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極夜物語  作者: 昆布
第5節 あの夢
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第5節6項 いつかの戦いで


 ――8月8日。


 北陸道方面軍は6日から、ファブニル軍主力である邪竜騎士団と遭遇、交戦していた。


 邪竜騎士団はどうやら時間稼ぎをしてこちらの兵糧切れを狙っているらしく、一進一退の攻防が続いていた。

 

 そんな中、ジークらはトイル方面軍のロードスでの惨敗を、ファブニルの捕虜の尋問から聞き出した。


 ………………

 

「なに、伍長が敗退しただと――」

「はい。それもかなりの惨敗のようです」

「それは確かな情報なのか、サイラス」

「複数の捕虜を別々に尋問して、全員が同じ事を言いました。残念ながら、確かな情報かと」


 馬鹿な、と思わず口にする。

 ファブニルの主力部隊は現在交戦している邪竜騎士団約200であり、残った敵軍はおよそ100〜150ほどだったはず。

 それなのに300のトイル方面軍を打ち破るとは、もしかするとファブニルには恐ろしい将軍がいるのかもしれない。


「サイラス、すぐに王都に早馬を飛ばしてくれ」

「王都に――?」

「ああ、王都にいるロバートの予備部隊200をトイルに回してもう一度ヴェルトを出陣させるんだ」

「しかし、それをするには最速でも半月は掛かるかと――」

「構わん。このままロードスにいる軍がこちらに来て共倒れの方がまずい。とにかくロードスの敵軍を居着かせなければならないんだ」

「はっ、それではすぐに早馬を送ります」

「ああ、頼んだ」


 と、サイラスは幕舎から出ていく。

 ディアスら幹部は、それを苦々しい表情で見届けていた。

 

 ………………


 ――さて、北陸道方面軍の現状について説明しよう。

 

 北陸道方面軍は現在、ジグラト山脈東側のニルブ森林でファブニル軍主力の邪竜騎士団200と交戦している。


 邪竜騎士団の団長はファブニル軍の元帥でもあるホメロス。

 ラズ紛争の際、城砦都市ラズを一夜にして陥落させたファブニル随一の名将である。


 ホメロスは先述のように、現状ではジークの指揮する北陸道方面軍400を相手に勝利する自信がないため、かわりに長期戦に持ち込んで兵糧切れによる撤退をさせようと狙っている。

 しかし、ラズに取りつかれると攻城兵器を持ち出されるため、ジグラト山脈東側に広がる大森林地帯にグングニルを足止めしようとしていた。


 毎日、進軍しようとするとファブニル軍の仕掛けた罠やらが発動して進軍が滞る上、森林にはファブニルの弓兵が多く潜伏しているので被害を恐れてなかなか進むことができない。


 そうして、疲弊が目立ってきたところでファブニル軍は奇襲を仕掛けてくる。

 なんとも陰湿な戦術である。

 ――が、有効な戦術でもある。


 事実、兵たちはファブニル軍の襲撃にかなり怯えきっている。この上トイル方面軍の敗北が大々的に知られることとなれば、どうなる事かは考えるに値しない。


 ………………


「――誤算、だな」


 と、つい呟いてしまった。

 ケリーがこちらを見た。


「何言ってんのよ。アンタがリーダーなのに、弱気なこと言わないでよ」

「ごめん」

「そうだぜ、兄貴。兄貴が弱気になっちゃあ、俺たちも弱気になっちまうよ」

「そうだな……ごめん」

「わかったならいいんだよ」


 と、サイラスが幕舎に入ってきた。


「総長、今しがた早馬を送りました」

「ありがとなサイラス」

「ありがたきお言葉」


 サイラスは椅子に腰掛け、机に広がった地図を見て、ボソッとつぶやいた。


「この森さえなければ楽なんですけどねぇ」

「………………サイラス、今なんて言った?」

「は……?いえ、この森がなければ、と――」

「――そうか、そうすれば良かったんだ、ありがとう、サイラス」


 サイラスは、目を点にした。


 ………………


 ――8月18日の晩。


 王都のロバートからの書状が、北陸道方面軍の本陣に届いた。


 内容としては、200の予備部隊のうち輸送部隊30を除いた170をトイルに送った、到着は17日になるだろう、という書簡と、そして、レイモンドによるトイル方面軍の損害報告をまとめた書簡が同封してあった。


 以下は、トイル方面軍の損害である。

 ――三番隊は死者48名。

 副長直属部隊は死者77名と、重軽傷者41名。

 そして、トイル方面軍副司令であるジーンが戦死。


 ――それを読み終えて、思わず書簡を握り潰す。


 約150名の死傷者と、指揮官の戦死。

 想定以上の大敗北である。


「くっ――サイラス、明日の朝、進軍を開始するぞ」

「はっ」


 ジーン――覚えている。

 まだ伍長の下について戦っていた頃、よく一緒に飲みに行った。


 オルギンの時や北部遠征の時、トイル遠征の時、様々な戦いで共に戦ってきた。

 

 剣術の稽古をつけてもらったこともある。

 思い出など、語れば山のようにある。

 あの人を失ったのは悔しい。


 ――しかし、一番悔しいのは、多分伍長だろう。


 下唇を噛んだ。

 と、サイラスが幕舎に入ってきた。


「――総長!今夜も敵が夜襲をかけてきました!」

「わかった、俺も出るよ」

「いえ、総長が自ら出られるまでは――」

「いや、たまには動かないと、鈍るだろう?」


 ………………


 サイラスに松明を持たせて歩く。

 敵は西側から襲撃を仕掛けてきているらしい。


 と、早速敵と接触した。

 どうやら、陣の外周を囲っている柵を乗り越えてきたのが少しいるらしい。


 剣を抜いた。

 すると、ファブニル兵が立ち止まって、口を開いた。


「あ?その高級そうな水色のサーコート、トリカブトの紋章、妙に面がいい……お前、グングニルのジークか?」

「だったらどうする」

「だったら、その首もらい受けるまでよ!」


 と、飛びかかってくるが、大上段から脳天を斬りつけて倒す。


「……こいつ、敵意があるのかないのか分からなかったな……」

「しかたありません、戦ですから」

「言われなくても」


 と、敵兵を斬り伏せる。


「――しかし、赤いサーコート、ってのは悪くないな」

「なぜです?」

「返り血とか、目立たないだろ?水色だと目立って仕方がない」

「なるほど、しかし総長は水色で通ってますから、今さら衣を変えたら変かもしれないですね」

「それは確かに」


 と言いつつ、サイラスは敵兵を斬る。


「……サイラスも、強くなったな」

「なぜ、そう思うんですか」

「いや、最初は俺にも勝てなかっただろ」

「……まあ、自分も訓練してますからね」


 と、数名を斬ったところで、ファブニル兵は逃げていった。


「誇り高い邪竜騎士団が、逃げるんじゃない!」


 と、怒鳴りつけてやったが、相手には聞こえていないらしい。


「――まあ、明日どうせ奴らは死ぬからな」


 ………………


 ――8月19日、明朝――


 ファブニル軍の本陣に、兵が飛び込んできた。


「急報です!」

「このような朝方から何事だ」


 と、邪竜騎士団第1軍の軍団長であるミッチェルが訊く。

 

「グングニルが、進軍を開始しました」

「何……?そんなものいつも通り対処すれば良かろう」


 と、言ったところで、ミッチェルはくんくん、と匂いを嗅ぐ。


「……なんだ、この匂いは」

「はっ、山火事の匂いです!」

「山火事だと――」

「はい、グングニルが、森に放火しながら進んでいるのです!」


 なんだと、と将軍たちが幕舎を飛び出した。

 確かに、森が燃えている。


「なんという暴挙!ジークめ、血迷うたか!ホメロス様、どうしますか?!」

「……ここで戦うのは不利だ。ラズまで退くぞ」

「はっ」


 ――ファブニル軍はすぐに森から出て撤退をしたが、グングニルがそれを逃がすはずもない。

 いち早く森を脱出した騎兵部隊が追撃を仕掛け、30ほどの首級を挙げることに成功した。

 

 こうして北陸道方面軍は、大森林から脱出することに成功した。


 残す敵は、ロードスのブランデンブルクの軍と、ラズにいる邪竜騎士団本軍のみ。

 ファブニル本国までは、あと少しである。

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