければならない。
だからこそ、自分に腹が立つ。
自分を信頼してくれていたというのに、その信頼を裏切った。
所詮自分はバーナード公が、ジークがいなければ、友も、仲間も死なせてしまう凡夫なのだと思い知る。
凡夫の分際で、周りの人の実力も自分の実力だと勘違いした結果がこれだ。
……誰も彼も、あなたみたいに、お前みたいに、圧倒的なカリスマや軍才があるわけじゃない。
ぼんやりしたままで、椅子に座って外を眺める。
次第に、眠たくなってくる。
さまざまなことが、頭に浮かんでくる。
サーコートを握る手の力が、次第に抜けてきた。
………………
幼い頃、バーナード公の従騎士となる前。
ジーンと共にチャンバラをして遊んでいた頃。
俺は、ジーンを圧倒していて、毎回俺に打ちのめされて草むらに大の字に転がったジーンを上から見下ろしていた。
けれど、奴はいつも言う。
「やっぱりヴェルトは強いな」と、笑う。
俺は、悔しくないのか、と聞く。
「悔しいさ。けれど、お前が強くなっていくことは、嬉しい」
「……わからないな」
わからなくてもいいさ、と奴は笑う。
そうして、青空を見上げながら、ジーンは言う。
「……よし、決めたぞヴェルト」
「何が?」
「お前は将軍になれ。俺は、将来お前のお付きの騎士になるからさ」
「……はぁ?」
「お前は強いし、お前に付いていけば俺は生き残れるだろ?」
「……負けるかもしれないだろ」
「――そういうこともあるかもな」
ジーンは相変わらず青空を見ながら言う。
「――けど、俺はきっとお前に怒ったりしないだろ」
「……なんでだ?死ぬかもしれないのに」
「だって、ヴェルトは負けても諦めないじゃないか」
「諦めないだと」
「うん、たまにあるだろ、俺に負けても負けを認めずに勝つまでかかってくること」
「戦争と勝負は違うだろ」
「そうかもな。けど、俺はヴェルトの往生際の悪さが好きだ。――ヴェルト、負けても負けても、最後に勝てば良いじゃないか。相手がどれだけ強かろうと、勝つまでやればいい。戦ってのはそういうものだろ」
「そうかな」
「……わかんないけどな」
………………
ヴェルトは、目を覚ました。
窓の外を見る。
日はもう暮れているらしい。
「……………………夢か」
呟くように言う。
手元には、サーコートが握られている。
ヴェルトは、それを見つめる。
「…………俺に、行けと?」
無論、どこからも返事はない。
その沈黙に、ヴェルトは苦笑いする。
「お前も人が悪いな、ジーン」
ヴェルトは、扉を押し開いた。
扉の前には、レイモンドが控えていた。
「伍長、待っていましたよ」
「そうか。すまなかった」
「……いいんです。行きましょう」
レイモンドは、口角を少し上げた。
………………
ヴェルトが出陣の準備をしていると、ロバートがやってきた。
「おお、ヴェルト、久しぶりだな」
「ロバート先生もお変わりなく」
「ふん、北陸道から侵入するなどと抜かしたどこぞの馬鹿のおかげで補給を送るのが大変なのだよ」
ヴェルトは苦笑する。
「ヴェルト、兵は寄越す。どう使っても構わんと、ジークの小僧は言っていた」
「わかっています。大事に使いますよ」
「ああ。次はしくじるなよ。二度同じ間違いをするのは馬鹿だからな」
「ふっ、もちろん」
チェインメイルの上からいつもの勝色のサーコートを着込み、マントのように加工した例の鉄紺のサーコートを羽織る。
「なかなか様になっているじゃないか、ヴェルト」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「行ってこい」
「はい」
………………
再編したトイル方面軍約300は、8月18日の深夜にトイルから出陣した。
折しも、これはジークのもとにロバートの使者が到着した日と同日である。
この翌日、ジークら北陸道方面軍はファブニルの邪竜騎士団の展開しているニルブ森林を焼き払って包囲を突破し、ラズ平原へ抜けることとなる。
トイル方面軍と、北陸道方面軍の合流は近づいてきていた――




